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Archives for 10月 2017

タイラー・コーエン 「シェイクスピアの『狡猾な穀物商人』としての一面」(2013年4月2日)

●Tyler Cowen, “William Shakespeare, grain hoarder”(Marginal Revolution, April 2, 2013)


「エイボンの詩人」(ことウィリアム・シェイクスピア)の生涯に関する新事実が近頃いくつか発見されたようだ。

『コリオレイナス』をはじめとした数々の戯曲で虐げられた人々の肩を持ったエイボンの詩人。そんな彼もプライベートでは一転して狡猾な人物として振る舞った。イギリスの研究チームが語るところによると、シェイクスピアは穀物の買い占めと転売を通じて飢饉時に一儲けしたばかりか、脱税にも手を染めたというのだ。

ウィリアム・シェイクスピアは食糧が不足気味のタイミングを狙って高値で転売することを目的として大麦の粒や実、麦芽といった穀物を不法に買い占め、何度も罰金を科せられた。それだけではなく、脱税の疑いで危うく刑務所送りにされるところだった。(イギリスの)ウェールズにあるアベリストウィス大学の研究チームが裁判所や税務署に残されている当時の記録を調べたところ、そのような事実が明らかになったのだ。

穀物の転売を通じて手に入った儲けは土地の購入資金に回されたという。その結果、シェイクスピアはウォリックシャー州でも有数の大地主の一人となったのであった。

・・・(中略)・・・

どうやらシェイクスピアは自らの実体験を参考にしながら『コリオレイナス』を書き上げたようだ。『コリオレイナス』は1600年代初頭版の(上位1%の富裕層への富の集中に抗議する)Occupy運動(ウォール街占拠運動)を描いた悲劇という側面を持っているが、その中でシェイクスピアは市民の一人に次のように語らせている。

「やつら〔為政者たち〕がおれら〔市民〕のことを気にかけてるだって? そんなわきゃない。こちとら腹が減って死にそうだってのに、やつらの倉には穀物がわんさと溢れてるじゃないか。金貸しに都合のいい布告を出して高利貸しの連中の便宜を図るかと思えば、金持ちに都合が悪いようにできている法律であればそれがどんなに立派なものであろうと次から次へと廃止する。その一方で、おれたち貧乏人をしぼりあげて抑えつけるために過酷な法律が次から次へと繰り出される始末。」

全文はこちら

アダム・スミスが(食糧不足時に高値で転売することを目的とした)穀物の買い占めは大抵の場合は公共の利益になると主張したことはよく知られているところだ1。この話題(シェイクスピアの生涯に関する新事実)は他にも多くの記事で取り上げられているが、中でもこちらの優れた記事では次のような面白いエピソードもあわせて紹介されている。

シェイクスピアはストラトフォード=アポン=エイヴォンにあるホーリー・トリニティ教会に埋葬されているが、その墓の近くに建立された記念碑にそのこと〔シェイクスピアは自らのことを作家であるよりも前に「良き父親」、「良き夫」、「良き市民」であると自認していた2、ということ〕がよく表現されていると(シェイクスピアの生涯に関する新事実を発見したイギリスの研究チームの一員である)ジェーン・アーチャーは語る。シェイクスピアは1616年に亡くなっているが、その直後に建立された一番最初の記念碑のすぐ近くには穀物の入った麻袋を抱えたシェイクスピアの胸像が据えられていた。しかしながら、その胸像は18世紀に入って新たに作り直されることになった。房のついたクッションの上に座り右手には羽根ペンを持つシェイクスピアという「作家らしい」見た目の胸像に作り直されたのである。

アーチャーらの論文の草稿を探しているのだが今のところは見つけられないでいる3

  1. 訳注;この点については詳しくは『国富論』の第4編第5章の余論(「穀物貿易および穀物法にかんする余論」)を参照されたい(大河内一男監訳『国富論』(中公文庫)だと第2巻の232ページ以降)。 []
  2. 訳注;シェイクスピアが穀物を買い占めたのは金儲けをしようとの魂胆からだけではなく、凶作に見舞われても自分の家族や近所に住む人々が餓えないでも済むよう備えるためという目的もあった(つまりは、「良き父親」、「良き夫」、「良き市民」としての務めを果たそうとの思いから出た行動でもあった)らしい。 []
  3. 訳注;公開講座用に準備された論文はこちら(pdf)、ジャーナル掲載版はこちら。 []

リヴァイ・ボクセル 「インターネット・ソーシャルメディア・政治分極化」 (2017年10月1日)

Levi Boxell, “The internet, social media, and political polarisation” (VOX, 01 October 2017)


インターネットは、近年の政治の分極化について相当な汚名を着せられてきた。合衆国のデータを用いつつ本稿が主張するのは、政治分極化の強まりという少なくとも1970年代まで遡れる一般動向について、インターネットはじつのところ何ら重要な役割を果たしてこなかったこと、これである。本研究結果は、都合のよい物語をとおした説明にとどまらない視点をもつことの重要性、そして政治的気分をうみだす諸要因をより深く理解することの必要性を照らし出す。

合衆国選挙民のあいだで近年政治の分極化が進んでいる旨を示唆する文献が増えている (例: Abramowitz and Saunders 2008, Iyengar et al. 2012)。1994年、政党支持者 (party affiliates) のおよそ20%が反対政党について 「強く不支持 (very unfavourable)」 の見解をもっていた。2016年までに、この数字は55%超に高まり、現在も減速の兆しは全くみられない (Pew Research 2016)。1994年から2014年にかけて、政治ポリシーにかんする質問群をとおし強固に一貫したイデオロギー的見解をもつアメリカ人の割合は、2倍以上に膨らんだ – すなわち10%から20%超に増加した (Pew Research 2014)。

政治分極化にたいする関心のほうも空前の高まりをみせている。Google Trendsが示すところでは、合衆国における政治分極化に関連した検索の件数は2016年の11月、2004年のモニター開始以降のいずれの選挙月をも上回るものとなった1。Gentzkow (2016) も、1950年から2008年にかけてのGoogle Books Ngram Viewerデータにおける政治分極化への言及について、同様の結果を得ている。

政治分極化の強まりの説明としてよく引用される仮説の1つは、インターネットとソーシャルメディアを主たる要因とするものだ。Cass Sunstein (2007) の次のような言葉は、この議論の標準型を示している:

インターネットのおかげで甚だしく容易になったのは自分の見解の後押しとなる膨大な資料を渉猟し … [なおかつ] それと反対の趣旨をいう資料のいっさいを排除することだ … このセルフ-ソーティングがもたらす重要な帰結に、飛び地の過激主義 (enclave extremism) とでも呼びうるものがある。同好の士からなる飛び地にゆき着いた人々は、通例そこからさらに極端な地点に向かってゆくものだ

よく知られたEli Pariser (2011) や Cass Sunstein (2001, 2009, 2017) の著作は、インターネットが 「フィルターバブル」 ないし 「エコーチャンバー」 の役割をはたすというこの考えについて詳説したものだ。

個人は、インターネット上で同好の士的な情報源をじじつ見い出しており、またソーシャルメディア上でも同好の士的な個人と繋がる傾向が比較的強いこと、これについては強固な実証データが存在する。既存研究は、政治ブログ上でのリンク (Adamic and Glance 2005)、ウェブサイト訪問 (Gentzkow and Shapiro 2011)、Twitter上の政治的リツイート (Conover et al. 2011)、ソーシャルメディア上の記事シェア・クリック (An et al. 2014, Bakshy et al. 2014, Flaxman et al. 2016)、Twitter上の政治的同類性 (Colleoni et al. 2014, Gruzd and Roy 2014, Halberstam and Knight 2016) などにおける住み分け (segregation) を明らかにしてきた。

図1 メディアと相互作用タイプでみたイデオロギー的住み分け

出典: Gentzkow and Shapiro (2011).

しかしながら、オフラインの情報源とオンラインの情報源を比較する段になると、諸研究はどちらにも同程度の分節化レベルを見い出している。図1はGentzkow and Shapiro (2011) から取ったものだが、ウェブサイト訪問にかんする分節化をみると、これは全国紙にかんする分節化ほどではないが、地方紙にかんする分節化よりも激しいといった具合になっている。Halberstam and Knight (2016) もTwitter上の政治ネットワークを調べて、Twitter上の政治ネットワークとオフラインの政治ネットワークの分節化が同程度であることを明らかにしている。なお付言しておくと、インターネット上の情報源にかんする分節化はたしかに示唆的であるが、これはインターネットが分極化を促したという命題の必要条件でもなければ十分条件でもないのである。

図2 標準化した政治分極化の指標の動向 (1972–2016)

出典: Boxell et al. (近刊).

最近の論文で私は共著者らとともにインターネットと政治分極化の関係を調査している。そのさい 「全米選挙研究 (American National Election Studies)」 のサーベイデータを用いることで、オンライン情報へのアクセスで異なる人口学的諸集団をとおしてみた分極化動向の比較をおこなった (Boxell et al. 近刊)。研究における発見が個々の政治分極化基準によって左右される程度を減らすため、我々はこれまで関連文献で用いられてきた8つの基準をもとにあらたに1つの標準化指標を作成した。なおこれまでの尺度とは、Abramowitz and Saunders (2008) のイデオロギー整合性の尺度、Mason (2015) の党派的ソーティングの尺度などをさす。図2には、我々の指標の1972年から2016年にかけての動向を示した (1996年に値が1となるように標準化した)。本期間をとおし分極化には安定した上向きの動きがみられる反面、インターネットの勃興に対応する変節点を示す兆候はまったく確認できない。1996年以前の動向だけみても、政治的分極化の説明においてインターネットが果たし得る役割は限られていそうだ。

くわえて図3が示すように、分極化は1996年から2016年にかけて高齢者 (65+および75+の年齢層) のほうが青年 (18-39の年齢層) よりも急激に進行した。さらに、予測インターネットアクセスを計る尺度として人種や教育といったその他の人口学的変数を取り入れたより包摂的なものを用いた場合、1996年においてインターネットアクセスを享受していた可能性が最も低い人口学的諸集団のほうが、1996年においてインターネットアクセスを享受していた可能性が最も高い人口学的諸集団よりも、大きな分極化の変化を被っていたことが確認できた。

図3 さまざまな年齢層の政治分極化 (1996-2016)

出典: Boxell et al. (近刊).

インターネットないしソーシャルメディアへの直接的なアクセスが政治分極化の主要要因であるとすれば、予想される動向はこれと正反対になるはずだ。高齢者 (65+) が選挙キャンペーンにかんする2016年のニュースをオンラインで視聴していた可能性は、青年 (18-39) のおよそ半分であり、ソーシャルメディアを利用していた可能性はさらに少ない。それにもかかわらず、最大の政治分極化を被ったのはこの相対的年長者の層なのだ。これら事実を念頭におけば、諸年齢層にわたるインターネットアクセスへの反応の大きな不均一性、あるいは諸年齢層にわたる相当な波及効果を考慮しないまま、インターネットないしソーシャルメディアが現在みられる政治分極化の主要要因であるとする物語を作り上げることはできなさそうだ。

以上の発見は、インターネットないしソーシャルメディアが政治分極化に及ぼす影響を否定し去るものではない。事実、インターネットが僅かながら影響をもつ可能性を示す実証データも存在する。Lelkes et al. (2017) は恐らくは外生的だと思われる管路敷設権立法 (right-of-way legistlation) の変化を援用しつつ、ブロードバンドの普及が対象カウンティにおける感情的分極化 (affective polarisation) を一定程度強めたとの主張をしている。ただ同著者らは 「我々は、ブロードバンドが党派的反感の強まりを引き起こした唯一の原因などと主張するものではない。あるいは主要な原因ですらないかもしれない … 感情的分極化は少なくともインターネット利用が始まる二十年前には強まり始めていた」 と述べ、自らの発見を穏当なものにとどめている。またこれら研究結果は、諸年齢層にわたる感情的分極化の違いを説明するものでもない。

ところで、2016年の選挙結果をインターネットおよびソーシャルメディアの責めに帰すよく似た物語がある。選挙後、ヒラリー・クリントン氏は、自身の敗北の一因はフェイクニュースとFacebookだったと仄めかした。我々の論文では、人口学的諸集団にわたり投票率を比較することで、2016年の選挙にインターネットが及ぼした影響についても調査している。ドナルド・トランプ氏がインターネット利用性向の相対的に高い人口学的諸集団から獲得した票の比率が、以前の大統領達よりも大きかった旨を示す実証データはまったく確認されなかった。じっさいのところ、我々の点推定値はそれと正反対の構図を示唆している – トランプ氏はインターネット利用性向の高い人や実際のインターネット利用者のあいだでは比較的振るわなかったようなのだ。トランプ氏の支持者に占めるソーシャルメディア利用者の割合、および人口学的諸集団をとおしてみた投票率の違いを調べたHampton and Hargittai (2016) も同様の結論に至っている。

今日の合衆国には諸政治集団のあいだに相当な断裂がさまざま存在し、しかもこれら断裂が埋まってゆく気配もみえない。政治分極化やポピュリスト的な大統領候補の席巻を理解しようと試みるさい、インターネットやソーシャルメディアをやり玉に挙げたくなる気持ちも分からなくはない。しかしながら、人口学的諸集団にわたる基本動向は、どちらの現象を説明するにしてもインターネットが大きな役割を与えるような物語を支持するものとはなっていない。メディア消費は従来型メディアを離れこうした新たなプラットフォームに向かうシフトを続けており、我々もまたこれらプラットフォームの利用形態およびその政治領域への影響を注視し続けてゆく必要がある。だが、前述の結論を覆す新たな実証データが現れるまでは、FacebookフィードやGoogle検索に代わる何かがあれば我々の直面している政治問題が解決されるなどと考えるべきではない。

参考文献

Abramowitz, A I and K L Saunders (2008), “Is polarization a myth?”, The Journal of Politics 70(2): 542—555.

Adamic, L A and N Glance (2005), “The political blogosphere and the 2004 US election: Divided they blog”, Proceedings of the 3rd International Workshop on Link Discovery: 36–43.

An, J, D Quercia and J Crowcroft (2014), “Partisan sharing; Facebook evidence and societal consequences”, Proceedings of the Second ACM Conference on Online Social Networks: 13–24.

Bakshy, E, I Rosenn, C Marlow and L Adamic (2012), “The role of social networks in information diffusion”, Proceedings of the 21st International Conference on World Wide Web: 519–528.

Boxell, L, M Gentzkow and J M Shapiro (2017), “A note on internet use and the 2016 election outcome”, Working Paper.

Boxell, L, M Gentzkow and J M Shapiro (forthcoming), “Greater internet use is not associated with faster growth in political polarization among US demographic groups”, Proceedings of the National Academy of Sciences.

Colleoni, E, A Rozza and A Arvidsson (2014), “Echo chamber or public sphere? Predicting political orientation and measuring political homophily on Twitter using big data”, Journal of Communication, 64:317–332.

Conover, M D, J Ratkiewicz, M Francisco, B Goncalves, F Menczer and A Flammini (2011), “Political polarization on Twitter”, Fifth International AAAI Converence on Weblogs and Social Media.

Fiorina, M P, S J Abrams and J C Pope (2010), Culture war? The myth of polarized America, London: Longman Publishing.

Flaxman, S, S Goel and J M Rao (2016), “Filter bubbles, echo chambers, and online news consumption”, Public Opinion Quarterly 80(S1): 298–320.

Gentzkow, M (2016), “Polarization in 2016”, Toulouse Network for Information Technology Whitepaper.

Gentzkow, M and J M Shapiro (2011), “Ideological segregation online and offline”, Quarterly Journal of Economics, 126(4): 1799–1839.

Gruzd, A and J Roy (2014), “Investigating political polarization on twitter: A Canadian perspective”, Policy & Internet 6(1): 28–45.

Halberstam, Y and B Knight (2016), “Homiphily, group size, and the diffusion of political information in social networks: Evidence from Twitter”, Journal of Public Economics 143: 73–88.

Hampton, K N and E Hargittai (2016), “Stop blaming Facebook for Trump’s election win”, The Hill.

Ingram, M (2017), “Hillary Clinton blames the Russians, Facebook, and fake news for her loss”, Fortune.

Iyengar, S, G Sood and Y Lelkes (2012), “Affect, not ideology: A social identity perspective on polarization”, Public Opinion Quarterly 76(3): 405–431.

Lelkes, Y, G Sood and S Iyengar (2017), “The hostile audience: The effect of access to broadband internet on partisan affect”, American Journal of Political Science 61(1): 5–20.

Mason, L (2015), “I disrespectfully agree: The differential effects of partisan sorting on social and issue polarization”, American Journal of Political Science 59(10): 128–145.

Pariser, E (2011), The filter bubble: What the internet is hiding from you, New York, NY: Penguin Press.

Pew Research (2014), Political polarization in the American public, Research report, Pew Research Center.

Pew Research (2016), Partisanship anolitical animosity in 2016, Research report, Pew Research Center.

Sunstein, C R (2001), Republic.com, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Sunstein, C R (2007), “Sunstein on the internet and political polarization”.

Sunstein, C R (2009), Republic.com 2.0, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Sunstein, C R (2017), #Republic: Divided democracy in the age of social media, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Endnotes脚注

[1] See https://trends.google.com/trends/explore?date=all&geo=US&q=%2Fm%2F02shm1 を参照

タイラー・コーエン 「シェイクスピアのお値段の変遷」(2005年9月17日)/ アレックス・タバロック 「セックスと暴力」(2004年7月12日)

●Tyler Cowen, “The changing value of Shakespeare”(Marginal Revolution, September 17, 2005)


ウィリアム・シェイクスピア全集の出版権の値段(オークションでの落札価格)の変遷は以下の通り。

1709年:200ポンドを大幅に下回る(と推測される)

1734年:675ポンド未満(と推測される)

1741年:1,630ポンド

1765年:3,462ポンド

1774年(永続的な著作権が失効した年):オークションの履歴なし

以上のデータはウィリアム・スト・クレア(William St. Clair)の『The Reading Nation in the Romantic Period』から転載したものだ。 印刷文化の勃興と商業革命を扱った本は数多いが、その仕事の徹底さにしてもデータ分析の詳細さにしても本書は類書のどれよりも抜きん出ている。驚異的な一冊だ。本書についての詳しい情報はこちらも参照されたい。本書を通じて学んだのだが、イギリスの初期の著作権法は書物(文学作品)の値段を高止まりさせる役割を果たし、そのために一般の人々は書物をなかなか入手できずにいたようだ。

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●Alex Tabarrok, “Sex and violence” (Marginal Revolution, July 12, 2004)


ポール・シーブライトの『The Company of Strangers』(邦訳『殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?』)では人類の進化の歴史に関するこれまでの研究の蓄積を踏まえた上で経済を支える様々な制度に検証のメスが入れられている。例えば、人類には暴力に駆り立てられる傾向が埋め込まれているが、その傾向と「分業」とはあまりに対照的だ。そのことを思うと「分業」が現実に可能となることの驚きもいや増すことになる。ジョン・マクミランの『Reinventing the Bazaar』(邦訳『市場を創る』)だとかスティーブン・ピンカーの『The Blank Slate』(邦訳『人間の本性を考える』)だとかで取り上げられている話題に通じているようであれば本書の内容の多くには目新しさは感じないだろうが、フレーズの選び方にしても他の文献からの引用にしても著者のシーブライトの才覚が光っている。例えば、以下の引用をご覧いただきたい。これまでに私はシーブライトのようにシェイクスピアを額面通りに受け取ったことは一度としてなかったものだ。

同じ種に属する同性の見知らぬ相手を殺せば恋敵が減ることになる。この事実は暴力には性的興奮が伴いがちであることのもっともらしい説明になるように思われる。〔オスに備わる〕暴力的な傾向は残念ながら何らかの病を抱えたマイノリティーだけに見られる病理現象なのではなく・・・(略)・・・、また、オスの暴力的な傾向はメスに備わっている(決して普遍的とは言えないが、違いを生み出すに十分なだけの)傾向、すなわち、力比べの場面で相手を凌ぐ実力を見せたオスに性的な魅力を感じて惹きつけられる傾向にも支えられて長い時間を経て徐々に強められることにもなった。シェイクスピアはこのことをよくわかっていた。アジャンクールの戦いが迫る中、シェイクスピアは仲間の兵士を前にしたヘンリー五世に次のように語らせている。

 故国で今頃床に就いている紳士諸君は

 今ここに居合わせなかったことを口惜しく思うばかりか、

 男としての面目が潰される思いがして肩を落とすに違いない。

 ここにいる我々の仲間の誰かが聖クリスピンの祭日に戦った思い出を口にするたびに。

サイモン・レン=ルイス「理想的市場の概念をネオリベラルはどうやって兵器化したか」

[Simon Wren-Lewis, “How Neoliberals weaponise the concept of an ideal market,” Mainly Macro, October 14, 2017]

「ネオリベラリズムなんてとにかく打倒しなきゃダメだ」と単純に信じている左翼は,コリン・クラウチによる新著に当惑しそうだ.著者はまず,グレンフェル・タワー火災の話から説き起こす.多くの人たちと同じく,クラウチも,ネオリベラリズムがいくつも繰り返してきた失敗の典型があの悲劇だと見ている.だけど,その一方で彼によれば本書は「ネオリベラリズムを一方的に悪玉に仕立てておしまいにしようとするものではなく,もっと肯定否定が入り交じった解明を試みる一冊だ.そういうやり方でなくては,ネオリベラリズムがもつ改革の能力を評価できない.」
[Read more…]

ジョセフ・ヒース「なぜ我々はかくも怒り狂っているのか? 保守政権に怒る人々と、保守政権に怒る人々に怒る人々」(2015年10月10日)

Why u so mad?
Posted by Joseph Heath on October 10, 2015 | Canada, elections

[訳注:本エントリは、スティーブン・ハーパーが首相を務めるカナダ保守党が政権与党であった、2015年のカナダの下院の総選挙直前に書かれたものである。]

先日、ブログの共同執筆者達によって書かれた[保守党の選挙戦術を批判する]公開書簡に関して、私はなんとも複雑な感情を抱えている。(結局、私も署名したわけだが…)。スティーブン・ハーパーを嫌う人は目立って沢山いるわけだが、「スティーブン・ハーパーを嫌う人」を嫌う人もまた沢山いる。なので、私が今に至るも確信しているのが、レックス・マーフィー1 はこの公開書簡に関して痛烈な批判を行うであろう。「587人もが署名した公開書簡は、大学における『ポリティカル・コレクトネス』と『集団浅慮』の暴走による帰結である」とか。他の批判者は、この公開書簡を、「単なる党派性」「ローレンシャン2 のエリート達の狂乱」その他もろもろのものとして片付けるに違いない。

公開書簡を「単なる党派性」の論題として扱ってしまえば、全ての政策論題がこのように関心を引きつけおらず、非常に多くの人々を激怒させてはいない事実の反映から逸脱することになる。カナダ保守党の政治要綱に、カナダの大学人達によって幅広く反対されている多くの事例があるというのは間違いない。例えば、『高級品の税額控除』は、この国のほとんど全ての経済学者から強く反対されている。しかしながら、経済学者達によるこの税額控除への大規模な公開書簡は顧みられていない。言い換えるなら、大学人達によるハーパー政権への激怒は端的にいつもの党派性や政治性とは異なっているのだ。保守党による選挙戦術として、マイノリティ集団に対する敵意の駆り立てのようなものが存在する。非常に攻撃的なものや、私が指摘した『一線を超えた』等である。そういうわけで、非常に多くの人々が激怒しているわけである。

繰り返させてもらうが、多数の保守党の擁護者達が、人々がハーパー政権に激怒している理由に関して、あらん限りの風変わりな理論を持ち出すであろう。示唆させてもらうなら、我々の立ち振舞から奇矯さを読み解くために、我々には精神科医による治療が必要である、等である。しかしながら、[多くの人々がハーパー政権に怒っているように見えるのには]極めて明晰な説得的事実が存在するのだ。以下が、十全に説明可能な単純なグラフだ。

CBCによる投票コンパスアンケート調査に答えた私の結果だ。4つの政党の主要政策論題が図示されている。政治的見解に関する一連の質問の解答に基いており、私は左上に位置付けされている。(ところで、もし私がこの場所に置かれたことに驚いた人がいるなら、私自身も驚いたのである)。ともあれ、この図おける関心事全ては、政党がどこに位置しているかにある。私の位置付けはどうでもいい。可視化されているのは、本質的に同じ投票先として3つの政党が競合していることと、保守党が右の分野に完全に単独で存在していることである。

今現在、我々が感じているフラストレーションは、有権者のほぼ70%が、左上1/4区画[社会的革新・経済的左派]に投票するとされている事に起因している。保守党に現ポジションが与えられている限り、今回の選挙は、単独の統一された中道左派政党があれば、たやすく政権交代が実現するだろう。しかしながらもちろん、もし本当に単独の統一された中道左派政党があれば、保守党はこのポジションにはいないでもあろう。

より知的なタイプの人々に特にフラストレーションを与えているものは、もし選挙で政策論題に焦点が絞られていれば、[中道左派の]票分離を克服するのは難しくないであろうことにある。その場合、新民主党とカナダ自由党への両投票者達は、より現実的になることで、自身の選挙区において、保守党に対して勝利するチャンスを最大化するよう候補者を支持するだろう。なぜなら、大きな絵図を見た場合の政策ということになれば、2つの政党間に端的にあまり違いがないのである。中道左派の2政党の分断の解消が困難である理由は、「党派性」「政治的アイデンティティ」「指導者の個人的資質」「候補者誰がしの父親からの遺恨」エトセトラ、エトセトラ…の要因からである。

いずれにせよ、大学人が不愉快である理由を理解するのに、風変わりな理論は必要ない。この件で、「エリート達」は通常のカナダ人の手が届かない場所にいるわけではない。それどころか、「エリート達」の立ち位置は、中庸の投票者に極めて似通っている。

投票が割れていることで追加言及するなら、Ali Kashaniによる動向が定まっていない選挙区に関する最近の研究に関心を示したい。新民主党とカナダ自由党の票分離が投影された結果、保守党候補の選出されている選挙区が存在する。特にAliが分析しているのは、現在、保守党がリードしている16の選挙区だ。そこでは、新民主党とカナダ自由党が合算されれば、保守党に十分に打ち勝つことができる。ただ、そこでは、新民主党とカナダ自由党の双方において、どちらかが際立って他候補の足を引っ張ることになっている。(なので公平に戦えるように、Aliは、8つの選挙区でカナダ自由党は新民主党に投票すべきであり、残りの8つの選挙区で、新民主党はカナダ自由党に投票すべきである、と分析している。)

この記事は、全てを読了することを推奨したい。

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:タイトルを直訳すると『なぜ我々はかくも怒り狂っているのか?』となるが、当時のカナダの保守政権を巡る論争に関して、日本語読者は馴染みが少ないと考え、副題を追加している。

  1. 訳注:カナダの公共放送であるCBCのニュースキャスター。やや保守寄りの言論を行うことで有名。 []
  2. 訳注:カナダ北西部の高原地帯の名称だが、付近にカナダの有名大学が多数存在している。 []

ポール・クルーグマン「政策担当者は正しいことをしたか」(2017年9月22日)

Paul Krugman, Did policymakers get it right? (Video VOX, 22 September 2017)

政策担当者はどの部分で正しい政策を取ったか?この動画では、ポール・クルーグマンが中央銀行は正しい政策を取ったが、間違ったタイミングで緊縮政策が行われたと説明。この動画は2017年9月22日に開催された「金融危機から10年」と題されたカンファレンスで録画されたものです。1    [Read more…]

  1. 訳注:本訳はクルーグマンが実際に話しているものをもとにしており、動画の英語字幕とは必ずしも一致しません。 []

世界銀行eMBeDチーム「誰もが誤りを犯す:2017年ノーベル経済学賞を開発事業に生かす」

eMBeD “Everyone misbehaves: Putting the 2017 Economics Nobel Prize to work for developmentblogs.worldbank.org, 10 october, 2017


2017年のノーベル経済学賞がリチャード・セイラーの経済理論への心理学の導入という革新的業績に対して授与されたというニュースは,シカゴ大教授であるセイラーや「実践 行動経済学 健康,富,幸福への聡明な選択(原題:Nudge)」の共著者にとっての勝利に留まらず,行動経済学の知見を用いた世界中の政策にとっての勝利でもある。

ダニエル・カーネマンの(アモス・トベルスキーとの)判断と意思決定に関する研究は,彼に2002年のノーベル賞をもたらした。2002年のノーベル賞が行動経済学に対するもの,あるいは経済理論および研究における心理学の利用に対するものであるとするならば,今年2017年の賞は行動公共政策に対するものと言えるかもしれない。セイラーの主要な研究はトベルスキーとカーネマンの研究の拡張だが,特筆すべきことはこの研究を政策決定にまで拡張したことだ。セイラーのおかげで,行動経済学はすべての人々にとって便利なものになった。とある人が書いたように,「今や我々はみな行動経済学者だ。」 [Read more…]

アレックス・タバロック 「行動経済学の知見が巧みに表現されている歌詞と言えば?」(2010年2月25日)

●Alex Tabarrok, “Behavioral Economics in Song”(Marginal Revolution, February 25, 2010)


リアム・デラネイ(Liam Delaney)ザ・フレーミング・リップス(The Flaming Lips)の『The Yeah Yeah Yeah Song』を「『行動経済学ソングの殿堂』の中でも名誉ある地位を占める一曲」に推している。その理由は、「自分がやりたいことを曲げずにやる。それってとっても危険なことなんだ。だって自分自身のことなんてわかりっこないんだから」(it is a very dangerous thing to do exactly what you want because you cannot know yourself;歌詞の一部)ということを思い出させてくれているからだという。

私としてはクリス・スミザー(Chris Smither)の『Hey, Hey, Hey』をライバルとして擁立したいところだ。歌詞の一部はこんな感じだ。

君はすぐにも僕に向かってこう尋ねるだろうね。私の人生はどうしてそこまで幸せじゃないの? どうして私の要求は満たされないままなの?って。「私の要求」とやらについて語る君。まるでそれ(自分の要求、自分が欲していること)が何なのかすっかりお見通しだとでもいわんばかりに。でもね、君の要求の中身を本気で知ろうとするのは星に向かって旅するみたいものなんだよ。それって物凄く時間がかかることなんだ。答えがわかる前に君は死んでしまうことだろうね。だから僕は君にこう答えるんだよ。ヘイヘイヘイって。

(Pretty soon you’re gonna ask me, How come the life you lead, Doesn’t make you very happy, Or satisfy your needs, You talk about your needs as though You know just what they are, When in fact to really know them, Is like traveling to a star, It takes so long you die along the way, So I say hey, hey, hey.)

私がかつて書いた論文の一つ――たいしたインパクトは持たなかったが――では「選好の発見」(自分の好みを探り当てる)という営為がいかにして経済学上の様々な概念に修正を迫る可能性があるかを考察しているが、その論文を書くにあたって感化を与えてくれたのが上で引用したばかりの歌詞なのだ。

他に何かお薦めの曲はないだろうか?

アレックス・タバロック「オンライン・デートで人種間の結婚は増えたか?」

[Alex Tabarrok, “Does Online Dating Increase Racial Intermarriages?” Marginal Revolution, October 11, 2017]

今日,新たに結婚する人たちのだいたい3分の1は,オンラインで出会ったカップルだ.オンライン・デートには,おもしろい特徴がある――まるっきり見ず知らずの人とマッチングされやすいんだ.これに比べて,たとえば友人からの紹介で引き合わされたり教会で知り合ったり地元のバーで出会ったりといった他のマッチング手法だと,すでになんらかのネットワーク内でつながりのある相手とマッチングされやすい.このため,オンライン・デートが盛んになってきたことで,いろんなネットワークで人々がお互いに結びつけられる方法が大幅に変わっている見込みが大きい.Ortega と Hergovich は,単純なモデルを考案している:

本稿では,ゲール=シャプリー結婚問題を考察する.この状況設定では,エージェントたちが属す人種や地域社会がさまざまに異なっている場合がある.あらゆる人種のあらゆるエージェントたちが無作為に同じユニット・スクエアに配される.エージェントたちは,じぶんにいちばん近い人物と結婚したがるのだが,結婚できる相手はじぶんが知っている相手にかぎられる.つまり,つながりのある相手としか結婚できない.実生活と同じく,エージェントたちは同じ人種のエージェントたちと非常につながりが強い一方で,他人種とはつながりがとぼしい.

理論と無作為シミュレーションを駆使して著者2人が見出したのは,オンライン・デートによって人種間の結婚が急速に増加するということだ.こういう結果になるのは,たんに,オンラインだと人種のちがう相手とマッチングされる場合があるからだけではない.ひとたび〔人種がちがう男女の〕カップルが一組結婚すると,新郎新婦それぞれの友人たちが伝統的な手法でマッチングされて結婚する確率が高まるからでもある.弱いつながりの強さとは,それまでかけはなれていたネットワークどうしをもっとつなげるのに必要な弱いつながりはそんなむちゃくちゃ多くないという点だ.

白人・黒人・ヒスパニック系・アジア系・アメリカンインディアンや混血の人どうしの結婚を含むものとして定義される人種間結婚は,遅くとも1960年代には増え始めていたけれど,著者たちは下記のグラフを使ってこう主張している――オンライン・デートの登場と普及にともなって伸び率が増加した.2009年の Tinder 登場以後に人種間結婚が大幅に増えてる点に注目!
(これが複合的な影響によるものではない説得力ある論証を著者たちは展開している.)

オンライン・デートによって結婚相手候補の人数が増えるため,オンライン・デートのないモデルでの相手候補たちよりも選好空間で平均的に「もっと近しい」人どうしでの結婚につながる.このため,彼らのモデルでは,オンライン・デートは離婚率を下げるはずだと予想される.この仮説を裏付ける証拠もいくらかある:

Cacioppo et al. (2013) によれば,オンラインで成立した結婚だと夫婦が離婚しにくく,結婚生活への満足度も高くなりやすい.彼らが用いたのは,2005年から2012年までに結婚したアメリカ人 19,131名の標本だ.著者らによると:「オンラインで結婚相手に出会った場合,平均でみると,伝統的な(オフラインの)結婚事例に比べて,結婚生活への満足度がわずかながら高くなる一方で離婚にいたる率は低くなっている.

このモデルは,他のいろんな潜在的ネットワークにも当てはまる.

感謝: MIT Technology Review.

タイラー・コーエン 「投票率を上げるにはどうすればいい?」(2008年10月24日)

●Tyler Cowen, “How to get people to vote”(Marginal Revolution, October 24, 2008)


ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman):・・・(略)・・・ ほんのちょっとした働きかけではあるものの、選挙結果を変え得るような効果を備えているものもあります。

選挙の投票日前に誰かに電話をかけるなりしてこう尋ねるのです。「今度の投票行きますか?」。それだけです。「投票に行く予定ですか?」。そう尋ねるだけでその(尋ねられた)相手が投票に行く可能性は大いに高まります。ほんの些細な働きかけ(操作)に過ぎませんが、見知らぬ人に「投票に行く予定ですか?」と尋ねられて「はい」と答えるだけで、「ええ、行く予定です」と答えるだけでその人が実際に投票に行く可能性は大いに高まるわけです。

ネイサン・ミアボルド(Nathan Myhrvold):先ほどのイーロン(イーロン・マスク)の指摘に戻ることになりますが、今お話いただいたやり方、つまりは、誰かしらを捕まえて「投票に行く予定ですか?」と尋ねるやり方ですね、そのようにして投票に行くように促すプライム(先行刺激)を与えるやり方の他にも相手に投票に行くように真正面から勧めるというやり方もありますよね。どちらか一方のやり方を選ぶとすればどちらになさいますか?

カーネマン:プライムを与える方が真正面から勧めるよりもずっとうまくいく可能性がありますね。というのも、真正面から勧められると相手はそれに抵抗しようとしかねないからです。その一方で、プライムを与えられるとちょっとばつの悪い思いをする1 と同時に何だか(投票に行く)コミットメント(約束)をしてしまったかのように感じもするものです。コミットメント(約束)の内容が明確なものであれば現実の行動に効果を及ぼす可能性がありますね。

リチャード・セイラー(Richard Thaler):どの時間帯に投票所に行く予定なのか? 投票所にはどのような手段(交通手段)で向かうつもりなのか? そういったことを尋ねると相手が投票に行く可能性は高まることになりますね。

カーネマン:「投票所はどこになっていますか? 」と尋ねるという手もありますね。

討論の全容はこちら。身の回りの環境やプライミング効果が人間の心理に対して持つ重要性がテーマになっているが、はじめから終わりまで大変興味深い討論となっている。この話題を教えてくれたStephen Morrowに感謝する。

ところで、反対に誰や彼やを投票に行かせないようにするためにはどうしたらいいのだろうか?

  1. 訳注;「投票に行く予定ですか?」と尋ねられて「ええ、行くつもりです」と答えたことが何だか引っかかる、という意味。 []