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サイモン・レン=ルイス「金利下限の罠,そして罠を脱出不可能にしている思想」(2019年2月2日)

[Simon Wren-Lewis, “The Interest Rate Lower Bound Trap and the ideas that keep us there,” Mainly Macro, February 2, 2019]

日本では,中央銀行が設定する短期金利が1990年代中盤からゼロ近傍にとどまっている.イギリスでこれに相当する短期金利も,2009年からゼロ近傍にある.ユーロ圏では,2014年からだ [1].べつに意図してこういう状況になっているわけではない.そして,アメリカでは短期金利がゼロより上にあるため,アメリカ中心のマクロ経済学業界ではしかるべき関心がこの状況に払われていない.

グローバル金融危機以後に金利がゼロ下限にぶつかっていることは誰もが知っている.だが,マクロ経済理論はかなりはっきりしている.政府はいつでも――とにかくいつでも――お金を使ってこうした罠から抜け出せる.その推論は単純だ.もし政府が減税してもっと公共サービスにお金を使ってもある時点でインフレを過熱させなかったなら,両方ともいただいてしまえばいいではないか〔インフレを昂進させないまま減税・公共支出増加の便益を享受すればいい〕.かならずどこかの時点でインフレ率が目標に達して需要が供給を上回るにちがいない.

こうした国々はすでに産出ギャップがないので財政刺激は適切でないという異論をよく耳にする.だが,産出ギャップは計測しにくい.本当にこうした国々で産出ギャップがゼロになっているのであれば,どうしてインフレ率が目標未満にとどまっているのだろう? 財政刺激が必要かどうかを最終的に制約するのは産出ギャップではなくてインフレだ [2].インフレが目標未満にとどまっていて,しかも産出ギャップをはかってみたらギャップがゼロになっているというのであれば,産出ギャップの方は無視して財政刺激を実施すべきだ.

では,どうして日本でもイギリスでもユーロ圏でもなすべき財政刺激策がなされていないのだろう? こうした国々ではなすべきことを政府がしてこなかったのにはなんらかの理由があるにちがいない.そのせいで,市民にもたらされるべきだった多くのリソースが無駄にされてきたのだ.では,こうした国々の政府がお金をつかって金利下限の罠から抜け出すのをさまたげている要因はなんなのだろう?

思いうかぶ候補は3つある.

第一に,私のいう「共通見解の政策割り当て」がある.経済を安定させてインフレ目標を達成するのに使えるのは金融政策であり,しかも金融政策しかないというのがその考えだ.グローバル金融危機までは,これがマクロ経済政策に関する共通見解だった.これにより,経済安定化に政府は使われないままになった.政府は〔マクロ経済安定化の〕問題を中央銀行に預けていたからだ.

だが,これですべて説明がつくわけではない.なんといっても,こうした国・地域はグローバル金融危機以後には経済を拡大させるべく財政政策を使ってきたし,日本はこれまで幾度も財政政策を用いてきた.ということは,こうした国々が財政政策を十分に使うのを妨げるなんらかの要因があるにちがいない.

第二の候補は,共通見解に随伴したもので,「財政赤字バイアス」という.金利がインフレ率を制御していたときには(なお,現代貨幣理論 (MMT) の考えとは逆に,金利はインフレ率制御をかなり効果的にやってのける),多くの政府は政府債務が徐々に増えるのを許容する傾向にあった.その理由はべつにややこしくはない.さまざまな規則がつくられ,〔政府債務増加を〕防ぐさまざまな制度が用意された.「財政赤字バイアスは悪しきものであり,これを削減するのはよいことである」という考えをあまりに多くの政府が内部化してしまっているのかもしれない.

もちろん,この考えが理にかなっているのは,共通見解の政策割り当てが機能している場合であって,金利が下限にいきついている状況には当てはまらない.金利がゼロ下限にある場合には,割り当てを逆転させて金利が下限から離れたのがはっきりするまで財政政策を使って経済の安定化を進める必要がある.だが,おそらく一部の政府はこの点を理解し損ねて,債務削減にいそしむのはよいことだといまだに考えているのだろう.

正直に言えば,(中央銀行の総裁たちも含めて)政府で働いている高官たちには当てはまる一方で,政治家たちには当てはまらないのかもしれない.つまり,共通見解の政策割り当てが支配的だった時代に経済学を学び金利の下限に言及した脚註は(あったとしても)読んだことのない高官たちにはこれが当てはまるかもしれない.だが,そうだとしても,これが大いにものを言うことに変わりはない.とくに,金融政策が無効になった状況を想定していない共通通貨を設計した高官たちはそうだ.

第三の,そして最後の理由は,政府債務恐怖症だ.対 GDP 比で巨大な政府債務を積み上げると不幸な副作用が生じるかもしれないと考えるべきもっともな経済学的理由はある.だが,そうした副作用がはたらくのは政府債務にかかる金利が成長率を超えている場合だ(短く r>g と表す).政府債務が大きくなると,金利が上昇して民間投資が押しのけられる[クラウドアウト].だが,それよりも需要不足の方がずっと効果的に投資を抑制してしまうし,下限にはりついている状況では金利が投資を押しのけてしまうことなんて,ありえない! ようするに,金利が下限にあるとき,政府債務を心配すべき経済学的な理由は脇に退いてしまうわけだ.[3]

さて,もしかすると政府高官その他の人々は,対 GDP の政府債務比が高くなるのに反対する経済学的な主張に影響されていて,金利が下限にあるときにはその主張が成り立たないことを理解しそこなっているのかもしれない.ただ,赤字恐怖症には重要な理由が2つあると私は思う.第一に,深刻な苦境にはまりこんでしまった国々が,もはやみずからの債務をまかなえなくなって IMF をしばしば頼るありさまをまざまざと目の当たりにしたから,政府債務を恐れるようになったという場合.だが,この懸念は自国通貨で債務を抱えている国には当てはまらない.たとえば,日本・ユーロ圏・イギリスはいずれもそうだ.ただ,これが自分にとって好都合なときには高官たちも少しばかり経済学を持ち出すことがあるのではないかと私は見ている(たとえば2010年イギリスの連立政権交渉を参照).

債務恐怖症をもたらす第二の理由は,イデオロギーに関わる.債務恐怖症は,国家の規模が膨らまないように押さえつける手段だ.この点は,アメリカの共和党を見ればこのうえなく露骨にわかるけれど,他の国でも強力にはたらいていると私は思う.これは,ネオリベラリズムのもとでとくに当てはまる.その主要な目標は国家のさまざまな活動を減らして,ただでさえ低くなっている〔高所得者などの〕税率をさらに引き下げることにある.

この点の重要さは,いくら強調してもしたりない.2つの経済大国と経済圏が,市民に行き渡りえたリソースをこうした理由から無駄にしているのだ.また,おそらくもっと重要なこととして,アメリカのような国々は,対抗する効果的なツールを用意しないまま景気後退におちいる負の需要ショックにひどく無防備になっている.


原註 [1]: イギリスの事情は二度にわたる通貨切り下げでややこしくなっているものの,その効果を取り去ってみると,ここで言っているあらゆることはイギリスにも等しく当てはまる.

原註 [2]: フィリップス曲線だと,需要不足以外でインフレ率が目標を下回る理由は1つしかない.それは,本当のインフレ目標は公式の目標よりも下にあると人々や企業が考えている場合だ.だが,もしもそれが問題なのであれば,政策担当者はそれが当たらないことを示すべく需要とインフレ率を高めるべきだ.

原註 [3]: 政府債務比率が高いと,金利が下限から離れたときにこれを解消するのが困難になると心配する人たちもいるかもしれない.だが,よい財政刺激策は一時的であって,これが問題になるはずがない.

原註 [4]: 量的緩和は信頼性のあるツールではない.


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