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ノア・スミス「同質性にいざなうセイレーンの歌」(#7)

[Noah Smith, “The siren song of homogeneity,” Noahpinion, April 30, 2017]

〔数回にわけて掲載しています.前回はこちら

代替理論: 「戦争 + 近接性 = 多様性」

でも,ひっきりなしに戦争が起きてるのはどういうことだろう? 大きな戦争が起きたときには,ほぼ決まって,少なくともそこそこの民族的なちがいが戦争当事者たちに見られる――イギリス vs. フランス,ドイツ vs. ロシア,フツ族 vs. ツチ族,日本 vs. 朝鮮.こうした小さなちがいがこれほどの信じがたい流血沙汰を引き起こしうるのだとしたら,アフリカ人とヨーロッパ人みたいにかけ離れた集団どうしだったらいったいどれほどの大惨事が引き起こされうるだろう!

というか,歴史の記録をひもとけばこういう考え方が間違っている理由の手がかりが得られるように思う.歴史上でも屈指の陰惨な戦争は,大半が中国の内戦か,あるいはヨーロッパや東アジアの国家間戦争のどちらかだった.このことは,ヨーロッパや日本が全世界に〔植民地化や侵略の〕手を伸ばしていた時代にも当てはまる.彼らは,じぶんたちと見た目のよく似た人々を殺す方を選んだのであって,まるで外見のちがう人たちを殺しにいったわけじゃない.それどころか,極度にかけ離れた集団どうしの民族虐殺は――たとえばコンゴでベルギーがやった民族虐殺は――例外であって,通例とはちがう.実際,大量殺人の多くは敵味方で民族的なちがいがなんら識別されない集団どうしで起きている――クメールルージュ,毛沢東,スペイン内戦,などなど.

すると,世界のある地域では大きな遺伝的ちがいがありながらもとくに認識されていない一方で,他の地域ではもしかすると識別もできなほど小さな遺伝的ちがいですら民族虐殺の根拠にされているわけだ.「多様性 + 近接性 = 戦争」説は,少なくともうさんくさく思えるほど不完全だとぼくは思う.

もっといい一般理論は,「大半の争いはとてもよく似た人たちの集団どうしで起こる」というものだろう.似通った人たちは似通った利害と欲求をもっている.そのため,おのずとその人たちどうしの競合が生じる.でも,人々が集団で争うときには,じぶんたちと見た目もふるまいもよく似た相手を殺すよう兵士たちを動機づけるために集団を組織する方法が必要になる.かくして,争いあうよく似た人々は,見つけられる小さなちがいを誇張するようになる.「諸君はドイツ人である,あの劣等なスラブ人に勝る存在である,やつらを根絶せよ!」とかなんとか.

この理論で考えると,オルト右翼の人たちが恐れてるあの “#whitegenocide“(人種の混交を指して使われる用語)は,実のところ本物の民族虐殺の真逆なんだとわかる.この理論によれば,人種の混交が生じるのは,高い社会的信頼によって集団どうしのちがいが問題にならなくなったときであり,他方,民族虐殺が生じるのは低い社会的信頼によってそれまでなんでもなかった集団どうしのささいなちがいが問題になりはじめたときだ.

まとめよう.「多様性 + 近接性 = 戦争」のかわりに,「戦争 + 近接性 = 多様性」を定式化できそうだ――つまり,戦争がおこると,ささやかなちがいを強調して大げさにとりあげる理由が人々にうまれるんだ.

だからこそ,人間がエミューと戦うさまにはそうそうお目にかからないわけだ

折衷理論

双方の証拠と,同質性支持説と多様性支持説の妥当性をふまえて考えると,少なくとも現実世界は両方の性質の組み合わせになっているようにぼくには思える.この折衷理論をまとめると,こんな具合だ:まず,新しい人々が流入してくるとき,〔もともとの住人たちのあいだには〕自然と不信感の反応が広がり,既存の地域社会は分断される.でも,時がたつにつれて,それまでの住人たちと新しい移住者たちはお互いに慣れていく.このプロセスを加速するのが,公立学校・大学・軍隊といった統合の制度だ.そして,集団をこえた婚姻が広まるとこのプロセスは終わりを迎える.ただ,社会的紛争,とくに政治的な紛争によってこの統合の進行がはばまれて集団どうしが混交せず人々がおたがいのちがいを強調し維持し続ける場合もある.

さらに,折衷理論はこう考える:短期的には,増大した多様性によって信頼が低下する.長期的には,高い信頼によって同質性が高まっていく.

あるいは,かつてぼくが Twitter で言ったように「ご近所にへんてこな外見のヤツが1人いたらよそ者のお客人だ.100人いれば侵略,1000人いればただのご近所さんだ.」

追記:この折衷理論は基本的にロバート・パトナムの結論だってことに触れておくべきだろう:

アメリカから得られた証拠からは,民族的に多様な地域に暮らすあらゆる人種の住民たちは「意固地になる」傾向がある.信頼は(じぶんと同じ人種に対する信頼ですら)低く,利他行動やコミュニティの協力はいっそうまれになり,友人は減っていくことがうかがえる.だが,長期的にはうまくいった移民社会は集団をまたぐ新しい連帯をつくりだしさらにいろんなアイデンティティを包括することによってこうした分断を乗り越えている.多様性に安住するようになった例証は,アメリカ軍,宗教団体,かつてのアメリカ移民の波から得られる.

この理論が正しいなら,アメリカが成功するかどうかはアジア系とヒスパニック系を――もっとも近年に到来した大集団を――白人と黒人の既存集団に統合できるほど強固な制度があるかどうかにかかっている.言い換えれば,この理論によれば,同質性は手段でなくて目標だ.

どうなるかはわからない.いつの日か,白人・黒人のアメリカ人ですらじぶんたちが同じ民族集団に属していると思うようになるかもしれない.

#8 に続く


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