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サイモン・レン=ルイス「EU離脱は知識としての経済学の否定」(2019年10月22日)

[Simon Wren-Lewis, “Brexit is a denial of economics as knowledge,” Mainly Macro, October 22, 2019]

とある有名な EU離脱支持者がこんなことを言った――レン=ルイスが腹を立てるだけでも,EU離脱はやる値がなきにしもあらずというものだ.EU離脱がなされそうな見通しを思うと,緊縮のときに覚えたのと同じ恐怖で私の心はいっぱいになる.この2つのつながりは,自明ではない.どちらも,基本的な経済学から見てほぼ誰もが痛手を被る政策に一国全体を巻き込む点で共通している.

こんなことは,私のこれまでの生涯で見たことがなかった.かつて,緊縮を――景気後退時に財政の引き締めを――試みようとした唯一の人物は,サッチャーだった.しかも,その政策は2年で撤回された(実施を取りやめたわけではないが,財政の引き締めは巻き戻された).これまでのどの政権も,規制による利害調整と関税引き下げによって貿易の促進をはかってきた.とくにサッチャーはそうだった.それが,わずか10年という期間で,7年にわたる緊縮と貿易障壁を劇的に強化する試みの両方を目の当たりにすることになってしまった.

もしも自分が医者だったらと想像してほしい.政権がワクチン反対派を要職に就けて,その人物がワクチン接種プログラムを削減し始めたとしたらどうだろう.病にかかる子供たちが増えていくのを目の当たりにして,どんな気持ちになるだろうか.もしも自分が気候科学者だったらと想像してほしい.政権が「人間の活動によって気候変動が引き起こされているなどと我々は信じない」と言い出して,石炭生産を後押しし始めたとしたらどうだろう? もちろん,わざわざ想像するには及ばない.まさしくそんな事態がアメリカや他の国で起きているからだ.医師や気候科学者たちに「どんな気持ちですか」と聞くこともできる.

2010年からイギリスで目の当たりにしているのは,この医学や気候科学を経済学に置き換えたにひとしい事態だ.私見では,これは偶然ではなく,気候変動否定論や反ワクチンと根っこは同じだ.これらを同列に並べるのを受けつけない人もいるだろう.「経済学は本物の科学ではないだろうに」と,そうした人は言うかもしれない.また,緊縮について言えば,これを支援する砲弾はまさしく経済学の内部からもたらされたという指摘にも同意しよう.いまだに,大恐慌のあとにケインズが言ったことの妥当性を否定する経済学者たちも一部にいる.彼らはけして多数派ではないが,右派系の政治家が好むことを言うために「公的な論争で大きな存在感をもっている.」 だが,今日,ケインズが正しかった証明は目に見える:大不況のあとに政府が需要を比ぼったことで景気回復が弱々しくなっている.学術系の経済学者たちにも緊縮を支持している少数派がいるからといって,多数派の経済学者たちの見解をあらかた除外する理由にはならなかったし,彼らを支える論拠といえば,多数派の見解が放送メディアからほぼ完全に排除されていたということしかなかった.

貿易〔取引〕にはそうしたあいまいさはない〔経済学の内部で賛否がわかれてはいない〕.誰か2人がモノの取引をするのは両者がそれで利益をえるからであって,そうでなければ取引は起きないことならみんな知っている.経済学の基本中の基本は,貿易〔取引〕だ.毎日,私たちは仕事にいって自分の労働と引き換えになにかを得ていて,それがまた他の誰かと取引される.私たちの仕事は,専門分化を体現している.さまざまな仕事を専門にして特化することで,みんなが利益を得られる.もしも自分が消費するものをなにもかも自分で生産しなくてはならなかったら,私たちはいまよりずっと貧しい状態になっていることだろう.

だからこそ,政府は国家間の貿易協定を後押しして,その国々の貿易をしやすくすべくはかる.貿易が増えるのは,技術進歩が起こるようなものだ.なぜなら,貿易が増えることで,自分たちが得意とするモノの生産に注力できるようになるからだ.さて,そうした協定によって国全体としてみると暮らし向きがよくなったとしても,誰も彼もの暮らし向きがよくなるとはかぎらない.だが,EU 関税同盟 (Customs Union) と単一市場を撤廃したならば,イギリスに暮らす人々のほぼ誰もがいまよりずっと貧しくなるだろうという点については,学術系の貿易経済学者の見解は一致している.(ハードコアな右派の政策を不気味なまでにいつも自らの分析で支持しているパトリック・ミンフォードは,貿易経済学者ではない.)

EU離脱支持派はこの点を知っている.だからこそ,彼らは「グローバル・ブリテン」構想を持ち出してきたのだ〔参考: イギリス政府の資料〕.このアイディアは茶番で,少なくとも2点で反駁できる.第一に,EU外諸国との貿易取引から得られる利益は,EU内での貿易減少による損失を埋め合わせるどころではないことが,私がこれまでに見てきた学術的な研究にもとづくあらゆる分析から示唆されている.とうてい埋め合わせるどころではない.第二に,他国とよい貿易取引をしたいと望むなら,それを実現する最善の方法は EU にこちらの立場で交渉させることだ.なぜなら,いかなる交渉であれ,イギリスよりも EU の方が経験豊富で,影響力もあるからだ.だからこそ,EU は他の諸国とあれほど多くの貿易協定を結んでいるのだ.

貿易が生産性と所得におよぼす影響に関するこうした知識のすべてを,EU離脱支持派はたった2つで切って捨てた:「恐怖扇動」(Project Fear) だ,と言って〔一例として,EU離脱がもたらす経済的打撃を主張する離脱反対派に対して,ボリス・ジョンソンは「恐怖扇動の徒」が国民に恐怖を抱かせて離脱反対に投票させようとしていると発言した〕.ケインジアンたちが80年にわたって蓄積してきた知識を切って捨てるときには,少しばかり表現は長くなった:「政府はみずからのクレジットカードを使い切ってしまっている」と彼らは言った.医師や気候科学者の知識を切って捨てるときにも,同じようにお手製のお小言が繰り出されている.

こうした反駁ができるにも関わらず,多くのメディア関係者も含めて,いまだに経済学を知識だと考えるのを拒絶する人々は多い.コーヒーの供給が減ればその価格は上昇するということをよくよく考えもしない人たちが,「経済学はたんに偽装した政治的意見だ」と言ったりする.自分がいつ風邪を引くか予測できないからといって医者の話を無視しようとは夢にも思わないだろう人たちが,経済学のあらゆる予測は無価値だと言ってのける.もちろん,経済的観点で見て統一通貨のユーロはよいアイディアかどうかなど,得失・長短があって経済学者たちの見解が食い違ったり変化したりするテーマもある.だが,すぐ近くの隣国との貿易を大幅に困難にするのが有害だという証拠は圧倒的で,イギリスの経済学者の22人に1人しか否定していない.貿易を専門としている経済学者でこれに反対する人には,いまだにお目にかかったことがない.

Question Time で,「EU離脱後になにがどうなるのか,私たちにはまるでわかっていないのです」と言った女性は,EU離脱派の新聞が繰り返し後押しし,放送局の大半が暗黙に支持したアイディアを繰り返し述べていたわけだ.気候変動が起こっているのを BBC が受け入れているのは,その知識が「適切な科学者たち」からもたらされているからだ.EU離脱でイギリスが経済的に悪化するのを BBC が受け入れていないのは,その知識が経済学者たちの予測によるもので,経済学は知識ではないと BBC が考えているからだ.

イギリスとアメリカの右派は,みずからの利害関心のために科学そのものに刃向かうべく用意してきた路線を歩み始めている.だが,これが成功しうるのは,自分を中道だと思っている人たちのなかから,これを許す人たちが出てきたときにかぎられる.EU離脱の場合,圧倒的多数の経済学者たちの共通見解があろうとも政治ジャーナリストたちや BBC で彼らの上に立っている人々が経済学は知識ではなくただの意見だと考えていることが,EU離脱を許すのに一役買っている.経済学はどうすれば政策の選択を改善できるかに研究人生を費やしてきた者として,私がこうした単純な無知を凶悪に感じたとしても,意外ではないだろう.


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