近年,保護主義が息を吹き返している.この背景にあるのは,輸入(とくに中国からの輸入)が国内雇用におよぼす影響への関心の高まりだ.本コラムでは,OECD18ヶ国の17部門で中国からの輸入と国内雇用への効果の関係を,多様な労働市場制度とともに考察する.これまでの研究結果から,中国からの輸入にさらされている部門ほど雇用が減少していることが示されている.とくに顕著なのが,低技能労働者の雇用減少だ.
過去20年間に,中国製造業から先進工業民主主義国への輸出は大幅に増加した.中国は世界でどこよりも財を輸出する国になった.製品と金融市場の自由化,生産性の成長,そして WTO への加盟(2001年)の結果だ.
その低賃金労働力の巨大な量を背景とした中国からの輸出の急速な成長は,OECD 諸国の労働者の雇用にどのような影響をもたらしたのだろうか? トランプ政権や EU で中国からの輸入品にかける関税を上げようとの近年の動きにより,この問いはいっそう差し迫ったものとなっている (Legge et al. 2018).また,中国からの輸入が政治的なナショナリズムやポピュリズムを強めているとの主張がなされていることも,この問いを重要なものにしている (Clantone & Stanig 2017).近年の研究をみると,1国を対象にした諸研究から,中国の台頭がグローバル経済に強い分配効果をもたらしていることが明らかにされている.とくにアメリカで顕著だ (Autor et al. 2013, Acemoglu et al. 2016).また,たとえばノルウェーでも同様だという (Balsvik et al. 2015).
本稿では,17の分野について,分野別に低技能労働者雇用の規模と労働時間の割合がどう変遷してきたかを分析する.対象とするのは OECD18ヶ国,期間は1990年から2007年までだ(Thewissen & Van Vliet 近刊).分析の狙いは,多様な労働市場制度をもつ OECD 諸国という広いグループの労働市場に中国との貿易競争がもたらした帰結について一般的評価を提供することにある.さらに,本稿では外国輸出市場における中国の競争を考慮に入れることで貿易への影響の分析を拡張する.
先行研究と仮説中国に起因する貿易競争の激化は,2通りの方法で OECD 諸国の労働者に影響しているかもしれない.第一に,中国から OECD 諸国への輸入は,財の国内生産を代替しうる.その結果として,労働需要を減少させるかもしれない.第二に,中国からの輸出は外国市場に製品を売るさまざまな部門での競争を高めることによって影響を及ぼしうる.たとえば,ドイツの製造業はフランスで大きな市場シェアを有しているが,フランスがドイツからの輸入を中国製品で代替しているためにフランスへの輸出機会は減少している.
部門内に目を向けると,OECD 諸国で〔中国からの輸入製品との競争に〕直面した製造業部門では,主として低技能従業員が中国からの輸出に影響を受けやすい.中国での低技能労働力が比較的に潤沢に存在しているためだ.さらに,高技能労働者は中国との貿易競争から利益を得るかもしれない.企業がより高技能の労働者を雇って生産性を高めようとするきっかけになりうるためだ (Bloom et al. 2016).
技術変化もまた,雇用水準と格差の原動力として頻繁に言及される.製造業の低~中部分の〔技能〕分布で主に見られる単純作業の職務を技術変化は代替しうる.他方,技術変化は高技能労働者を補完するものとなりうる (Michaels et al. 2014, Autor et al. 2015).
データ本稿では,1990年から2007年までの OECD 18ヶ国17部門について,EU-KLEMS (O’Mahony et al. 2011) から得た標準化された部門水準時系列データ (standardised sectoral level time series data) を利用し,さらに他のソースでこれを補完する.ここでは,(直接的な)輸入競争と外国輸出市場での競争を区別する.中国からの輸入との競争を計測するのに,本稿では各部門における付加価値に対して中国からの輸入財全体の価値が占める割合を用いる〔1国全体だったら GDP=付加価値の合計に占める中国からの輸入総額を見るのと同じことを個別の部門でやってる〕.下記の図1 を見てほしい.ドイツ製造業部門に対する〔中国からの〕輸入による競争は上向きの二重矢印で示してある.これは,中国からの(直接的な)輸入品による競争にドイツ製造業がさらされていることを示す.
▲ 図1: 輸入競争と外国輸出市場での競争,ドイツ産業の図解
輸出品市場における中国との競争は,ある国からそのパートナー国への輸出に対する中国製品輸出の規模の比率に,そのパートナー国の相対的な重要度で重み付けをして定義される.図1 の左側にある分岐した矢印は全体として輸出競争の量を示す.実線の矢印2本は,ドイツと中国のある産業部門からオランダの同じ部門への輸出だ.オランダに対する中国とドイツそれぞれの輸出の差をとって,さらにオランダへの総輸出で重み付けをすると,オランダ市場で中国からドイツの部門にかけられた輸出競争の量が測れる.さらに,フランス(破線)やその他の57ヶ国(点線)についても同様にこれを計算した.
技術変化は,ある部門の付加価値にしめる情報通信技術の資本補償の割合で測る.さらに,雇用分布に影響しうる多数の労働市場制度も考慮に入れている (OECD 2011).
発見図 2 を見てもらうと,中国が先進工業国にとってますます重要な貿易相手となってきていることがわかる.国々のさまざまな部門にわたって集計してみると,1990年から2007年にかけて貿易にさらされる度合いが高まってきていることがわかる.輸出競争の指標はマイナスの値を示しているものの,時間とともにその値は小さくなってきている.このことは,外国市場において,我々が標本とした OECD 諸国からの輸出の価値が平均でみて中国からの輸出品の価値よりも大きいものの,中国企業が急速に追いついてきていることを示している.
エラー訂正と部分的調整のモデルを使ったところ,中国からの輸入により多くさらされている部門で雇用が減少しているのがわかった (OECD 2017).さらに,部門内部に目を向けると,雇用への影響はあらゆる技能水準で均等に分かち合われてはいないように見える.研究結果からは,外国輸出市場においてさらに強まった中国からの競争だけでなく,中国からの輸入による国内生産の代替がもたらす打撃を受けているのは低技能労働者らしいことがうかがえる.さらに,我々の研究結果からは,技術変化と相対的な雇用規模に負の相関があることが示されている.また,技術変化は低技能労働者の相対的な雇用条件の悪化とも関連している.動的なシミュレーションからは,こうした相関の大きさは定量的に意味があることがうかがえる.たとえば,中国の輸出競争シナリオで高い(95パーセンタイルの)ショックを経験している部門では,低い(5パーセンタイル)のショックを経験している部門に比べて,10年後に低技能の労働時間が占める割合が4パーセントポイント低くなると予測される.
まとめると,グローバル経済における中国の急速な台頭は,製造業での雇用水準の低下および低技能労働者に偏った労働時間減少と結びついていることがわかる.このことからは,1国を対象にした先行研究の発見は多様な労働市場制度をもつ OECD18ヶ国にも広く一般化できることがうかがえる.
著者の註記: 本研究は Stefan Thewissen が OECD に入る前に行われた.ここで述べた見解は著者のそれを反映しており,必ずしも OECD やその加盟国の見解を反映するものではない.
参照文献