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Archives for 10月 2017

サイモン・レン=ルイス「イギリスで利上げすべきでない理由: 手短に」

[Simon Wren-Lewis, “A short guide to why we should not raise UK interest rates,” Mainly Macro, October 30, 2017]

木曜に金融政策委員会が利上げするだろうと誰もが予想している.そんなことをすれば,失敗になるだろう.金利変動をめぐる報道の議論は,通例,経済状況に関する大量のデータやグラフが盛り込まれる.ここでは,その反対のことをやりたい:つまり,イギリスでいますぐ利上げするのが過ちだということを理解するのに必要最小限のことだけを提示したい.
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アレックス・タバロック「電子タバコは人命を救う」

[Alex Tabarrok, “Vaping Saves Lives,” Marginal Revolution, October 13, 2017]

電子タバコはタバコほど危険ではない一方で、ニコチン摂取では同程度に効果的だ Levy et al. の推定によれば、もしも世の中の喫煙家たちが電子タバコに切り替えたら、それで伸びる寿命は数百万年にのぼるという。いままでタバコを吸っていなかった人たちが電子タバコを吸い始めるだろう割合を考慮に入れても、それほどの数字になるそうだ。(著者たちは全員、ガンの研究者・統計学者・疫学者としてガンの死亡数を減らすのに取り組んでいる人たちだという点は念頭に置いておきたい)
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ローラン・ブトン, パオラ・コンコーニ, フランシスコ・ピノ, マウリツィオ・ザナルディ 「銃と票: 無気力なるマジョリティにたいする強硬派マイノリティの勝利」(2017年10月6日)

Laurent Bouton, Paola Conconi, Francisco Pino, Maurizio Zanardi, Guns and votes: The victory of an intense minority against an apathetic majority , (VOX 06 October 2017)


合衆国市民のおよそ90%が支援しているのにもかかわらず、銃購入にたいするバックグラウンドチェック強化案は合衆国上院で廃案となった。「銃規制のパラドクス」 は、投票者のもつ選好の強さがさまざまな政策論点により異なるという事実、そしてそれにもかかわらず投票権者には雑多な政策論点に責任をもって取り組むべき政治家を選ぶのに、たった1つの票しか与えられていないという事実、これで説明できる可能性がある。これら特徴を取り込んだモデルは、合衆国議会上院の投票行動をうまく予測する。改選が近くなるほど上院議員は銃擁護の票を投じる傾向が高くなる。そして銃問題にかんして意見を翻すのは、民主党員のみである。

編集者注: 本稿は初め2013年12月に公表されたもの。最近の悲劇的事件を受けて、また新たに政策的関連性を得た。

2012年12月14日、コネティカット州ニュータウン市サンディ・フック小学校の銃撃事件で、児童20名および職員6名が殺害された。この悲劇を経て急激に高まった銃規制支持の世論にもとづき、オバマ大統領は新たな銃規制の導入形態にかんする直接的勧告案を提示するタスクフォースの編制を宣言、この 「国家を揺るがす銃暴力の蔓延」 に終止符を打とうとした。

一年が過ぎたが、合衆国議会はより厳格な規制の導入ができずにいる。広範な世論的支援があるにもかかわらず。The Economist で指摘されたように、「さらなる銃規制を求める動きが昨年10月のニュータウン市銃撃事件のすぐあと現れたとき、焦点があてられたのは次の3点だった: アサルトウェポン、高キャパシティマガジン、バックグラウンドチェックだ。しかし新たな銃規制法を求める熱気は急速に薄れてゆく。次第に明らかになってきたのは、アサルトウェポンおよび高キャパシティマガジン追放の運動が、法律制定に必要な票を得られそうにないという状況だ。銃規制推進派はバックグラウンドチェックシステムの強化を目指すほかなくなった。だが、結局それさえ高望みだったのだ」(The Economist 2012)。

2013年4月17日、銃展示会やオンラインでの私的な売買にたいするバックグラウンドチェックを要請する穏健な運動さえ、上院で廃案となった。これは驚くべき事態ではないか。そもそも当時とりおこなわれた世論調査は全て、合衆国市民のマジョリティが同施策を支持していると示していたのである1。オバマ大統領の言葉をきこう: 「90%が支持したものがそれでもなお実現しないなどという事態が、一体なぜ起こるのか?」

銃規制パラドクスの解明

合衆国議会議員のあいだにみられる銃規制支持への躊躇は、合衆国市民の大半がそれを支持している事実があるだけに、関連分野における長年の謎であった。Schuman and Presser (1978) はこの謎をさして 「銃規制のパラドクス」 との言葉を用いた。Goss (2006) の主張するように、1つの考え方としては、「アメリカ人の銃所有者は強硬派であり、よく組織されているだけでなく、候補者にその銃規制にたいするポジションだけを基準に反対票を投ずることを厭わないのだ」 という説明もありうる。銃所有者は 「強い動機をもつ、強硬派マイノリティを構成」 し、「相対的に無気力なマジョリティを圧倒」 しているのだ。

われわれは最近の論文 (Bouton et al. 2013) で、このアイデアの定式化を試みつつ、選挙に関連したさまざまなインセンティブが政治家に銃擁護のスタンスを取らせ、選挙民の中のいちマイノリティの利益に沿うよう突き動かしていることを示す実証データを提示した。われわれが提案する理論モデルは、政治家がおこなう第一義的 (primary) および第二義的 (secondary) な政策論点にかんする投票をとらえたものである。前者は、投票権者のマジョリティが相対的に多くの関心をむけている論点をさし、公共支出の水準などがこれにあたる。後者は銃規制の把捉をめざすもの – すなわち、なんらかのマイノリティ集団が相対的に強い関心をむけている論点だ。ところで、現職政治家の第二義的政策論点にかんする選択方針については、マイノリティのほうがより多くの情報をもっている可能性がある。こうした状況のなか、市民には雑多な政策論点に自らに代わり責任をもって取り組むべき議員を選択するのに、たった1つの票しか与えられていない。そうなると政治家は第二義的政策論点につきこうしたマイノリティに阿る態度をとりながらも、マジョリティの支持を大幅に失わずに済む可能性がある。本モデルは次の3つの検証可能な予測結果を出している:

  • 一、任期終了を間近に控えた政治家は、自らの政策的選択が改選の見込みにおよぼす影響が大きいほど、銃擁護のスタンスを取る傾向が高くなる。
  • 二、銃規制にかんし 「翻意」 する政治家は、銃規制に好意的であり、かつ、改選を気に掛けている者のみである。こうした政治家は、自らの政策選好と改選   意図とのあいだの葛藤に直面するためだ。
  • 三、選挙が近づこうが、銃規制に反対し、かつ/または、改選を気に掛けていない、政治家の投票行動にはなんら影響がない。

合衆国議会上院における投票行動

以上の予測の妥当性を評価すべく、われわれは1993-2010年期間において上院でおこなわれた銃規制にかんする投票の決定因子を検証した。合衆国議会上院のズレ構造 (staggered structure) – 議員は6年任期だが、三分の一の議員が2年ごとに改選される – は、選挙の近さが銃規制立法にたいする政治家の投票行動に作用するのかを検証するための擬似実験的環境を与えてくれる。この構造のおかげで、所与の投票について、3つの異なる 「世代」 – すなわち、異なる時期に改選される層 – に属する上院議員の行動が比較可能になる。

モデル予測と軌を一にする、次の3つの主要結果が得られている:

  • 一、上院議員の最古参世代 (すなわち、2年以内に改選をむかえる者) は、それ以前の2世代よりも銃擁護の投票をする可能性が高い。

影響は相当大きく、また計量経済学的方法論やサンプルにする投票事例をさまざまに変えてみても、また上院議員の銃規制にたいする投票行動を駆動しているその他要素を考慮した多様な調整要素を組み入れても、頑健性を保った。

  • 二、民主党の上院議員のみが銃規制にかんして翻意する – 任期最後の2年間になると、これら議員が銃擁護の投票する確率は、15.3%から18.9%増加する。
  • 三、選挙が近づいても、改選を気に掛けていない上院議員の投票行動にはなんら影響がない。気に掛けていないというのは、リタイアするつもりなのか、議席確保がかなり確実であるか、その何れかである。

銃規制投票の決定因子にかんする本研究結果は、世論の圧倒的な支援があったにもかかわらず、ニュータウン市での悲劇を経ても合衆国議会がより厳格な規制を導入しなかった理由を解明する手掛かりになる。われわれの実証的モデルは、直近の4月のバックグラウンドチェックにかんするManchin–Toomey修正案が上院で廃案となることをじっさいに予測した2

まとめ

間接民主主義国では、政策選択が選挙民マジョリティの欲するところから逸脱する場合がままある:

  1. 投票権者はさまざまな政策論点で選好の強さが異なる; また
  2. 投票権者には、雑多な論点に自らの代わりに責任をもって取り組むべき代表者を選出するために、たった1つの票しか与えられていない。

言わずもがなだが、ロビー集団による財政的圧力が、政治家の選択とマジョリティの選好とのあいだの対応性の欠如を助長している可能性はある。じっさいわれわれの実証成果では、銃権利ロビーからより大きな選挙キャンペーン的貢献を享受している上院議員ほど、銃擁護のスタンスを取る傾向もより高くなることが確認された。しかしながら、このロビー集団による財政的圧力も、選挙の近さが上院議員の投票行動におよぼす銃擁護的影響までは説明できない – 個々の上院議員がその任期をとおして獲得する支援分を調整したあとでさえ、これら議員は改選が近づくと銃擁護の投票をおこなう傾向が高まることが判明しているのだ。したがって、NRAのような銃権利ロビーの力は、かれらの財布の中身だけでなく、こうしたロビー団体のメンバーが単一争点のみにこだわる投票権者である事実にも負うところがあるようである3

総論的には、一緒くたにされた雑多な政策論点を解きほぐしてゆく市民のイニシアチブが、市民の選好と政策アウトカムのあいだの対応性を向上させる手掛かりとなりうる (Besley and Coate 2008)4。各論的には、合衆国諸州のなかでも、一般市民が投票で新立法の可決/否決を決定できるところでならば、より厳格な銃規制を導入できるかもしれない5。とはいえ、市民イニシアチブの場合であれ、投票権者の選好の強さは重要だ。たとえば、イチシアティブの組織には金と時間そうほうで非常にコストが掛かるが、銃規制にたいし強硬に反対する市民ほどそうしたコストを厭わない傾向があるかもしれない。くわえて、銃規制肯定派の市民ほど投票コスト (例: 時間を割いて有権者登録する・仕事の予定を組み直す・投票所に足を運ぶ・候補者情報を収集するなど) を厭わないかもしれない。かくして強硬派マイノリティは、無気力なるマジョリティにたいする優位をなお保ちうるのである。

参考文献

Besley, T and S Coate (2008), “Issue Unbundling via Citizens’ Initiatives”, Quarterly Journal of Political Science, 3: 379–397.

Bouton, L, P Conconi, F J Pino, and M Zanardi (2013), “Guns and Votes”, CEPR Discussion Paper 9726.

The Economist (2013), “Over before it began”, 24 April.

Goss, K A (2006), Disarmed: The Missing Movement for Gun Control in America, Princeton University Press.

Schuman, H and S Presser (1978), “Attitude Measurement and the Gun Control Paradox”, The Public Opinion Quarterly, 4: 427–438.

1 たとえば、2013年4月にとりおこなわれたABC News–Washington Postの世論調査は、回答者の86%が銃展示会やオンラインでの銃売買にたいするバックグラウンドチェックを支持していると示した。2013年1月にとりおこなわれたCBS News–New York Timesの世論調査によると、92%の合衆国市民が全面的バックグラウンドチェックを支持していたという。

2 1993–2010年期間にかんする推定値にもとづき、われわれは99人中93名の上院議員について、2013年4月14日のマンチン–トゥーミー修正案にたいする投票を正しく予測した。ただし、多数党院内総務ハリー・リードは除く。かれは、幾つかの手続き上の理由から、本修正案にたいし反対票を投じたためだ。合衆国議会上院では、議事妨害をのりこえて法案を先に進めるために必要な60票が得られなかった。われわれの予測した票差 (51-48) は、実際のもの (53-46) にきわめて近いものとなっている。ただし、ここでもハリー・リードは除いた。

3 Slateに掲載されたある記事が指摘するように、「NRAは大方から本国における最も強力なロビー集団だと見做されている。財源はどちらかといえば控えめといったところでメンバーもちょうど4百万人程度なのだが。[…] NRAはほとんど銃規制の論点のみに専念しているため、かれらの指導層はその立法関連の目的を徹底的に追求できる体制になっている。おそらく最も重要な点だが、NRAはそのメンバーの多くが組織そのものと同じくらい一点集中型の考えをしている。世論調査では、相対的に多くのアメリカ人が銃規制の緩和よりその強化に好意的である旨がしばしば示されるが、銃権利推進派はこの論点における反対陣営とくらべ、一点集中型である可能性がはるかに高いのだ」(Slate, 29 June 2012)。

4 直接イニシアチブ (direct initiative) の手続きは、市民が立法案や憲法修正の形をとる請願を提出することを可能にする。この請願が十分な世論の支持を獲得した場合、その施策はそのまま投票に直行する段取りとなる。そのさい初めに立法府に法案を提出しておく必要はない。

5 たとえば、「イニシアチブ594」 としても知られる 「銃購入に関する全面的バックグラウンドチェックを求めるワシントン州イニシアチブ (Washington Universal Background Checks for Gun Purchases Initiative)」。本イニシアチブがワシントン州で2014年11月4日の投票用紙に記載されるかもしれない。本施策が投票権者により可決された場合、ワシントン州で銃を購入する全ての人を対象とするバックグラウンドチェックが要請されるようになる – これには私的な取引をとおして購入する者も含まれる。

 

スコット・サムナー「ジョン・テイラーが連邦準備制度議長のよい選択肢かもしれない理由」

[Scott Sumner, “Why John Taylor might be a good choice for Fed chair,” The Money Illusion, October 16, 2017]

これまでに何度か,ケヴィン・ウォーシュの FRB議長指名に反対するポストを書いておいた.さて,ジョン・テイラーの株が上がっているという噂があちこちで出てきている:
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ジョン・コクラン「付加価値税」

John Cochrane ”VAT — full textThe Grumpy Economist, October 4, 2017


掲載から30日経ったので,ほかのすべての連邦税に代えて付加価値税を勧めるという趣旨でWall Street Journalに掲載した論説をここにも掲載しよう。前回のブログポストにはさらなる補足がある。
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ジョン・H・コクラン
2017年9月4日東部標準時 2:38 pm

トランプ政権と有力議員たちはまもなく税制改革提案を明らかにするだろう。報道では,この提案には法人税と所得税の引き下げのほか,一部の税額控除の終了が含まれている。しかし,優遇された(あるいは冷遇された)集団に(あるいは集団から)所得を移転する手段として主に税法を捉える人々や,控除,特例,補助金を支持者に与える政治家たちの普通の利益によって真の改革は阻害されることが多い。

したがって物事が常の通りに動くならば,アメリカの複雑で機能不全な税法が大きく変わることは期待できない。しかし,この国の指導者たちが本当に抜本的な改革を行おうとしていたならば,彼らはこの政治的行き詰まりを打開することもできた。変化は有権者にとって簡単で分かりやすく魅力的なものでなければならない。そして規制改革を伴った抜本的な改革だけが経済成長を3%あるいはそれ以上に引き上げることができる。 [Read more…]

ラルス・クリステンセン 「ハイエク、ピノチェト、シシ将軍」(2013年7月12日)

●Lars Christensen, “A Hayekian coup in Egypt?”(The Market Monetarist, July 12, 2013)


(おことわり:今回のエントリーは金融政策とは一切無関係のネタを扱っている。その点ご注意いただきたい)

チリの独裁者であるアウグスト・ピノチェト(Augosto Pinicohet)に関するハイエクの見解をめぐってブログ界で非常に興味深い――ハイエクのファンにとっては不愉快なところのある――論争がしばらく前から継続中だ。事の始まりはおよそ1年前(2012年の7月)に書かれたコリィ・ロビン(Corey Robin)――保守派やリバタリアン陣営の思想家に対してかねてより左派寄りの観点から批判を加えている論者――によるこちらのブログエントリー。「フリードリヒ・ハイエクはアウグスト・ピノチェト率いる血なまぐさい体制の熱烈な支持者だった」。コリィはそう述べている。

白状しなければならないが、コリィのエントリーを(1年前に)はじめて読んだ時はきちんとした証拠に裏付けられた説得力のある主張だと感じたものだ。ハイエクの長年のファンを自認している身としては愉快とは言えないものの確かにそう思わされたのだ。その後、かれこれ1年間にわたりコリィの主張をめぐってブログ界で断続的に論争が繰り広げられ、私もその論争を追ってはいた。とは言え、じっくりと腰を据えて論争の様子を眺めていたわけでもなければ、論争の過程で持ち上がってきた個々の争点のすべてに対して自分なりの意見を固める努力をしてきたわけでもない。

コリィに対してはリバタリアンの面々から数多くの批判が寄せられている。そのうちの一人がケビン・ヴァリエ(Kevin Vallier)であり、彼による最新の(コリィに対する)反論(“Hayek and Pinochet, A Discussion Deferred For Now”)がBleeding Heart Libertariansブログに投稿されたばかりだ。ピーター・ベッキー(Pete Boettke)もこちらの大変優れたエントリーで関連する話題を取り上げている。

この論争には数多くの学者が参戦しているが、残念なことにこれまでのところは誰も論争のまとめ役を買って出てはくれていないようだ。いや、私がその役目を引き受けようというのではない。正直なところ、誰が正しくて誰が間違っているのかと問われても私は何の意見も持ち合わせていないのだ。それならなぜわざわざこの論争を取り上げたのかという話になるが、ハイエクとピノチェトの関係にまつわる論争はエジプトで現在進行中の出来事(シシ将軍率いる軍事クーデター)と密接な関わりがあるように感じられ、そのことについて少々触れておきたいと思ったのだ。 [Read more…]

サイモン・レン=ルイス「経済学者:イデオロギー過剰,経験則過少」

[Simon Wren-Lewis, “Economists: too much ideology, too little craft,” Mainly Macro, October 9, 2017]

昨日、ポール・クルーグマンがこんな議論を書いている——金融危機をふまえて新たな経済学思想が必要だという考えはまちがっているけれど、ビッグマネーや政治的右派に好都合な影響力あるイカレた考えにつながったのだという。ポールが言っていることには賛成する部分も多いけれど、付け加えたい点もある。いま考えていることは、ちょうどいまダニ・ロドリックの新著『貿易を率直に語れば』を読んでいる真っ最中なことに強く影響されている(この本については、できれば後日もっと語りたい)。
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タイラー・コーエン 「ハイエクとピノチェト」(2013年6月26日)

●Tyler Cowen, “On the Hayek-Pinochet connection”(Marginal Revolution, June 26, 2013)


コリィ・ロビン(Corey Robin)が「ハイエクとピノチェトの交わり」をテーマに長文のブログエントリーを物している。その一部を引用しておこう。

ハイエクはチリの独裁者(ピノチェト)の求めに応じた。自分の秘書に頼んで執筆中の本の草稿の一部をピノチェトのもとに届けさせたのである。ピノチェトの手に渡ったのは後に『Law, Legislation and Liberty』の第3巻(邦訳『法と立法と自由 Ⅲ』)の第17章―― “A Model Constitution”(「立憲政体のモデル」)――として結実することになった箇所である。その中では「国家緊急権」(“Emergency Powers”)についても一節が割かれているが、そこでは自由社会の「長期的な存続」が危ぶまれるような場合に限っての一時的な独裁が擁護されている。「長期」というのはどうとでも取れる曖昧な表現だが、ハイエクが「自由社会」というのを自由民主主義(liberal democracy)という意味では使っていないことははっきりしている。「自由社会」という表現にはもう少し特殊で癖のある意味が込められている。「政府による強制的な権力(権限)が行使される範囲が正しい振る舞いにまつわる一般的なルール(universal rules of just conduct)の執行の分野だけに限定されており、政府による強制的な権力が具体的な目的を達成するためには利用できないようになっている」社会、それがすなわちハイエクが考える「自由社会」である。「政府による強制的な権力が具体的な目的を達成するためには利用できないようになっている」という最後のフレーズにはあれやこれやの数多の役割が担わされることになる。例えば、富の分配のあり方を一定方向に誘導するために政策的に富の再分配を図ることは「具体的な目的を達成」しようとする行為に含まれることになる。つまり、自由社会への脅威となるのは外敵(他国との戦争)や内戦だけに限られるわけではないかもしれず、さらには(自由社会への)脅威はすぐそこに差し迫っているわけでもないかもしれない。『法と立法と自由』のその他の箇所ではっきりと述べられているように、国内でゆっくりと進行する社会民主主義化(福祉国家化)に向けた制度改革もまた自由社会への脅威となる可能性があるとハイエクは考えたのだ。グンナー・ミュルダールジョン・ケネス・ガルブレイスが抱いているビジョンが現実化されようものなら、「・・・(略)・・・何らかの独裁権力によってしか打破し得ないような経済構造のガチガチの硬直化」が招かれてしまうだろう。ハイエクはそう書いている。

ピノチェト体制(および南アフリカのアパルトヘイト体制)を非難する国際的なメディアのキャンペーンにはいくらか不公平なところがある。そのような印象を胸に抱いてチリを去ったハイエクはピノチェトを非難する国際的なキャンペーンに反撃を加える仕事に取り掛かったのだった。

ハイエクは人権団体によるピノチェト体制への批判に対する反論文をすぐさま書き上げ、その文章を(ドイツの日刊紙である)フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングに持ち込んで紙上に掲載してもらえないかと働きかけた。しかしながら、市場経済重視の立場であるこの日刊紙の編集者はハイエクの申し出を断った。その文章を掲載してしまえばハイエクを「第2のシュトラウス」にしてしまうかもしれないと恐れたためである(1977年にチリを訪問してピノチェトとも面会したドイツの右派(保守派)の政治家であるフランツ・ヨーゼフ・シュトラウスはピノチェトを擁護する見解を述べたためにドイツ社会民主党だけではなくドイツキリスト教民主同盟の側からも総攻撃を受けていた)。 掲載を拒否されたことに激昂したハイエク。シュトラウスが「チリの現体制を支持する見解を述べたために非難を浴びているのだとすれば、彼のその勇気を讃えてしかるべきではないか」との言葉を添えてフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングとは金輪際関わらないと言い渡したのだった。

上で引用したのはほんの一部であり、他にも内容盛りだくさんの中身となっている。

ブライアン・カプラン 「針の穴にラクダを通して進ぜよう ~『高邁な意図』に魅せられた知識人たち?~」(2004年7月28日)

●Bryan Caplan, “The Eye of the Needle”(Marginal Revolution, July 28, 2004)


「政治学や社会学の分野で一問一答形式のクイズを5題出すとすれば、私ならそのうちの1題は『スターリニズムが知識人に対して訴求力を持ったのはなぜ?』というものにすることだろう」。少し前にコーエンがそう書いている〔拙訳はこちら〕が、コーエンの問いかけ(「スターリニズムが知識人に対して訴求力を持ったのはなぜ?」)への答えを突き止める上でこれほど手掛かりになりそうなのはそうそうないんじゃないかと思われる発言がある。1936年から1938年までの間に駐ソ大使を務めたジョゼフ・デイビーズ(Joseph Davies)の日記の記述がそれだ(彼の日記は後に『Mission to Moscow』として一冊の本にまとめられている)。

デイビーズはスターリンによる大規模な残虐行為の非を率直に認めている一方で、スターリンが抱いていたキリスト教じみた「高邁な意図」を讃えている。嘘なんかじゃない。彼自身の言葉を引こう。

ドイツもソビエトロシアも全体主義国家であるという点では同じだ。どちらの国も現実主義的であり、強権的で冷酷な手法に訴えて国を治めようとしている点でも同じだ。しかし、違いも一つある。黒色と白色の違いと同じくらいはっきりとしている違いだ。その違いを簡潔に説明しようとするとこんな感じになるだろう。仮にマルクスやレーニン、あるいはスターリンがキリスト教の教義(カトリックでもプロテスタントでもどちらでも構わない)を深く信奉していたとしたら、そしてその結果としてロシアの地での共産主義の実験がキリスト教の教義に根差すかたちで試みられていたとしたら、おそらく次のように高らかに謳いあげられていたことだろう。我々は「キリストの福音」の中で説かれている「友愛」と「慈善」という二つの理想をこの世に実現すべく試みているのであり、そういう意味で我々の試みはキリスト教流の利他主義の実践に励んでいる歴史上でも最も偉大な例の一つなのだ、と。・・・(略)・・・ドイツとソビエトロシアの違いを簡単に説明すると以上のようになる。共産主義国のソビエトであれば兄弟たる人類に奉仕するという目的を追求するためにキリスト教と共同戦線を張れる可能性がある。しかし、ナチスドイツとでは無理だろう。というのも、共産主義の理想とするところでは国家は消滅する可能性がある――人類がみな兄弟となるところまで行き着けば国家は最早必要でなくなる可能性がある――が、ナチスの理想とするところはそれとは真逆だからだ。ナチスにとっては国家1こそが何よりも上位にくる究極の目的なのだ。(1941年7月7日付けの日記)

解放の神学」の登場がもっと早まっていたらどうなっていたことか・・・とほっと胸を撫で下ろすところだ。というのも、キリスト教マルクス主義は(知識人だけにとどまらず)一般庶民に対して遥かに強力な訴求力を持っただろうからだ。

  1. 訳注;ドイツ民族による「民族共同体」の形成 []

タイラー・コーエン 「20世紀最高の詩人と言えば誰?」(2004年7月12日)/「全体主義体制の興味深き『協力者』と言えば誰?」(2010年8月19日)

●Tyler Cowen, “The greatest poet of the twentieth century?”(Marginal Revolution, July 12, 2004)


今は亡きパブロ・ネルーダ(Pablo Neruda)の名前を(20世紀最高の詩人と呼ぶに値する)候補に挙げたとしても馬鹿げてはいないだろう(イェイツだとかウォレス・スティーヴンズだとかも強力なライバルだ。リルケも忘れてはいけない。個人的にはおそらくリルケを一番に推すだろう)。ちなみに、今日(2004年7月12日)はネルーダの(生きれていれば)100歳の誕生日にあたる日だ。ネルーダに対する評価はこちらの記事をご覧になられたい。こちらのページ1で英訳されたネルーダの詩が三作品ほど鑑賞できるが、(大抵の詩について言えることだが)詩というのは別の言語にはうまく翻訳できないものだ。ネルーダの(翻訳されたものよりもずっと優れている)オリジナルの(スペイン語で書かれている)詩のコレクションはこちらのページをご覧になられたい。 [Read more…]

  1. 訳注;リンク切れ。代わりにこちらをご覧になられたい。 []