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アレックス・タバロック 「『外的なインセンティブ』と『内発的な動機付け』の相互作用 ~ベナボウ&ティロール論文のエッセンス~」

●Alex Tabarrok, “Jean Tirole and Intrinsic and Extrinsic Motiviation”(Marginal Revolution, October 13, 2014)


今回ノーベル経済学賞を受賞したジャン・ティロール(Jean Tirole)の論文の中でも個人的にお気に入りの一つ――彼の「主要な」業績とは言えないかもしれないが――は、彼がローランド・ベナボウ(Roland Benabou)と2人で執筆している「内発的な動機付けと外的なインセンティブ」(“Intrinsic and Extrinsic Motivation”)である。経済学者は直感的に(報酬や罰といった)外的なインセンティブは人のやる気を促すと考えるわけだが、心理学の分野では外的なインセンティブは人のやる気を損なう場合があると語られることがある。外的なインセンティブは、人が元々持っていたやる気(内発的な動機付け)を挫く場合があるというのだ(とは言え、その背後でどういったメカニズムが働いているのか1という点について明確な説明がなされることはない)。このような対立する2つの見解にどうやって折り合いをつけたらよいのだろうか? ティロールとベナボウが、この論文で取り組んでいるのがまさにその問題である。外的なインセンティブは人のやる気に直接働きかけるだけにとどまらない。外的なインセンティブの提供に付随して何らかの情報が伝えられることになり、その情報が人のやる気を損なう可能性がある。彼らのキーとなるアイデアを簡潔にまとめるとこういうことになるだろう。

次のような例を考えてみることにしよう。私には高校生の息子がいるのだが、その息子に次のような話を持ち掛けたとしよう。「今学期の数学の成績が5だったらご褒美として10万円あげよう。」 さて、息子はこの提案をどう受け止めるだろうか?

  • 数学は僕の人生で後々ものすごく大事になってくるとお父さんは考えているに違いない。だって10万円もくれるというのだから。お父さんは物を知っている人だし、おそらくその通りなのだろう。よし、数学の勉強頑張るぞ!

こう考えてくれたらありがたいものだ。しかしながら、息子は私が数学や彼のことについて幾分か詳しいことを知っており、その知識をもとにして次のように推測するかもしれない。

  • 僕に数学で5をとらせるためには10万円ものお金を払う必要があるとお父さんは考えているわけだけど、数学はそれだけ難しい教科だということなのだろう。あるいは、僕には数学の才能が無くて相当努力しないと5はとれないとお父さんは判断しているのかもしれない。うまくいけば10万円ももらえることだし今回だけは頑張るけれど、上級数学のクラスは履修しない方がいいかもしれないなぁ。

あるいは次のように推測するかもしれない。

  • 数学は大事だと思って10万円くれると言い出したんだろうけれど、僕には何が大事かを自分で判断する能力が無いとお父さんは考えているんだ。お父さんは僕の判断を信頼していないんだ。

あるいはこう考えるかもしれない。

  • お父さんはお金で僕をコントロールしようとしているんだ。思い通りになってたまるものか!

「10万円のご褒美」(金銭的な報酬)はやる気に直接働きかける効果(純粋なインセンティブ効果)だけではなく、推測を誘発する効果(inference effect)も併せ持っているわけだ。そして金銭的な報酬の提案に伴ってどういった推測が誘発されるかは、個別の文脈(コンテキスト)に依存するという点には注意が必要である。私と息子の仲はいいのかどうか、2人はこれまでにどんなやり取りを繰り返してきたのかといった「文脈」に関する知識が無ければ、「10万円のご褒美」が最終的にどのような効果を持つかは知り得ないのだ。前にも述べたことがあるが、「インセンティブとは客観的な事実ではなく主観的に解釈されたもの」なのである。

このティロール&ベナボウ論文によって「外的なインセンティブ」と「内発的な動機付け」との相互作用を巡る問題に終止符が打たれたとは思わないが、この論文はティロールの思考の幅の広さを示しているとともに、この分野における彼のアプローチの特徴をよく表しているとは言えるだろう。

ところで、私(「プリンシパル」)と息子(「エージェント」)との間で繰り広げられる「ゲーム」の均衡を求めることは至難の業である。というのも、「10万円のご褒美」をチラつかせることでエージェントが上で例示したような推測を行うだろうことはプリンシパルも承知の上であり、さらには「エージェントが上で例示したような推測を行うだろうことはプリンシパルも承知の上である」ことはエージェントも承知の上であり、さらには「『エージェントが上で例示したような推測を行うだろうことはプリンシパルも承知の上である』ことはエージェントも承知の上である」ことはプリンシパルも承知の上であり、さらには・・・(以下続く)といったわけでここには「ホームズ=モリアーティ問題」(あるいはこちらを参照;訳者注)が関わってくるからだ。言い換えると、プリンシパルとエージェントの間であらゆることが共有知識(コモン・ナレッジ)となっている状況において均衡が成り立つのはいかなる条件が揃っている場合かを探し出さねばならないのだ。まあ、解くのが難しいのも当然ではある。簡単な問題を解いたってノーベル賞はもらえないだろうからね。

ティロールの業績の全貌についてはコーエンのエントリー〔拙訳はこちら〕を参照されたい。ティロールの業績については私もこちらこちらで取り上げているのであわせて参照してもらえたら幸いだ〔拙訳はこちら〕。

  1. 訳注;外的なインセンティブが「なぜ」内発的な動機付けを挫くことになるのか []

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