ピーター・テミン&ダヴィッド・ヴァインズ「なぜケインズが今日大事なのか」

Peter Temin, David Vines ”Why Keynes is important today” (VOX, 14 November 2014)

ケインズ的刺激策に関する最近の議論は、ケインズが当初自らの理論を擁護した際に出くわしたものとよく似ている。本稿では、そうした当初の議論を解説するとともに、今日の政策議論をそうした文脈に照らし合わせる。現代ではリカードの等価定理や財政乗数がきちんと定義されているため、私たちは過去の人間よりもこの議論をうまく枠に当てはめることができる。著者たちは、短期経済の単純なモデルによって刺激策の論拠を実証できることを論じる。


2008年の世界金融危機以降、マクロ経済学者は政策の説明や推奨を大きく間違ってきた。今日、財政政策について考えるにあたって、彼らはケインズ的な分析(これは急速な成長の終焉の狼煙となった激動の1970年代に廃棄された)の有効性を否定するためにリカードの等価定理を引用する。彼らは1930年にイングランド銀行総裁であったモンタギュー・ノーマンの見解を自分たちが甦らせていることに気付いていないようだ。

リカードの等価定理は公共支出の拡大は民間支出が同じだけ逆に下落することによって相殺されると結論する理論だ。この理論はいくつかの重要な仮定に基づく。この理論は、この拡大した公共支出のために払うことになる将来の税金を予測して自分の現在の支出を調整するという、フォーワード・ルッキングな消費者を仮定している。こうした条件下においては、現在のあらゆる支出増加は消費者をして将来の税金の上昇を予測させ、そのために貯蓄して自分の支出を減らすように仕向けるのだ。

この理論は現在のマクロ経済議論において支配的となっている。この理論は、フォーワード・ルッキングな消費者だけでなく伸縮的な価格も仮定する現在のマクロ経済学の様式にうまく当てはまるのだ。そして現状に際してケインジアンが財政政策を示唆すると、現代の経済学者は多くの場合リカードの等価定理を引合いに出す。

過去を記憶する

1930年にケインズはまさにこうした反論に直面した。彼は悪化の続く当時の経済状況を分析するために英政府が招集したマクミラン委員会の一員だった。政府支出の拡大という彼の提言、現代の私たちが拡張的財政政策と呼ぶそれは、ノーマンやその他のイングランド銀行からの代表の反対にあった。リカードの等価定理は未だ定式化されてなかったために彼らがそれを引合いに出すことはなかったが、その代わり彼らは政府支出の拡大はいかなる有益な効果も持たないとして単に否定したのだ。

ケインズはこうした見方に反論したが、彼はそれに反駁するための代替的な理論を持っていなかった。その結果として起こったのは混乱であり、ケインズはマクミラン委員会の他の誰一人として彼の結論を支持するよう納得させることは出来なかった。ケインズが私たちが現在ケインズ経済学と呼んでいるものを定式化し、それを彼が一般理論と名付けた本によって出版するのには5年を要した。

彼は自らの新理論にいくつかの仮定を置いているが、そのうち二つがここで関係してくる。消費者は所得不足によって制約されている時期があるために一部の時期しかフォーワード・ルッキングではなく、多くの価格は短期的には伸縮的ではなくとりわけ賃金は「粘着的」であるとケインズは仮定した。こうした仮定は、拡張的財政政策によって減少させることが可能な(ケインジアンがいうところの)非自発的失業を生じさせる。

どの理論が今日意味を成すだろうか。私たちは賃金が粘着的であることを知っている。南欧諸国は賃金を早急に減少させるという債権者からの要求が実施不可能であることに気付いた。そして私たちは経済における全ての民間主体がフォーワード・ルッキングであるわけではないということを知っている。危機以前には、借り入れと支出が持続不可能な形で上昇した。今や消費者は支出せず、企業は金利がゼロ近くにあるにも関わらず投資を行っていない。

これはケインズが拡張的財政政策がうまく働くと記述した状況だ。そしてこれは、現代のマクロ経済政策決定者たちは景気安定化に関して完全に金融政策に依存しているにもかかわらず、金融政策が上手く働かない状況でもあるのだ。現在の経済に必要なものと現在のマクロ経済学者の理論の間には食い違いがある。

繰り返す運命にあるのか?

何をすべきだろうか。多くの応用学問、例えば医学などでは、医者は事実に変化があった時には基本へと立ち戻る。彼らの現在の治療行為が望ましい結果を生み出すのに失敗した場合、彼らは別の医療ツールを求める。彼らの仮定が誤りだと証明された場合、彼らはより適切な仮定を探す。しかし現代のマクロ経済学者はそうではない。私たちは彼らが長期停滞と呼ぶものを単に耐え忍ぶしかないと彼らは言うのだ。

これは不幸な預言だ。金融政策は今日効果がないが、一方でこれは財政政策にとって完璧な時なのだ。道路や橋を補修し、エネルギー網を再構築し、その他の輸送網を近代化させる喫緊の必要性がある。拡張的なケインズ的財政政策は短期・長期の両面で経済に有益となるだろう。

著書「ケインズ、世界経済にとって有益な経済学(Keynes, Useful Economics for the World Economy)」において私たちは、これらの提言が短期経済の単純で効果的なモデルから導かれることを論じている。そして個々の人々や企業、さらには長期においては経済全体に関してさえうまく働くそれまでの理論から決別し、私たち全員が生きている短期というものを定義するのがケインズにとってどれだけ困難であったことを示している。私たちはさらに、孤立した個々の経済だけでなく、世界経済に対するケインズの関心を強調している。結局のところ、IMFがおそらくはケインズの思想が今日に残したものの中で最も長生きしているものだ。

編集者注:テミンとヴァインズは「指導者なき経済:なぜ世界経済システムは崩壊したのか、どうすれば修復できるのか(The Leaderless Economy: Why the World Economic System Fell Apart and How to Fix It)」の共著者である。

参考文献

●Lucas, R (2009), “Why a Second Look Matters”, Council on Foreign Relations, March 30.
●Krugman, P (2011), “A Note on the Ricardian Equivalence Argument Against the Stimulus (Slightly Wonkish)”, Krugman blog, The New York Times, December 26.
●Barro, R (1974), “Are Government Bonds Net Wealth?”, Journal of Political Economy.
●Barro, R “On the Determinants of the Public Debt”, Journal of Political Economy.
●Poterba, J M and L H Summers (1987), “Finite Lifetimes and the Effects of Budget Deficits on National Savings”, Journal of Monetary Economics.
●Carroll C and L H Summers (1987), “Why Have the Private Savings Rates in the United States and Canada Diverged?”, Journal of Monetary Economics.

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