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アサフ・ラジン 「イスラエルの移民流入: ある類い稀なる同化の歴史、そしてひとつのメッセージ」(2018年5月6日)

Assaf Razin, “Israel’s immigration: A unique assimilation story with a message“, (VOX, 06 May 2018)


1990年代におけるソヴィエト系ユダヤ人のイスラエルへのエクソダスはひとつの類い稀なる出来事だった。本稿が明らかにするところ、この移住の波はその大規模な高技術コホートおよび国内労働市場への速やかな統合ゆえに、特異なものとなっていた。また移民流入は、全体的な経済風景を一新し、生産性を押し上げつつ情報技術の奔流を下支えした。経済領域と選挙制度への移民の同化に見られるイスラエルの類まれなる剛健性は、政治バランスを変容させるとともに、所得分布の相当な変化も惹起した。

移民流入は広遠なる経済・社会的帰結をもたらす。労働市場・国際貿易・経済成長・社会および政治の構造などへの影響もその例に漏れない (例: Lucas 2014)。移住者は受入国社会の一部となり、その国の文化や政治の展開にも関わる。一般的にいえば、移住者はその他の要素投入物の移動 (資本フローなど) とはふたつの根本的な点で異なる。一、高技能したがって高賃金の移住者ならばネットで見た財政システムへの貢献者となりえようが、低技能移住者はネットで見て受益者である可能性が高く、受入国の租税負担者に間接的な課税を課すこととなる。二、遅かれ早かれ、移住者は、エスニック集団・経済的階級・年齢集団のあいだの政治均衡をシフトさせ、財産と可処分所得の分布を再形成する可能性がある – つまり移民は、選挙制度をつうじては直接に、市場に基づく格差への影響をつうじては間接に、福祉国家の規模を左右するのである1

イスラエルの 「帰還法 (Law of Return)」 は、帰還者にたいし直ちに市民権を、そしてその帰結として投票権を付与する。Avner (1975) による早期の研究が明らかにするところ、新移民の投票率は既存人口層のそれと比べて顕著に低かった。ところが、イスラエルへの新移民が2001年選挙で見せた投票率パターンについてArian and Shamir (2002) が行ったその後の研究は、この早期の発見を覆すものとなった。同研究における新移民は旧ソヴィエト連邦の出身者が圧倒的に多い。そしてArian and Shamirは投票率について新移民と既存人口層のあいだに目立った違いをなんら発見していないのである。

発端

ソヴィエト系ユダヤ人からなる近年の移住波の発端は、1987-1991年におけるソヴィエト連邦の解体とそこでの共産主義の崩壊だった。これらユダヤ人は世界各地へと向かったが、イスラエルもまたそうした行き先のひとつだったのである (図1)。

図 1 ユダヤ人とその家族による旧ソ連諸国からイスラエル・合衆国・ドイツへの移住 (千人単位)

出典: demoscope.ru

いずれの移住先でも受入国側の移住政策により上限設定がなされたが、イスラエルはこれまでのところその例外となってきた – イスラエルへの移民流入はイスラエルの帰還法のおかげで自由に行えるのである。

移住者の特徴

1990年代ユダヤ人エクソダスに属するコホートの、職業・社会層・態度・行動の面での特徴については、それが特異なものであったことが証明されている。移民の殆どは都市部の出身であり、そうした場所には高度の教育システムがあった。そうしたことから、これら移民の技能構成は教育水準の高い方向に – すなわち労働賃金が相対的に高い方向に – 強く歪んでいる。これら移民が人口に占める割合はほぼ20%とかなり大きなものだったが、かれらの平均的な家族サイズ (標準人2.32人)[訳註1] は国の平均 (2.64) より小さくなっていた。これは扶養家族がより少ないことを示す数字だ。いずれにせよ最も重要な点はかれらの教育水準が相対的に高いこと、したがって労働所得も相対的に高いことである。新移民の就学年数の平均値は14.0年だったが、これにたいし国の平均は13.3年に過ぎなかった (Eilam 2014)。

このうえさらに衝撃的だったのが、学士号を保有する世帯主のパーセンテージである – 新移民のあいだでは41.1%、これにたいし国の平均はわずか29.5%にとどまる。教育水準の相対的な高さと家族サイズの相対的な小ささは、発生した所得ギャップを説明するものと考えられる。新移民の標準人あたりで見た平均労働所得は4,351シェケルだが、これにたいし国の平均は4,139シェケルに過ぎない [訳注2]。注目すべき点だが、このギャップは新移民の勤続歴が既存人口層のそれを下回っていたにもかかわらず存在したのである。

キャッチアップ

Cohen and Hsieh (2001) が明らかにするところ、1990-91年の流入最盛期のあいだ、ネイティブのイスラエル人の平均的な効率賃金は低下し、資本収益 (return to capital) は増加した。ところが1997年までには、平均賃金も資本収益も、初期段階における資本収益の増加に誘発された投資ブームのために、移民流入に先立つ時期の水準に立ち戻っていた。経常収支の標準的異時点間モデルによって予測されるように、投資ブームは外部からの借り入れによりファイナンスされていた。またEckstein and Weiss (2004) が明らかにするところ、高度の技能をもつ移民の賃金は、かれらの到来につづく10年間、1年あたり8%の成長を見せた。技能収益 (return to skill) の増加・業種移行・イスラエルにおける経験の蓄積、そして経済全域にわたる賃金の上昇が説明する部分は、それぞれ3.4%・1.1%・1.5%、そして1.5%である。もっとも同著者は、〈経験からの収益はネイティブのそれに収斂しているのであって、移民はかれらの有する未測定の技能のためにより高い収益を得ているのだ〉 との仮説を棄却していない。なお移民の業種分布は、既存労働力層の業種分布との対比から、一定の格下げをこうむる。

第二世代における同化

第二世代のユダヤ人、つまり旧ソヴィエト連邦から移住してきた人達を親とする者だが、かれらの体験した社会上昇 (upward mobility) はその他全てのエスニック集団よりも相当に大きかった。表1では Aloni (2017) に依拠しつつ、フルサンプルにおいて第二世代が第一世代より上位に立っている確率、およびこれら集団の相対的な所得順位収斂率を示した。親の順位を上回る確率が高くなるかは、人口所得分布に該当集団が占める相対的所得ポジションに高度に依存する – したがって、例えばエチオピア人やアラブ人の子供は高い社会上昇を示している。ところが初期段階のポジションの分を調整してしまうと、最も急速な社会上昇を経験したのは旧ソヴィエト連邦からイスラエルにやってきた移民となる。つまりその他の集団のほうが平均への収斂が遅かったのだ。

表 1 イスラエルのエスニック集団毎に見た間世代的社会移動

: 第一行は、所得分布における親の平均百分位よりも高位の百分位に、子供が子供世代の分布において到達する確率。第二行は、子供の順位を人口集団ダミーに回帰した結果。なお、親の所得順位の分を百分位ダミーを用いて調整している。ベース集団はアジア/北アフリカ出身の世帯。本サンプルは、1979年から1982年のあいだに生まれた子供を、行政データを用いて親とマッチングしたものである。括弧内は標準誤差; 上部のアスタリスクは それぞれ、***p < 0.01、**p < 0.05、 * p < 0.1を示す。
出典: Aloni (2017).

旧ソヴィエト連邦出身の移民が、第一世代から第二世代にかけて見せた例外的な社会上昇は、図2にも表われている。図は、最下層十分位出身の親の子供について分布を示したものだ。旧ソ連出身の移民と一般人口を比較すると、前者が経験した社会上昇のほうが大きい。子供もより高い収入順位に到達し、またその分布も十分位全体により均一になっている。

図 2 最下層十分位出身の親のもとに生まれた子供の収入十分位

出典: Aloni (2017).

格差

図3が明らかにするところ、再分配ジニ係数は1989年に上向きに転じ、その後2001年まで上昇を続けた。ここに含意される十年以上にわたった所得再分配の低下は、ソヴィエト系ユダヤ人の移民流入波に続いて生じている。図が明らかにするのは、1990年から2003年にかけての所得格差の強烈な上昇であり、これは市場所得格差の低落、そして再分配の顕著な低下が組み合わさったものである。高技能移民の流入ならばこれらふたつの相対するトレンドを説明しうる: つまり高技能移住のおかげで中間階級が勢いづくなか、政治経済に基礎をもつ所得再分配政策が再編成されたのである。

図 3 ジニ係数: 総所得・ネットで見た所得格差・再分配 (1979-2015)

*差 (difference) は総所得ジニ係数と純所得ジニ係数のあいだの差を示す

出典:Dahan (2017)
: 99′-02’年度は東エルサレム人口を含まない。12′-15’年度はベドウィン人口を含まない。

社会給付

図4は、一人あたりの社会サービス供給で見たイスラエルの低い順位を露わにする。高度の国防支出が、その他OECD諸国よりも大幅に、社会サービスをクラウドアウトしていた可能性はある。しかしイスラエルのGDPに占める割合で見た国防支出は直近35年間に顕著な下降トレンドを辿って来たにもかかわらず、イスラエルは社会支出の供給に関し、OECD諸国と対比するかぎり下向に逸脱しているのである。図4はイスラエルにおける一人あたり社会支出を、幾つかの国のそれにたいし点示したものである。イスラエルはこのグループでも最下層に位置する3

図 4 一人あたり社会支出 (一部国)

: 2005年を基準とするConstant購買力平価 (合衆国ドル)
Source出典: OECD library

政治経済理論

Razin and Sadka (2017) はイスラエル移民流入物語についての定式化された一般均衡モデルを提示し、背景にある政治経済的諸力の均衡のより優れた理解、また勝者と敗者の特定を試みている (モデルはMeltzer and Richard 1981およびRazin et al. 2002a,bに基づく)。

Razin and Sadka (2017) はふたつの労働技能を仮定している。すなわち無技能 u と有技能 s である。移民は資本を持たずに到来する。ネイティブ人口における所得分布は、不均一な教育コスト、したがって人的資本投資に依存する。〔移民の〕 各技能集団にたいし、目的地国において移民に付与される所得に依存した上向きの供給関数が、ひとつづつ存在する。

ここから有技能労働者の供給曲線をシフトさせ、政治経済的均衡の変化を追跡してゆく。この均衡というのは、移民が、租税と社会給付に多数派票を投ずることにより、福祉国家を鷹揚にさせる票決をなしうる点をさす。有技能移住という供給サイドへのショックが生ずると、無技能ネイティブは支配力を有技能移住者に奪われ、今度は後者が自ら最も好ましいと考える逆進的な租税-移転政策を命じはじめる。

図5に移民流入ショックの政治均衡的帰結を記した。財政システムが逆進的になったばあいでも、既に存在する無技能移民を除いては、ネイティブと高技能移民をふくむ全ての所得集団がより豊かになる。本モデルは、イスラエル移民流入エピソードのために生じた事情として、所得格差につき図3に示したもの、また社会給付につき図4に示したものについて、幾つかの洞察を与えてくれる – つまり1990年から2003年にかけての所得格差の上昇だが、それは縮まる市場所得格差 (中間階級の強化をつうじた) と、それを相殺してなお余りある再分配の低下 (所得再分配の転換をつうじた) が組み合わさったものだったのである。

図 5 移民流入-供給ショックの効果

記号について:

結論

短期間のうちに旧ソ連からの移住者を約75万人も受け入れたイスラエル。その異常な経験は、移民流入の勝者と敗者をめぐる現在の議論にも関連性を持っている。

参考文献

Aloni, T (2017), “Intergenerational Mobility in Israel,” MA Dissertation, School of Economics, Tel Aviv University.

Arian, A, and M Shamir (2002), “Abstaining and Voting in 2001”, in A Arian and M Shamir (eds.), The Elections in Israel – 2001, Israel Democracy Institute.

Avner, U, (1975), “Voter Participation in the 1973 Election” in A Arian (ed.), Elections in Israel – 1973, Academic Press, pp. 203-218.

Bank of Israel (2014), “The general government, its services and financing”, Annual Report, chapter 6.

Bank of Israel (2016), Annual Report.

Cohen, S, and C-T Hsieh (2001), “Macroeconomic and Labor Market Impact of Russian Immigration in Israel”, working paper.

Dahan, M (2007), “Why has the Labor-Force Participation Rateof Israel Men Fallen?”, Israel Economic Review 5(2): 95-128.

Dahan, M (2017), “Income Inequality in the 2000s,” mimeo, Hebrew.

Eckstein, Z, and Y Weiss (2004) “On the Wage Growth of Immigrants: Israel, 1990–2000”, Journal of the European Economic Association 2(4): 665–695.

Eilam, N (2014), “The Fiscal Impact of Immigrants: The Case of Israel” MA thesis, The Eitan Berglas School of Economic, Tel-Aviv University.

Lucas, R E B (2014), International Handbook on Migration and Economic Development, Edward Elgar.

Meltzer, A H, and S F Richard (1981), “A Rational Theory of the Size of Government”, Journal of Political Economy ,89 (5), 914–927.

Razin, A (2018), Israel and the World Economy: The Power of Globalization, MIT Press.

Razin, A, and E Sadka(2017), “Migration-Induced Redistribution with and without Migrants’ Voting,” Finanz Archiv, Public Finance Analysis, special issue in honour of Hans Werner Sinn.

Razin, A, E Sadka, and P Swagel (2002a), “The Aging Population and the Size of the Welfare State”, Journal of Political Economy, 110: 900-918.

Razin, A, E Sadka, and P Swagel (2002b),“Tax burden and migration: a political economy theory and evidence”, Journal of Public Economics 85(2): 167–190.

Strawczynski, M (forthcoming), “Taxation policy in Israel between 2000 and 2015”, in A Ben-Bassat, R Grounau, and A Zussman (eds.), Israel Economy in the last twenty years, Falk Institute.

原註

[1] イスラエルが第二次世界体制後のグローバル化の波から、資本・金融・財の移動性を中核としつつ、様々な形で受けた便益については、Razin (2018) を参照。

[2] 社会支出はこの移住波のさなか一時的に増加したが、これは新移民を対象とした単発の〔移民〕吸収型支出に由来する。その後2000年代初頭になると社会支出は低下した。

[3] 再分配の継時的な相当な変化は潜在的には所得税の削減と関連している。所得税は2000年には歳入の30%だったところから2015年の20.4%に低下した。時を同じくして、付加価値税のほうは租税歳入の24.9%から30.1%に上昇している。Bank of Israel (2014)、およびStrawczynski (近刊) を参照。


訳註1. ここで 「標準人」 と訳出した箇所は原文では “standard persons” となっている。イスラエルにおいて貧困度の測定との関連で用いられている人の数の尺度に、”standard person” と呼ばれるものがあり、本稿でもこの尺度をさしていると考えられる (「国際連合欧州経済委員会 (UNECE: United Nations Economic Commission For Europe)」 のホームページから入手できる資料 (the Israeli Central Bureau of Statistics (2017), “Poverty measurement including in-kind benefits and dwelling”, United Nations Economic Commission For Europe Conference of European Statisticians, working paper) を参照)。
同論文によると、標準人とは、世帯構成員数の増加にしたがい追加的な世帯構成員の人数を実際より少なく計上するというもの。具体的には、実際の世帯構成員が1人であれば標準人は1.25人 (1.25人の追加)、2人なら2人 (0.75人の追加)、3人なら2.65人 (0.65人の追加) となる。以下に同論文に掲載されている対応表を引用する。

出典: the Israeli Central Bureau of Statistics (2017)

訳註2. 本稿では “Israeli shekel (シェケル)” と表記されているが、イスラエル銀行のホームページ (英語版) から入手できる本稿執筆による別の論文 (Razin, A. (2018),  “Israel’s Immigration Story: Winners and Losers”, Israel Economic Review, (15) 1: 73-106) などでは “NIS (新シェケル)” と表記されている。また同論文の該当箇所は本稿でも参考論文として挙げられているEilam, N (2014) から表を引用しつつ論を進めており、その表でも “NIS” と表記されているので、本稿の該当箇所も新シェケルについて述べていると思われる。

 

 


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