サイモン・レンルイス「緊縮の教訓はこうして学ばれずじまいになった」(2019年7月23日)

[Simon Wren-Lewis, “How the lessons from austerity have not been learned,” Mainly Macro, July 23, 2019]

イギリスとユーロ圏はどちらも来たるべき景気後退に対して脆弱だが,どちらの政治家たちも中央銀行も,「あちらが景気後退に対応すべきだ」と考えている.

イギリス・アメリカ・ユーロ圏で景気後退が生じる見込みについてここで語りたくはない.予想は(必然的に)無益な試みだ.あまりにもいろんな変数が絡んでいるので,正確な予測は立てようがない.リスク要因を洗い出しておくのは有用だし,グレイス・ブレイクリーがここで見事な仕事をやっている.それより,次にもしも景気後退が起こったときに,その影響に対してイギリスやユーロ圏がどちらも脆弱なことを私は懸念している.その脆弱性をはっきり示した実例といえば,グローバル金融危機後になされたさまざまな失敗だ.だが,いくつもの点で,こうした教訓は学ばれずじまいになっている.

グローバル金融危機 (GFC) 後になされた緊縮とその顛末は,たいていの人が知っている.イギリスでは,GFC の悪影響が非常に厳しく,金利を 5% から 0.5% に切り下げるだけではその影響を相殺しきれなかった.その結果,労働党政権は2009年にさまざまな財政刺激策を実施した.金利引き下げとあわさって,こうした財政刺激策は産出の低下に首尾よく歯止めをかけたものの,2010年になってもまだ景気回復のきざしは弱々しかった.新しく成立した連立政権(保守党と自由民主党の政権)は,景気回復よりも増大する財政赤字に関心を集中することに決めて,大規模な財政引き締めを実施した.これがのちに緊縮として知られるようになる.

イギリスの緊縮がもたらした帰結は,この数世紀でもっとも遅い景気回復だった.Resolution Foundation のジェイムズ・スミスが最近出したレポートからいいグラフを1つ引用しよう.これを見てもらうと,景気回復がどれほど弱々しいか具体的にわかる.

雇用はようやく回復したものの,その一方で実質賃金は前例がないほど低下するという対価が払われている.ジェイムズ・スミスはいくらか証拠を示して,こう提案している――雇用が比較的にたやすく持ち直した一方で予想以上に賃金が打撃を受けた理由は,2008年の急激な切り下げではないか.ポンドが安くなったことで企業は賃金を低く抑えたまま景気後退に対処できるようになった.これと対照的に,かつてのポンドが下落しなかった景気後退では,企業は名目賃金の切り下げに抵抗し,雇用削減に打って出ざるを得なくなった.

財政赤字削減に緊縮が不可欠だという考えは,たんにまちがっている.イギリスの景気回復がこのように低調になったことに緊縮が大きな要因として絡んでいることはまちがいない.財政政策の引き締めは今日まで継続している.その結果,この財政引き締めを相殺するために金利を低く維持しておかなくてはいけなくなっている.その正味の結果がどうなっているかと言えば,GFC 以前の 5% 近い数字にもどることなく,金利は 1% 以下にとどまっている.ジェイムズ・スミスが指摘するように,かつてのさまざまな景気後退では,金利引き下げは 3% から 10% の範囲におさまっていた.〔まがりなりにも景気が回復した現時点で 1% 未満だということは〕つまり,次にもしも新たな経済の下降がやってきたときには,伝統的な金融政策がこれに対処できる余地はほとんどないということだ.

ユーロ圏は,いっそう悪い状況にある.グローバル金融危機以後,ユーロ圏は2回の景気後退を経験している.そのうち,2回目の方は,2010年から2012年にかけてのユーロ圏危機をうけた財政引き締めによって引き起こされた部分が大方を占める.前回ユーロ圏のコアインフレ率が 2% に達したのは2008年のことで,いまは 1% 前後となっている.(もっと詳しくはこちらの Frances Coppola の文章を参照.) 欧州中央銀行 (ECB) が設定する金利はいまだに下限にとどめられている.たとえばドナルド・トランプによって貿易に混乱が引き起こされるなどして新たに景気後退が起こったら,伝統的な金融政策はそれに対してほぼなにもできないだろう.

もちろん,それでもイギリスやユーロ圏の中央銀行にはさまざまな非伝統的政策ツールがある.だが,「非伝統的」と言われるだけあり,そうしたツールが景気後退を終わらせる信頼性は心許ない.なぜこうしたツールが非伝統的なのかと言えば,グローバル金融危機以後になってはじめて用いられたからだ.そのため,その効果・影響に関する証拠はかぎられている.まるで,どれだけアクセルを踏み込めばどれだけ加速するのかが毎秒ごとに変化する車のようなものだ.運転はゆっくりと終えることになるだろう.それはつまり,経済の話では景気後退が長引くということだ.

こうした事情を中央銀行の職員たちはおおむね理解している.さまざまな機会に,「次に景気後退が生じたらその対策には財政刺激策を頼ることになるだろう」と彼らは発言している.欧州中央銀行は,前回の景気後退から抜け出るためにいま財政刺激を必要としている.だが,財政刺激を扱うのは政治家たちであって中央銀行ではない.そして,グローバル金融危機後の景気回復に打撃を与えた緊縮の実施に枢要な役割を果たした政治家たちも政党も,その多くがいまだに権力の座にある.

このため,次に景気後退が起こったときに対応する政策はどっちつかずになる恐れがある.一方では,中央銀行は――政治的に配慮した慎重な言葉使いで――きっとこう言うだろう.「このタスクに当たるための用意がありません.」 他方,政治家たちはこうしたメッセージに耳を貸さず,景気悪化のさなかに必ず上昇せざるを得ない財政赤字を懸念し始めるかもしれない.もっと言えば,イギリスとユーロ圏で事情がちがう点も考える必要がある.

イギリスでは,新首相の就任で緊縮の問題は消え去ったと考える人がいるかもしれない.選出されるべくどちらの候補もあらゆる種類の減税や政府支出増加を約束している.だが,先日論じておいたように,いま私たちが目にしているのは,経済学者がいう「赤字バイアス」だ:政治的な優位をかせぐためだけに政府の借り入れを増やそうとする傾向をこう呼ぶ.さらに悪いことに,もしも政府の借り入れが主に減税(富裕層減税も含む)を目的としたものであった場合,いわゆる「獣を飢えさせる」戦略〔減税で政府支出を制限したり減らしたりすること〕の一環である恐れもある.この戦略では,減税して財政赤字を増やしておいて,その赤字を制御下におくべくさまざまな支出項目を削減するように要求する.

要点はこういうことだ.支出を増やしつつ減税して自党のメンバーたちを喜ばせたがっている保守党の指導者は,いつか景気後退が起きたときに実効的な財政拡大を実施する保証を何ら提示していない.連立政権のどちらの党も緊縮のあやまちを謝罪していない.未来の景気後退で彼らがまた同じことを繰り返さないと信じる理由などなにもない.金利が下限に達したときに自動的に財政拡大に移行する財政枠組みをもっている唯一の主要政党は労働党だ.

ユーロ圏の場合も,欧州中央銀行の金利が下限に達しているときに財政刺激が必要となることを大物政治家たちはほぼ認識していない.そうであればこそ,ユーロ圏のインフレ率はいまだにインフレ目標値を下回っているのだ.OECD は,さらなる財政刺激が切実に必要とされている点に注意をうながしている.とくにドイツは追加の公共投資を大いに必要としているにも関わらず,経済学的に石器時代のごとき財政ルールに制約を受けている.景気循環に対処するよう機能するユーロ圏財政を創設しようとさまざまな試みがなされているが,欧州中央銀行に支持されていながらも,そうした試みも政治家たちに阻止されている.

イギリスでもユーロ圏でも政治の考えに変化が起こるのぞみはもてる.だが,中央銀行はそんなのぞみだけで満足しているべきでない.中央銀行は経済の安定という任務を任されている.もし経済が悪化したときにこの任務遂行に失敗したなら,不景気が終わった後に多くの人はこう考えるようになるだろう――「金融政策を中央銀行にまかせたのは大間違いだった.」 さらに,金利が下限に達しているなかで中央銀行に出来ることが信頼性にとぼしいタイプの非伝統的な金融政策にかぎられるというわけでもない.

金利が下限に達しているときに中央銀行が景気後退を確実に終わらせる方法はある.それは,お金をつくりだして直接に市民たちに渡すことだ.また,お金をつくりだして,借入金利を中央銀行が払うかたちで借り手たちにお金を与える手もある.市民に直接お金を渡す方式をヘリコプターマネーと言う.この呼び名はミルトン・フリードマンにさかのぼる.ヘリコプターマネーには政府と中央銀行の協調が必要となるだろう.他方,借り手にお金を与える後者の方式はかつて欧州中央銀行が実施した前例がある(Eric Lonergan の議論を参照).こちらは,かなりの程度まで政府の関与なしに実施できる.この方式はようするに下限のもっと下まで金利を引き下げる一方で預金の金利は下限にとどめておき,その差額をお金の創出でまかなうというものだ.

大半の経済大国で中央銀行は景気後退時によろこんでお金をつくりだしたが,そのお金はほぼいつも中央銀行による資産購入に使われてきた.これが経済におよぼす影響は予想しにくい.なぜなら,資産購入では誰の所得も増加せず,借り入れ金利は大して下がっていないからだ.資産を購入するのではなく市民たちに直接お金を渡せば,経済の刺激に直接的でもっと予想しやすい影響がもたらされるだろう.この点は Coppola が新著で論じている.

では,どうして中央銀行はこの手を打たないのだろうか? 主な理由は2つある.第一に,人々の所得を増やすのは選挙で選ばれた政府の仕事だと中央銀行は気にかけている.だが,私に言わせれば,政府がやらないなら経済の安定は中央銀行の仕事なのだ.(ヘリコプターマネーに関してもっと詳しいことは Mark Blyth と Eric Lonergan と私が書いたこちらの論考を参照のこと.) 第二に,中央銀行がお金をつくりだして資産を購入した場合,景気が回復した時点で必要とあればそうした資産を売却して経済からお金を吐き出させることができる.お金を市民たちに渡した場合,売却されるべき資産はない.だが,この問題に対処するには,中央銀行が必要とする資産を供給することを政府が保証すればいいだろう.

大半の中央銀行がこうした施策を大々的にやろうと提案してこなかった事情については,こうした論点以外にも,3つ目の論点があると私は考える.それは,〔政党や政治思想の保守主義ではない〕小文字の保守主義だ.問題は,景気後退時に財政拡大を実施する用意のない政治家たちがいざ景気後退が起こったときにもまだ権力の座についていたなら,この保守主義は私たちにとっても中央銀行にとっても非常に高くつくかもしれない.

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