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サイモン・レンルイス「アメリカでいまにもインフレスパイラルが始まるという話についてどう考えるべきか」(2021年6月7日)

[Simon Wren-Lewis, “How should we think about talk of an impending US inflationary spiral?” Mainly Macro, June 7, 2021]

2013年に,イングランド銀行のカンファレンスで私が講演をしていたときの話だ.イギリス経済は,3年にわたって景気が急激に悪化していた.講演の詳細は思い出せないが,イギリス経済には財政刺激が切実に必要だ,また緊縮を繰り返してはいけない,という話をしていた.そのとき,非常に著名な学者で,とある中央銀行にも勤めていた経歴の持ち主が,こんな話を言い出した――インフレが起こって,インフレ予想の「タガが外れる」恐れがある.これに返答して喋っているうちに,あやうく,激高しそうになってしまった.

その後,こんな記事を書いた.そこでは,「タガが外れる」という言葉に私が怒りを覚えた理由を分析しようと試みている.なんといっても,このフレーズを多くの中央銀行職員や一部の経済学者たちが使っている.だが,今日の世界では,このフレーズはなんら意味をなさない.以前の記事から一節を引こう:

「あたかも,インフレ予想には2とおりの状態しかないかのように思われている:ばらつきが小さくて平均すればインフレ目標に収まっている(あるいは目標に近い)状態にあるか,あるいは,きわめて上下変動が大きくどんな値にもなりうる状態にあるか,その2つのどちらかにあるかのように思われている.この2つ目の空想の状態では,インフレ予想が実際のインフレ率を押し上げて「インフレ・バブル」が生じうることになっていて,インフレ・バブルを中央銀行が収束させるにはひどくコストが高くつくのだという.そんな状態には誰も陥りたくないのだから,1つ目の状態にとどまるためにありとあらゆる手を打たなくてはいけない〔と考える人たちがいる〕.」

この世界がそんな風になっていると考えるというのだが,私にはなんとも信じがたい――というより,馬鹿げていると思う.

いまでも,こんな考えは馬鹿げていると私は思っている.インフレ目標を達成すべく中央銀行が金利を制御している結果として長期インフレ予想がインフレ目標に堅く結びつけられていることについて語りつつ,同じ口で,同じ中央銀行が同じか非常に近いインフレ目標を掲げているなかでインフレ予想のタガが外れるという話をできるわけがない.そんな話はまったく辻褄があわない.辻褄があうとしたら,カレツキが資本主義について考えたように,労働市場が弱いまま経済を永続的に運営することを目指している場合くらいだろう.

直接的な証拠からも,間接的な証拠からも,インフレ目標と独立した中央銀行が正しく行動することによって長期インフレ予想が〔インフレ目標の水準に〕定着していることがうかがえる.大半のマクロ経済学者たちは,そう考えていると言っている.だからこそ,独立した中央銀行が(インフレ目標でインフレ率を制御しつつ)金利を設定する方が,一国の政府が金利を設定したり財政政策を調整したりすることでインフレ率を制御するのよりも好ましいと彼らは考えているのだ.その文脈で言うと,短期金利が下限にあるとき,インフレ予想のタガが外れるのではと心配しはじめるのが奇妙きわまる話に思える.

柔軟なインフレ目標の要点は,原材料価格の上昇や(労働力・財)一時的不足に起因するインフレ上昇方向へのショックが発生しても,インフレ・スパイラルが始まることはない,という点にある.一時的だった要因が長期的なものになったとしても,中央銀行は金利を引き上げて問題に対処できる.これを示すなにより明快な具体例は,2004年にはじまった石油価格ブームだ.あのブームは,およそ1970年代の経験を繰り返すにはほど遠かった.

いま多くのマクロ経済学者たちが好んでいる新しい状況依存型政策の眼目は,ひとえに,財政政策が景気後退に対処する一方で金利がインフレ・スパイラルを食い止めることにある.もし財政刺激を打っても金利が下限から上昇するのに必要なインフレ圧力が生まれなかったなら,その財政刺激はじゅうぶんに大きくないということだ.

アメリカ・イギリス・ユーロ圏が過去10年間におかした失敗は,刺激が不在だったこと(さらには緊縮を行ったこと),そして深刻な景気後退に対応するのに非伝統的金融政策では不十分だったことだ.この失敗は,「トレンド」産出の動向に説明されない下ズレが起きていることにありありとあらわれている.下ズレが起こる前から私たちの多くが説明していたように,政策で保守的になると,産出と繁栄が長期的に悪化するリスクを冒すことになる.これに比べれば,上ブレのリスクはとるに足らない.なぜなら,金利を引き上げれば,中期~長期にわたってインフレを実にうまく安定させられるからだ.

「インフレ率を安定させる産出水準にはきっかりこれだけ必要だ」と自分たちが考えている刺激だけを打つよりも,財政刺激をやりすぎる方が最善だ.その理由の論証は,この点を中核にしている.これはリスク非対称の論証だ.保守的に〔控えめに〕したり「きっかりこれだけ必要だ」と自分たちが考えていることだけをやったりすれば,いざ蓋を開けてみると(計算が間違っていたり予想外の要因がはたらいたりしたために)刺激が不十分だったことで事態を悪くするリスクの方が,やりすぎてしまうリスクよりもずっと大きい.目標を超過してしまった場合には,即座に金利を引き上げれば,インフレ率が一時的に急上昇して終わる.他方で,目標に届かなかった場合には,事態を認識するまでしばらく時間がかかり,国内の人々みんなの現実のリソースを永遠に失ってしまう.

ここ日本語版〕で述べておいたように,ユーロ圏とイギリスは,同じ過ちをまた繰り返そうとしているように思える.自然率に下から寄せていこうという保守的な見解に,どちらも近づいてきている.唯一アメリカでだけは,政策担当者たちがかつて自分たちがおかした過ちを理解している.民主制を転覆させる〔トランプ前大統領の〕企てが失敗し,その首謀者に野党〔共和党〕がつきしたがっていた状況のあとでは,これも驚くにあたらない.

アメリカで平均インフレ率目標に金融政策が変更されたことで,「必要だと自分たちが思っている以上に大きくやる」論理はなにか変わるだろうか? 変わるどころか,その逆が正しい.平均インフレ率目標では,実際のインフレ率が目標をしばらく上回るのが許容される.それまで長らく目標未達が続いていたのが,それで相殺されるからだ.しばらく目標超過を許容しても,中央銀行がみずからの行動をはっきり世間に伝えているかぎり,長期インフレ予想が目標より上に上がることはないはずだ.必要になったら金利を引き上げればほどなくしてインフレ率を引き下げられることに変わりない.アメリカの金融政策担当者たちの信用は高い水準にある.明確に定義された状態が実現されるまでしかインフレ率の目標超過を許容しないということを,その彼らが明快にしている.これにより,長期インフレ予想の上昇は防がれる.

リスク非対称の論証にこれを加えた場合は,こう考えられる――どんな財政政策をとるにせよ,その政策が目標とすべきは連銀が許容するインフレ上昇ではなく,それを超えるインフレ上昇である必要がある.〔許容範囲を超えるインフレが起これば〕対応策として連銀は金利を引き上げなくてはならなくなるはずだ.もしその必要が生じなかったなら,財政政策の失敗をしてしまったことになる.(そして,ユーロ圏とイギリスではその失敗がなされる見込みがあまりにも大きい.)

だから,「バイデンのプランでインフレ率が上昇する」と言っている人たちには,こう返すべきなのだ――「そうなるといいね.」 この台詞の「インフレ率」を「金利」に置き換えても,同じことが言える.もちろん,バイデンのプランによってあまりにもインフレ率が上がりすぎてしまう見込みが大きい(当初案から薄められたとしても?),ということはありうる.かりにそうなれば,リスク非対称の論証を踏まえても,必要な金利引き上げ幅があまりに大きくなってしまう.そして,まさにそう考えているのが,とりわけ目立つ人で言うと,サマーズとブランシャールなのだろう.

最初のバイデン刺激策によって正味どうなるかについてはさまざまな見積もりがある.ここでは,そのなかに私見を加えるつもりはない.そのかわりに,バイデン案を批判している人たちが間違っている理由に,注意を向けよう.この話もまた,マクロ経済学者たちがいま教えていることに立ち返ることになる.いま刺激策で渡される小切手〔給付金〕を切実に必要としている人たちは,そのお金の多くまたは全額を使うだろう.だが,そうした人たちを支援するのに反対している人はいない.反対論が言われているのは,小切手を必要としない人たちにまでお金が渡り,コロナウイルスのために多くの額を貯金しているという点についてだ.だが,そうやって貯金することで,この人たちは刺激策の小切手の大半または全額を使わずにいる(Florin Bilbiie, Gauti Eggertsson & Giorgio Primiceri の論考を参照).その結果として,刺激策の給付金が需要にもたらすとサマーズが想定している影響は大きくなりすぎているように思える.「パンデミックが終われば,繰り延べ消費が増える」と私はこれまで一貫して主張してきた.だが,その消費増加は,ごく一時的なことだ.

ユーロ圏やイギリスに比べて,アメリカのマクロ経済政策の考え方は数里も先を行っている.ユーロ圏もイギリスも,金融政策の目標を変更していないし,いまだに赤字問題にとりつかれている.もしいまの予測が正しいとすれば,長期的な傷跡を残さずにアメリカはコロナウイルス景気後退から抜け出るだろう.一方,大西洋をまたいだこちら側は,そうならない.イギリスやユーロ圏では,クルーグマンが言う「おマジメなみなさん」〔見当違いな局面で財政の責任をとかく言い立てるマジメぶった人たち〕は,景気後退が長期的な傷跡を残してしまっても「あれは避けられなかった」「財政刺激の不足とはなんら関わりがない」とあれこれの理由を並べるだろう.だが,グローバル金融危機後の緊縮がもたらした災禍の責任者だった同じ指導者たちは,いまだに,自分たちがなにを間違えたのかを完全に理解してはいないのだ.


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