ラルス・クリステンセン 「現在にこだまする1930年代の忌まわしい記憶」(2015年11月24日)

●Lars Christensen, “The very unpleasant echo from the 1930s”(The Market Monetarist, November 24, 2015)


「危機だ! 危機が迫っている!」と騒ぎ立てる警告屋だけにはなるまい。必死にそう自制しているわけだが、どうしても認めねばならないことがある。現状(2015年11月現在)においては、いいニュース(ポジティブなニュース)なんてどこを探してもほとんど見当たらないのだ。「金融政策の失敗」(とその結果としての「経済の低迷」)に、「政治の世界における過激派の台頭」――トランプに、オルバーン・ヴィクトル(ハンガリー首相)、レジェップ・タイイップ・エルドアン(トルコ大統領)、ISIS等々の台頭――に、「地政学的な緊張の高まり」。これら3種類の「お酒」が混ぜ合わさって出来た、何とも忌まわしい「カクテル」。最終的に第二次世界大戦へと行き着いた、1930年代の忌まわしい記憶を思い出させる「カクテル」。そんな「カクテル」が目の前に突きつけられている今日この頃なのだ。

「大不況」(Great Recession)に見舞われてからというもの、世界経済の低迷が長らく続いているが――私見では、世界経済の低迷をもたらしている原因の大半は、「金融政策の失敗」にある――、世界経済の低迷は、欧米の政治の世界で過激派――ギリシャにおけるスィリザ(急進左派連合)黄金の夜明け党、ハンガリーにおけるオルバーン・ヴィクトル首相、アメリカにおけるトランプ等々――の台頭を招く原因となっているだけではなく、民主主義諸国の内部において政治的な分断を加速させる原因ともなっているというのが私のかねてからの仮説だ。

人気が高まっているのは、ドナルド・トランプのような右派のポピュリストだけではない。例えば、フランスやベルギーでは、移民の若者たちの間でISISのようなイスラム過激派組織の人気が高まっている。民主主義という政治体制の魅力が薄れることになれば、その間隙を突いて、過激派やポピュリストが躍進することになりかねないのだ。

こういった問題が地政学的な緊張として表出しているのが、ウクライナ情勢であり、シリア情勢だ(ある面では、南シナ海情勢もそうだ)。経済の低迷が続くと、保護主義に人気が集まる [1]訳注;この点については、本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●バリー・アイケングリーン&ダグラス・アーウィン … Continue readingだけではなく、やがては戦争の魅力(大衆への訴求力)も高まることになるのだ。

遺憾ではあるが、現状と1930年代との類似点はあまりにも明らかだ。深読みのし過ぎは禁物だが、以下に類似点をまとめてみたので、ご覧いただきたいと思う。

  • スペイン内戦〔1930年代〕 vs シリア騒乱〔現在〕: どちらのケースでも、独裁的(権威主義的)な体制を敷く外国の政府が直接的ないしは間接的に内戦に関与している――スペイン内戦のケースでは、スターリン(ソ連)にヒトラー(ナチス)。シリア騒乱のケースでは、エルドアン(トルコ大統領)にプーチン(ロシア大統領)――。
  • 金本位制〔1930年代〕 vs ユーロ〔現在〕 [2]訳注;この点については、本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●アイケングリーン&テミン … Continue reading
  • ポピュリストや過激派の台頭:共産主義者、ナチス、ファシストの台頭〔1930年代〕 vs スィリザ(急進左派連合)、黄金の夜明け党、ヨッビク党、オルバーン・ヴィクトル(ハンガリー首相)、トランプ、ISISといった勢力の台頭、ヨーロッパにおける分離独立運動の盛り上がり、反移民感情の高まり〔現在〕
  • 民主主義の弱体化(失敗?):ワイマール共和国〔1930年代〕 vs ヨーロッパ全土が陥っている政治的な分断〔現在〕――現在のヨーロッパでは、支持基盤が脆弱な(少数与党が政権を担う)少数与党政権が乱立している。そのような政権には、経済面で本格的な改革に乗り出すだけの「政治力」(“political muscle”)が欠けている――

あまりにも人騒がせな「警告屋」のように見えるかもしれないが、上で列挙した類似点を無視するということは、歴史の教訓に目を塞ぐことを意味することになろう。とは言え、「歴史は繰り返す」と言いたいわけではない。そうならないことを祈るばかりではあるが、真意は別のところにある。現状と1930年代との類似点を見落としてしまうようであれば、事態は今よりも悪化する一方になるに違いないと言いたいのだ。

(追記)今回のエントリーで取り上げた話題の裏付けとなる実証的な証拠をお探しのようなら、マヌエル・フンケ(Manuel Funke)&モリッツ・シュラリック(Moritz Schularick)&クリストフ・トリベシ(Christoph Trebesch)の三人がVOXに寄稿している大変優れた論説(“The political aftermath of financial crises: Going to extremes”(「金融危機の政治的帰結:過激化する大衆」)をご覧になられるといいだろう [3]訳注;本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●ド・ブロムヘッド&アイケングリーン&オルーク … Continue reading

References

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1 訳注;この点については、本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●バリー・アイケングリーン&ダグラス・アーウィン 「保護主義の誘惑:大恐慌の教訓」(2009年3月17日)
2 訳注;この点については、本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●アイケングリーン&テミン 「『金の足かせ』と『紙の足かせ』」(2014年9月24日)
3 訳注;本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●ド・ブロムヘッド&アイケングリーン&オルーク 「1930年代の大恐慌下において極右勢力の台頭を支えた要因は何か?」(2013年11月19日)
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