サイモン・レン=ルイス「BBCのバランス報道とダメなシンクタンクはこうして証拠にもとづく政策の妨げとなる」(2018年8月1日)

[Simon Wren-Lewis, “How BBC balance and bad think tanks discourage evidence based policy,” Mainly Macro, August 1, 2018]

《知識伝達メカニズム》(The Knowledge Transmission Mechanism; KTM) とは、大学の学者その他の研究者たちが生産した知識が公共政策に応用される仕組みだ。証拠にもとづく政策は、この仕組みがうまく機能した結果できあがる。理論上、メディアは KTM の重要な伝達経路にあたる: メディアが研究を世間に広め、政策担当者がメディアを見て/聞いて/読んで、公僕たちに研究を調査させる。あるいは、メディアはしかじかの問題に関する政策の合意を伝え、政治家はこの合意を踏襲していない理由をメディアに質される。

〔政治的な主張Aを伝えるならそれと対立する主張Bも同じく伝えましょうという〕政治的な均衡〔のルール〕を放送メディアで厳密に当てはめると、この知識伝達メカニズムを無効にしかねない。そうなれば、証拠にもとづく政策も危うくなる。いま、とある問題があるとしよう(「問題X」と呼ぼう)。メディアが問題Xを「政治案件」と考えた瞬間から均衡〔のルール〕が発動して、もはや問題Xについてどんな意見が表明されようと、それは知識の問題ではなく意見・見解の問題となる。その結果、メディアが政治家以外の人たち(「専門家」)と問題Xについてなにか話そうとすると、ここでも均衡のルールが働くことになる。

さて、知識の世界では、実は問題Xについて合意があるとしよう。これは均衡をとる放送にとっては厄介ごとになる。なぜなら、合意と相反する主張を専門家に論じてもらうのが難しくなるからだ。EU離脱をめぐるごたごたの渦中に、BBC はこの問題を果敢に乗り越えるのにパトリック・ミンフォードを使った(貿易経済学者として知られる人物ではない)。IMF や OECD や大学の研究者の90パーセントなどなどの見解と均衡をとるために、幾度となくミンフォードを出演させたのだ。一方、この問題を解決するには他にも方法がある。それは、特定のシンクタンクを使う方法だ。

シンクタンクには2つの種類がある。いい種類のシンクタンクは、知識伝達メカニズムの要となりうる。学術研究を政策に応用する手助けにシンクタンクが本当に必要となる場合は多い。ときに、こうしたシンクタンクは大学に酷似している場合もあるだろう(たとえば IFS(財政研究所)のように)。他方、シンクタンクが広く政治的に右寄りだったり左よりだったりすることもある。〔中立であるにせよ左右どちらかへの指向があるにせよ〕こうしたシンクタンクは知識伝達メカニズムの重要な一貫をなしている。なぜなら、学術的な合意がどういうものかを確立させて、学術的なアイディアを実践的な政策に応用し、政策問題と証拠にもとづく政策を結びつけることができるからだ。公共政策研究所 (IPPR) は、このタイプのシンクタンクのわかりやすい一例だ。こうしたシンクタンクは証拠にもとづく政策立案に参画している。

ダメな種類のシンクタンクは、これとずいぶん異なる。こちらの種類のシンクタンクが生産する「研究」は特定の方針やイデオロギーに都合を合わせていて、証拠や既存の学術知識に順応しない。ときに、こうしたシンクタンクが政策起業家になることすらある。政治家たちに政策を売って回るのだ。これを称して、政策にもとづく証拠立案という。いいシンクタンクとダメなシンクタンクをかんたんに見分けられたらなんとありがたいことか。いい種類のシンクタンクは、知識伝達メカニズムを育み、証拠にもとづいて政策が立案されるようにする。他方、ダメな種類のシンクタンクはあらかじめ用意されたアイディアや政策担当者のイデオロギーに都合がいい証拠や政策をつくりだして知識伝達メカニズムを無効にしようと試みる。

資金源が部外者にもわかるよう透明になっているかどうかは、シンクタンクがどちらの種類なのかはかる強力な指標になる、というのが私の主張だ。「その理由は?」 ごくわかりやすい例を挙げれば、たとえば企業 Y の利害と直接に関わる報告書をのちに作成したのに、その Y 社が資金提供リストに名を連ねていては困るだろう。この好例としては、タバコの包装を平明にすることに反対する論を経済問題研究所 (IEA) が展開しつつ、複数のタバコ企業から資金提供を受けていた件がある。はっきりさせておくと、べつに、(このごろニュースにとりあげられている)IEA がみずから展開していた論について不正直だと私は言わんとしているわけではない。ただ、もしも資金提供が透明だったなら、ただ資金源を指摘さえすれば「IEA がいう平明な包装への反対論は狙いがあって企まれたものじゃないか」とかんたんに主張できただろう。つまり、資金源を秘密にしておくわかりやすい理由がそこにはある。これと対照的に、IFS のようなシンクタンクには資金提供者を伏せておく理由がない。なぜなら、資金提供者の特定の意向にそって政策をつくりだす商売をやっているのではないからだ。

こういう言い分もある――「資金源を公にしてしまうと個人的に寄付した人たちと雇用者にいざこざが起きてしまう場合があるだろうからIEA のようなシンクタンクは資金源を秘密にしておく必要があるのだ。」 IFS のようなシンクタンクがこの理由で失う資金提供がどれくらいの額なのか、好奇心を誘うところではある。おそらく、そう大きな額ではないだろう。どちらにせよ、ごくわずかな寄付に比べれば透明性の原則の方が重要だ。

ダメなシンクタンクを見分けるのにいい指標は他にもある。それは、学術の世界との関係だ。前にも書いたことがあるが、フィリップ・ブース〔経済学者、IEAの上級研究員〕のもとで IEA はこんなアイディアを広めようとした――「1981年にサッチャー政権の予算案に反対した364名の学者たちは恥ずかしいほどの間違っていた。」 実際には、正しかったのは学者たちの方だ。IEA はメディアや政界とのつながりが強く、すぐれた BBC の経済ジャーナリストたちですらこの方向の議論に引っかかってしまった。緊縮をめぐって大学の経済学者たちの多数派を無視するようジョージ・オズボーンを後押しすることになったという点で、この神話が広まったのは危険だった。

地球温暖化の場合には、人間の活動によって気候が変動していることを BBC は事実として扱うのを余儀なくされていて、必ず均衡をとるべき意見の問題にはしていない(これを「余儀なくされて」と言い表すのが不適切だとは思わない。ガイドラインに抵触することも多いからだ。)。こうした状況は、およそ経済問題では起こりそうもない。学術的な合意がどれほど強固だろうと変わりはないだろう(たとえば EU離脱)。ひとつには学術界からの圧力がずっと弱いからという部分もあるし、また、社会科学に対して相変わらず偏見があるからという部分もある(あたかも証拠にもとづく政策立案は経済や社会政策ではありえないといわんばかりの偏見!)。ともあれ、BBC はいまのようなシンクタンクの使い方に関する自分たちの考え方を説明する必要はある。どうして、資金源を公表しないシンクタンクを使っているのか、視聴者にこの情報が伝えられないのはどんな場合でどういう理由によるのか、BBC は説明する必要がある。

原註 [1]: IFS が政府や EU からお金をもらっていて、そのためにバイアスがかかっているという議論が功を奏さない理由を理解するには、こちらを参照されたい。

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