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セルゲイ・ニガイ 『消費者の不均一性と貿易からの利得』 (2016年9月4日)

Sergey Nigai, “Consumer heterogeneity and the gains from trade” (VOX, 04 September 2016)


貿易経済学者は貿易による消費者厚生の変化を定期的に診断しているが、その際には代表的消費者を想定している。本稿では、この想定が貿易からの利得に関して所得分布の中に見られる不均一性の多くを隠蔽してしまい、延いては貧困層の利得の過大評価および富裕層の利得の過小評価につながること、とりわけ発展途上国でこの傾向が著しいことを主張する。近年の自由貿易協定に対する社会一般的コンセンサスの欠如は、こうした事情から説明し得るかもしれない。

代表的消費者の想定を特徴とする主流貿易モデルからすると、世間一般の自由貿易に対する見解に見られる不均一性の水準はきまりが悪いものだ。2016年に執り行われたPew Research Centerの調査によると、年間所得が$150,000を上回る合衆国世帯のうちおよそ55%は貿易に助けられたと感じていたらしいが、他方で年間所得が$40,000を下回る世帯だと同数値は35%に過ぎなかったという (Pew Research Center 2006)。こうした大きな開きを生みだした理由は何だったのだろうか?

すぐ思いつく答えの1つは、貿易が誘因となった賃金効果である。実際、幾つかの経路を介して自由化が賃金および雇用に不均一な影響を及ぼすに至ることも在り得るのであって、例えば労働者が雇用されている企業と関連した影響 (Egger and Kreickermeier 2009, Helpman et al. 2010)、労働者の技能と関連した影響 (Burstein and Vogel 2016)、また/あるいは、労働者が参加している地域労働市場と関連した影響 (Burstein and Vogel 2016) などが挙げられる。

けれども、仮に賃金および雇用への影響が存在しないとしても、貿易は価格効果の差異を通して消費者の間に不均一な影響を及ぼすのである。例えば先ほど挙げたPewの2006年調査によると、合衆国消費者の32% / 30% / 23%はそれぞれ、貿易協定により諸般の価格は上昇する / 下降する / 影響を受けない、と考えていたという。これらの大きな差異は、人々が消費する財のバスケットがそれぞれ異なっており、またこうしたバスケットの価格のほうもやはり自由化に対しては異なった反応を見せるのだという事実に由来するものなのかもしれない。そこで私の新たな論文では、不均一的消費者および非相似拡大的 [non-homothetic] 選好を採用した貿易モデルを活用し、こうした経路の探求と、代表的消費者を想定することによって生ずる、貿易からの厚生利得に関する推定値誤差の大きさの調査を試みている (Nigai 2016)。

国家間および国家内の不均一性

発展途上国と発展国では、諸般の要素の中でも、食料・製造品 [manufacturing goods]・サービスの相対的消費量の点で異なるが、対外との貿易開放が様々な国において消費者に如何なる影響を及ぼすか診断する際には、こうした事情を考慮する必要が有る。近年出された諸論文 (例: Fieler 2011, Markusen 2013, Tombe 2015) では、非相似拡大的選好を採用しつつ平均一人当たり所得の役割を重視することで、こうした国家間での差異分の修正を行っている。しかしながら、国家内の消費不均一性のほうが国家間の不均一性よりも大きいケースもままあるだろうし、とりわけ平均所得が低くしかも所得格差が大きい国でこうした傾向が当てはまる。こうした国では、貧困層はその全所得中の大きな割合を食費に支出しているが、富裕層のほうではこの割合はかなり小さくなっている。この様子は図1で確認できる。図は、私の調整 [calibrated] モデルによって、食費に充てられている所得の割合を当該人口の異なる十分位毎に予測した数値を (所得水準にしたがってd = 1, …, 10の順で並べられており、1が最貧困層に当たる)、標準化した平均一人当たり所得に対し、92ヶ国に亘ってプロットしたもの。

この不均一性が生ずる理由は2つ在る。一つ目は、詳細な所得データを利用しつつ、人口が名目所得について不均一的となるような形で、各消費者グループを調整し総所得の一定割合を保有するようにしていること。二つ目は、農業生産物との比較における製造品・サービスの限界消費性向に関して、消費者の間に異なりが在ること。この点は、消費者の初期所得と非食糧財への選好との間に存在する、確率論的だがポジティブな関係としてモデル化している。これにより一方では富裕層が相対的に多くの製造品を消費している状況が確保でき、そして他方では、この関係が決定論的なものではないため、同じ所得十分位の内部でも嗜好に関して一定の不均一性が存在するようになっている。

図1. 食料への支出が占める割合とそれに対応する平均一人当たり実質所得

多くの低・中所得国では、消費者はその所得の殆どの部分を食料に費やしており、したがって食料とその他全ての間のトレードオフが中心的重要性をもつ。そうした場合、厚生利得の差異は、貿易障壁の弱化に応じてその他の財・サービスとの比較における食料価格がどれほど低下するかによって決定付けられる。これはFajgelbaum and Khandelwal (2016) による最近の研究成果と対照的で、というのも同研究者らの主張では、貿易は貧困層に有利な効果をもつということだったからだ。彼らは比較的少数の、全体として比較的富裕な経済諸国を調査対象としており、相対的に貿易量の少ないサービスとその他全ての間の差異を強調している。

代表的消費者を想定した場合の予測の不精確さはどの程度なのか?

政策画定者、および潜在的には貿易交渉者をターゲットにした研究の大多数は、代表的消費者および相似拡大的選好に依拠しているが、こうしたモデルの精確性を査定する場合、代表的個人の想定が様々な消費者類型の利得をどれ程近似できているのかを確認することが重要となるが、この目的のため、私は2つのベンチマークを作成している。第一のベンチマークは相似拡大的選好を備えた代表的消費者の想定に基づくもの。第二のベンチマークもまた代表的個人の想定に依拠しているのだが、こちらは非相似拡大的選好を採用しており、代表的消費者は所得が増加するにつれ製造品やサービスの消費のほうを相対的に高く評価するようになっている。2つのベンチマークを利用し、先ずは地球規模で貿易障壁を15%分削減した場合の利得を評価した。その結果は図2に示されている通りだが、代表的個人の想定に基づく厚生尺度は、全ての国でポジテティブな厚生利得を予測するようである。勿論、本データおよびモデルによって導かれる利得はサンプル中の国毎に異なる。

図2. 相似拡大的選好 (左) / 非相似拡大的選好 (右) を備えた代表的個人を想定した場合の貿易利得

続いて代表的個人を想定することから生ずる誤差を算出する。なおこの誤差は、代表的個人想定下の予測値と、消費者不均一性下の予測の間において、異なる所得十分位で見られる差分として定義されている。その結果は図3にプロットされている通りだが、代表的個人の想定からの誤差が (相似拡大的選好・非相似拡大的選好どちらの場合でも) 実質的なものであることが示唆されており、どちらの場合でも、貧困層の利得を過大評価し、富裕層の利得を過小評価する傾向が見られる。この誤差の大きさは、図1に示した利得との比較においても実質的なものである。

図3. 相似拡大的選好 (左)/ 非相似拡大的選好 (右) を備えた代表的個人を想定する場合の誤差

図3に示した誤差の大きさは専ら、平均所得は低いが所得格差の大きい諸般の発展途上国によって生じている。例えば、エチオピアで最貧十分位に位置する人々の厚生利得は5.7%だが、同国での最富裕十分位における数値は10.9%になる。こうした差異も発展国ではそこまで痛切ではなく – 例えば、合衆国における最貧十分位と最富裕十分位が貿易からえる利得の差異はおよそ0.5%ポイント程度に過ぎないだろう。全体的に言って、仮に本実験において全ての消費者が貿易障壁撤廃から便益を得るとしても、その利得は富裕層のほうが不釣り合いに大きくなる傾向が見られ、しかもそうした傾向は発展途上国についてとりわけ顕著なのである。こうした事態が生ずるのは、貿易費用が同じだけ減少する場合、製造品のほうが農業生産物との比較においてより大きく価格を減少させるからだ。富裕な消費者ほど製造品やサービスへの支出に充てる所得の割合が大きくなる故に、そこから得られる便益も大きいのである。

しかし、貿易費用が同じだけ減少したとき製造品のほうが食料との比較においてその価格をより大きく減少させるのは何故だろうか? この疑問への答えは、様々なタイプのテクノロジーが地球上にどの様に散在しているかによることが分かっている。テクノロジーのバラツキのパラメータに関する私の構造的推定値 [structural estimates] は、国家間におけるテクノロジーのバラツキは農業よりも製造業のほうが遥かに高いことを、強く示唆している。これを直感的に言い表せば、様々な国を見渡すと、Tシャツ生産に係る生産性差異のほうが、例えばトマト栽培に係る生産性差異よりも大きくなっているということだ。よって、国内で生産された財と潜在的に輸入し得る財の価格差異は、前者のTシャツ部門においてより大きくなるのである。富裕層の支出は食料よりも衣服のほうが相対的に大きいので、彼らの得る便益も相対的に大きくなろうという訳だ。

結語

代表的消費者が得る貿易利得の診断は、総計的分析を行う際には今後も有益であるかもしれないが、消費者が自由貿易協定から得る便益に関して様々な所得グループで実質的な違いが出てくることは明らかである。よって、平均的消費者むけに噛み砕かれた予測や数字に対し、それが自分とどの様な関係が有るのか把握できないでいる一定の人口層がしばしば出て来るのも、驚くには当たらない。こうした視点からすると、所得分布全体に沿う形で、潜在的な自由貿易協定からの利得を診断してゆくことが重要だと思われる。

参考文献

Autor, D H, D Dorn  and G H Hanson (2013) “The China Syndrome: Local labor market effects of import competition in the United States”, American Economic Review,  103(6): 2121-68.

Burstein, A and J Vogel (2016) “International trade, technology, and the skill premium”, Journal of Political Economy, forthcoming.

Egger, H and U Kreickemeier (2009) “Firm heterogeneity and the labor market effects of trade liberalization”, International Economic Review, 50(1): 187- 216.

Fajgelbaum P D and A K Khandelwal (2016) “Measuring the unequal gains from trade”, Quarterly Journal of Economics, 131(3): 1113-1180.

Fieler, A C (2011) “Non-homotheticity and bilateral trade: Evidence and a quantitative explanation”, Econometrica, 79(4): 1069-1101.

Helpman, E, O Itskhoki and S Redding (2010) “Inequality and unemployment in a global economy”, Econometrica, 78(4): 1239-1283.

Markusen, J R (2013) “Putting per-capita income back into trade theory”, Journal of International Economics,  90(2): 255 -265.

Nigai, S (2016) “On measuring the welfare gains from trade under consumer heterogeneity”, Economic Journal, 126: 1193-1237.

Pew Research Center (2006) “Free trade agreements get a mixed review”.

Tombe, T (2015) “The missing food problem”, American Economic Journal: Macroeconomics, 7(3): 226-258.

 


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