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アレックス・タバロック「労働参加率とビデオゲーム」

[Alex Tabarrok, “Labor Force Participation and Video Games,” Marginal Revolution, September 16, 2016]

以前とりあげた〕エリック・ハーストが新しい研究を論じている

平均で見て,20代男性で低技能の人たちは2000年代前半から2015年にかけて週あたり約4時間ほど「余暇」が増えている.誰でも与えられている時間は同じなので,余暇が増えているなら,他のなにかが減っている.働く時間が減ったことで,低技能男性の余暇は増加できている.筆者の計測で余暇に含めるものは幅広い.趣味や友人との交際,運動,TV視聴,買い物,ゲーム,読書などをまとめて余暇に含めている.

週あたり4時間ふえた余暇のうち,なんと3時間もがビデオゲームに費やされている.2014年の数字では,平均的な若い低技能の失業男性はビデオゲーム1日あたり2時間を費やしている.これは平均だ.25パーセントの人たちは,少なくとも一日あたり3時間ゲームをすると報告している.また,約10パーセントは,週あたり6時間ゲームをすると報告している.こうした低技能の働いていない若い男性の生活は,うちの息子がいまのぞんでいる生活そのものに似ているかもしれない――学校に通わず,働かず,ぞんぶんにゲームをやる生活だ.

若い男性の雇用減少をテクノロジーが引き起こしているとどうやったらわかるだろう? いまのところ,たしかなことはわからない.ただ,こうした若い低技能の男性たちがはたらきに出ない方をみずから選択をしているらしいと示唆する兆候がデータに見てとれる.主観的な幸福度を追跡する調査を――人々に依頼して全体的な幸福水準の評価をしてもらう調査を――やってみると,2014年の低技能の若い男性は2000年代序盤の同様の男性たちと比べてずっと幸福になっている.この間に雇用率が10パーセントポイント下がり,親元で暮らす傾向が強まっているにもかかわらず,幸福度は上昇しているのだ.

〔本人が望まずに失業している〕「プッシュ型」失業がビデオゲームによって心地よくなっている場合と,〔本人が望んで失業している〕「プル型」失業をビデオゲームがうみだしている場合を区別するのはむずかしい.というか,その区別がそんなに重要なのか,よくわからない.少なくとも,雇用を増やすためにビデオゲームを禁止するかどうか議論するのでもないかぎりは,重要そうに思わない.年配の人々がビデオゲームをたくさん楽しはじめたとき(じきにそうなるだろう),そのせいで退職後の生活がたのしすぎてたまらなくなっていると心配するだろうか?

ぼくとしては,ビデオゲームがどれくらいテレビ視聴にとってかわったのか関心がある.うちの子供たちとくらべて,ぼくの方がテレビを見る時間が長い.子供たちはそれよりビデオゲームをやっている.子供たちにとってそれが損失なのかどうかははっきりわからない.

もしかすると,スロットマシンみたいにビデオゲームが魅力的なあまり,に若者は将来〔の価値〕をあまりに大幅に割り引いてしまうのかもしれないし,あるいは,いま働かないことで将来うまれるコストを認識できないのかもしれない.もしかすると,いま本当に必要なのは,3D仮想現実で五感すべてをシミュレートするものすごいビデオゲームなのかもしれない.ものすごく高価で,そんなゲームがやりたいあまりにみんながはたらきたくなるようなゲームが必要なのかもしれない.

全体として,ビデオゲームに関する懸念は,かつての『ダンジョンズ&ドラゴンズ』〔昔の若者がハマったテーブルトークRPG〕をめぐるパニックや,もっと昔の本やラジオで子供の頭が悪くなっているといった懸念に似たところがちょっとありすぎて,ぼくは手放しに同調できない.


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