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サイモン・レン=ルイス「所得最上位層に高い税率をかけるべき理由は金銭的でもあり政治的でもある」(2019年1月24日)

[Simon Wren-Lewis, “The key arguments for high top rates of income tax are political as well as pecuniary,” Mainly Macro, January 24, 2019]

「ネオリベラルなんて無意味な概念だ」という批判を聞いたら,相手にこう教えた方がよさそうだ――「アメリカやイギリスにかぎらず他の国でも,1980年ごろから所得税の最高税率はこんな具合になっているよ」(出典; Marcel Fratzscher のご教示に感謝)

下記のグラフは,過去1世紀にアメリカの最高税率がどう推移したかを示している(Martin Sandbu のご教示に感謝).アイゼンハワーは,最上位の稼得者に91パーセントの限界税率を支払わせていたわけだ.

こうして徐々に最高税率が引き下げられてきた理由は,まちがいなく複雑だろう.ただ,そうした理由のなかでも重要なのは,こういうネオリベラル的な信念だ――「最上位層の税率を下げれば,CEO たちがもっとダイナミックになり,もっとダイナミックな会社をつくりだす.そして,そのことの便益は経済のしもじもにまで全体としてしたたり落ちていく[トリクルダウン].最高税率が低くなれば,起業家はもっとリスクをとってさらに社会に便益をもたらすだろう」云々.この主張は,右派シンクタンクが何度も飽きもせず繰り出しているおなじみの主張で,およそこれ以上に詰めて語る必要がない.ネオリベラルが単純な経済学を少しばかり援用して自分たちや彼らの資金提供者たちの有利になる政策を正当化する古典的な例となっている.

だが,こうした趣旨の主張を支える論拠はよくいっても弱い.なぜ弱いか,その理由は直観的には単純明快だ.一定以上の所得水準になると,純粋に金銭的なものを超える他の誘因[インセンティブ]の方が重要になってくるからだ.サッカーのトップ選手と同じく,最上位層の CEO たちは自分たちがやっていることで成功を収め,しかも他の CEO 連中よりも成功を収めたいとのぞんでいる.成功を収めた場合の金銭的な報酬がどうだろうと,とにかく成功したがるはずだ.

ネオリベラルがめったに言及しない初歩の経済学論議が他にもある.それは,〔消費を増やしていってもその効用はだんだん少なくなっていくという〕限界効用逓減だ.ここから導かれることは,最高税率削減の話と真逆になる.道端に100円玉が落ちていてもわざわざ身をかがめて拾う労力ほどの値打ちを見出さない人たちに課税してもっと貧しい人たちに移転する方がずっと社会的に有益だ.Diamond & Saez による有名な論文によれば,意欲低下の効果や租税回避の効果を考慮に入れた場合,アメリカにおける所得税の最適な最高税率は 73% になるという [1] [2].

この 73% という数字すら低すぎる推定かもしれない理由が2つある.Piketty, Saez & Stantcheva たちの議論によれば,CEO たちに多額のお金を与えると,マイナスの誘因効果が生じうるのだという.CEO たちは,自分の企業をよくすることよりも自分の給料を上げることに労力を注ぎはじめる.人の地位は,当人が買えるものから生じる部分がある.CEO たちの給料が上がってもその増えた分によりたくさん課税される場合には,給与額は地位にほとんど影響しない.ところが,給料が大して課税されない場合,自分が経営している企業からもっとお金を吸い取って自分の給料を増やせば地位も上げられる.経済学の用語を少しばかり使うと,所得税の最上位層にかかる限界税率を低くするのは,社会的な産出を高める誘因どころか,レント獲得の好例に当たるわけだ.

ただ,CEO がさらにお金を手に入れたところで大してプラスの方向に彼らを動かす誘因にはなりそうにないものの,こう論じる余地はあるかもしれない――「そうしたお金は,才能ある人間が CEO になろうとのぞむ誘因にはなる.」 いつでも,CEO になれば社会でとびきり裕福な層に入れそうな見込みがあった.なぜなら,いつだって彼らの所得の多くにかかる税率が低くなる見込みがあったからだ.Lockwood, Nathanson & Weyl の論文は,この論証をひっくり返している.高い給与が関連している活動は,金融や法律のように,経済学者がいう「負の外部性」がある活動だ.負の外部性があるということは,その給与の高さが示唆するほどには社会にとっていいことを大してしていないということだ.たとえば,金融は全体のパイを大きくすることよりも他の人々からお金をとってこようとする部分が多い.課税後の所得を大きくすると〔税率を下げると〕,才能ある人たちがそうした職業に引き寄せられるようになるのだとすれば,これは社会にとってマイナスだ.他の業種で働いてくれた方が社会にとっては有益だろう.この才能の割り当ての誤りを減らすには,最高税率を高くする手がある.

ネオリベにとって,一国の内部で最高税率を引き上げるのに対抗する最後の防衛線は,移民だ.その論証はこういうものだ――「才能ある人々はかなり〔地域・国境をまたいで〕移動しやすい,そして,才能ある人々はいちばんそれに報いてくれるところへ移動するものだ.」 ある程度までではあるものの,これが事実だという明瞭な証拠がある.とはいえ,このことから言えるのは,最高税率を現状維持すべきとかいっそう引き下げるべきといったことではない.たんに,才能ある人々にとって魅力的な国々のどこかが最高税率を引き続き低く抑えているかぎり,こちらの最高税率はあるべき水準まで上げられないだろう,というだけの話だ.スウェーデンは実効の最高税率 70% でうまくやっているように見える

〔あちこちの国々が才能ある人々を取り合って〕最高税率を引き下げあうこの底辺への競争の危険ゆえに,アメリカが限界最高税率を引き上げることがいっそう重要となる.これは,アレクサンドリア・オカシオ・コルテ民主党議員がこのあいだ提案した方向だ.ごく明白な各種の理由から,アメリカは最高税率を引き上げた場合の才能の流出を心配する必要がない.

私の考えでは,最高税率の引き上げを支持する議論は金銭に関わる部分があるとしてもそれほど多くはない.私が言わんとしているのは,ここまでに挙げられた論点にこの議論は左右されないということだ.より平等な社会ほど社会的な厚生は高まるという証拠は,私には説得的なように思える.つまり,より平等な社会を生み出すのに役立つというだけの理由でも,最高税率を引き上げるべきだということだ.リチャード・ウィルキンソン & ケイト・ピケット『平等社会』(The Spirit Level) が示したこの証拠を反駁しようとする試みをわずかながら見たことはあるものの,全体としてそうした反論は説得的ではなかった.その一方で,より平等な社会にいるほど人々はしあわせになるという考えを支持する証拠はいっそう増えている.

最高税率引き上げを支持する最後の論証は,いまのアメリカとイギリスにとくに関連している.お金で政治的影響力をやすやすと買えるアメリカのような政治制度のもとでは,ものすごい高給を稼ぐ人々のなかに,まさにそうやって影響力をもつ者が現れる(この点についてはこちらで多少述べた).ここで論じているような金権政治がつくりだせるわけだ.お金は票を買うこともできるので,この金権政治は民主的な選挙と併存しつつなんら脅かされずにいられるかもしれない.選挙に使っていい金額の上限を定める法律があっても,イギリスを見ればわかるように,お金持ちがそうした制限を回避する方法はあれこれとある.新聞メディアの相当部分をお金持ちが支配している場合はとくにそうだ.

Emmanuel Saez & Gabriel Zucman が『ニューヨークタイムズ』に書いたすぐれた論説から引用しよう.彼らによれば――

「富が極端に集中すると,経済的・政治的な権力が極度に集中する.これに対処する政策はたくさんあるが,そのなかでも,累進的な所得課税がいちばん強力だ.なぜなら,独占力を利用して得た所得だろうと新しい金融製品から得た所得だろうと純粋に運がよくて手に入れた所得だろうと,とにかく過度に高い所得には等しく制限をかけるからだ.

この論説に短い反論を書いて,グレッグ・マンキューはこう述べている:

「私が知る裕福な人々の大半は,トランプをホワイトハウスに入れないためにならよろこんで巨額を投じただろう.実際にそうした人も多い.トランプ現象は,金の有り余るエリートが政治に影響力をもちすぎるという論拠には当たらない.これがなんらかの論拠になるとしても,それは彼らの影響力がすくなすぎるという論拠だ.

だが,桁違いの所得と富がつくりだす金権政治の性質をマンキューの議論は誤解している(同じ誤解は左派の一部にも見られる).ここ翻訳]で私が明確にしているように,これがつくりだすのは,富豪どうしが内輪で支配者を決める委員会めいたものではない.それよりもずっと偶発的な制度だ.これは,〔国民を〕代表するとはかぎらない富豪どうしの小集団が民主制度をハイジャックできるようにするのだ.トランプと EU離脱はその明瞭な事例だ.マンキューの言い分も正しく,それを避けるにはもっと国民を代表する金権政治をつくりだすという方法もたしかにある.だが,この種の災厄を避けるのにははるかにすぐれた方法がある.それは,最高税率をふたたび高くして,問題の根っこに対処することだ.


原註 [1]: この数字について,少しばかり直観を述べる.意欲低下の効果や租税回避の効果があまりに大きくて税率を引き上げても歳入の増加につながらない場合,税率引き上げには金銭的な利点はない.こうした効果が存在しない場合には,最適な限界税率は 100% だろう.この論文の推定では,こうした効果はこの両極端の中間のどこかにあると考えられている.つまり,最適な税率はゼロと 100% のあいだにある.

原註 [2]: イギリスの文脈におけるこうした問題に関する議論は,こちらを参照: https://www.ifs.org.uk/publications/9678. 短命に終わったイギリスにおける 50% への税率引き上げは歳入を増やさないという HMRC の計算では,議論の余地がある仮定をおいている点に注意.また,租税回避がうまくいったのは,この引き上げが一時的だったことによる部分が多い.


Comments

  1. Kenneth J. Arrow says:

    「経済学101は経済学に基づいた分析や論説をオンラインで無料提供することを目的として設立された一般社団法人です。

    経済学の基本的なツールを使って身近な出来事を分析したり、最先端の学術論文の概要を紹介したり、専門家による時事問題の分析などを紹介します。また、海外の経済学者、研究機関と提携し、英語の論説の翻訳も提供していきます。」

    なるほど。日本人向けに海外の経済学者のブログを翻訳して、経済学のフロンティアを誰もが感じられるようにしたいんですね。
    ところで、この記事は最適課税論の議論とは真逆を行く主張ですが、こんなものを訳していいんでしょうか?間違った経済学的思考を読者に植え付けることに対して良心は痛まないのですか?せめてこの主張を裏付けるモデルがあるなら話は別ですが…。

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