ポール・クルーグマン「経済学における物語の役割」

Paul Krugman “The Role of Storytelling in Economics,” Krugman & Co., October 24, 2014.
[“Jean Tirole and the Triumph of Calculated Silliness,” The Conscience of a Liberal, October 14, 2014]


経済学における物語の役割

by ポール・クルーグマン

Studio Tchiz/The New York Times Syndicate
Studio Tchiz/The New York Times Syndicate

フランス人経済学者ジャン・ティロールのノーベル経済学賞の話題には,ちょっと乗り遅れちゃった.すでに,大勢の人たちが彼の業績について大事なことをあれこれと言ってくれてる.でも,彼を最重要人物として擁してる新しい産業組織論が実際にやったことについて,まだぼくにも有益なことが言えそうだ――なにかって言うと,新しい産業組織論は,戦略的にバカなことをしても大丈夫なようにしたんだ.これは,経済学にとってすごくいいことになった.

「それってどういうことなの?」

新しい産業組織論ができるまで,経済学者たちは完全競争と独占についてひとしきり書いてから,(正直な人なら)「でも現実経済の大半は少数寡占(ごく一握りの間での競争)で成り立っているように見える」ってことは認めつつも,ちょっとズルをする以外には大したことをしなかった.

なんで? なぜなら,少数寡占の一般モデルなんてなかったからだ.

しかも,いまだにそんなモデルはない.少数のプレイヤーがいるとき,それぞれのプレイヤーは価格に大きな影響を及ぼせる.すると,いろんなことが起こりうる.たとえば談合したりね――反トラスト法が効果的に施行されている場合には,おそらくは暗黙裏にするだろう.

でも,談合の限界ってどんなものだろう? また,ときどき談合がくずれちゃうのはなぜで,どんな場合なんだろう? 企業は利益を最大化するってぼくらは好んで仮定するけれど,でも,囚人のジレンマ状況をつくりだしちゃう少人数の相互作用がはたらいてるときに,「利益の最大化」ってどんなことだろう?

そうは言っても,物事を考えるには経済をモデル化したい――で,ときに,物事は不完全競争を扱わないとモデル化できなかったりする.

新しい産業組織論が登場するまで,そういう問題を扱うとき,経済学ではあれこれと仮定をおいてすっとばしていた.「貿易の原因としての収穫逓増だって? そんなものは扱えないよ,不完全競争の理論がないんだから」ってなると,貿易はすべて比較優位の結果だと仮定しなくちゃいけない.「研究開発に投資すると,一時的な市場支配力がもたらされるから,それが技術進歩の源泉になるだって? あー,だめだめ」

新しい産業組織論がつくりだしたのは,解決策というよりは,とある態度だった.はいはい,少数寡占の一般モデルはありませんとも――でも,何通りか物語を語って,その帰趨をみてみたらいいじゃん? とにかくそれぞれの企業は互いに協力(談合)なんてせずに独自の判断で価格(または生産量)を決めると仮定すればいいじゃないの..そりゃまあ現実の企業はたぶん談合する方法をあれこれと見つけるだろうけど,そうならない事例をじっくり調べてみたらおもしろことがわかるかもしれないよ,みたいな.

好みや技術についてバカみたいな仮定をおくと,そこから独占競争の扱いやすいバージョンが導き出せたりする.いや,現実の市場はそんな風に機能しちゃいないよ,だけど,このおかしなバージョンを使って,貿易と成長の収穫逓増について考えてみたらいいじゃん? 骨子を言うと,新しい産業組織論は,定理を証明するかわりに物語を語ってもかまわなくしてくれたんだ.これによって,それまで完全競争の制限で除外されてた問題をあれこれ語ったりモデル化することが可能になった.ぼくの実体験から言える,これはほんとに心底から解放的だったんだよ.

もちろん,その後にやってきたのは,解放されすぎてタガがゆるんだ局面だった――頭のいい大学院生ならちょいとモデルをつくりだしてなんだって正当化できる局面がやってきた.「実証研究の時代だ!」 でも,それまでに達成されたことはたくさんある.

© The New York Times News Service

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