ポール・クルーグマン「歪曲のせいでインフレをめぐる妄想がますますひどくなる」

Paul Krugman, “Distortions Fuel Paranoia About Inflation,” Krugman & Co., April 21, 2014. [“Oligarchy and Monetary Policy,” The Conscience of a Liberal, April 16, 2014]


歪曲のせいでインフレをめぐる妄想がますますひどくなる

by ポール・クルーグマン

MEDI/The New York Times Syndicate
MEDI/The New York Times Syndicate

低いインフレ目標ののぞましさについてどう語られているか――というか,どう語られていないか――ってことを,このところ考えてる.

先日書いたように,国際通貨基金の「世界経済展望」レポートはインフレ目標を2パーセント以上に上げるべきだと説得的な主張を展開してる――でも,そうはっきりと書くのは避けて,分かる人には分かる婉曲表現を使ってる.その一方で,インフレ妄想症はすごく党派的な事柄だ.最近のプリンストン大学用講義ノートには (PDF),当時の連銀議長だったベン・バーナンキに宛てた公開書簡の署名者を列挙してる.2010年のその公開書簡は,量的緩和によるドルの「毀損」について警告してる.見れば一目瞭然,そこに名を連ねていたのはみんな筋金入りの共和党員だったし,右派イデオロギーを基準にした資格証明をもってる連中のなかには,関係する専門分野の資格証明もないのに名を連ねてるのもいる.(ウィリアム・クリストルとダン・セノールって,金融の専門家?)

さて,いったいどうなってるんだろう? ぼくはこう考える.これはつきつめると階級の話なんだ.金融政策はほんとは技術官僚的で政治的に中立な事柄じゃない.なるほど穏やかなインフレは雇用にとっていいことだし,とくに過剰債務を片付けようとがんばってるときにはいいことだ.でも,もっとも裕福な上位 0.1 パーセントのアメリカ人にとってはわるいことだ.で,この事実は議論に巨大な影響をふるうことになる.

まずは,歴史に関するパズルをちょっとだけ話そう.あるいは,歴史がどんな風に思い出されるかに関するパズルというべきかな.近年アメリカで金融政策をめぐってなされてる論争では,いつもきまって,ジンバブエ/ワイマールのたぐいに関する黙示録めいた警告を耳にする.でも,それと同時に,1970年代もしょっちゅう引き合いに出される.ぼくがいる陣営は,いまの状況は70年代とはまったく似ていない理由を説明する主張をやってきた.でもここではちがった問いを立ててみよう:なんでまた,70年代が最悪の時代としてとらえられることになったんだろう?

たしかに,いい時代じゃあなかった――でも,ふつうの勤労家庭にとってほんとにひどかった時代は,すごい景気後退の時代だ.そして,それが現れたのはレーガン政権のときであり,ある程度まではジョージ・H・W・ブッシュ政権のときであり,なにより,近年の金融危機以後だ.この歴史を踏まえて考えよう.2010年や2011年の人たち,経済的に難破してる真っ最中の人たちに向かって,「用心することだ――ヘタをうつと,70年代のようになりかねないぞ!」(流れ出す不吉なBGM)なんて言うのは,すごくおかしなことだよね.

ところが,世間には,70年代がほんとに最悪の時代だった人たちがいる――金融資産の所有者たちだ.で,金融資産についていっぱい気に掛けるけれど労働所得は大して気にしない人たちって,何者だろう? 上位 0.1 パーセントの連中だ.この人たちは,経済学者エマニュエル・サエズとガブリエル・ザックマンの研究によると,賃金総額の「たった」約4パーセントしか得ていない一方で,富の20パーセント以上を保有し,もちろん,金融資産はそれ以上の割合をもっている.

経済学者カーメン・ラインハートはかつてこんな説得力ある論証を展開した――債務が高水準になっている国々は,通例,その債務の大部分を「金融の抑圧」によって片付ける――つまり,金利を低く抑えつつ,債務の一部をインフレで消し去ってしまうわけだ.ここで大事なのは,なるほどこれってわるいことに聞こえるけれど,実は大多数の人たちにとってはそうでもないってことだ.

イギリスは,第二次世界大戦後の金融抑圧期〔戦後インフレ期〕の方が,第一次世界大戦後の正統教義〔金本位制〕の頃よりはるかに調子がよかった.でも,金融抑制で実際に被害を受ける少数ながら影響力ある集団がいる:これもやっぱり,例の 0.1 パーセントだ.

とは言っても,ぼくだってべつに,あの 0.1 パーセントの連中やその擁護者たちが,秘密裏に顔を合わせてヒゲをひねりつつ,「ふっふっふ,いかにも健全そうな政策の妄想を利用して,残り 99 パーセントどもを犠牲に自分たちをいっそう豊かにすることができたわい」なんてほくそ笑んでいるとは思っちゃいない.コーク兄弟はそもそもヒゲを生やしてないしね.

ただ,寡頭貴族にとっていいことと経済にとっていいことの衝突はほんとに現実であって,これが間接的に論争の歪曲に強力な効果をもたらしているとぼくは思ってる.

© The New York Times News Service

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