経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

ジャネット・イエレン 「『追い風』なき景気回復、労働市場の現状、『雇用の最大化』に向けたFedの取り組み」(2013年2月11日)

●Janet L. Yellen, “A Painfully Slow Recovery for America’s Workers: Causes, Implications, and the Federal Reserve’s Response”(Speech at the “A Trans-Atlantic Agenda for Shared Prosperity” conference sponsored by the AFL-CIO, Friedrich Ebert Stiftung, and the IMK Macroeconomic Policy Institute, Washington, D.C., February 11, 2013)


本日は皆さんの前でお話しする機会を設けていただき感謝いたします。本日の講演では景気回復の後押しを意図したFedの取り組みの数々についてお話させていただくつもりです。その取り組みでは景気回復の後押しだけではなく、とある目標の達成も目指されています。その「とある目標」というのは労働運動が追い求める方向性と軌を一にするものでもあります。「雇用の最大化」がそれです1

公共政策の目標として捉えた場合に「雇用の最大化」にはどのような位置づけが与えられているでしょうか? アメリカ合衆国憲法を覗いても大統領令を調べても「雇用の最大化」という言葉は出てきません。労働省のミッション(使命)に目を向けてもやはり「雇用の最大化」という言葉は見つかりません。「雇用の最大化」の達成が連邦政府のあらゆる機関に課せられた一般目標として位置づけられることになったのは1946年に制定された雇用法においてですが、「雇用の最大化」を達成する義務を負っている公的機関は今のところFedだけです。Fedが「雇用の最大化」の達成を義務付けられたのは1977年の連邦準備改革法によってですが、同法では「物価の安定」の達成も同時に義務付けられることになりました。「雇用の最大化」と「物価の安定」の2つをひっくるめてFedに課せられた二重の責務(デュアル・マンデート)と呼ぶ慣わしになっています2

非常に多くの国民が職を得られずにいる現状についてはご承知の通りですが、そのような現状を前にしながら「雇用の最大化」などという野心的で大それた目標にスポットを当てるというのは何とも奇異な振る舞いのように見えるかもしれません。しかし、「雇用の最大化」にあえて言及するのには理由があります。「雇用の最大化」という目標と多くの労働者が直面している非常に厳しい足元の現実との間には大きな溝が横たわっているわけですが、その溝の深さに注意を促すことで景気回復の後押しに向けたFedの取り組みがどれだけ緊急を要する課題であるかを浮かび上がらせたいという思いがあるのです。過去5年の間に非常に多くの国民が職を失うことになりました。私自身を含めてFedで働く面々はその事実をしかと受け止めた上で景気の回復と雇用の創出を後押しするために断固たる措置に乗り出してきたわけですが、今後もその手を緩めることはないでしょう。

このたびの大不況(グレート・リセッション)も公式上はひとまず終息を迎えたわけですが3、景気後退を脱して以降の3年間における実質GDP(国内総生産)の成長率は年平均でわずか2.2%という結果にとどまっています。アメリカ経済は第二次世界大戦後に(今回の大不況を除いて)計10回の景気後退を経験していますが、過去10回のケースにおいては景気後退脱却後の3年間に実質GDPは平均して年率4.6%で成長しており、直近の2.2%という数値の倍以上の結果を記録しています4。つまりは今回の景気回復の足取りは過去のケースと比べてだいぶ鈍い格好となっているわけですが、なぜそのような結果になっているのでしょうか?

ご存知のように、このたびの大不況(グレート・リセッション)は第二次世界大戦以降で最も深刻な景気後退でした。未曾有の住宅バブルの崩壊とそれに引き続く金融危機は経済全体の需要に冷や水を浴びせかけることになりました。住宅所有者たちが一世代をかけてせっせと蓄えてきた富は瞬く間に奪い去られることになり、信用履歴に傷がついたためにローンの借り入れもままならないという事態が広く見られることになりました。退職後に備えて積み立てておいた貯金も底を突き、消費者たちが将来に対して抱く信頼感は粉々に砕け散ることになりました。企業は設備投資を切り詰め、人員整理にも乗り出しました。今回の景気後退局面(景気の山から谷までの間)においては実質GDPは4.7%もの落ち込みを記録することになりましたが、過去10回の景気後退局面における実質GDPの落ち込みの平均と比べると倍以上の勢いで経済の収縮が進んだ計算になります。さらには、このたびの大不況(グレート・リセッション)は戦後最長の景気後退でもあります。過去10回の景気後退は平均すると10ヶ月にわたって続いた計算になりますが、今回の景気後退は18ヶ月もの長きにわたって続く格好となったのです。

アメリカをはじめとした先進各国の過去のデータによると、景気後退局面における実質GDPの落ち込みが深刻なほどその後に続く景気回復の足取りは速くなる傾向にあることが示されています。その一方で、景気後退の期間が長引くほどその後に続く景気回復の足取りは鈍くなる傾向にあります。このたびの大不況(グレート・リセッション)は戦後最長の景気後退であり、それゆえこの点を考慮するとその後に続く景気回復の足取りが鈍くなるのもあり得る話ですが、しかしながら戦後最長という点を踏まえた上でも今回の景気回復の足取りは過去のデータを使って得られる予測よりもずっと鈍い結果となっているのです。

景気後退の期間が18ヶ月に及び、その間に実質GDPが4.7%の落ち込みを記録する。そのような特徴を備えた景気後退――このたびの大不況(グレート・リセッション)と瓜二つの特徴を備えた景気後退――が仮に発生したとしてその後の景気回復局面で実質GDPがどのような軌跡を辿る可能性があるかをアメリカをはじめとした先進各国の過去のデータを頼りに予測した結果を表したのが図1の点線です5。図1の実線はこのたびの大不況(グレート・リセッション)が終息を迎えた後に実質GDPが辿ることになった実際の軌跡を表しているわけですが、先の点線との間にある大きなギャップを眺めるだけでも今回の景気回復の足取りがいかに鈍いものであるかがおわかりいただけると思います。しかしながら、この図を通じて景気回復の足取りの鈍さを伝えることはできても、そのことがどういう意味を持っているかという話になるとピンとこないかもしれません。そこで同じ現象を違った角度から眺めてみることにしましょう。景気回復の足取りが鈍いという事実がどのような意味合いを持っているかを探るために、今回の景気循環の過程で労働者がどれだけの重荷を背負わされることになっているかに目を向けてみることにしましょう。

 


図1 景気後退を脱して以降の3年間における実質GDPの推移;予測(点線)と実際(実線)

景気循環の過程において雇用がいったん減少に向かった後にしばらくして増加に転じていく様を過去の景気後退のエピソードをいくつかピックアップした上で比較したのが図2です。雇用の変動を計測する上では時期によって労働力人口に違いがある可能性を考慮するために人口動態の変化をはじめとした諸要因にコントロールを加えています。例えば、1970年代においてはベビーブーム世代が生産年齢に達するだけでなく、女性の社会進出が進んだこともあって、労働力人口が大幅に増えることになりましたが、急速に増える労働力人口を吸収するためにはそれに応じて雇用も急速な勢いで伸びる必要がありました。また、つい最近の話をすると、人口の高齢化に伴って労働参加率が低下傾向にありますが、それに応じて雇用は(労働力人口を吸収するために)かつてほどの勢いで増える必要はなくなっています。

図2 景気循環の過程における雇用の変動

 

図2では今指摘したような要因に調整が加えられているわけですが、景気後退局面で失われた職(雇用)の規模で測っても景気後退から脱した後の雇用の回復ペースの緩慢さで測ってもこのたびの大不況(グレート・リセッション)がいかに際立っているかがよくおわかりになることでしょう。

今回の景気回復の足取りがいかに鈍いかについてはおわかりいただけたかと思いますが、次にその理由を探ってみることにしましょう。そのとっかかりとして過去の景気回復局面において経済の拡大を後押しする上で重要な役割を演じた要因に着目してみることにしましょう。とはいっても、経済成長にプラスに働くような要因なら何でもよいというわけではなく、経済が景気後退から脱して景気回復に向かう過程で重要な役割を演じた要因に限定して話を進めることにしましょう。景気回復を後押しする役目を果たした「追い風」の正体を探ってみようというわけです。

まずはじめに取り上げる「追い風」は財政政策です。過去のエピソードを振り返ると、財政政策は景気回復のサポート役を務めてきたことが多いことに気付かされます。財政政策が「追い風」の役目を果たすことになる理由の一つは財政制度に組み込まれた自動安定化装置(ビルトイン・スタビライザー)が働くためです。例えば、景気後退のあおり受けて個人や企業の所得(収入)が減少したとしても税制が累進税率構造をとっているために所得の減少に伴う痛みが和らげられる可能性があります。というのは、所得の減少に伴ってそれまでより低い税率が適用されるようになり、その結果として税負担が軽減される可能性があるからです。さらには、景気後退の過程では失業保険の給付やセーフティネット関連の政府支出が増えることにもなり、そのおかげで失業や所得の減少に伴う痛みが和らげられることになりますし、所得の減少に歯止めがかけられることでマクロ経済全体の消費支出が下支えされることにもなります。つまりは、景気後退が発生すると自動安定化装置が働くことで税収が自動的に減少したり、政府支出が自動的に増えたりするわけですが、それと同時に裁量的財政政策――税率の引き下げや政府最終消費支出の拡大、インフラ投資の実施、失業給付の拡充など――に乗り出されることも度々あります。過去のエピソードを振り返ると、裁量的財政政策は景気後退が終息してからしばらくの間は経済の拡大を後押しする「追い風」の役目を務めてきたと概ね言えそうです。例えば、1982~83年に発生した景気後退は非常に厳しいものでしたが、その当時実施された裁量的財政政策は景気が底を打って以降の3年間において実質GDP成長率を年平均でおよそ1%だけ引き上げる効果を持ったという試算結果があります6

しかしながら、今回の景気回復局面においては裁量的財政政策は「追い風」としての役割を大して果たしてはいません。図3をご覧ください。景気後退が終息して以降の1年間に話を限定すれば、連邦・州・地方のいずれの政府レベルで見ても裁量的財政政策は経済の拡大を後押しする要因として働きました。その効果の大きさは過去のケースと比べても引けを取りません。しかしながら、それ以降の期間に関しては経済の拡大を後押しするのではなく、むしろその反対に景気の足を引っ張る要因として働く格好となっています。州および地方政府の多くは歳出(政府支出)の切り詰めに向かい、中には財政赤字を削減するために増税に乗り出したところもありました。連邦政府レベルにおいても政府最終消費支出が削減され、景気対策として打ち出されたプログラムの規模も抑えられることになりました。さらには、財政赤字の削減に向けた取り組みの導入も進められました。つい最近の話になりますが、減税措置が打ち切られ、歳出削減が強制的に発動されるいわゆる「財政の崖」の期限(2013年1月1日)が間近に迫る中、議会と政府は「財政の崖」を回避する方向で合意に達しましたが、その報せを聞いて内心ほっとしたものです。財政赤字を削減し、連邦債務残高の拡大に歯止めをかけるためには長期的な財政計画の立案が欠かせないことは確かですが、仮に「財政の崖」の回避に向けて議会と大統領との間で調整がまとまらずに減税措置の打ち切りと歳出の削減が強行されていたとしたらアメリカ経済を再び景気後退に引き戻しかねないだけの強力な「逆風」が今頃吹き荒れていた可能性が高いと思われます。強制的な歳出削減は今年の2月いっぱいまで凍結されることになりましたが、歳出の削減規模をめぐって交渉は現在も続いている最中です。裁量的財政政策は過去の景気回復局面においては「追い風」の役割を果たしてきたわけですが、今後しばらくの間は景気の足を引っ張る「逆風」として働くことになるのではないかというのが私の見立てです。

図3 景気回復局面における裁量的財政政策の効果

 

過去の大半の景気回復局面において「追い風」の役割を果たしてきた二つ目の要因は住宅投資です。住宅投資は建設業やその関連産業において雇用を生み出す源泉となります。このたびの大不況(グレート・リセッション)を除けば1980年以降に計4回の景気後退が発生していますが、その4回の景気後退がそれぞれ底を打って以降の2年間に話を絞ると、住宅投資は景気回復局面入りしてから2年の間に実質GDP成長率を年平均で0.5%だけ引き上げる効果を持ったと言われています。住宅投資がこのような役割を演じたのは景気回復局面入りしてからしばらくの間に限られており、それ以外の時期においては実質GDPの成長に対してずっと小さな寄与しかしていません7

それとは対照的に、今回の景気回復局面においては住宅投資は実質GDPの成長にほとんど何の寄与もしていません。このたびの大不況(グレート・リセッション)において住宅市場が果たした中心的な役割を思い返せば、それもそのはずと言えるでしょう。住宅ローンのあまりに甘すぎる審査基準と住宅価格は今後も上昇を続けるに違いないとのあまりに楽観的な予想に支えられるかたちで発生した住宅ブームもやがては終焉を迎えることになりました。それに伴って住宅の販売戸数や住宅価格は大きく落ち込み、住宅ローンの貸し出しも急減しました。住宅ローン金利が史上最低水準にまで低下し、そのおかげで住宅のお手頃感が高まっているとは言えるものの、住宅ローンの審査基準が厳しくなっていることもあって多くの人にとっては住宅を手に入れるのはまだまだ困難な状況が続いています。ここ最近になって住宅部門でも改善の兆しが現れ出しているのは励みになるニュースですが、図4をご覧いただければおわかりになるように、住宅投資はこれまでのところ景気回復を後押しする上で過去のケースと比べるとずっと小さな役割しか果たしていません。

図4 景気回復局面における住宅投資の効果

 

住宅バブルの崩壊は住宅投資だけではなく家計の富に対しても甚大な影響を及ぼすことになりました。住宅価格の急落を受けてホームエクイティ8が2005年から現時点までの間に40%(金額にしておよそ5兆ドル)も減少する事態となっているのです9。富の大幅な喪失によって多くの世帯は資金の調達もままならず、支出を切り詰めざるを得なくなってもいます。ホームエクイティは(失業や所得の減少といった)経済的なショックに対応する手段、あるいは子供の教育費を賄う手段、あるいは開業資金を捻出するための手段等々として活用されてきたわけですが、住宅価格の急落によってこれまでのようにホームエクイティに頼ることはできなくなってしまいました。また、住宅価格の急落によってホームエクイティがマイナスに転じ、そのために住宅ローンの借り換えも住宅の売却もままならないといったケースも見られるようになっています。

最後に取り上げる「追い風」は当たり前のものとして見なされがちなのですが、多くの人々の間で受け入れられている信念の一つがそれということになります。多くの人々は過去のエピソードや個人的な体験に基づいて「景気後退はあくまでも一時的な現象に過ぎず、景気はすぐにでも元通りに戻るはずだ」と固く信じる傾向にありますが、この信念こそが過去の大半の景気回復局面において「追い風」の役割を果たすことになったのです。図5をご覧いただきたいのですが、景気後退の最中にあっても将来所得(の伸び)に関する家計部門の予想(今後12か月の間に名目所得が増えると予想するか、それとも減ると予想するか)は比較的安定していることがうかがえます。その背後には「景気後退はあくまでも一時的な現象に過ぎず、景気はすぐにでも元通りに戻るはずだ」という信念が控えていると思われるわけですが、景気後退の最中でも将来所得(の伸び)に関する予想が安定しているおかげで経済全体の支出が下支えされることになるのです。しかしながら、今回に関しては話が違うようです。図5によると、今回の景気後退局面では将来所得(の伸び)に関する予想が大幅に下方修正されていることが見て取れます。景気回復局面入りして以降は上向き傾向に転じているとは言え、景気後退入りする前の水準にまではまだ戻っていません。

図5 将来所得の伸びに関する家計部門の予想

 

今回の景気回復局面においてはいつにない「逆風」が吹くことにもなりました。具体的には、ヨーロッパで発生した財政(債務)・金融危機がその一つです。この危機をきっかけとしてユーロ圏は景気後退に陥ることになり、その影響で世界経済の成長が減速することになりました。景気回復局面入りした初期の段階では(アメリカから海外へ向けた)輸出が力強い伸びを見せていましたが、ヨーロッパが苦境に陥った影響で世界全体の需要が冷え込むと輸出の伸びに陰りが見え始めるようになったのでした。

そろそろこのあたりで金融政策の話題にも少しばかり言及しておくことにしましょう。もう少し詳しい話は先のところで触れる予定ですが、今回の景気回復の過程で金融政策は一体どのような役割を果たしたのでしょうか? 過去においてもFedは景気回復を後押しする上で大きな役割を果たしてきましたが、具体的にはフェデラル・ファンド金利の引き下げといった手段を通じて景気の後押しが図られるのが通例です。フェデラル・ファンド金利をいったん引き下げ、景気が堅調な回復を見せるまでそのままの水準に据え置く。そのようにして景気回復の後押しが図られることになります。フェデラル・ファンド金利の引き下げがどうして景気回復の後押しにつながるかというと、フェデラル・ファンド金利の引き下げにつられてそれ以外の金利(短・中・長期の金利)も低下する傾向にあるからです。それに加えて、資産価格にも上昇圧力がかかる傾向にあります。フェデラル・ファンド金利の引き下げは金利全般の低下と資産価格の上昇を介して消費や設備投資といった経済全体の支出を刺激することになるのです。

今回もFOMC(連邦公開市場委員会)はこれまでと同様の対応を見せました。2007年に入って景気が悪化しつつある気配を感じとるや、FOMCはフェデラル・ファンド金利の引き下げに踏み切りました。その後、景気の冷え込みは一層深刻さを増すことになりましたが、それに応じてフェデラル・ファンド金利も一段と引き下げられることになりました。それにもかかわらず、景気回復はなかなか思うように進まずそのペースは遅々としたものだったわけですが、ここでもやはり過去の似たようなケースと同様の対応がとられることになりました。景気後退が終わりを告げて景気が回復局面入りした後もフェデラル・ファンド金利はすぐには引き上げられずにしばらくそのままの水準に据え置かれることになったのです。

しかしながら、これまでに経験したことが無い事態が目の前に待ち構えていました。2008年12月の段階でフェデラル・ファンド金利がほぼゼロ%(手数料等を差し引くと事実上のゼロ%)の水準に達することになったのです。フェデラル・ファンド金利をゼロ%以下の水準(マイナスの値)に引き下げることはできません。つまりは、もうこれ上引き下げることができない下限(「ゼロ下限制約」)に達してしまったのです。こうして(フェデラル・ファンド金利の引き下げという)伝統的な手段にはもう頼れなくなってしまったわけですが、景気は悪化の一途をたどるばかりでした。そのような状況を受けてFOMCは非伝統的な手段の採用に踏み切ります。非伝統的な手段が果たしてどのような効果を持つかは正直言ってよくわからない面がありましたし、その行使に伴って何らかのコストが発生する可能性もよくよく理解されていました。しかしながら、FOMCはさらなる金融緩和を進めるために非伝統的な手段の採用を決断したのです。FOMCが採用を決めた非伝統的な手段の中でもよく知られているのは(大量の長期債券を購入する)「大規模資産購入プログラム」です。量的緩和という名前でも呼ばれています。もう一つの手段は「フォワードガイダンス」と呼ばれているものです。フェデラル・ファンド金利の先行きに関する情報(ゼロ金利をどの程度の期間にわたって(あるいはどのような条件が満たされるまで)継続するつもりなのか、ゼロ金利解除後にフェデラル・ファンド金利をどの程度のペースで引き上げていくつもりなのか)を世間に向けて発信するというのがそれです。「大規模資産購入プログラム」にしても「フォワードガイダンス」にしてもその狙いは同じところにあります。その狙いとは「ゼロ下限制約」という縛りが原因で生み出された「ギャップ」を埋め合わせることにあります。「どういうことだ?」と疑問に思われることでしょうが、こういうことです。フェデラル・ファンド金利はゼロ%以下の水準に引き下げることはできないわけですが、仮の話としてマイナスの水準にまで引き下げることが可能だとしましょう。もしそうだとしたら、FOMCはフェデラル・ファンド金利をゼロ%にとどめてはおかないことでしょう。フェデラル・ファンド金利は今頃きっとマイナスの値にまで引き下げられていることでしょう。しかしながら、現実には「ゼロ下限制約」という縛りが存在するためにフェデラル・ファンド金利は最低でもゼロ%までしか引き下げられません。つまりは、望むらくはフェデラル・ファンド金利をマイナスの値にまで引き下げたいのに「ゼロ下限制約」が存在するために泣く泣くゼロ%で我慢せざるを得なくなっているわけです。これこそが「ゼロ下限制約」が原因で生み出された「ギャップ」です。

FOMCが採用を決めた非伝統的な手段はこれまでのところ今述べた「ギャップ」の埋め合わせに一役買い、そうすることで総需要の下支えに貢献してきたし、おそらく今後もその役目(「ギャップ」の埋め合わせ)を首尾よく果たし続けていくに違いないというのが私の考えです。非伝統的な手段は民間部門の(短期および長期の)借り入れコストを低く抑え、資産価格を引き上げる効果を持ったという証拠も見出されており10、非伝統的な手段がこれまでに重要な貢献を果たしてきたことは確かだと言えるでしょう。しかしながら、このたびの大不況(グレート・リセッション)はいつにない特殊な特徴を備えており、その影響で金利の低下が経済全体の支出を刺激する効果は過去の景気回復局面と比べると小さくなる可能性があります。例えば、既に指摘しましたが、住宅ブームの崩壊によってLTV比率11が高まることになり、さらには信用履歴に傷がついたためにローンの借り入れに難渋するという住宅所有者の数は多数に上っています。また、住宅バブルの崩壊に引き続いて金融危機が発生することになりましたが、そのような中で多くの銀行はローンの審査に慎重になり、信用力の高い借り手にしか融資を認めない姿勢を強めることになりました。そのため、住宅ローン金利が低下しても住宅ローンの借り換えや住宅ローンの新規借り入れは過去のケースと比べるとそれほど盛り上がってこない可能性があります。さらには、経済の先行きに関する不確実性がいつになく高いこともあり、企業は設備投資に慎重な姿勢を保っています。そのため、金利が低下しても設備投資は過去のケースほどには刺激されない可能性があります。

今回の景気回復の足取りが鈍い理由に関する私なりの診断はこんなところです。景気後退が長引く中でアメリカ国内の労働者は大変な困難に直面することになりましたが、問題はそこで終わりませんでした。その後に続いた景気回復の足取りが大変鈍かったために多くの労働者はこれまでにないほど厳しい5年間を過ごす羽目になったのです。

今現在の失業率は7.9%ですが、この数字が意味するところをもう少し広い視野から捉えるとどういうことが言えるでしょうか? 2009年後半に失業率は10%に達しましたが、それと比べると大幅な改善が成し遂げられたと言えるでしょう。しかしながら、このたびの大不況(グレート・リセッション)に先立つ24年の間(1984年2月~2007年11月)に失業率が7.9%に達した例は一度としてありません。また、政府の推計によると失業者数は現在のところ1200万人に上るとされていますが、その中には職探しをあきらめた「求職意欲喪失者」は含まれていません。求職意欲喪失者の数は現在のところ80万人に上ると言われています。さらには、図6にあるように、フルタイムの仕事を希望しながらも仕方なくパートタイムの職についている労働者(「経済的理由によるパートタイム労働者」)の数は800万人――労働力人口の5.6%――に上っています。求職意欲喪失者や仕方なくパートタイムで働いている労働者も含めた広義の失業率である「不完全就業率」は現在のところ14.4%に達する計算になります。

図6 労働力人口に占める「経済的理由によるパートタイム労働者」の割合

 

このたびの厳しい景気後退とその後に続く足取りの鈍い景気回復は国民の中でも極めて脆弱な層に対してこの上なく過酷な仕打ちを与える格好となっています。このたびの大不況(グレート・リセッション)に先立つ10年に目を向けると貧困率は比較的安定を保って推移していましたが、このたびの景気後退が発生してからは急速な上昇傾向を示しています。このたびの景気後退が発生して以降の年平均で測ると貧困率は15%に達する計算になり、過去30年間の平均値を大きく上回っています12。運良く職にありつけている労働者にとっても状況は芳しくありません。過去3年間における時間当たり給与(名目賃金)の伸びは生計費の上昇についていくのがやっとの状態であり、非金融法人企業部門における労働分配率――生産活動によって発生した要素所得に占める雇用者報酬(労働者に支払われる給与)の割合――は2011年に戦後最低水準にまで落ち込み、それ以降もその近辺にとどまったままの状況が続いています(図7をご覧ください)。今現在の失業率は全体として見れば7.9%を記録しているわけですが、アフリカ系アメリカ人に限ればその値は13.8%に上り、高卒資格を持たない層に関しては12%に達しています。また、16歳から19歳までの若年層の失業率は23.4%に達しており、景気後退を脱して以降もほとんど改善が見られません。16歳から19歳までのアフリカ系アメリカ人に限っていうと失業率は38%にも上っています。

図7 非金融法人企業部門における労働分配率

 

足取りの鈍い景気回復が労働者にどれだけの重荷を課しているかは「職探しに要する期間」(失業期間の長さ)によっても測ることができます。1980年代の最悪な時期に目を向けると、失業者が職探しに要する期間は中央値で測って12週という結果になっています。ところが、このたびの大不況(グレート・リセッション)が発生して以降の期間全体を平均するとその値(職探しに要する期間の中央値)は20週に達しており、現時点に関しては16週という結果になっています。職探しに1年ないしはそれ以上の期間を費やしている国民の数は300万人に上っているわけですが、300万人というと失業者全体の4分の1――2011年のピーク時と比べると縮小してはいるものの、このたびの大不況(グレート・リセッション)に先立つ期間における状況と比べるとずっと大きな割合――に相当する規模ということになります。

この問題は単なる統計数字にとどまらない意味を持っているというのが私の考えです。失業期間が長引くことで失業者本人だけではなくその家族も大変辛い思いを体験していることは周知の事実です。失業期間が長引けば長引くほどホームレスに転落するリスクが高まることになりますし、失業期間の長期化はこのたびの「差し押さえ危機」13の一因ともなりました。失業の期間が半年ないしは1年に及ぶようだとアパートを借りるのも難しくなり、職探しのために別の地域に引っ越したくてもそれもなかなかできないという話になります。失業期間が長引くと失業者本人のメンタル面だけではなく肉体面の健康にも深刻な害が及ぶことになりますし、その他にも配偶者から離婚を突き付けられる可能性が高まったり、(親が長期間にわたって失業することで)子供の学業成績が落ち込んだりといった数々の深刻な問題が誘発されることにもなります14

失業期間が長引くようだとやがては経済の足を引っ張る「逆風」として牙をむきかねず、それゆえこの点からしてもこの問題には重大な関心を寄せるべきだと言えるでしょう。長期間にわたって失業するとそれまでの就業経験を通じて培われたスキルや社会人としての基本的な習慣が損なわれる可能性があります。そうなるとその分だけ再雇用される可能性も小さくなってしまいます。また、仕事を通じて培われた人脈(人的なコネクション)は新たな職を見出す上で役に立つ場合が多いのですが、失業期間が長引くとかつての仕事仲間との縁も切れがちになってしまいます。つまりは、長期間にわたって失業すると仮に景気が再び勢いを取り戻したとしても再雇用される可能性は小さくなってしまうおそれがあるのです。

今回の景気回復局面において失業期間が長期化している(長期失業者が多数に上っている)一因としては、レイオフ15ではなく再雇用の条件なしでの解雇が広がっていることが挙げられます。例えば、過去の景気後退局面においては建設業の分野で職を失ってもしばらくするとすぐに復職できましたが、今回はそうなってはいません。建設業で働く就業者の数は2006年のピーク時には770万人に上っていましたが、2011年には540万人にまで縮小することになりました。合計で230万人が失職した計算になるわけですが、2011年以降に復職したのはそのうち30万人だけであり、残りの大半に関しては少なくとも今後しばらくの間は復職できる見込みはありません。

レイオフされた労働者に比べると再雇用の条件なしで解雇された労働者のほうが再び職につくまでに長い時間を要する傾向にあります。それだけではありません。再雇用の条件なしで解雇された労働者は新たな職を見つけるために前職とは異なる業界や職種に飛び込まねばならない可能性も高く、仮に再就職に漕ぎ着けても収入は前職よりもかなり少なくなる傾向にあります16

今回の景気後退の過程では再雇用の条件なしでの解雇がいつになく目立ったわけですが、この事実は次のような可能性を示唆してもいます。すなわち、失業者が備えているスキルと企業の側が求めるスキルとの間のミスマッチ(「スキルのミスマッチ」)が拡大しているのではないかという可能性がそれです。それに加えて、景気回復局面入りして以降も長期失業者は異例の多さに達したままでなかなか減少する兆しを見せないでいます。そのような中、次第に次のような疑問の声が広がりを見せることになりました。このたびの大不況(グレート・リセッション)をきっかけとして発生した失業の大なる部分は総需要の不足を原因とする「循環的な」要因によるものではなく、労働市場が抱える「構造的な」問題によって引き起こされているのではないかという疑問です。この疑問は「雇用の最大化」という目標の達成を志している立場の人間にとって重要な意味を持っています。というのも、景気がかつての勢いを取り戻したとしても失業率はどんなにあがいたところで過去に比べてずっと高い水準にとどまらざるを得ないのではないかという可能性が持ち上がってくることになるからです。

この疑問に対する回答の如何はFedが行う金融政策にも重要な意味合いを持つことになります。現在の高止まりする失業率の大なる部分が「循環的な要因」によって引き起こされているとしたら、総需要を刺激するための措置をとることが単純明快な解決策ということになります。一方で、現在の失業の多くが「構造的な要因」によるものだとしたら、総需要を刺激するための措置をとったところで失業の削減にはほとんどつながらずにインフレが加速するだけに終わる可能性が出てくることになります。

この話題はこれまでにFOMCでもたびたび議論されてきました17。ここでFOMCの立場やその他の同僚の見解を代弁するわけにはいきませんし、個人的な見解を自ら公にしている同僚も既におります。あくまでも私の個人的な見解を述べさせていただくと、これまでの証拠を眺める限りでは「循環的な要因」説(このたびの大不況(グレート・リセッション)をきっかけとして発生した失業の大なる部分は「構造的な要因」ではなく「循環的な要因」によって引き起こされたものだ)に軍配が上がるのではないかというのが私の考えです。

その具体的な証拠を挙げると、例えば、今回の景気後退の最中において失業が増加するにつれて求人は急激に減少することになりました。また、失業の増加は特定の産業や職種に集中していたわけではなく幅広い産業や職種に及ぶことになりました。雇用の減少は建設業や金融サービス業の分野でとりわけ目立ちましたが――2008年から2009年にかけてこの2つの産業分野が経験することになった低迷を思い返せばそれも当然だと言えますが――、製造業をはじめとした景気の変動に敏感に反応するその他の産業でもそれに引けを取らないほど雇用の落ち込みは激しく、その後の雇用の回復ペースにしても建設業や金融サービス業においてと同様に遅々としています。さらには、労働市場において「スキルのミスマッチ」が拡大しており、そのために一方の部門では労働の超過供給が発生し、他方の部門では労働の超過需要が発生するという事態になっているとすれば、欠員(求人)と失業との関係は部門ごとにバラバラな様相を示すことになると予想されます。その可能性を検証するためにラジアー(Edward Lazear)とスプレツァー(James Spletzer)は共著論文の中で産業レベルと職種レベルのミスマッチの程度を数量的に測定する指数(「ミスマッチ指数」)を作成しています18。図8をご覧いただきたいのですが、ラジアーとスプレツァーが作成した「ミスマッチ指数」は大不況(グレート・リセッション)の最中に上昇することになりましたが、その後の景気回復局面では低下傾向に転じ、ここ最近は大不況(グレート・リセッション)以前の水準とあまり変わらないところまで落ち着きを見せています。また、「スキルのミスマッチ」が拡大しているとすれば、求人が多い部門と求職者があふれている部門とが並存する可能性があります。その場合、求人が多い部門の名目賃金は比較的速いペースで上昇する一方で、求職者があふれている部門の名目賃金の上昇ペースは比較的遅くなると予想されます。しかしながら、ロススタイン(Jesse Rothstein)の研究によると、そのような証拠は見出されていません19

図8 ミスマッチ指数;産業レベル(赤色の点線)、職種レベル(黒色の実線)

 

たった今列挙した証拠は次の2つの可能性を示唆しているように私には思われます。まず一点目は、現在の高止まりする失業率をもたらしている主たる原因は経済全体にわたる需要の不足(総需要の循環的な不足)に求められること。そして二点目は、労働市場に機能不全をもたらすような何らかの問題が仮に発生しているとしても、経済全体の回復につれて労働需要が旺盛になればその問題も大きく解消される可能性が高いということです。

とは言っても、水面下で進む構造変化の前で立ち往生せざるを得なくなっている労働者など一人もいないと言いたいわけではありません。職を失った労働者が新たなスキルを身につける手助けをし、そうすることで慣れ親しんではいるものの機会の乏しい分野(産業や職種)を離れて新たな分野に飛び込む後押しをするためにやれることもやるべきことも数多くあります。しかしながら、景気が堅調さを取り戻せばそのような移行プロセスもずっとスムーズに進むことでしょう。現在の高止まりする失業率をもたらしている主たる原因は「循環的な要因」にあることを示す証拠に私が意を強くする理由の一つもこの点にあるのです。目下のところFedは総需要を刺激し、雇用の創出を後押しするために数々の取り組みを続けている最中なわけですが、最後にその取り組みの内容について説明させていただくことにしましょう。

先にも触れましたが、2008年にフェデラル・ファンド金利が「ゼロ下限制約」に達して以降は2種類の非伝統的な手段が採用されるに至っています。一つ目の手段は「大規模資産購入プログラム」です。このプログラムでは消費支出や設備投資を刺激するために長期金利の低下を促すことが企図されています。(政府機関の保証が付いた)住宅ローン担保証券(エージェンシーMBS)や政府機関債(エージェンシー債)、国債が購入対象に選ばれましたが、2008年から2011年半ばまでの間に購入された資産の総額は2兆3000億ドルに上っています。2011年には満期延長プログラムが導入され、Fedのバランスシート上で保有されている短期国債を売却してその代金を全額長期国債の購入に回すことが決定されました。

プログラムの終了時期が近付く一方で、景気は依然として弱含んだままであることが次第に明らかになってきました。そこでFOMCは景気回復のさらなる後押しを意図して一連の行動に乗り出すことになります。まずは2012年6月に満期延長プログラムの終了時期を2012年末まで先延ばすことが決定されました。そして同年9月に新たな資産購入プログラムの導入が決定されます。これまでは資産の購入総額があらかじめ定められていましたが、2012年9月に新たに導入された大規模資産購入プログラムでは資産の購入総額はあらかじめ定められず、「労働市場の見通しに大幅な改善が見込まれるまで(ただし、物価の安定を損なわない限りにおいて)」プログラムを継続する意思が表明されました。現在のところは毎月8500億ドルのペースで住宅ローン担保証券と長期国債の購入を進める方針となっています。プログラムの今後の詳細――資産の購入総額、毎月ごとの購入ペース、購入対象資産の内訳――については資産の購入に伴う効果とコストの双方を絶えず評価しながらその詰めを行う予定になっています。

次に二つ目の非伝統的な手段である「フォワードガイダンス」に目を向けることにしますが、フォワードガイダンスは金融政策の先行きに関する詳しい情報を世間に向けて明らかにすることを企図しています。住宅需要や設備投資に大きな影響を及ぼすのは長期金利なわけですが、それでは長期金利やその他の資産価格は何によって影響されるかというと、現時点の短期金利の水準に加えて、短期金利の先行きについて国民やマーケットがどのような予想を抱くかによっても左右されることになります。FOMCが金融政策の伝統的な手段として頼りにしてきたフェデラル・ファンド金利は短期金利の筆頭と言えますが、フェデラル・ファンド金利はもうこれ以上引き下げられない(「ゼロ下限制約」に達してしまった)ということは既に指摘したところです。しかしながら、現時点のフェデラル・ファンド金利はもう引き下げられなくとも長期金利の水準に影響を及ぼす術は残されています。フェデラル・ファンド金利の先行きに関する詳しい情報の提供(フォワードガイダンス)を通じて国民やマーケットの(フェデラル・ファンド金利の先行きに関する)予想に働きかけ、そうすることで現時点の長期金利(自動車ローンや住宅ローン、民間企業や州・地方政府が発行する債券の利回り)の水準に影響を及ぼすことは依然として可能なのです。

つい最近になってフォワードガイダンスの強化に向けて大きな前進が遂げられることになりました。その軌跡はFOMCの会合後に発表される声明に表れています。2009年の段階では「現在の経済状況を踏まえると、フェデラル・ファンド金利を長期間にわたって(for an extended period)現状の極めて低い水準に据え置くことが妥当だと思われる」20と表現されていましたが、2011年に入って「長期間にわたって」の代わりに「少なくとも2013年半ばまでは(フェデラル・ファンド金利を現状の極めて低い水準に据え置くことが妥当だと思われる)」と言い換えられることになったのです21。フェデラル・ファンド金利を据え置く期間はその後も度々先延ばしされることになりました。

しかしながら、「少なくとも2013年半ばまで」といったように具体的な日時に言及するかたちでゼロ金利継続の意思を伝える「カレンダーベースのフォワードガイダンス」は欠点を抱えてもいます。これまでにもフェデラル・ファンド金利を据え置くとされる具体的な日時が変更されたことは何度かあるわけですが、FOMCがどういった理由でそのような決断に至ったのか――今後の経済成長やインフレ等に関する見通し(予測)を見直したためなのか、それとも政策スタンスの変更に踏み切ったためなのか――はっきりしない面があるのです。そういった事情もあって、FOMCは2012年12月に「カレンダーベースのフォワードガイダンス」に代わって「閾値ベースのフォワードガイダンス」の採用に踏み切りました。いかなる条件(経済状況)が成り立てばゼロ金利が継続される可能性があるかが数値(閾値)のかたちで明らかにされたのです。具体的には、大規模資産購入プログラムが終了を迎えた後もなお相当の期間にわたってゼロ金利を継続する(フェデラル・ファンド金利を現状の極めて低い水準に据え置く)ことが適当だと考えられること、そして「少なくとも失業率が6.5%を下回らないでいる間はフェデラル・ファンド金利を現状のゼロ%近辺に据え置く予定である。ただし、この先1~2年後のインフレ率の見通しがFOMCの掲げる長期的な目標である2%を上回ること+0.5%圏内に収まっており、長期的なインフレ予想がこれまでと同様に安定したままの状態が続くという条件が満たされる場合に限る」ことが明らかにされたのです22

失業率に関しては6.5%、インフレ率(この先1~2年後のインフレ率の見通し)に関しては2.5%が閾値ということになるわけですが、失業率かインフレ率のいずれかが閾値に達するやいなやたちまちのうちにゼロ金利解除の引き金が引かれるわけではなく、あくまでもゼロ金利が解除される「可能性がある」に過ぎない点は強調しておくべきでしょう。閾値がいずれも満たされないでいる間(失業率が6.5%を上回っており、かつこの先1~2年後のインフレ率の見通しが2.5%を下回っている限り)はFOMCとしてはフェデラル・ファンド金利を引き上げるつもりはないという話であって、いずれかの閾値が満たされたからといって(失業率が6.5%を下回るか、この先1~2年後のインフレ率の見通しが2.5%を上回ったからといって)「確実に」ゼロ金利が解除されるわけではありません。あくまでもその(ゼロ金利が解除される)可能性があるに過ぎません。

さらには、「閾値ベースのフォワードガイダンス」の採用はFOMCが掲げる「長期的な目標」の変更を意味するわけでもありません。FOMCでは全参加メンバーを対象に「長期的に見て標準的(正常)だと考えられる失業率」に関する予測を一人ひとり聞いて回っており、その予測の中心傾向をもってFOMCが掲げる「雇用に関する長期的な目標」(「雇用の最大化」に関するFOMCなりの解釈)としています。今のところその値は5.2~6.0%の範囲にあります。一方で、FOMCが掲げる「インフレに関する長期的な目標」(「物価の安定」に関するFOMCなりの解釈)は今のところ「2%」――個人消費支出価格指数(PCEデフレータ)で測って年率2%のインフレ率――ということになっています。FOMCが長期的な目標を数値のかたちで明らかにしたのは2012年1月のことですが、その1年後の2013年1月に長期的な目標を再検討する機会が設けられ、2012年1月の決定をそのまま踏襲するとの結論が下されました23。当然の話ですが、FOMCは経済を完璧にコントロールできるわけではなく、それゆえインフレや失業が長期的な目標から一時的に逸れるケースも時に生じることでしょう。長期的な目標として掲げられている(インフレおよび失業に関する)数値目標は上限値でも下限値でもなく、インフレや失業が長期的な目標から一時的に逸れた際には「バランスのとれたアプローチ」を通じて目標の達成が図られるという点も重要だと言えるでしょう。

FOMCがつい最近になって採り入れた数々の措置は「バランスのとれたアプローチ」に則ったものだと考えられます。足元の雇用情勢は「雇用の最大化」という目標から遠くかけ離れている一方で、インフレ率は今のところ長期的な目標である2%の近辺にとどまっており、今後もその状況が続くと予想されています。そのことを踏まえると、金融政策の今後のスタンスを検討する上では「雇用の最大化」の達成に向けて一歩でも近付くにはどうしたらよいかを議論の中心に据えるべきだと言えるでしょう。

「長期的な目標」の中身はこれまでの間に何の変わりもないわけですが、今日までの間に変わったこともあります。「長期的な目標」をどうやって達成するつもりなのかについての情報がFOMCの側からますます豊富に提供されるようになっているのです。今後ともFOMCは「バランスのとれたアプローチ」に忠実な姿勢を貫き、「物価の安定」を保ちながらも総需要と雇用の回復を図るために金融政策を必要に応じて調整していくことでしょう。このことは世の労働者にとっても朗報だと言えるでしょう。なぜなら、FOMCの現状の行動が続く限りは総需要の刺激につながると予想されますが、総需要が刺激されるということは雇用も刺激されるということを意味すると思われるからです。

労働市場にかつての勢いが戻るまでにはまだまだ長い道のりが待っていることでしょう。2007年から今日までの間にはあまりにも多くのものが失われたわけですが、多くの労働者たちがその失地を回復したと感じられるまでにはまだかなりの時間を要することでしょう。産業の如何を問わず、多くの労働者たちはグローバリゼーションや技術変化(テクノロジーの変化)といった長期的な趨勢のあおりを受けながら今後も数々の課題に晒され続けることでしょう。

講演の締め括りとしていくつか励ましの言葉を述べさせていただくことにしましょう。雇用情勢は改善傾向にあります。これまでを振り返ると改善に向けた動きは極めてゆっくりとしたものでしたが、目下のところ改善は着実に進んでいます。私自身を含めてFedで働く面々は足取りの鈍い景気回復の只中で世の労働者たちが大変な困難に苦しめられてきている事実を十分に承知しています。景気の回復と雇用の創出、そして世の労働者たちの待遇の改善を後押しするために我々一同はこれまで同様に今後とも積極的な取り組みを続けていくつもりです。

本日は皆さんの前でお話しする機会を設けていただきどうもありがとうございました。

  1. 原注1;本日の講演で述べられる意見はあくまでも私個人の見解であり、FRBでともに働くその他の同僚の見解を反映したものでは必ずしもありません。この点、ご留意ください。なお、本日の講演を準備するにあたり、FRBのスタッフの面々――John Maggs、Karen Pence、Jeremy Rudd、William Wascher――から貴重なサポートを頂戴しました。同じくFRBのスタッフであるSejla KaralicとChristopher Nekardaには図の作成を手伝っていただきました。 []
  2. 原注2;連邦準備法の第2A条(1977年改正)ではFedに対して「雇用の最大化、物価の安定、および適度な長期金利の実現に向けて効果的な取り組み」を進めることが求められています。 []
  3. 訳注1;景気循環の判定(景気の山と谷の日付認定)を行っているNBER(全米経済研究所)の公式発表によると、大不況(グレート・リセッション)は2009年6月に終息した(景気の底を打った)ことになっている。 []
  4. 原注3;1957~58年の景気後退と1980年の景気後退の後に続いた景気回復は短命で終わり、どちらのケースでも景気後退を脱してから3年経たないうちに再び景気後退入りしています。この2つのエピソードを除外した上で同様の計算(景気後退を脱却して以降の3年間における実質GDP成長率の年平均の計算)を行えばその結果は4.6%よりもずっと大きな値となることでしょう。 []
  5. 原注4;この予測結果は景気後退の深さ(景気の落ち込みの程度)およびその継続期間とその後の景気回復局面における実質GDPの伸びとの間に成り立つ関係を探った回帰モデルの助けを借りて得られたものです。詳しくは次の論文をご覧ください。 Greg Howard, Robert Martin, and Beth Anne Wilson (2011), “Are Recoveries from Banking and Financial Crises Really So Different?” International Finance Discussion Papers 1037 (Washington: Board of Governors of the Federal Reserve System, November). []
  6. 原注5;この試算結果はFRBのスタッフが行った財政政策の効果に関する推計によるものです。この研究では政府最終消費支出の拡大や税率の変更、各種給付制度の変更といった裁量的財政政策が総需要をどの程度刺激する効果を持ったかが推計されています。詳しくは次の論文をご覧ください。 Glenn Follette and Byron Lutz (2010), “Fiscal Policy in the United States: Automatic Stabilizers, Discretionary Fiscal Policy Actions, and the Economy,” Finance and Economics Discussion Series 2010-43 (Washington: Board of Governors of the Federal Reserve System, June). []
  7. 原注6;この点について詳しくは次の論説をご覧ください。 Michael W. McCracken (2011), “Housing’s Role in a Recovery [PDF]” Federal Reserve Bank of St. Louis, Economic Synopses, no. 6 (February), pp. 1-2. []
  8. 訳注2;住宅の含み益。住宅の時価から住宅ローン残高を差し引いた純資産額。 []
  9. 原注7; Board of Governors of the Federal Reserve System, Statistical Release Z.1, “Flow of Funds Accounts of the United States,” table B.100, line 49 (Owners’ Equity in Household Real Estate). []
  10. 原注8;この点について詳しくはバーナンキ議長の次の講演を参照してください。 Ben S. Bernanke (2012), “Monetary Policy since the Onset of the Crisis,” speech delivered at “The Changing Policy Landscape,” a symposium sponsored by the Federal Reserve Bank of Kansas City, held in Jackson Hole, Wyo., August 30-September 1. []
  11. 訳注3;Loan to Value ratio. 住宅の価格(担保の価値)に対するローン額の割合。LTV比率が高まるということは住宅の含み益であるホームエクイティが乏しくなるということでもある。 []
  12. 原注9;アメリカ合衆国国勢調査局のデータに基づいて計算。 []
  13. 訳注4;住宅ローンが支払えずに住宅を差し押さえられたケースがこのたびの大不況(グレート・リセッション)の只中において急増したということ。 []
  14. 原注10;この点について詳しくは次の論文をご覧ください。 Steven J. Davis and Till Von Wachter (2011), “Recessions and the Costs of Job Loss,” Brookings Papers on Economic Activity, Fall, pp.1-72. []
  15. 訳注5;業績回復時に再雇用することを条件に一時的に解雇すること。 []
  16. 原注11;この点について詳しくは次の論文をご覧ください。 Louis S. Jacobson, Robert J. LaLonde, and Daniel G. Sullivan (1993), “Earnings Losses of Displaced Workers,” American Economic Review, vol. 83 (September), pp. 685-709. []
  17. 原注12;例えば、比較的最近開催されたFOMCでの議論の内容を伝える議事要旨でもその点は確認できます。Board of Governors of the Federal Reserve System (2013), “Minutes of the Federal Open Market Committee“(2012年12月11-12日開催、2013年1月3日公表); Board of Governors of the Federal Reserve System (2012), “Minutes of the Federal Open Market Committee“(2012年9月12-13日開催、2012年10月4日公表); Board of Governors of the Federal Reserve System (2012), “Minutes of the Federal Open Market Committee“(2012年7月31日~8月1日開催、2012年8月22日公表) []
  18. 原注13;詳しくは次の論文をご覧ください。 Edward P. Lazear and James R. Spletzer (2012), “The United States Labor Market: Status Quo or a New Normal?” NBER Working Paper Series 18386 (Cambridge, Mass.: National Bureau of Economic Research, September). 次の論文もあわせて参照してください。 Ayşegül Şahin, Joseph Song, Giorgio Topa, and Giovanni L. Violante (2012), “Mismatch Unemployment,” NBER Working Paper Series 18265 (Cambridge, Mass.: National Bureau of Economic Research, August). []
  19. 原注14;詳しくは次の論文をご覧ください。 Jesse Rothstein (2012), “The Labor Market Four Years into the Crisis: Assessing Structural Explanations,” Industrial and Labor Relations Review, vol. 65 (July), pp. 467-500. []
  20. 原注15;Board of Governors of the Federal Reserve System (2009), “FOMC Statement“(3月18日発表) []
  21. 原注16;Board of Governors of the Federal Reserve System (2011), “FOMC Statement“(8月9日発表) []
  22. 原注17;Board of Governors of the Federal Reserve System (2012), “FOMC Statement“(12月12日発表) []
  23. 原注18;”The FOMC’s Statement on Longer-Run Goals and Monetary Policy Strategy [PDF]”(2013年1月29日公表) []

コメントを残す