サイモン・レン=ルイス「なぜ西洋諸国の大半はパンデミックでこれほど失敗したのか」(2021年5月4日)

[Simon Wren-Lewis, “How most of the West got the pandemic so badly wrong?” Mainly Macro, May 4, 2021]

近頃は,そうそう大したことでは驚かなくなっている私だが,OECD 諸国の大半が今般のパンデミック対応で失敗したのには愕然とした.とはいえ,ジョンソンのイギリス,トランプのアメリカ,ボルソナーロのブラジル,モディのインドの成り行きに愕然としたわけではない.こうした国々が失敗する理由は,あまりに歴然としていた.なにより,パンデミックが始まる前から,「イギリスは人命を救うために経済を制限することから手を引く国になるべきだ」と,ジョンソンは考えていた.そうすることで,イギリスは世界経済でなんらかの大きな優位を得られるだろうというのが,彼の思惑だった.これによって国民保健サービス (NHS) が陥った混沌ぶりを説明されてはじめて,ジョンソンは考えをあらためた.私が愕然としたのは,ほぼ例外なく欧州本土の国々が失敗したことだ.

当時,自分たちに必要なことを完全に理解していた国はほんの一握りしかなかった.必要だったのは,駆逐戦略だ.この戦略が賢明なのをいまも納得していない人には,『ランセット』で先日出た論文をおすすめしておこう.この論文では,駆逐戦略を実行した少数の OECD 諸国を,そうしなかった大半の OECD 諸国と比較している(駆逐戦略をとった国は,オーストラリア・ニュージーランド・韓国・アイスランド・日本だ).同研究に出てくる1つ目のチャートを引用しよう:


【100万人当たりで見た一日の死者数(7日間移動平均)】

ごく単純に,駆逐戦略の方がはてしなく上手にコロナウイルスによる死者発生を避けている.コロナウイルス感染症が長引く事例の発生も,駆逐戦略の方がはるかにうまく避けている.さらに,同研究から引用した下記のグラフに見てとれるように,経済面でも駆逐戦略の方がすぐれている(赤い線は駆逐戦略の国々を示す):


【週ごとの GDP 変化(2019年との比較】

駆逐戦略をとった国々の方が,GDP の減少が小さく,2020年の末から2021年の現時点まで,経済の回復ペースも〔駆逐戦略をとらなかった国々に比べて〕上回っている.駆逐戦略をとれなかった OECD 諸国に,大きなウソが長らく広まっている.それは,「健康と経済にはトレードオフの関係がある」というウソだ.下記の表を見てもらうとわかるように,そんなトレードオフはない.パンデミックがはじまってすぐに論じておいたように,健康と経済のトレードオフは事実ではないのを私たちは知っていた.トレードオフがない理由は,ごく単純だ:早期に都市封鎖を厳しく実施してウイルスを駆逐するのがかなわなかった場合,ウイルス〔の感染者数〕は指数関数的に増えていく.その結果どうなるかといえば,よりいっそう厳しく長期間にわたる都市封鎖をあとで実施せざるをえなくなったり,もしくは/しかも,人々がとにかく自宅にこもることになる.これは,経済に巨大な影響をおよぼす.この点は,『ランセット』論文から最後に引用するグラフに見てとれる:


【都市封鎖の執拗度(0=低い,100=高い】

駆逐戦略をとった国々の方が劣っていた点は,なにかあるだろうか? 私にわかるかぎりで言えば,ひとつだけある:海外渡航の自由だ.駆逐戦略を実施するには,海外からコロナウイルスが持ち込まれるのを阻止するために,ホテルでの隔離や渡航禁止が必要になる.もちろん,駆逐戦略をとる国が多くなればなるほど,そうした渡航制限は厳しくなくなる.なぜなら,駆逐戦略をとった国々どうしのあいだであれば渡航できる場合が多いからだ.

OECD 諸国が駆逐戦略を却下した理由は,国をまたいだ移動の規模で説明がつくだろうか? これが重要かもしれない大きな理由は,ひとつある.ある国の観光産業が大きけれど大きいほど,観光産業を終わらせた場合の損失は大きくなる.だが,駆逐戦略をとった少数の国々とそうしなかった国々にはっきり見られるちがいがそれで導き出されるいう主張は,なりたちそうにない.なるほどフランスには国外から多くの旅行者がやってくる.人口あたりの人数で見れば,大半の国々よりも多い.だが,アイスランドと比べて大差があるわけではない.ドイツにやってくる旅行者も,人口あたりの人数で見ればオーストラリアや韓国と似たようなものだし,ニュージーランドよりも少ない.このように,観光産業や航空業界からの圧力はモノを言うものの,駆逐戦略をとりにくくする点では,決定的な要因ではなさそうだ.

駆逐戦略を実際にとった国々がどうしてそうできたのか,他の国々にはどうして駆逐戦略がとれなかったのか――この理由をめぐるいろんな説をかぞえきれないほど聞いてきて,私はこんな結論にたどりついている.人口統計によるどんな種類の説明も,無駄だ.それよりも,〔政府が〕受け取った専門家からの助言の質と,当該政府の質に目を向ける方がよほど生産的だと私は思っている.ただひとつの例外をのぞいて,なんらかの駆逐戦略をとった国々は,いわゆる極東にあるか,極東に近い.そして,ここ数年のあいだに深刻なパンデミックを経験している.間違いなく,オーストラリアとニュージーランドはそうした経験に影響を受けている.これと対照的に,西洋になじみがあるパンデミックといえば,それほど人命を脅かさないものの方が多い.

例外は,アイスランドだ.だが,アイスランドは小さな島国で,すぐれた検査設備を備え,かなり合理的な政府によって運営されている.ニュージーランドも,すぐれた助言を受けており,合理的な政府がある.オーストラリアのコロナウイルス政策は州ごとに事情がちがう.そして,駆逐戦略をとって州境を閉ざすよう先導したのは,労働党が与党となっている州だった.

とはいえ,私が愕然としたのは,駆逐戦略をとれなかったことにではない.パンデミックがはじまる前に,欧州の疫学者たちのあいだでは駆逐戦略を支持するはっきりした共通見解はなかった.そして,さきほど述べた証拠があるにもかかわらず,今日でもそうした共通見解はない.事実を言えば,この証拠をふまえると,次のパンデミックが到来するまえに,「(当該のウイルスがどれほど感染しやすく致命的かで考えて)どんなときに駆逐が理にかなった戦略になるのか」に関して疫学者たちのあいだでなんらかの共通見解に達している必要があるのだ.

私がなにに愕然としたかと言うと,それよりももっと単純で異論も少ない点を各国政府が学習できなかったことだ.その単純な点とは,感染者数が増えはじめた場合には厳しい都市封鎖をすばやく実施しなくてはならない,ということだ.言い換えると,いま欧州で私たちが目にしている感染拡大の第二波・第三波は,そうした国々を率いている政治家たちの質のおそまつさをむざんに写し出しているのだ.第一波のさなかに,隙なく厳格な都市封鎖をもっと早期に実施していたなら,あれほどの死者を出さずにすんだだろうし,都市封鎖もあれほど長引かせずにすんだだろう.(駆逐にあたっては,都市封鎖で感染者数が大きく抑え込まれたあとに,さらにもう一息つづけることが肝心だ)

だが,これほど明瞭な事実があるにもかかわらず,欧州諸国の政治家たちはこの教訓を活かせなかった.一度ならず,二度も失敗したのだ.私が知る範囲の事例で言えば,政治家たちは専門家からの助言を却下し,もっとゆるい制限でなんとかすませようとしたあげくに,感染者数を抑え込むのに失敗した.以前,第二波の時期に思弁をめぐらせておいたように,この失敗の説明には,次の点が挙げられる――すなわち,都市封鎖に打撃を受けた事業者たちがあげた大きな声は政権に聞き届けられた一方で,高齢者や医療従事者たちの声はそれよりも弱かったのだ.だが,この説明が言い訳になるはずもない.まして,都市封鎖に強く反対していた人々の短慮や理解欠如にただ単純に政府が応じていたのだから,なおさらだ.

この政治的失敗への回答としては,政治家たちをもっとマシなものにするという案もある.だが,それは難しい.もっと達成しやすいはずの案を挙げるなら,専門家たちにもっと公的な発言権を与える,という案もある.そうすることで,専門家たちの助言から政治家たちが逸脱しにくくするのだ.だが,それだけではなく,政治的な各種の計算にあたって人生の喪失にもっと大きな重みを与える必要もある――まさかこんな文を書く日がくるとは思わなかった.コロナウイルスによって死亡した事例の平均をとると,だいたい10年から20年の人生が失われている(e.g. こちらを参照).だが,西洋の政治家たちのあいだでは,そうした失われた人生に与えられている重みがあまりに軽い.このことにこそ,愕然とする.

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