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オリヴィエ・ブランシャール 「フランスにおける『黄色いベスト運動』と『代議制民主主義の失敗』」(2018年12月3日)

●Olivier Blanchard, “The French “Yellow Vest” Movement and the (Current) Failure of Representative Democracy”(RealTime Economic Issues Watch, The Peterson Institute for International Economics, December 3, 2018)


フランスにおける「ジレ・ジョーヌ」(gilets jaunes;黄色いベスト)運動――抗議行動に参加している市民が揃って「黄色いベスト」を着用しているのにちなんでそのように名付けられている――の模様を収めた映像がメディアを賑わせている昨今である。「ジレ・ジューヌ」運動が広がりを見せているのはなぜなのか? その根っこにある原因は何かと突き詰めると共産主義の終焉にまで遡らねばならない。市場経済の代わりとして期待された計画経済が失敗に終わったことにまで遡る必要があるのだ。

共産主義がまだ健在だった時代には計画経済という経済システムに幾ばくかの期待が寄せられていた。計画経済は資本主義よりも「人間的な」経済システムであり、格差も少なくて生活も安定している。そのような期待が寄せられていたのだ。政治も概ね経済的なイデオロギーの違いに応じて「左」から「右」へのスペクトル上に組織化され得た。一番「左」が計画経済を是とする立場、一番「右」が市場経済を是とする立場。一番「左」に位置していたのは共産党。そのすぐ隣に並んでいたのが社会党。そして一番「右」には「市場」に比較的重きを置く中道右派の諸政党が(ひどくこわごわした様子で)固まっていた。政治の日常はかなり秩序立って組織化されており、それぞれの政党なり労働組合なりは有権者や労働者の声を代弁する機関(組織)として機能していた。

しかしながら、共産主義の終焉に伴って市場経済の代わりとなり得る候補が消滅することになった。選択肢として残されたのは「市場への介入」と「自由な市場」との混合物のみ。経済が底堅く成長を続け、全体の底上げが果たされている(万人の生活水準が向上し続けている)間はあれやこれやの問題も何とかなった。しかしながら、時とともに経済成長のペースがスローダウン。それに加えて、格差の拡大や先行き不安の高まりといった問題も無視できなくなってきた。周りを見回してもシンプルな解決策などどこにも無いかのようだ。

中道右派の政党にしても中道左派の政党にしても最善を尽くしはしたが、十分な成果をあげるには至らなかった。(第23代フランス大統領を務めた)サルコジは改革に着手したが失敗に終わった。(第24代フランス大統領を務めた)オランドはサルコジよりは現実的な路線を歩んだが、それほど大きな成果は得られなかった。失業率は相変わらず高止まりしたままであり、税金は引き上げられた。既存の政党は我々の暮らしを良くしてもくれなければ我々の声を代弁してもくれないのではないか。一般の市民たちは次第にそのような思いを募らせていった。

そこに登場したのがマクロンだ。「『左』か『右』か」という区別など最早大して意味をなさないと的確にも指摘。層の厚い中間派(中道派)の票を一挙に取り込んで大統領選に勝利。その結果として既存の中道左派政党と中道右派政党は瓦解に向かい、後には「極右」政党と「極左」政党だけが残されることになった。

マクロンの勝利はフランスの政治システムの機能不全を後押しした可能性がある。景気の改善が思うように進まない中、満足のいく取り分を得られずに不満を抱く国民。しかしながら、従来のように中道左派政党や中道右派政党を頼りにすることは(瓦解してしまったために)できない。そこである者は極左政党に望みをかけ、他のある者は極右政党に希望を託した。政党だったり労働組合だったりといった「代表機関」の一切に不信感を抱き、自ら街頭に乗り出すに至った国民の数はなお多い。かくして「ジレ・ジョーヌ」運動――自然発生的に立ち現れてきた組織化されざる「直接民主主義」の一種――が産声を上げたわけである。

しかしながら、組織化されざる「直接民主主義」は思うようにいかない。6500万人もの人口を抱える国で古代ギリシャのアゴラ式の民主主義を再現することなんて不可能なのだ。そのことは過去3週間の出来事が証明してもいる。「ジレ・ジョーヌ」運動からは首尾一貫した主張なりメッセージなりは聞こえてこない。公共サービスの充実を図ると同時に減税するなんてのは無理なのだ。がっかりさせられる話ではあるが、街頭での抗議行動はそのうちアナーキストや暴徒に乗っ取られざるを得ない。暗礁に乗り上げざるを得ないのだ。

政府なり政治家なりが直面している課題はあまりに大きい。私なりの見立てが正しいとすれば、「ジレ・ジョーヌ」運動の根っこに控えている問題は古くて根深い。政府としては「我々はあなた方の声に耳を傾けています」と国民を納得させねばならない一方で、できないこと(不可能事)はできないと国民に対してはっきり伝えなければならない。そして抗議する側も「火遊び」なんかには手を出さないように自制しなければならない。組織化されざる怒りはカオス(混乱)を招くだけに終わる可能性があるのだ。


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