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Archives for 9月 2013

アレックス・タバロック 「当選者は『該当者なし』?」

●Alex Tabarrok, “None of the Above Wins!”(Marginal Revolution, September 28, 2013)


ウォール・ストリート・ジャーナルが次のようなニュースを伝えている。

この度インドの有権者は選挙での投票にあたって新たな選択肢を手に入れることになった。投票用紙に「該当者なし」の欄が追加されることになったのだ。

先週の金曜日、インド最高裁判所は、世界で最も多くの人口を抱える民主主義国の有権者は投票用紙に名前が掲載されている立候補者すべてを否認する権利を持っている、との判決を下した。この判決は、各政党に対して立候補者選びにもっと慎重になるよう促す圧力となるものと考えられる。

「今回の最高裁の判決によって、国民は各政党に対して明確なメッセージを送る術を手にしたことになると言えるでしょう」。そう語るのは「市民の自由のための住民連合」(PUCL)の書記を務めるマヒ・パル・シン(Mahi Pal Singh)氏である。「市民の自由のための住民連合」は最高裁に対して「該当者なし」という選択肢を認めるよう嘆願書を提出していた人権団体の一つである。

市民活動家らは、今回の判決が「拒否権」( “right to reject”)のさらなる拡大に向けた最初の一歩となったら、とその思いのたけを語っている。インドでは今年度中に5つの州選挙が行われ、来年の5月には国政選挙が実施される予定となっている。

何とも素晴らしいニュースである。次の事実も忘れないでおきたい1

ニューデリーを拠点とする市民団体「民主改革協会」(ADR)によると、インド議会の下院議員のおよそ3分の1は何らかの犯罪の容疑をかけられているという。

インド議会が抱える上記のような問題に晒されていないとしても、民主主義は多くの問題を抱えている。その問題のうちの一つは、合理的無知選択肢のバンドル化が原因となって、有権者と議会との間でのフィードバックや情報の伝達があまりにも少ないことである。「該当者なし」という選択肢は決して万能薬ではないが、有権者と議会との間のフィードバックの改善につながることだろう。現在多くの人々は投票所にきちんと足を運んではいるものの、鼻をつまみながら投票せざるを得ない2 状況である。また、投票に行かないという人も多いが、それは現状に満足しているからだろうか? それとも投票しないことで不満の意思表示を行っているのだろうか? 「該当者なし」という選択肢が認められることになれば、現状に不満を抱いている人々の意見が埋もれることなく明確なかたちとなって表現される可能性が生まれることになり、その結果として各政党が選ぶ立候補者の質の向上につながるかもしれない。

今のところ、「該当者なし」への投票はあくまでも情報収集の意味合いしかなく、選挙結果に反映されるわけではない。つまりは、「該当者なし」が過半数の票を得たとしても、「該当者なし」が「当選する」わけではない-「該当者なし」という選択肢が存在することで選挙結果に違いが生まれる可能性はあるが-。しかし、将来的には 「該当者なし」が過半数の票を得たことで選挙がやり直されるということになるかもしれない。

インドは世界で最も多くの人口を抱える民主主義国である。「該当者なし」という新たな選択肢が今後のインド政治にどのような影響をもたらすのか興味深いところだ。

このニュースを教えてくれたReuben Abrahamに感謝。

  1. 訳注;次の記事もあわせて参照あれ。“インド議会「犯罪汚染」に打つ手なし”(ニューズウィーク日本版, 2013年8月28日) []
  2. 訳注;完全に納得した上で特定の候補者に投票しているわけではなく、他にこれといって適当な候補者がいないので仕方なく特定の人物に投票している、という意味 []

ジレンマなトリレンマ? BY MICHAELl W KLEIN, JAY C. SHAMBAUGH

Michael W Klein, Jay C. Shambaugh “Is there a dilemma with the Trilemma?” (VOX; September 27, 2013)

開かれた資本市場と固定為替相場は金融政策の自由裁量と両立しないという「国際金融のトリレンマ」が、最近揺らいでいる1 。変動為替相場においてすら、資本規制がなければ金融政策の自由裁量を維持できないという主張をする研究者がいる一方で、固定為替相場の国においても、一時的な資本規制によって金融政策の自由裁量を得ることができると主張もなされている。本稿では、自由な変動為替相場は実際に金融政策の自由裁量をもたらし、部分的な変動相場は部分的な自律性をもたらすという主張を行う。固定為替相場の国において、資本規制はそれが広い範囲で長期間に渡って適用される場合には、金融政策の自由裁量をもたらすが、それが一時的かつ狭い範囲を目標としている場合にはその限りではない。
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  1. 訳注: 金融政策が可能になるには変動相場か資本市場規制のいずれかが必要になる。 []

ラルス・クリステンセン 「安倍首相に告ぐ! 『ルーズベルトの過ち』を繰り返してはならない。『ルーズベルトの成功体験』を真似よ。」

●Lars Christensen, “Abe should repeat Roosevelt’s successes, but not his mistakes”(The Market Monetarist, September 27, 2013)


日本からまたもや喜ばしいニュースが届いた。8月のコア・インフレ率(コアCPI)が前年比プラス0.8%の上昇を記録したというのだ。このことは、日本銀行が15年にわたるデフレの克服に成功しつつあるはっきりとした証拠だと言えるだろう。黒田総裁、グッジョブ!

黒田総裁率いる日本銀行が現在進めている取り組みは、1999年にベン・バーナンキ(Ben Bernanke)が日本の政策当局者に要求した行動(pdf)そのものだと言える。

1932年に新たな米国大統領に選ばれたフランクリン・D・ルーズベルト(Franklin D. Roosevelt)はアメリカ経済を大恐慌から救い出すとの使命を引っ提げて政権の運営に乗り出すことになった。ルーズベルト政権の取り組みの中でも最も効果の大きかった政策行動こそ今まさに日本が必要としているものである。つまりは、銀行システムの再建と通貨の切り下げを通じて一層の金融緩和を促す(あるいは金融緩和の効果を高める)ことこそが求められているのである。確かにルーズベルトが実施した個々の政策の中身もそれはそれで重要ではある。しかしながら、それ以上に重要なのは、個々の政策に乗り出すにあたって彼が見せた態度にあると私には思えるのである。すなわち、アグレッシブさを前面に出して、実験に乗り出すことも辞さない態度、言い換えると、アメリカ経済に再び活気を取り戻す上で必要なことなら何でもやってみようとするその意欲こそなお一層重要であったように思われるのだ。ルーズベルトが実施した政策の多くは意図した通りの結果をもたらしはしなかったものの、誤ったパラダイムに見切りをつけるとともに、必要とされていたことを実行してみせた彼の勇気は大きな称賛に値する。現在の日本は大恐慌(と同じくらい深刻な不況)に陥っているとは決して言えないが、10年近くにわたって潜在的な供給能力を下回る状態が続いていることは確かである。また、そのような状態から今すぐに脱せそうかどうかもはっきりとはしない。しかし、経済の低迷に伴って発生する損失を大きく減らし得るような政策オプションは存在する。なぜそのような政策が現に実施されてはいないのだろうか?

少なくとも私のような外部の人間にとっては、日本の金融政策は機能麻痺に陥っているように思える。それも、大部分は自ら招き寄せた機能麻痺に陥っているように思える。中でも最も目につくのは、金融政策の当局者が実験に乗り出すことを明らかに渋っており、確実にうまくいくとの保証がないようなことには手を出したくないと考えている点である。おそらく今日本で必要とされているのは「ルーズベルトの決心(ルーズベルトが見せた決心)」(Rooseveltian resolve)なのであろう。

今のところ日本経済は順調そのものである。また、これまでに黒田総裁がまさしく「ルーズベルトの決心」を胸に新たな政策行動に乗り出してきたことも疑いない。しかしながら、ここで指摘したいことがある。1932年にデフレの克服に向けてさらなる金融緩和を後押しした判断に関してはルーズベルトは疑いもなく正しかったと言えるが、同時に彼は賃金の人為的な引き上げを試みるという重大な過ちも犯したのである。

こうも言えるだろう。ルーズベルトが実施した政策のうちで需要サイドに関わる政策は成功を収めたが、その一方で供給サイドに関わる政策はひどいまでの失敗に終わったと。ルーズベルト政権下で実施された供給サイドに関わる政策を簡単に振り返ると次のようになる。まず第一に、全国産業復興法(NIRA)が施行されたが、この法律は実質的にはアメリカの労働市場においてカルテルの形成を促そうと試みたものであった。NIRAはアメリカ経済に多くの損害をもたらしたが、1935年に最高裁で違憲判決を受け失効することになった。NIRAの失効も一助となってその後アメリカ経済に再び景気回復がもたらされることになったものの、ルーズベルト政権は1935年にいわゆるワグナー法を制定するなどして労働組合の権限強化に取り組み続けることになる。

1937年に金融政策が時期尚早にも引き締められ、そのことが原因でアメリカ経済は「不況の中の景気後退」(recession in the depression)に引きずり込まれる結果となってしまった事実は広く受け入れられているが、それと比べると労働組合の権限強化に向けたルーズベルト政権の好戦的なまでの努力が1936年から1937年の時期にかけて労使間の対立の激化を招くことになった事実はそれほど知られてはいない。私の判断では、労使間の対立の激化は1937年にアメリカ経済が景気後退に陥る上で時期尚早の金融引き締めとほぼ同じくらい重要な役割を果たしたと思われるのである。

「ルーズベルトの過ち」を繰り返しつつある安倍首相

ルーズベルト政権が(労働組合の権限強化を通じて)賃金の引き上げを試みた背後には次のような「ロジック」が控えていた。仮にインフレが上昇したとすると、その結果1 実質賃金の低下がもたらされるだろうが、実質賃金の低下は消費の足かせとなるに違いない。このようなロジックは極めて素朴な隠れケインズ主義の一種だと言えるが、不幸にもルーズベルト政権内では広く受け入れられた見方であった。このようなロジックを背景としてルーズベルトは賃金の人為的な引き上げを試み、その結果アメリカでは大恐慌が長引く結果となったのである。

遺憾ながら、現在の日本において安倍首相は大恐慌期にルーズベルトが犯した過ちを今また繰り返そうとしているように見える。当時のルーズベルトとまったく同様に、賃金の人為的な引き上げを試みているのである。そのような試みはアベノミクスの成果を大きく損なう恐れがある。

本日付のブルームバーグは次のように伝えている。

先週行われた経団連や労働組合のトップとの会合の中で、安倍首相は賃上げの要請を行った。賃金の上昇はアベノミクスを通じて経済成長の加速がもたらされるかどうかの成否を握るキーとなる要因だと考えられている。

これはルーズベルトの試みと瓜二つである――不幸なことに、ルーズベルトの試みはその意図通りに実現される運びとなってしまったが――。ルーズベルトによる賃上げの試みはアメリカ経済に大規模な負の供給ショックをもたらすことになった。つまりは、NIRAをはじめとした賃上げの試みがなされなかった場合と比べて賃金が上昇することになったのである。その結果アメリカでは不況が長引くことになったわけだが、仮に安倍首相の賃上げを求める試みが実現した場合、黒田日銀が進める金融緩和のポジティブな効果が打ち消されてしまうのではないかと心配でならない。インフレが上昇する一方で、経済成長の停滞が続くのではないかと気が気ではないのだ。

この点はシンプルなAD-ASモデルを使って説明することができる。

abe-wage-shock

黒田日銀が現在進めている金融緩和は明らかに総需要の増加をもたらしているが、総需要の増加はAD曲線の右方シフトとして表現されることになる。金融緩和の結果として、経済の均衡は点Aから点Bへと移動し、インフレ率も実質GDP成長率もともに上昇することになるだろう。これは今まさに日本で生じている現象である。

一方で、安倍首相による賃上げの試みは負の供給ショックと見なすことができる。その試みの結果として実際に賃金が上昇した場合、AS曲線は左方にシフトし、経済の均衡は点Bから点Cへと移動することになるだろう。黒田日銀による金融緩和と安倍首相による賃上げの試みが同時に実施された場合、インフレ率は間違いなく上昇するが、実質GDP成長率と雇用にどのような影響が表れるかははっきりしない。

安倍首相が賃金の引き上げに本気にならないことをただただ祈るばかりである――ただし、総需要の伸びが高まる結果として自然に賃金が上昇する場合は別である。そのようなかたちで賃金が上昇することは望ましいことだと言える――。その代わりに、安倍首相にはアベノミクスの「第3の矢」――構造改革――にもっと真剣に取り組んでもらいたいところだ。

言い換えると、安倍首相はAS曲線を左方にではなく右方にシフトさせるよう試みるべきなのだ。そうすれば、アベノミクスはニューディールが犯した過ちを繰り返さずに済むことだろう。

  1. 訳注;名目賃金が物価の上昇率を上回るペースで上昇しない限りは []

アレックス・タバロック 「フィールズ賞は受賞者の生産性の低下を招いているか?」

●Alex Tabarrok, “Do Awards Reduce Productivity?”(Marginal Revolution, September 23, 2013)


 Fields

ジョージ・ボージャス(George J. Borjas)とカーク・ドーラン(Kirk B. Doran)の最近の論文(pdf)によると、フィールズ賞-40歳以下の若手の数学研究者に授与される数学界の「ノーベル賞」-を受賞した数学者の「生産性」は賞の受賞後に低下する傾向にあるということだ。彼らの論文では、数学者の「生産性」を測るにあたって、新たに公刊された論文の数や被引用回数(論文が引用された回数)、指導する大学院生の人数などのデータが利用されている。フィールズ賞受賞者とライバル・グループによる平均的な公刊論文数の推移を並べて掲げたのが冒頭のグラフである。フィールズ賞受賞者の生産性は賞の受賞後に公刊論文数が(賞受賞前のペースで論文の公刊が続いたと想定した場合と比べて、あるいは、ライバル・グループと比べて)年あたり1本ほど落ち込むというかたちで低下していることがわかる(この結果は統計的に有意である。生産性の低下の程度はここで取り上げた分析結果において最も大きく表れており、他の分析結果においてはその程度はもう少し軽微である)。

ただし、生産性の低下のすべてが名声に胡坐(あぐら)をかいた結果というわけではない。ボージャスらの論文によると、フィールズ賞受賞者は賞の受賞後に他の分野に手を伸ばす傾向にあるということだ。他の分野に手を伸ばすとなると、新たに学習をはじめる必要があり、そのためには時間がかかることになる。具体的な例をいくつかあげると、スティーヴン・スメイル(Stephen Smale)は経済学生物学の分野で論文を書いており、ルネ・トム(Rene Thom)はカタストロフィー理論の発展に貢献しており、デヴィッド・マンフォード(David Mumford)はパターン理論の分野に乗り出している。新たなトピックに関心が向いた結果として偉大な新発見につながる可能性もあるわけで、そういった意味では他の分野に手を伸ばことは必ずしもネガティブな効果を伴うわけではない。ボージャスらの推計結果によると、フィールズ賞受賞後の生産性低下のおよそ半分程度は名声に胡坐をかいた結果であり、残りの半分は(フィールズ賞受賞者が賞の受賞後に)新たな分野に手を伸ばした結果として説明できるということだ。

(ちょっとした参考までに触れると、ボージャスらの論文ではフィールズ賞を「prize」(プライズ)と表現しているが、個人的には「award」(アワード)と表現したいところだ。それというのも、私自身の著書で述べたように、特許の代わりとして考えた場合に、フィールズメダルやジョン・べイツ・クラークメダルなどのアワードとXプライズHプライズオルティーグ賞などのプライズとはその性質において大きく異なるからである。)

フィールズ賞の受賞は受賞者個人にとってはおそらく結構なことだろうが、数学という分野全体にとっても同様に結構なことと言えるかどうかは明らかではない(受賞者が名声に胡坐をかくことになる可能性だけではなく、彼らが他の分野に踏み出す可能性を考慮に入れたとしてもそうである)。フィールズ賞の表立った目的は、受賞者の今後の成果の足止めをもたらすことにではなく、さらなる成果を促す(将来の精進を促す)ことに置かれている。その目的を果たすために一体何ができるだろうか?

フィールズ賞はあまりにも重要度が高く、そのため賞の受賞自体が目的となっているのかもしれない。経済学の分野でフィールズ賞に相当するのはジョン・べイツ・クラーク賞である。この賞は経済学の分野において最も重要な貢献を果たしたと認められた40歳以下のアメリカの若手経済学者に授与されているものだが、チャン(Ho Fai Chan)らの研究(pdf)によると、ジョン・ベイツ・クラーク賞受賞者の生産性は賞の受賞後に上昇しているということだ。ジョン・べイツ・クラーク賞の獲得は将来のノーベル経済学賞受賞を予兆するものだと広く見なされているが、まさにそのためにジョン・ベイツ・クラーク賞は受賞者のさらなる研究意欲を刺激する効果を持っているのかもしれない。というのも、ジョン・ベイツ・クラーク賞の受賞者はどデカイ賞が自らの手の届く範囲にあることを意識するようになるからだ(リンク先のコラムの特に最後の文章に注目されたい)。トーナメントにおいては、能力のレベルごとに賞を複数の段階に分けて用意することが重要なのである。

賞の授与が受賞者の生産性にどのような影響を及ぼすかといった問題を考える際には、適切な反実仮想(counter-factual)を想定すること もまた重要である。「フィールズ賞受賞者の生産性は賞の受賞後に低下する」というボージャスらの発見をまごうかたなき真実として受け入れたとしても、(フィールズ賞にとどまらず数学界にあるすべての賞をなくせば数学者の生産性は上昇する、ということにはならないことは言うまでもなく)フィールズ賞をなくせば数学者の生産性は上昇する、ということになるわけではない(注意すべきは、受賞者個人の生産性よりも賞の獲得を目指して競い合うライバルたちの生産性の方が重要であるかもしれない点(拙訳はこちら)である)。考え得る改善策のうちでおそらく最も正当化できる案は、若手に賞を与えるべからず、ということになるだろう。ノーベル経済学賞がそうであるように、フィールズ賞も生涯を通じた成果(功績)に対して授与されるようになれば、さらなる精進が促される結果となるかもしれない。

かつてポール・サミュエルソン(Paul Samuelson)は次のように述べている

科学者はアダム・スミスの描くビジネスマンに負けず劣らず貪欲で競争心に溢れる存在である。ただし、科学者が追い求めるコインはリンゴや木の実やヨットではない。また、コイン(お金)そのものでも(一般的に使用される意味での)権力でもない。科学者は名声(fame)を追い求めるのだ。

さて、最後にコーエン(Tyler Cowen)の著書のタイトルをもじって締め括るとしよう。「若くして手に入る名声は一体どのくらいの価値があるのだろうか?」(what price early fame?)

アレックス・タバロック 「企業の経営者が実力以上の報酬を支払われるべき理由」

●Alex Tabarrok, “Why executives should be paid more than they deserve”(Marginal Revolution, September 22, 2003)


企業の従業員に対する賃金の支払いが限界生産性に応じてなされているとすると、なぜCEO(最高経営責任者)の中にあれほど高額の報酬を受け取っている人物が存在するのかを理解することは困難となる。しかし、ここでCEOの報酬を(トーナメント戦での勝者に与えられる)賞金(prize)の一種だと考えてみるとどうだろうか。高額の賞金の存在はCEOの地位を目指して多くの人々(最終的にはCEOになれない人々も含めて)が一生懸命に働く動機付けとなることだろう。ラジアー(Edward P. Lazear)とローゼン(Sherwin Rosen)のトーナメント・モデル(JSTOR)によると、 企業の利潤が低下しているにもかかわらずCEOの報酬が上昇することは理にかなっている可能性さえあるのだ。結局のところ、やる気が何よりも必要とされる状況においてこそ賞金の額は最も高く設定されるべきではないだろうか?  こんなことを言うと、やはり経済学者は資本家階級のちょうちん持ちに過ぎないのだと感じられる御仁もおられるに違いないが。

タイラー・コーエン 「世界を変えた知識人たち」

●Tyler Cowen, “Which intellectuals have influence?”(Marginal Revolution, August 9, 2011)


影響力のある知識人として一体誰の名前を挙げることができるだろうか? ベン・カスノーカ(Ben Casnocha)によると、どうやら私の判断基準は彼の目には厳しく映るらしい。ただここで注意してもらいたいのは、「多くの人々の考えに影響を及ぼした」という意味ではなく、「現実の世界を変えた」という意味で「影響力のある」との表現を用いていることである。そのような意味でこれまでに(過去に)真の影響力を発揮してきた(真に影響力のあった)知識人を数人列挙すると以下のようになるだろう。

1. ジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs): 今では数多くの都市プランナー(都市計画家)が彼女の批判を心に留めている。時に行き過ぎなこともあるくらいだ

2. レイチェル・カーソン(Rachel Carson)をはじめとした多くの環境保護主義者 その影響は明らかだろう。

3. ミルトン・フリードマン(Milton Friedman): 彼が現実の世界に及ぼした影響は多岐にわたっているが、中でも世界中における市場経済化・経済の自由化に向けた改革運動を鼓舞し、変動為替相場制度への移行を後押しし、初期のデリバティブ取引の知的裏付けを与えた点を挙げることができるだろう。また、マクロ経済政策の主軸が財政政策から金融政策へとシフトする上で大きな役割を果たしたのも彼であった。

それでは現時点で真の影響力を発揮している知識人は誰になるだろうか? 先ほどと同様に、以下に数人だけ列挙することにしよう。

1. ピーター・シンガー(Peter Singer): 肉食を拒否する人が増え動物の権利(アニマル・ライツ)の擁護を求める運動がこれまで以上に知的に信頼の置けるものと見なされるようになったのは、彼の力によるところが大きい。

2. ムハマド・ユヌス(Muhammad Yunnus): 彼自身がマイクロクレジットの発案者というわけではないものの、彼のおかげでマイクロクレジットが有名になり、このアイデアが多くの国々に広まることになった。

3. リチャード・ポズナー(Richard Posner): 判決を下し、自らの意見を述べるにあたって経済学の概念に依拠する裁判官の数が多くなっているが、それは彼のおかげである。

真の影響力を備えている知識人の大半は、自らの人生のかなり多くの時間を単一の非常に限定された課題や手法に費やしている傾向にある。他にもバーナンキ(Ben Bernanke)(確かに特殊な例ではあるが、真の影響力を備えていることは疑い得ない) や(貧困問題との絡みで)チャールズ・マレー(Charles Murray)、(フェミニズム運動との絡みで)ジャーメイン・グリア(Germaine Greer)の名前を付け足すことができるだろう。アーサー・ラッファー(Arthur Laffer)もある意味そうなのかもしれない。ジェネラリスト(generalist)が大きな影響力を持ち得た時代がかつてはあったわけだが、フリードマンはそういった意味で1 先祖返りの稀有な例だと言えよう。

反対に、これまでに現実の出来事にそれほど影響を及ぼしてはいない人物をこのリストの中からピックアップすると次のようになるだろう。ジャレド・ダイアモンド(Jared Diamond)、リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)、スラヴォイ・ジジェク(Slavoj Žižek)、クリストファー・ヒッチンズ(Christopher Hitchens)、ポール・クルーグマン(Paul Krugman)、トニー・ジャット(Tony Judt)、ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)、フランシス・フクヤマ(Francis Fukuyama)、チャールズ・テイラー(Charles Taylor)、スティーブン・ピンカー(Steven Pinker)、ナオミ・クライン(Naomi Klein)、ニーアル・ファーガソン(Niall Ferguson)、そして事実上すべての経済学者。

おそらく上で列挙した人物は人々の全般的なものの見方に対して長期的な影響を及ぼし、その結果として長期的には現実の出来事に影響を及ぼすことになるだろうが、そうとも言い切れないところがある。というのも、ある人物のあれもこれもがすべてその人物の備える影響力として時とともに蓄積されるわけではなく、また仮に影響力が徐々に高まりを見せたとしてもそれがリセットされるという場合もあるからである。具体的にどうなるかはわからないが、限定された問題に焦点を絞って取り組んできた人物こそがこれまでに真の影響力を発揮してきたということだけは確かである。

「今後大きな影響力を発揮するかなり高い可能性を秘めている」知識人としては、エスター・デュフロ(Esther Duflo)やジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs)、ポール・ローマー(Paul Romer)、そして(医療保険制度改革の一つであるパブリックオプションとの絡みで)ジェイコブ・ハッカー(Jacob Hacker)の名前を挙げておきたいと思う。

「むなしい改革運動家」( “futile crusaders” )とでも呼べるような知識人としては、例えば、グリーン・エネルギー革命の実現に向けて中道的な政治運動の高まりを求めるトーマス・フリードマン(Thomas Friedman) や現状の知的財産権や政治資金調達プロセスの改革を求めるローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig)を挙げることができるだろう。勿論、今後の展開次第では彼らが大きな影響力を発揮する可能性もあるにはある。だが個人的な見解としては、今後仮にグリーン・エネルギーの活用が進んだり、知的財産権の改革が実現したとしても、知的論争の場で勝利が収められた結果としてではなく、テクノロジーや価格の変化の結果としてそうなる可能性が高いと思われる。

総評すると、知識人が現実の世界に対して大きな影響を及ぼすことは非常に難しいということだ。

  1. 訳注;ジェネラリストであったにもかかわらず大きな影響力を発揮したという意味で []

タイラー・コーエン 「マクロ経済学に革命をもたらした経済学者たち」

●Tyler Cowen, “Economists who revolutionized macroeconomics”(Marginal Revolution, August 31, 2005)


以下のリストは先日の大学の講義で使用したものである。

デイヴィッド・ヒューム(David Hume): 彼が1752年頃に著した貨幣に関するエッセイは今でもこの話題を巡る最高の作品の一つである。選外佳作として、1734年に正貨流出入メカニズム1 のあらましを述べたアイザック・ジェルヴァイズ(Isaac Gervaise)の名前にも言及しておこう。

アダム・スミス(Adam Smith): 経済成長こそがすべてだ。・・・何か異論でも?

トマス・マルサス(Thomas Malthus): 彼はあまりにも過小評価され過ぎのマクロ経済学者だ。人口動態の重要性を指摘したことは言うまでもないが、彼は総需要や価格-費用マージン2 といった問題についてもしっかりと把握していた。

デヴィッド・リカード(David Ricardo): 独創的なマクロ経済学者であったとは言えないが3 、彼は当時の政策問題4 を論じるにあたって貨幣数量説を応用することは可能だということを示してみせたのであった。

ヘンリー・ソーントン(Henry Thornton): 彼はかなりの切れ者5 だ。(現在で言うところの)マクロ経済学の分野でそれまでになされたあらゆる業績の中から最善のものを選びとり、それらを一切のミスもなしに見事に統合してみせたのだ。しかしながら、彼の影響力はヴィクセルやオーストリア学派が表れるまではそれほど大きなものではなかった。

クヌート・ヴィクセル(Knut Wicksell): 彼は経済の実物部門と貨幣部門とを統一して分析することは可能だということを示してみせた。加えて、彼は現代の実物的景気循環(リアルビジネスサイクル)理論のおよそ90%にあたる知見を予見していたと言えるだろう。

ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes): 彼の(『一般理論』以外の)別の側面を知りたければ、マネタリスト的な立ち位置の『貨幣改革論』(Tract on Monetary Reform)やあるいは『人物評伝』(Essays in Biography)の一読をお勧めする。どちらもともに傑作である。

ミルトン・フリードマン(Milton Friedman): 彼の最も重要なアイデアの多くは、過去の洞察(知恵)――とりわけ、アーヴィング・フィッシャー(Irving Fisher)による洞察――を復活させたものであった。しかしながら、彼が現実社会に与えた影響は広大なるものであった。

1979年から1990年にかけての「理論のブーム」期: このブーム期においては、経済学の道具箱の中にあるありとあらゆるアイデア――ゲーム理論や逆選択(adverse selection)、不完全競争などなど――がマクロ経済学の分野に応用されたのであった。ところで、このブームを支えた功績を一体誰に帰したらよいだろうか?

この先の未来:?????  純粋理論の発展ということで言うと、現在我々は変化の緩やかな時代に生きていると言えるだろう。

しかし、(今後マクロ経済学に革命をもたらす可能性がある存在の中から)あえてダークホースを選ぶとすると、フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek)ということになろうか(それともミーゼス(Ludwig von Mises)?)。あのポール・クルーグマン(Paul Krugman)でさえもハイエクのアイデアを拝借しているのだ。

(追記)ウェズリー・ミッチェル(Wesley Clair Mitchell)の名前も言及に値するだろう。他の候補については、このエントリーのコメント欄における上から2番目のコメント(Kurt Schuler氏によるコメント)を参照してもらいたい(訳注;227thdayさんによる翻訳はこちら)。

  1. 訳注;国際金本位制下における国際収支の自動調整メカニズム []
  2. 訳注;財の販売価格とその財の生産に要する費用との差 []
  3. 訳注;マクロ経済学の理論の発展に貢献したとは言えない、という意味。 []
  4. 訳注;リンクが切れているため、代わりに山形浩生氏が翻訳されているヴァージョンに差し替えた。 []
  5. 訳注;上に同じ。 []

ニック・ロウ「講義ノート:銀行と貨幣」

Nick Rowe “Teaching notes on banks and money“(18 September 2013, Worthwhile Canadian Initiative)


(これは中級レベルの学生を対象にしている。「ざっくりとした絵」的なもので、仕組みの詳細について立ち入るものじゃない。でも既にとても長い。)

銀行は貨幣を創りだす金融の仲介者だ。銀行が特別なのは貨幣が特別だからだ。僕たちが牛を貨幣として使っていたら、牧場が特別になっていただろう。牧場が貨幣を創りだすのだから。
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スコット・サムナー 「ノー・テイパー声明を自己流で翻訳すると・・・」

●Scott Sumner, “Monetary offset in Fedspeak”(TheMoneyIllusion, September 18, 2013)


以下は本日のFOMC(連邦公開市場委員会)後に公表された声明文の一部である(ゴシック体による強調は私が追加したもの)。

連邦政府による財政緊縮の影響を踏まえた上で判断すると、我々が既存の資産購入プログラムに乗り出して以降のこの1年の間に生じた経済活動と労働市場における改善に向けた動きは、経済全体の力強さがその勢いを増していることの反映だと見なして差し支えないものと思われる。しかしながら、今回我々は、資産の購入ペースの調整に乗り出す前に、経済活動ならびに労働市場における改善に向けた動きが持続的であることを示す更なる証拠を待つ必要があると判断し、既存の資産購入プログラムを継続する旨を決定した。それゆえ、今後もこれまでと同様に、月額400億ドルのペースで住宅ローン担保証券(MBS)の購入を進めるとともに、月額450億ドルのペースで長期国債の買い入れを進めていく意向である。加えて、これまでと同様に、満期を迎えた政府機関債(エージェンシー債)と住宅ローン担保証券の償還元本を住宅ローン担保証券に再投資するとともに、満期を迎えた財務省証券の償還元本を財務省証券の入札用原資として再投資する意向である。既存の資産購入プログラムの継続は、長期金利に対する下落圧力として働き、住宅ローン市場の円滑な機能の支援につながるとともに、金融市場全般にわたる一層の緩和圧力として作用することが予想される。その結果、これまで以上に力強い景気回復が促されるとともに、インフレがFOMCに課せられた2重の責務(dual mandate)と合致する水準に向けて徐々に上昇する格好となることだろう。

自己流で翻訳すると次のようになろうか。

「我々FOMCは、法律によって課せられた成長とインフレに関する目標の達成を堅く決心している。しかしながら、連邦政府による財政緊縮のために、その目標を達成できない恐れがある。そこで今回我々は、大方の予想とは異なり、現段階では量的緩和の縮小(taper)には乗り出さないことを決定した。それというのも、仮に今の段階で量的緩和の縮小に乗り出そうものなら、連邦政府が進める財政緊縮によって実質GDP成長率とインフレが我々の目標から乖離する事態を許してしまう可能性があるからである。そのような事態は到底受け入れられるものではない。議会と大統領に対しては申し訳ないが、成長とインフレのコントロールは我々FOMCの仕事である。 成長とインフレをコントロールする能力を取り戻し、成長とインフレがそれぞれ目標に達するまでは我々FOMCは量的緩和の縮小に乗り出すつもりはない。 」

もっと端的に翻訳するとこうだ。

「財政乗数はゼロである。」

ラルス・クリステンセン 「サマーズ辞退の金融緩和効果」

●Lars Christensen, “Chuck Norris is back in the running”(The Market Monetarist, September 16, 2013)


ジョセフ・スティグリッツ(Joseph Stiglitz)の意見に同意することなどほとんどないのだが、彼が主張しているようにバーナンキFRB議長の後任にローレンス・サマーズ(Lawrence Summers)を指名するなんてことは間違いだと私もかねてから考えていた。そのため、サマーズが次期FRB議長の指名レースから自ら降りる意向を示したというニュースを聞いて、スティグリッツも私と同様に喜んでいることだろう。

オバマ大統領に宛てた手紙の中でサマーズは次のように述べている。

拝啓

親愛なる大統領閣下

今回こうして手紙をしたためさせていただいたのは、FRBの次期議長候補から私のことを外していただきたいとの意向をお伝えするためです。

あなたが新たな大統領に就任された当初、我が国は深刻な景気後退に陥っていました。そのような厳しい状況の中、あなたはリーダーシップを発揮して雇用の促進と中産階級の支援を目指した一連の政策を取りまとめられましたが、その政策のおかげで我が国には持続的な景気回復がもたらされることになりました。政権発足当初よりあなたとともに経済の難しい舵取りの仕事に取り組むことができ、私としては大変光栄に感じる次第です。

現在我が国は複雑な状況に置かれています。仮に私が次期FRB議長候補に指名され、議会での承認を受けるとなった場合、その過程では辛辣な議論が巻き起こされることが予想されます。そのような事態はFRBや大統領率いる現政権、そして我が国の経済の今後にとっても利益とはならないだろうとの結論に今回不本意ながらも至った次第です。

現在あなたは、経済的な繁栄が幅広い層に行き渡るよう保証することで我が国経済の基盤を一層強化しようと試みられている最中です。加えて、あなたが2009年に大統領に就任した際に直面したような事態に将来の大統領が二度と煩わされないでも済むよう保証するために金融システムの改革に取り組まれている最中でもあります。今後とも何らかのかたちでそのような大統領の努力を引き続き支えることができますことを楽しみにしております。

敬具

ローレンス・サマーズ

このニュースを受けてマーケットはどのような反応を見せただろうか? 株価は上昇し、ドルは下落し(ドル安に振れ)、各種金利は低下した。言い換えると、先週の金曜日と比べてアメリカでは一層の金融緩和が進んだわけである。

つまりは、次期FRB議長候補レースから自ら降りる決断を下したことでサマーズは一層の「持続的な景気回復」と一層の「雇用の促進」につながるような効果をもたらしたわけである。私がそう判断しているというわけではない。マーケットがそう判断しているのである。

チャック・ノリスに手出ししちゃいけないよ、というわけだ。