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ジャネット・イエレン 「雇用情勢の改善に向けたFedの取り組みについて」(2014年3月31日)

●Janet L. Yellen, “What the Federal Reserve Is Doing to Promote a Stronger Job Market”(Speech at the 2014 National Interagency Community Reinvestment Conference, Chicago, Illinois, March 31, 2014)


アメリカ経済が金融危機と大不況(グレート・リセッション)の影響から立ち直る手助けをするために現在Fedは数々の取り組みを続けている最中ですが、本日はその取り組みの内容についてお話させていただくつもりです。このたびの金融危機とそれに引き続く大不況(グレート・リセッション)は本日お集まりの皆さんが支援の手を差し伸べておられるシカゴ各地のコミュニティとそこで暮らす住民に対してとりわけ厳しい影響を及ぼすことになりました。

Fedがこれまでに進めてきた取り組みでは金融システムの安定性を高めることもその狙いの一つに含まれています。具体的には、新たなルールの導入を通じて、顧客(消費者)保護に向けた体制を強化し、円滑な資金調達を可能にする環境の整備が図られています。資金調達が容易になればコミュニティの発展が金融面から支えられることにもなるでしょう。また、Fedはコミュニティの発展を後押しするために幅広い相手と緊密な連携や情報交換を行ってもいます。その中でもれっきとした成果を挙げていると思われる先進的な取り組み(イニシアチブ)の例を講演の終盤でいくつか紹介させていただくつもりです。会議が終わってからの話になりますが、シカゴ南部にあるリチャード・J・デイリー・カレッジを訪問して社会人学生向けに開講されている製造技術プログラムの様子を見学させていただく予定になっています。このプログラムでは学生たちが製造業の分野で報酬の高い職を得るために必要なスキルの習得に励んでいると伺っています。

本日お集まりの皆さんはコミュニティの発展を支えるために日々尽力されているわけですが、Fedとしても皆さんのそのような努力を支持する心持ちでいます。というのも、コミュニティがさらなる発展を遂げる上では皆さんのお力が欠かせないからです。住民たちが住宅を購入したり、地元の中小企業が事業を拡張する上で必要な資金がスムーズに入手できるようになっているのは皆さんのご尽力のおかげでもあります。コミュニティの安全が保たれ、住民たちが健康で経済的に安定した生活を過ごすことが可能となっているのは皆さんが各種プログラムの後援を通じてお力添えなさっているおかげでもあります。まだまだ厳しい経済状況が続いている中で多くの住民が職を得たいと望んでいるわけですが、皆さんはそのような望みを叶える手助けもしています。皆さんのお力添えの中でもこの手助けはとりわけ重要なものの一つだと言えるでしょう。極めて重要であることは疑いありませんが、しかしながら次の二つの要因が伴わない限りは皆さんのそのような手助けも実を結ぶことはないのではないかと思われます。

皆さんが支援の手を差し伸べている相手、つまりは職探しに励んでいる人々ということになりますが、一つ目の要因というのはそのような職探しに励む一人ひとりが備えている勇気と根気です。これまでの6年間は多くのアメリカ国民にとって厳しい試練の時となったわけですが、中には人生や家庭が崩壊の危機に瀕するほどの困難を味わったという人もいました。これまで長年にわたって携わってきた職を突然失い、新たな職をなかなか見つけられないでいる。職探しをしている間に数ヶ月、時には数年の月日が流れ、その間に貯金が底をつき、場合によってはマイホームを手放さざるを得なくなる。経済的な困窮が原因となって夫婦関係をはじめとした人間関係がギスギスし、場合によっては配偶者や親しい相手との関係が破綻を迎える。こういった体験がいかに過酷なものであるかは他人から言われるまでもなく多くの方々が身をもってよくよくご存知のことでしょう。しかしながら、今回の景気後退のあおりをまともに受けて深い痛手を負うことになった人々の多くは決してあきらめずにチャレンジを続ける意志の強さを見せています。もう少し先のところになりますが、そのような勇敢な意志を備えた男女の代表として3名の人物を紹介させていただくことになるでしょう。その3名というのはこの偉大な都市であるシカゴの住民であり、本日お集まりの皆さんの隣人です。皆さんはコミュニティの発展を支えるために日々尽力されているわけですが、この3名も皆さんのお力添えから恩恵を被っています。つい先日彼ら一人ひとりから個人的な体験談(パーソナルストーリー)を伺う機会があったのですが、もう少し先のところで皆さんにもその内容を紹介したいと考えています。

次に二つ目の要因に話題を転じたいと思います。「何を当たり前のことを」と思われるかもしれませんが、職探しに励んでいる人々が新たな職を見つける後押しをする上で欠かせない二つ目の要因というのは・・・、そう、職です。新たなスキルを身につけるためにどれだけ多くの訓練を積んだところでそもそも職(求人)の数が不足しているようであれば徒労に終わってしまうことでしょう。Fedはコミュニティの発展を後押しするために数々の役割を果たしており、そのうちのいくつかについては既に言及したわけですが、その中でも最も重要な役割については触れずにいました。それは何かと言うと、金融政策を通じて景気回復の後押しを図ることにあります。このたびの金融危機が発生してから今日までの間にFedは景気の回復と雇用の創出を後押しするために数々の異例の措置に乗り出してきたわけですが、今後もしばらくの間は景気の回復と雇用の創出を後押しするための取り組みを続ける必要があるというのが私の考えです。そう考える理由については追々説明させていただきます。

Fedによる金融政策は金利への影響を介してその効果を発揮することになります。つまりは金融政策は金融市場への働きかけを通じてその効果を発揮することになるわけですが、しかしながらその目的はウォールストリート(金融業界)を助けることにではなくメインストリート(実体経済)を助けることにあります。現在のところFedは金利を低い水準に据え置く方針を貫いているわけですが、その狙いは住宅ローン金利に下押し圧力をかけることで住宅に手が届きやすくし、ひいては住宅市場の回復を図ることにあります。それだけではありません。企業が新たな設備を建設したり、事業を拡張したり、雇用を増やしたりするための資金を安価に調達できる(借り入れることができる)ようにするというのも狙いの一つですし、新たに見つけた職場に通勤したり子供を学校に送り迎えするための手段である自動車を購入するための資金を安価に調達できる(借り入れることができる)ようにするというのも狙いの一つです――なお、Fedによる金融政策も一因となって自動車業界は活況を取り戻しつつあります――。多くの世帯が必要とするものを手に入れることができる余裕を生み出すのも狙いの一つですが、その狙いが功を奏して経済全体の支出が増えれば雇用の創出が促され、雇用の創出が促されればさらに経済全体の支出が増え、・・・といったプロセスが働いて景気回復が後押しされる可能性があります。

Fedによる金融政策が狙い通りの効果を上げ、景気回復の足取りが強まることになれば、そのことから利益を受けるすべての人々――その筆頭は今回の景気後退とその後の足取りの鈍い景気回復のあおりをまともに受けて深い痛手を負った人々――の福祉が増進されることでしょう。

このあたりで経済の現状に関する私なりの考えを述べさせていただくことにしましょう。中でも労働市場の現状に着目した上で労働者がどのような状況に直面しているかを問題にしたいと思います。大不況(グレート・リセッション)真っ只中の一番深刻な時期に比べると、経済・雇用情勢はアメリカ全土のレベルでもここシカゴに話を限定しても大幅な改善を見せていると言えます。アメリカ全土で測ると失業率は2009年10月に10%のピークに達したわけですが、それから今日までの間に750万人分を超える規模の新規雇用が生み出されています。先月(2014年2月)の失業率は6.7%なのでこの間に失業率は3%ポイント以上低下した計算になります。雇用情勢の改善に向けた動きはゆっくりとしたものではありますが、極めて着実に改善が進んでいることは間違いありません。農業部門を除いた民間の就業者数は先月(2014年2月)までの間に41ヶ月連続で増加しており、これまでの最長記録に並んでいます。

本日お集まりの皆さんはよくご存知でしょうが、シカゴはその他の多くのどの地域よりも今回の景気後退のあおりを強く受け、現時点においても雇用情勢はその他の地域よりも厳しい状況が続いています。しかしながら、ここシカゴにおいても雇用情勢は大幅な改善傾向にあります。シカゴ市の失業率はピーク時で13%近くに達しましたが、直近ではおよそ9.5%の水準にまで落ち着いてきています。シカゴ市だけではなく郊外部を含めたシカゴ都市圏のレベルで見てもほぼ同様のペースで改善が進んでおり、シカゴ都市圏の失業率は8.5%の水準にまで低下してきています。シカゴ都市圏では2009年から今日までの間に18万3000人分の新規雇用が生み出されており、アメリカ全土における新規雇用の伸び率に匹敵するペースを記録しています1

改善が着実に進んでいることは確かですが、経済情勢にしろ雇用情勢にしろかつての正常な状態にはまだ戻っていないこともまた疑いありません。こう伝えられたところで本日お集まりの皆さんにとっては取り立てて目新しい話でも何でもないことでしょうし、シカゴの地で職探しに励む34万8000人に上る人々2にとってもそれは同様でしょう。それだけではなく、消費者や中小企業の経営者にとっても目新しくも何ともないことでしょう――聞き取り調査の結果によると、消費者にしても中小企業の経営者にしても経済の前途に対して慎重な姿勢を崩していません――。

公式的には既に景気回復局面入りしているわけですが、多くのアメリカ国民にとっては依然として景気後退の最中にいるかのような感覚が続いていることでしょう。いくつかの統計データもそのような感覚を支持していると言えます。アメリカ全土の失業率は今のところ6.7%の水準にあるわけですが、6.7%というのは2001年の景気後退局面において記録された失業率のいずれよりもずっと高い値です。このことはシカゴをはじめとした多くの都市についても同様に当てはまります。景気後退はまだ続いているとの感覚をとりわけ強く抱いているのは多くの若年労働者やそれよりも年齢が上の長期失業者、そしてアフリカ系アメリカ人といった人々でしょう。今指摘した層はこのたびの大不況(グレート・リセッション)に先立つ2度の景気後退局面においてと引けを取らないほど厳しい雇用情勢に今もなお置かれ続けているのです。

足元の雇用情勢はある意味では過去のいずれの景気後退局面においてよりも厳しいと言えます。職探しに半年以上ないしは1年以上を費やしている長期失業者の数はデータの収集が開始されて以降のこの数十年間で最大の規模に上っています。長期失業者の前には大きな困難が待ち構えていることはよく知られているところです。例えば、最近の研究結果によると、求人を出している企業は長期失業者を雇いたがらず、業界の経験が浅かったり未経験であったとしても失業期間が短い応募者を優先して採用する傾向にあることがわかっています3

ドリン・プール(Dorine Poole)はそのことを身をもって体験しました。ドリンは診療報酬請求の処理にあたる医療事務の仕事に就いていましたが、今回の景気後退の発生と時を同じくしてその職を失うことになりました。それまでの15年間にわたって着実に積み重ねてきた事務員としての豊富なスキルと経験がありながらも、彼女はその他の多くの人々と同様にその後長きにわたって新たな職を見つけることができませんでした。しばらくして医療事務の求人も徐々に増え出しましたが、2年間に及ぶ失業期間がドリンの前に立ちはだかりました。ドリンが備えるスキルと経験には魅力を感じつつも、求人側はドリンよりも業界経験は浅くとも失業期間が短い応募者を優先して採用したのです。こうしてドリンの人生の一部でもある医療事務員としてのキャリアに終止符が打たれたのでした。

ドリンをはじめとしたその他の多くの人々に当てはまることですが、レイオフや工場の閉鎖に伴って職を失った労働者がその後どうにしかして新たな職にありつけたとしてもしばらくの間は――場合によってはその後ずっと――(前職と比べて)収入の減少に耐えねばなりません4。ジャーメイン・ブラウンリー(Jermaine Brownlee)は今回の景気後退が発生した当時は配管工の見習いとして働いており、熟練した技術を持つ土木作業員の一人でしたが、景気後退が発生して以降は日雇い労働や短期の仕事に従事せざるを得なくなり、それまでよりも収入が激減することになりました。ジャーメインの現状は一時に比べればましになってはいますが、景気後退が発生する前よりも少ない収入で働かざるを得ない状況は依然として続いています。

ビッキー・リラ(Vicki Lira)は印刷工場で20年間にわたってフルタイムで働いていましたが、2006年に勤務する工場が閉鎖され、それに伴ってその職を失うことになりました。その後彼女は住宅ローンの受付を処理する事務の仕事に就きましたが、このたびの住宅バブルの崩壊に伴って再び失業することになります。その後のビッキーの前には大変厳しい試練が待ち構えていました。ホームレスに陥ったことも何度かありました。現在ビッキーはスーパーで試食販売を行うパートタイムの仕事に従事していますが、もう少し長い時間働きたいというのがビッキーの望みです。

景気後退のあおりを受けてフルタイムの職を失い、その後新たに職を得たもののパートタイムでの勤務を余儀なくされているというケースはビッキーの他にも数多く見られます。先ほども指摘したように失業率は低下傾向にあるわけですが、フルタイムの仕事を希望しながらも仕方なくパートタイムの職についている労働者は失業率の計算の中には含まれていません。ビッキーのようにフルタイムでの勤務を希望しながらも仕方なくパートタイムの職についている労働者の数は700万人を超える規模に達しており、就業者全体に占める割合で測っても歴史的に見て非常に高い値を記録しています。

これまでドリン、ジャーメイン、ビッキーの個人的な体験談を紹介してきたわけですが、そうしたのには理由があります。この3名の体験は失業率のデータだけでは伝え得ない重要なことを私たちに教えてくれているのです。その重要なことというのは2つあります。まず1つ目は、統計数字の背後には生身の人間がいるということです。失業率をはじめとした統計数字の背後には苦難を耐え忍び、よりよい暮らしを営むチャンスの到来を待ち焦がれている生身の人間が存在しているのです。そして2つ目は、このたびの大不況(グレート・リセッション)はいつになく厄介でしぶとく続く効果を労働者の身に及ぼしているということです。大不況(グレート・リセッション)が労働者の身に及ぼしているそのような効果の存在を突き止め、その理解に努めることは労働市場を取り巻く問題の解決に向けてこれまでにどれだけの前進が遂げられたかをはっきりさせるだけでなく、あとどのくらい歩みを続ける必要があるかをはっきりさせる上でも役立つことでしょう。

これまでに利用可能な証拠に照らす限りでは、アメリカ経済の現状は法律によってFedに課せられている二つの目標から依然として大きく隔たっていることは明らかだと私の目には映ります。Fedに課せられている二つの目標のうちの一つは「雇用の最大化」であり、インフレを加速させない範囲でできるだけ多くの雇用を確保することが求められることになります。「雇用の最大化」が達成されたと言える失業率の水準はどの程度と考えられるかというと、私自身を含めたFOMC(連邦公開市場委員会)参加メンバーの大半は今のところその値は5.2%~5.6%の範囲にあるのではないかと推測しています。先月(2014年2月)の失業率は6.7%ですので5.2%~5.6%という数値をまだ大きく上回っていることになります。

残すもう一つの目標は「物価の安定」であり、インフレを低い水準で安定させることが求められることになります。「雇用の最大化」と「物価の安定」という二つの目標が対立するケースも過去には何度かありました。例えば、インフレを抑制するために金融引き締めに乗り出す必要があり、その影響で景気が減速して失業率が上昇するといったケースがそうです。しかしながら、今現在に限って言えばそのようなジレンマに頭を悩ます必要はありません。というのは、現在のところインフレ率はFedが掲げる長期的な目標である2%を大きく下回っているからです。

Fedは「物価の安定」という目標を大変真剣に受け止めており、インフレが加速するリスクに目を光らせてはいますが、今後もしばらくの間は金融政策を通じて労働市場に大規模な支援を送り続けるべきだというのが私の考えです。なぜそう考えるかというと、経済全般においてだけではなく労働市場においても依然としてかなりの「スラック」が存在することを示す数々の証拠があるからです。「スラック」とは一体どういう意味であり、なぜ「スラック」がそれほど重要な意義を持つのかについてこれから説明させていただくことにしましょう。

まずは「スラック」という言葉の意味についてですが、働く意欲も必要なスキルも備えた求職者の数が求人の数を上回っている状況を指して「スラックが存在する」と表現します。スラックが乏しかったり、あるいは存在しない場合であっても職探しに励む求職者がいる一方で欠員(未充足の求人)が生じる可能性はありますが、そうなる理由の多くは求職者が求人側の求めるスキルを欠いていたり、求人側が希望する条件を満たしていなかったりするためです。現在失業率は6.7%を記録しているわけですが、そのことを踏まえると現在のアメリカ経済には大量のスラックが存在するに違いないとそう思われるかもしれません。しかしながら、それとは反対にスラックは大して存在しないかもしれないと考えるべき理由も一方ではあります。

そのような理由の中でも重要なものの一つは労働者が身につけているスキルと教育の中身と関わりがあります。21世紀に入って経済のグローバル化がますます進む中で国民に対して時代の趨勢に適した教育や職業訓練を施すにはどうしたらよいかという手強い課題が私たちの目の前に立ちはだかっています。このことは周知の事実でしょう。本日お集まりの皆さんの多くは労働者がこの課題に対処する手助けをされているわけですが、経済が極めて急速なスピードで変化し続けていることも身をもってよくご存知かと思われます。

求職者が職を得たいと望んではいても求人側が求めるスキルを欠いている場合には労働市場にはスラックは存在しないということになります。そのようなケースにおいて発生する失業は経済学者の間では「構造的失業」と呼ばれていますが、その解決には困難を極める場合があります。経済が急速なスピードで変化する状況においては求人側が求職者に一体何を求めているのかを理解することすら難しくなりがちです。構造的失業を解消するために政府にできることと言えばまずは教育の質を改善することが挙げられますが、いずれの対策にしても費用が高くつき、その効果が表れるまでに長い時間を要する傾向にあります。構造的失業は単に求人の数が少ないために発生しているわけではなく、その背後にはそれよりもずっと根深い問題が控えています。

一方で、スラックが存在するために失業が引き起こされているケースにおいては求人の数が少ないことこそが問題の核心をなしていることになります。スラックの存在が原因となって発生する失業は経済学者の間では「循環的失業」と呼ばれていますが、循環的失業を解消するために政府が採り得る手段はいくつかあります。金融政策はそのような手段の一つであり、景気の回復と雇用の創出を後押しするためにFedはこれまでに積極果敢な金融緩和策に乗り出してきているわけですが、スラックの有無やその規模がどうして重要な意義を持つのかについてもこれまでの話の流れから自然と浮かび上がってくることになります。

仮に失業のほとんどが構造的失業であり、求職者が求人側の要求に応えることができない(職務を遂行する上で必要なスキルを備えていない)ことにその原因があるとしたら、雇用の創出を狙ったFedの取り組みは大して効果を生まないことでしょう。それどころか、労働市場にスラックが存在しないにもかかわらず金融緩和を通じて景気の刺激を図ろうものなら「物価の安定」の達成が脅かされかねないことになります。「物価の安定」はFedに課せられた目標として「雇用の最大化」と同等の重要性を持っており、それだからこそ労働市場に一体どの程度のスラックが存在するかを見積もることが金融政策を策定する上で最も重要な問いの一つとなってくるのです。

この問題は単なる学術的な論争にとどまる話ではありません。ドリンにジャーメイン、そしてビッキー、さらにはこのたびの大不況(グレート・リセッション)のあおりを受けて職を失い、今もなおもがき続けている何百万もの人々にとっても景気回復の足取りを鈍らせている要因が何かを突き止めることは極めて重要な意味を持っています。景気回復の足取りが鈍い中にあってもドリンをはじめとした何百万もの人々は決してあきらめずにチャレンジを続けている最中であることは先にも述べましたが、彼らの拠り所となっているのは次のような信念にあります。すなわち、雇用情勢はこの先きっと改善するに違いなく、努力は必ずや報われるはずだという信念がそれです。

労働市場には依然としてかなりのスラックが存在しており、それゆえFedが労働者のために支援を続ける余地はまだ残っているし、ドリンにジャーメイン、そしてビッキーがより良い未来の到来を待ち望むことは正当な願いだというのが私の考えです。そう考える理由についてこれから説明させていただくことにしましょう。

労働市場の動向を伝えるデータとしては失業率や非農業部門雇用者数が代表的ですが、労働市場にまだかなりのスラックが残っていることを仄めかす証拠はそれ以外のデータに求められます。そのうちのいくつかについては既に触れましたが、例えばフルタイムの仕事を希望しながらも仕方なくパートタイムの職についている労働者の数は700万人に上っています。現在の失業率は6.7%なわけですが、失業率が6.7%を記録した場合にその数(フルタイムの仕事を希望しながらも仕方なくパートタイムの職についている労働者の数)がどのくらいに上ると予想されるかを過去のデータに基づいて算出すると、700万人よりもずっと小さな数になります。「半失業」(”partly unemployed”)の状態に置かれている労働者がこんなにも大量に存在しているという事実は失業率のデータが伝える以上に雇用情勢は芳しくないという可能性を仄めかしていると言えます。労働移動に関するデータも労働市場に依然としてかなりのスラックが残っていることを指し示しています。企業による従業員のレイオフは一時に比べると減ってはいますが、それと同時に企業は新規の雇い入れに二の足を踏んでおり、新規雇用のペースはなかなか上がってきていません。また、自発的な離職者(自らの意志で辞職した人)の数は今回の景気後退が発生する前の水準を著しく下回っていますが、この結果の背後には離職しても次の仕事はそう簡単には見つからないかもしれないという懸念が控えている可能性があります。今の仕事を辞めてもそう簡単には次の仕事を見つけることはできないかもしれず、そのような懸念もあってなかなか退職に踏み切れないでいる。そういった可能性が仄めかされているのです。それに加えて、この結果は競合他社からの社員の引き抜きに企業がそれほど力を入れていない可能性も仄めかしています。

失業率が低下しているにもかかわらず名目賃金は過去の景気回復局面においてほどには上昇していませんが、この事実もまた労働市場にまだかなりのスラックが残っていることを仄めかす証拠の一つ(2つ目の証拠)です。労働市場にスラックが存在するようだと労働者の交渉力は弱くなりがちであり、企業の側に賃上げを認めさせることはなかなかできません。景気回復局面入りして以降の時間当たり給与(名目賃金)の伸び率は年平均で2%を若干上回る程度であり、歴史的に見てもかなりの低水準です5。グローバリゼーションをはじめとした(短期的な景気変動以外の)その他の要因のために今回の景気後退が発生する以前の数十年間においても大半の労働者に関しては名目賃金の伸びは緩やかなものでしたし、今現在においても依然としてそういった要因の影響が続いていることは間違いありません。 しかしながら、労働市場におけるスラックの存在も名目賃金の伸びを抑制している要因の一つであることは疑いありません。名目賃金の伸び率が低いという事実もFedにやれることはまだ残っていることを仄めかしているように私には思えます。

失業者全体に占める長期失業者――失業期間が6ヶ月以上に及ぶ失業者――の割合はいつになく高い数値を記録しているわけですが、労働市場にまだかなりのスラックが残っていることを仄めかす3つ目の証拠はこの点と関わりがあります。長期失業者が新たに安定した職を得ることは至極困難であり、長期失業者は求職活動を行う上でその他の求職者と比べてかなり不利な立場に置かれている。一見するとそう思われるかもしれません。長期失業者はその他の求職者が次々と採用されていく様を傍観するしかなく、最終的には職探しをあきらめて労働市場から退出する(非労働力人口としてカウントされる)ことになってしまうのではないか。そのように懸念されるかもしれません。しかしながら、実際のデータによると、長期失業者はその他の失業者(求職者)と似たような属性を備えており、前職や学歴といった諸々の属性の面で両者の間にはさして違いはありません。長期失業者が新たに職を得る可能性は短期失業者に比べると低いことは確かですが、景気回復が進むにつれて短期失業者だけではなく長期失業者に関しても若干ながらではありますが一時に比べると職を得やすくなっています。つまりは、景気回復が進むにつれて短期失業者だけが一方的に職を得やすくなっているという証拠は今のところ見当たらないわけですが、このような事実は長期失業者の多くも労働市場の改善が進むことでゆくゆくは恩恵を被る可能性を仄めかしており、そういう意味で希望を与えてくれています。

労働市場にまだかなりのスラックが残っていることを仄めかす証拠としては最後のものということになりますが、その証拠というのはここのところの労働参加率――生産年齢人口に占める労働力人口(就業者プラス失業者)の割合――の動きです。労働市場にスラックが生まれると労働参加率は低下する傾向にあります。例えば、失業者が職探しに励むもののなかなか職が見つからずに求職活動をあきらめるとその失業者は非労働力人口としてカウントされ、その結果として労働参加率は低下することになります。今回の景気後退が発生する直前の段階では労働参加率は66%でしたが、景気後退入りして以降はその数値は低下傾向を辿ることになりました。この点は過去の景気後退局面においてと変わりありませんが、今回はこれまでとは違って景気回復局面入りして以降も労働参加率の低下は止まりませんでした。現時点の労働参加率は63%ですが、63%というと働く女性の割合が現在よりもずっと少なかった1978年時点の労働参加率とほぼ同じ水準ということになります。6.7%という失業率の数値だけで雇用情勢を判断すると実態よりも評価が甘くなってしまう(改善の程度が誇張されてしまう)かもしれない。この間における労働参加率の動きはそのような可能性を仄めかしています。

労働参加率の低下をもたらしている要因の一つとしては人口の高齢化が考えられます。人口の高齢化が進めば生産年齢人口のうちで労働市場から退出する(退職する)人の割合が高まることになります。仮に人口の高齢化が労働参加率の低下をもたらしている唯一のあるいは支配的な要因だとしたら、労働参加率が低下している事実をもって労働市場にスラックが存在する証拠だと見なすわけにはいかなくなるでしょう。しかしながら、高齢者による「退職」の中には非自発的なものも含まれており、そのようなかたちで「退職」せざるを得なかった人の中には景気が勢いを増すにつれて再び労働市場に戻ってくる人も出てくるかもしれません。また、労働参加率は(高齢者だけではなく)25~54歳の働き盛りの世代を含めた幅広い年齢層で低下しています。こういった証拠を踏まえると、今回の景気回復局面において労働参加率が低下している理由の多くは労働市場にスラックが存在しているためであり、それゆえ雇用情勢の改善に向けてFedにやれることはまだ残っている可能性がある。私はそう考えます。

2008年後半から今日までの間にFedは経済の再生を図るために数々の異例の措置に乗り出してきました。金融危機の真っ只中においては金融システムの崩壊を食いとどめるために積極的な流動性の供給に乗り出し、銀行をはじめとした金融機関がこれまで通りにローンの供与を続けられるように取り計らいました。また、政策短期金利(フェデラル・ファンド金利)をもうこれ以上引き下げられない水準にまで引き下げ、景気回復の勢いを一段と強めるために必要と判断される間はフェデラル・ファンド金利をそのままの水準に据え置く方針を貫いてもいます。それに加えて、大量の長期債券の購入にも乗り出しました。新車を購入しようかどうしようか、住宅を購入(あるいは改築)しようかどうしようか、事業の拡張に乗り出そうかどうしようかといった判断は長期金利の水準に影響を受けるわけですが、大量の長期債券の購入に乗り出すことで長期金利にさらなる下押し圧力をかけようと意図したのです。ほぼ間違いなく言えることは、たった今紹介したような一連の異例の措置がとられていなければ、景気後退はもっと深刻なものとなっており、景気回復の足取りも今よりももっと鈍いものとなっていただろうということです。

こういった一連の措置は外見は違っていてもその狙いは共通しています。経済全体の消費支出や設備投資を刺激し、住宅市場の回復を促し、そして1人でも多くの人が職を得られるようにする。それが狙いです。アメリカ経済が大不況(グレート・リセッション)の影響から立ち直る手助けをするために必要なことは何でもする。Fedによる異例の措置の数々を束ねているのはそのようないつになく強力で粘り強いコミットメントです。本日の講演でこれまでに取り上げてきた証拠の数々を踏まえると、そのような(景気回復と雇用創出の後押しに向けた)異例のコミットメントは今もなお依然として必要とされており、今後に関してもしばらくの間は同様に必要とされ続けることでしょう。このことはFOMCに参加する他のメンバーの間でも広く共有されている見解だと信じています。

つい最近に入ってFedは毎月ごとの債券の購入額を減らす(債券の購入ペースを緩める)決定を下したわけですが、だからといって(景気回復の後押しに向けた)異例のコミットメントを緩める方向へと舵を切ったわけではありません。労働市場では目下のところ着実に改善が進んでおり、そのことを踏まえると景気回復を後押しするための支援をさらに一層強める必要は今のところないだろうと判断したというに過ぎません。今月(2014年3月)はじめに発表されたFOMCの声明でも今後もしばらくの間は景気回復を後押しするために現状の異例の支援体制を維持するつもりだと語られており、これまで同様に異例のコミットメントを堅持する旨が明らかにされています。

【以下略】

  1. 原注1;米国労働統計局のデータによると、シカゴ都市圏(シカゴ・ジョリエット・ネイパービル大都市圏)における非農業部門雇用者数(農業部門を除いた民間の雇用者数)は2009年12月からこれまでの間に18万3000人だけ増加しており、およそ5%の増加率を記録しています。一方で、アメリカ全土における非農業部門雇用者数は同期間中におよそ6%の増加率を記録しています。 []
  2. 原注2;米国労働統計局が作成している州別雇用統計によると、シカゴ都市圏(シカゴ・ジョリエット・ネイパービル大都市圏)における失業者数は2014年1月段階で34万8000人に上っています。 []
  3. 原注3;詳しくは次の2つの論文をご覧ください。 Kory Kroft, Fabian Lange, and Matthew J. Notowidigdo (2013), “Duration Dependence and Labor Market Conditions: Evidence from a Field Experiment,” Quarterly Journal of Economics, vol. 128 (3), pp. 1123-67; Rand Ghayad (2014), “The Jobless Trap [PDF],” unpublished paper, Northeastern University, Department of Economics. []
  4. 原注4;この点について詳しくは例えば以下の論文をご覧ください。 Louis S. Jacobson, Robert J. LaLonde, and Daniel G. Sullivan (1993), “Earnings Losses of Displaced Workers,” American Economic Review, vol. 83 (September), pp. 685-709; Steven J. Davis and Till von Wachter (2011), “Recessions and the Costs of Job Loss [PDF],” Brookings Papers on Economic Activity, Fall, pp. 1-55; Till von Wachter, Jae Song, and Joyce Manchester (2009), “Long-Term Earnings Losses due to Mass Layoffs during the 1982 Recession: An Analysis Using U.S. Administrative Data from 1974 to 2004 [PDF],” unpublished paper, April; Daniel Cooper (2014), “The Effect of Unemployment Duration on Future Earnings and Other Outcomes,” Working Paper No. 13-8 (Boston: Federal Reserve Bank of Boston, January). []
  5. 原注5;時間当たり給与を測るデータはいくつかありますが、その平均をとると2010年から2013年までの間における時間当たり給与の伸び率は年平均でわずか2.25%という結果に終わっています。 []

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