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ノア・スミス「同質性にいざなうセイレーンの歌」(#8/完結)

[Noah Smith, “The siren song of homogeneity,” Noahpinion, April 30, 2017]

〔数回にわけて掲載しています.前回はこちら

白人国家の夢

The dream of a white nation

でも,そんなものをのぞんでいない人たちはどうだろう? オルト右翼や旅行者たちみたいに,べつにアメリカのいろんな人種がひとつにまとまろうと意を決するのを待ち望んでなんかいない人たちは? 多くの人たちは,同質な社会にいたる近道を行きたがっている――彼らが暮らしたいとのぞんでいる場所は,白人だけが住むのをゆるされた場所だ.彼らがのぞんでいるのは,半分記憶・半分空想の社会,1950年代の南カリフォルニアだ――通りは清潔で,きれいな芝生が広がり,信頼できる白人の隣人たちは通りすがりに帽子をかたむけて「やあ」と声をかけてくれる,そんな社会が彼らののぞみだ.そして,なんと,彼らはいまそんな社会になってほしいと思っている.

さて,簡略に答えるならこうなる:「どうやってそんなものを手に入れようというのか,さっぱりわからん.」 人種隔離をまた実施しようとか,アジア系やヒスパニック系をアメリカから蹴りだそうとしたって,きっと不可能だ.まともにそんなことを大規模にやろうとすれば,内戦が勃発してアメリカは崩壊してしまうだろう.そうなると,すてきで快適な人種的に同質の平和な生活がすぐさま実現されっこないこと請け合いだ.

じゃあ,白人理想郷(ホワイトピア)をつくりだすには他にどんな選択肢があるだろう? 連邦政府からの脱退? だめだろう.小さな街や閉鎖コミュニティに移り住む手はあるけれど,仕事はかぎられてしまう.それに,その土地の法律によって,希望する非白人がいれば,お隣に家を買える.だったら,他にどんな選択肢がある? アルゼンチンに移住してしまうとかだろうか.あるいは,ニュージーランドか.

こんな風に選択肢がとぼしいために,多くのオルト右翼たちはあんなにも けおって取り乱しているんだろう.白人だけの同質な社会をのぞむ人たちにとって,どうにも行き場がないんだ.最近まで,ヨーロッパという選択肢もあったけれど,あちらでも非白人少数派が大きく台頭しているし,ヨーロッパの指導者たちの大半はいまなお大規模な非白人移民受け入れをやると決心しているので,白人理想郷(ホワイトピア)――あるいは Kekistan――にいたる道は閉ざされているように思える.白人だけの同質性を夢見る人たちにとって,まるで世界の果てまで追いかけ回されて,どこにも我が家と言える場所が許されないかのような気がしているにちがいない.どこに行っても,指導者たちに非白人の隣人たちと統合しろと言われる.Twitter でぶち切れるのも不思議じゃない.

こうでなければいいのにとぼくも思う.どこかに島国があって,そこにオルト右翼の人らが移り住んで,じぶんたちの白人限定国家を樹立できればよかった.まさかそんな島国ができるとも思えないけれど,もしも可能だったらこう言いたい:「きみらにもっと権力を.」

でも,ここで皮肉なことがでてくる.白人郷がほんとうにできあがったと仮定しよう.たとえばニュージーランドが白人限定国家に生まれ変わって(かつて1920年代にそうだったように),世界中からオルト右翼系の人たちが2000万人こぞって移住してきたとしよう(日本の人口密度のだいたい4分の1にあたる).これはうまく回らないだろうと思う.

人々が白人限定ニュージーランドに移住したとして,そこで彼らが見いだすのは,同質だからといって自動的に信頼や善意や社会の平和が生み出されるわけではないってことだ.彼らはきっと,じぶんたちがきわめて選別された集合なのを知るだろう――故国ではみんなとうまくやっていけなかった人たちで成り立っている集団なのを見いだすことになるだろう.そして,故国でじぶんが隣人たちとうまくやっていけなかった本当の理由は,民族的多様性ではなかったのだと知ることになる――理由は,じぶんじしんの性格だったんだ.

やがて,社会のいさかいが舞い戻ってくる.隣人どうしが土地や資源や権力や地域社会での地位をめぐって不和と反目を起こすようになる.銃撃戦があちこちで発生する.殺人ブルドーザーが暴走しだす.政府は,あっちの危機,こっちの危機と対応に振り回される.保護主義的な経済政策が試みられてはそのたびに失敗する.経済は衰亡していく.やがて他国に出て行く人たちが現れる.多様性がさいなむ地獄の地へと舞い戻るためだ.

それでもなお白人限定ニュージーランドに居残る人たちは,「多様性 + 近接性 = 戦争」の理論に固執するだろう.愛する社会理論をむざむざあきらめる人はいない.その理論こそ国家樹立の礎となればなおさらだ.フツ族とツチ族がそうだったように,白人理想郷の住人たちは民族的なちがいがずっとそこにあったことを「発見」するだろう.突如として,彼らは一枚岩の白人でなくなる.ロシア系,イタリア系,ハンガリー系の住人のちがいが見いだされる.反目と不信がふたたび現れ,新国家は何世紀とは言わないまでも何十年にもわたる暴力的な混乱と分断と部族間戦争と不安定な軍支配と対立する貴族集団と虐殺と貧困を味わうことになる.

ちなみに,この予言はでっちあげじゃあない.日本史がだいたいこんな具合なんだ.

というわけで,たしかに同質性を支持する論拠はあるけれど,その論拠は支持者たちが思っているほど強くもないしもっと不確実だ.さらに,もっと大事な点を言うと,同質な社会にいたる道筋もない――少なくとも,アメリカみたいな国がたどれる道筋はない.国のあちこちに点在するごく小さな街ならともかく,白人だけの理想郷(ユートピア)はこの先もずっとどこにもない国(ユートピア)のままだろう.


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