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ジャネット・イエレン 「金融政策における『多数の目標』と『多数の手段』」(2013年4月16日)

●Janet L. Yellen, “Panel Discussion on “Monetary Policy: Many Targets, Many Instruments. Where Do We Stand?””(Speech at the “Rethinking Macro Policy II,” a conference sponsored by the International Monetary Fund, Washington, D.C., April 16, 2013)


これからこの場にお集まりの皆様の間で大変活発な議論が繰り広げられることでしょうが、そのような場に参加させていただく機会を用意して下さいましたIMF(国際通貨基金)の関係者の皆様に感謝いたします1

金融政策の「多数の手段」や「多数の目標(ターゲット)」をテーマとする今回のような討論会が催されようとはほんの5~6年ほど前までには考えられなかったことでしょう。このたびの金融危機が勃発する前までの状況を振り返ると、金融政策は政策短期金利という「単一の手段」に大きく寄りかかって運営されていました。また、「目標」ということで言うと、金融危機に見舞われるまではどの中央銀行もたった一つの目標しか掲げていなかったとまではいきませんが、多くの中央銀行は「インフレ目標(インフレーション・ターゲッティング)」と呼ばれる政策枠組みを採用していました。その名前からも薄々窺い知れるでしょうが、「インフレ目標」のもとでは何にもましてインフレ目標の達成(目標として設定されたインフレ率の達成)に高い優先順位が付けられていました。この点、Fedは長年にわたってちょっとしたはぐれ者だったと言えます。というのは、Fedには「物価の安定」と「雇用の最大化」という二重の責務(デュアル・マンデート)の達成が法的に求められているからです。しかしながら、今回こうして金融危機に見舞われることがなければ、専門家が集まる討論会で話題にされるのはせいぜい(金融政策の)「単一の手段と二つの目標」どまりだったことでしょう。このたびの金融危機は世界中の中央銀行に大変重い課題を突きつけ、金融政策の手段や目標に関する見方を一変させることになったのです。

このたびの金融危機は金融政策の手段や目標に関する見方を一変させたとたった今表現したばかりですが、それは具体的にはどういうことでしょうか? 細かい話に踏み入る前にまずはいくつかの論点について大づかみに触れておくことにしましょう。金融政策の「目標」――ターゲットともオブジェクティブとも表現できるでしょうが――という話で言いますと、金融危機以降も「フレキシブル・インフレ目標」が引き続き金融政策を律する重要な政策枠組みの位置を占め続けるだろうというのが私の意見です2。信頼の置ける専門的な研究の一つによると、れっきとしたインフレ目標を採用している国として括られるのは現在のところ大体27カ国に上るということです3。アメリカはその中に含まれてはいませんが、金融政策に対するFedのアプローチは「フレキシブル・インフレ目標」に備わるキーとなる特徴の大半を具備しています。具体的に言いますと、Fedはこれまでに長期的な物価の安定(低位で安定したインフレの実現)に対するコミットメントを表明するとともに、金融政策の予測可能性を高めるために数多くの努力を重ねてきました。さらには、できるだけ明確で透明性の高いコミュニケーションを通じて国民に対して金融政策の現状や今後の方向性に関する情報の提供にも努めてきました。それだけではありません。FOMC(連邦公開市場委員会)はインフレに関する目標(ゴール)を明確化する努力を長年にわたって続けてきています――とは言え、「物価の安定」を「雇用の最大化」よりも優先しようとの意図はそこにはありません――。そしてその努力の成果が具体的なかたちとなって表れたのが2012年1月に発表された「金融政策の長期的な目標と戦略」と題された声明です。この声明では、「2%のインフレ率」の達成を金融政策の長期的な目標(ゴール)とすることが宣言されるとともに、FOMCのメンバーが長期的に見て標準的(正常)と解釈する失業率4の予測が数値のかたちで明らかにされました。さらには、現実のインフレ率が2%の目標値から乖離したり、あるいは現実の失業率が長期的に見て標準的(正常)と解釈される失業率の水準から乖離するような場合には、それぞれの乖離の縮小に向けて「バランスのとれたアプローチ」に立つ旨も明らかにされています。2012年1月の声明が伝えるFedの金融政策に対する姿勢は現代的な「フレキシブル・インフレ目標」と呼ぶにふさわしいものだというのが私の考えです。

政策金利をもうこれ以上下げられないぎりぎりの下限(ゼロ%)に近いところまで引き下げたにもかかわらず、失業率はしぶとく高止まりしたままであり、Fedをはじめとした多くの中央銀行は過去4年間を通じてこの難題にどう対処したらよいものかと悩まされ続けました。そのような状況を受けて従来とは異なる新たな政策枠組みを求めて広範な議論が巻き起こることになりましたが、各国の中央銀行が置かれた苦境を踏まえるとそれも至極当然なことだと言えるでしょう。とは言え、(従来の政策枠組みである)「フレキシブル・インフレ目標」に備わる主要な(と私には思える)特徴は今後もずっと受け継いでいくべきだというのがかねてからの持論です。私が考えるその主要な特徴とは何か? 金融政策の目標(ゴール)とその達成手段(どうやって目標を達成するつもりなのか)に関する明確なコミュニケーションがそれです。

Fedが掲げる「物価の安定」と「雇用の最大化」という2つの目標(ゴール)は法律によってそう定められているというにとどまりません。何よりもわかりやすいですし、国民の間でも妥当なものとして広く受け入れられてもいます。〔こういった「目標」のわかりやすやさや受け入れやすさもインフレ予想の安定化にいくらか貢献したものと思われますが、;(訳者による挿入)〕インフレ予想が安定している状況というのは金融政策を運営する上でかけがえのない財産のようなものだということが徐々に明らかになってきました。例えば、これまでにもたびたび金融緩和を通じて景気を下支えする必要がありましたが、インフレ予想が安定していたおかげで金融緩和が行われている最中でもインフレは低い水準で安定を保ったままでした。このたびの金融危機は大変深刻なショックを伴うものでしたが、それにもかかわらず米国経済がインフレ率の急落やデフレに見舞われずに済んだのもインフレ予想が安定していたおかげだったのです。

そうとは言え、このたびの金融危機はFedをはじめとする多くの中央銀行に対して厄介な課題を突きつける格好になったことは間違いありません。その厄介な課題とは、政策金利をゼロ%の下限にまで引き下げた後もなお金融政策を通じて景気を刺激するためにはどうしたらよいかという問題です。そして「多数の手段」という論点にスポットが当たるのはまさにここにおいてなのです。金融危機後にFedが乗り出した「フォワードガイダンス」(政策金利の先行きに関する指針の提供)と「大規模資産購入プログラム」という2つの手段は「多数の手段」の例として位置付けることができるでしょう。

「フォワードガイダンス」の狙いは政策金利の今後の成り行きに関する人々の予想に働きかけることにあります。Fedは景気が回復に向かった後も政策金利を現状の極めて低い水準に据え置くつもりなのだろうか? 据え置くつもりだとすれば、一体どのくらいの期間にわたってそうするつもりなのだろうか? といった人々の予想に影響を及ぼすことが狙いなのです。政策金利の今後の成り行きについてはっきりとした方向性を示すことで「政策金利(短期金利)はかなり先の未来までしばらく現状の極めて低い水準に据え置かれるようだ」との予想を醸成することができれば、現時点において長期金利の低下が促されるとともに、資産価格の上昇が引き起こされる可能性があります。そうなれば経済全体の総需要が刺激されることになると考えられます。一方で、Fedが政策金利の今後の成り行きについてはっきりとした方向性を示さなければ(フォワードガイダンスに乗り出さなければ)、政策金利は過去の「通常時」におけるFedの行動から示唆される――例えば、ジョン・テイラー(John Taylor)氏にちなんで名付けられた(政策金利の決定に関する)テイラー・ルールから弾き出される――道筋を辿るようにして設定されるに違いないと国民は予想するかもしれません。しかしながら、この場にいらっしゃるマイケル・ウッドフォード(Michael Woodford)氏をはじめとした複数の経済学者が唱えているように、今現在の状況においてはテイラー・ルールから示唆されるよりも長い期間にわたって政策金利を現状の極めて低い水準に据え置く(政策金利の引き上げを遅らせる)のが望ましいというアイデアに私としては強く惹かれています。

実際のところ、ウッドフォード氏らが唱えるそのようなアイデアは最近のFedの政策にも反映されています。FOMCが2012年9月に発表した声明では次のように述べられています。「景気回復がその勢いを強めた後もなおしばらくの間は現状の極めて緩和的な金融政策のスタンスを維持することが適切である」。そしてその3ヵ月後の2012年12月の声明では次のように述べられています。「少なくとも失業率が6.5%を下回らないでいる間は、FF(フェデラル・ファンド)金利を現状のゼロ%近辺に据え置く予定である。ただし、この先1~2年後のインフレ率の見通しがFOMCの掲げる長期的な目標である2%を上回ること+0.5%圏内に収まっており、長期的なインフレ予想がこれまでと同様に安定したままの状態が続くという条件が満たされる場合に限る」。このようにして金融緩和の継続に対するコミットメントがはっきりと打ち出されることにより、経済全体の支出や雇用が下支えされ、景気回復の勢いが増すことになる。そういった効果が生み出されるに違いないと私は考えています。

もう一つの手段である「大規模資産購入プログラム」はフォワードガイダンスを側面から支援する(補完する)働きを果たしていますが、プログラムの詳細をどう詰めるかという問題は「多数の手段」の中からどれを選ぶかという問題に読み替えることができるかもしれません。例えば、大規模資産購入プログラムに乗り出すつもりであれば、どの資産を購入対象に含めるかを決めなければいけません。買い入れるのは国債だけに限定すべきでしょうか? それとも住宅ローン担保証券の購入も検討すべきでしょうか? 満期の短い資産と満期の長い資産のどちらの購入に重点を置いたらよいでしょうか? ちなみに、Fedやイングランド銀行、そしてつい最近では日本銀行もそうですが、今挙げた中央銀行は満期の長い資産(債券)の購入を積極的に進めています。どの程度のペースで資産の購入を進めていったらよいでしょうか? 一旦購入した資産はどのくらいの期間にわたって保有し続けておくべきでしょうか? こういった詳細をどう詰めるかによってプログラムの効果には違いが出てくるかもしれません。ついでながらFedが現在採用している資産購入プログラムの中身、それもそのうち2つの画期的な特徴について言及しておきましょう。1つ目の特徴は資産の購入総額を定めないオープンエンド型(無制限の資産購入)であること(かつては資産の購入総額が前もって定められていました)。そして2つ目の特徴は資産の購入総額が労働市場の見通しの変化に応じて(労働市場の見通しに大幅な改善が見込まれるかどうかに応じて)調整されるという点です。

今回のような短いスピーチの中ではFedが現在採用している極めて緩和的な金融政策の効果やコストについて細かく論じる余裕はありませんが、あえて一点だけ強調しておくと、Fedによる現状の金融政策は全体として見ると景気回復を後押しする上で意義ある効果を持ったというのが私の考えです。 なお、「多数の目標」という論点と関わってくるでしょうから、(Fedによる現状の金融政策がもたらすかもしれない)あり得るコストの一つについてもほんの少しだけですが触れておきたいと思います。「金融システムの安定性」の問題がそれです。かつてバーナンキ議長が次のように指摘したものです。このたびの金融危機が勃発する前の時代を振り返ると、それは「金融システムの安定性確保」という課題が金融政策の決定過程において徐々に蔑ろにされていき、ついには金融政策に対する「ジュニア・パートナー」の地位にまで格下げされる運命を辿った時代であった、と。今回の金融危機が中央銀行の「目標」を巡る考えに及ぼした最も大きな変化はおそらく「金融システムの安定性確保」という課題に対して再び大きな注目を引き付けた点にあると言えるでしょう。

時折次のような意見を耳にすることがあります。現状の極めて緩和的な金融政策は金融危機への対処を意図して採用されたものだが、その実、「金融システムの安定性」を脅かす新たなリスクを生み出しているのではないか、と。そのような疑問は大変重要なものです。Fedの金融政策の話に引き付けますと、Fedが現状の極めて緩和的な金融政策に乗り出した背後には節度あるリスクテイキングにかつての勢いを取り戻してもらいたい、そのための後押しをしたいとの意図がありました。節度あるリスクテイキングがあちこちで見られるいうことは信用市場の機能が元通りに回復したことの表れであり、正常に機能する信用市場の存在は経済の健全な発展にとって欠かせないのです。リスクテイキングが行き過ぎてしまう可能性はもちろんあります。低金利の状況が長引けば投資家の間で過剰なレバレッジをきかせたり、過度な利回り追求に向かう動きが誘発される恐れも確かにあります。しかしながら、貸出(ローン)の急速な伸びであったり、レバレッジの目を見張るほどの高まりであったり、急激な資産バブルであったりといった金融システムの安定性を脅かしかねないリスクの存在を示す説得的な証拠は今のところ見当たりません。とは言え、マーケットの一部で利回り追求に向けた動きが活発化している様子をほのめかす兆候が見られるのも事実であり、Fedとしては今後も事態の推移を慎重に注視していくつもりです。

しかしながら、金融政策は「金融システムの安定性」を確保する手段としては(効果が疑わしく、それゆえ)あまり頼りにならないというのが大半のセントラルバンカーたちの考えではないでしょうか? 「金融システムの安定性確保」という課題に立ち向かう上ではミクロ・プルーデンス政策やマクロ・プルーデンス政策を通じた金融規制・監督を主要な防壁とすべきだというのが私の立場ですが、多くのセントラルバンカーもおそらく私に同意してくれることでしょう。 金融危機に見舞われてからというもの、Fedはその他の規制当局や国際機関と協力して広い範囲にわたる一連の改革の実現に乗り出していますが、その狙いというのは金融システムの監視体制の強化、システミックリスクの軽減、そして金融システムの強靭性を高めるところにあります。こうした一連の改革を成し遂げるためには膨大な量の作業をこなす必要があるでしょうし、金融システムの脆弱性の問題は今すぐに完全に解決されるわけでもないでしょう。それゆえ、今後しばらくの間は「金融システムの安定性」の確保に向けて必要に応じてできるだけ多くの手段が使えるように態勢を整えておくべきでしょう。

結論がてらに指摘しておきますが、本日のスピーチでは金融政策の目標や手段をめぐってここ最近になって持ち上がってきた様々な論点を取り上げてきたわけですが、私が取り上げたのはあくまでもそのごく一部に過ぎません。これから行われる討論では私が取り上げた論点について深く掘り下げられるだけではなく、私が取り上げなかった論点も話題となることでしょう。どういった討論がなされるのか今から楽しみです。

  1. 原注1;これから述べさせていただく意見はあくまでも私の個人的な見解を反映したものであり、FRBでともに働くその他の同僚たちの見解を反映するものでは必ずしもないことを断っておきます。 []
  2. 訳注1;「フレキシブル・インフレ目標」について(イエレンの前任者である)ベン・バーナンキはFRB議長時代に行った講演の中で次のように語っている。「このたびの危機に先立つ20年間はセントラルバンカーと学者の間で金融政策を支える知的かつ制度的な枠組みをめぐって幅広いコンセンサスが形作られた時代でした。中期的な物価安定の達成に向けた確固たるコミットメント、そして中央銀行の政策目標や今後の経済見通しに関する高い透明性。以上の2点を主要な特徴とする政策枠組みが是とされたわけですが、その枠組みの採用を通じて長期的なインフレ予想の安定化が促され、それに伴って産出量や雇用量(といった実体経済)の短期的な変動に対処する上での金融政策の有効性が高められることになりました。かような政策枠組みは時として『フレキシブル・インフレ目標』と呼ばれることもあります。その理由は、中期的な物価安定の達成に向けたコミットメントに加えて、マクロ経済ショックの発生に伴って産出量(GDP)が潜在産出量(潜在GDP)――あるいは「完全雇用」水準――から乖離した際にその乖離の埋め合わせに向けて必要となる対処を講じる余地を政策当局(中央銀行)に与える柔軟性(フレキシビリティ)を備えてもいるからです。中期的な物価安定の達成に向けたコミットメントに伴って課される『規律』に加えて、金融政策運営上の短期的な『柔軟性』も兼ね備えていることから、『制約された裁量』を特徴とする政策枠組みとして通ってきてもいます。」 []
  3. 原注2;詳しくは次の研究をご覧ください。Gill Hammond (2012), State of the Art of Inflation Targeting, Centre for Central Banking Studies, CCBS Handbook No. 29 (London: Bank of England). []
  4. 訳注2;「雇用の最大化」が達成されたと判断される失業率の水準。 []

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