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タイラー・コーエン 「『言い値販売モデル』はレストラン業界でも通用するか?」(2010年6月23日)

●Tyler Cowen, “Interview with Tyler Cowen, pay-as-you-wish restaurants”(Marginal Revolution, June 23, 2010)


(以下はSalon.comの取材を受けて行ったインタビューを転載したものである)

「言い値販売モデル」はレストラン業界でもうまくいくだろうか? ジョージ・メイソン大学の経済学教授でありフードライターでもあるタイラー・コーエンにこの質問をぶつけてみた。

Q. お客の側がいくら支払うかを自分で決められる「言い値販売モデル」はレストラン業界でもうまくいくと思われますか?

A. そのモデルを採用するレストランの数が限られていればうまくいくでしょうが、どのレストランも軒並み採用するとなるとうまくいかないでしょうね。「言い値販売モデル」を採用するレストランが出てきたら当初のうちは巷で話題になるでしょうね、レディオヘッド(Radiohead)のケース1のように。先陣を切ってその採用に動いた先行組にとっては「言い値販売モデル」はいいアイデアでしょうが、 レストラン業界全体が同じ方向に動いた場合には・・・難しいでしょうね。(ニューヨークの)タイムズスクエアにあるマクドナルドが「言い値販売モデル」を採用したらどうなるでしょうか? お客が引きも切らずやってくるようであれば、途中で「もう来てくれるな」とお客の受け入れを拒むようになってしまうでしょうね。

Q. その数が限られていればうまくいくと思われますか? 例えば、それぞれの都市で2~3店舗のレストランだけが「言い値販売モデル」を採用するといった場合はどうでしょうか? 

A. そういうケースでも長期的に見てうまくいくかどうかは確信が持てません。「言い値販売」をはじめてから3年経過した後もまだ続けられているかどうか確信が持てません。「言い値販売モデル」が抱える問題の一端というのは次のところにあります。仮にあなたがその店のお客だとして料理にいくら払うかを自分で好きに決められるとなると、太っ腹に振舞わないといけないのではないかというプレッシャーを感じる可能性があります。自分がどれだけ寛大な人間であるかを自分自身に対しても周囲の人間に対しても証明してみせなければならないように感じるのです。それも一回きりならいいですが、17回も同じことをしてみせる(その店に何度も通う)人間なんて一体どれくらいいるでしょうか? 自分の評判がかかっているとなると私であれば重荷に感じてしまうでしょうね。34ドルではなく27ドルしか支払わなかったとなったらどうなるでしょうか? その姿を見てデートの相手はどう思うでしょうか? 妻はどう思うでしょうか? 「ええい、邪魔くさい。もっと気楽に食事をさせてくれ。値段はお店の側で決めてくれ」というオチが待っていることでしょう。この問題をうまく解決する方法は無いのではないかというのが私の考えです。

Q. しかし、レディオヘッドはまずまずの成功を収めましたね。レディオヘッドとレストランとではどういった違いがあるのでしょうか?

A. レディオヘッドの場合は大体10ドルというのが「フォーカルな」2価格となっていました。10ドルなら安いものです。アルバムをダウンロードするのと引き換えに10ドルを支払えば自分の責任は果たしたと感じるわけです。加えて、何度も繰り返す必要もありません。一回ダウンロードして(お金を一回だけ支払って)それで終わりです。それにレディオヘッドはその儲けの大半をツアーを回って稼いでいます。ですから、仮にアルバムを「言い値販売」して儲けが少なくてもツアーで挽回すればいいわけですし、「言い値販売」のことが巷の話題になればツアーにたくさんの客が集まる可能性もあります。それとは対照的にレストランの場合は失地を挽回するための(レディオヘッドの場合のツアーにあたるような)他の手というのがありません。料理を食べにお客に店まで来てもらわないことには何もはじまらないのです。

Q. 「言い値販売」で料理を提供するレストランがお客から少しでも多くのお金を引き出すために何かできることはあるでしょうか?

A. 周りから見られている(監視されている)とお客に感じさせる必要があります。他の客は太っ腹に支払っていると感じさせる必要があります。自分は「クール」な実験に参加しているのだと感じさせる必要があります。レディオヘッドの場合でさえもそうでした。レディオヘッドのファンたちは結束の強いグループだとはとても言えませんが、自分たちは「クール」な人間の集まりだという一種の連帯感を共有していました。確かにそれは幻想ではありますが、ファンの間でそのような意識の高め合いが働いていたことは事実でしょう。そういう連帯感を持つことで自分が人間として少し高められたように感じるわけですね。レディオヘッドというバンドに深くコミットしているからこそ財布を開いて金を出すのも厭わないというわけです。

Q. 「言い値販売モデル」のようなビジネスモデルがどこよりも適している経済部門というのはあるでしょうか?

A. 「言い値販売」というので具体的に何を意味するかにもよりますが、NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)のように無料でサービスを提供している(売り手の側が価格を決めないでいる)部門は数多くありますね。ここで注意しておくべきことがあります。NPRが番組を一旦制作してしまえば、その番組を聴くリスナーがもう一人増えたところで余分にコストはかからないという点です。レストランの場合はそうはいきません。お客が仔牛肉を使った料理をもう一皿追加で注文したらそれを調理するために余分にコストがかかることになります。こういった生産コスト面の構造の違いは「言い値販売モデル」が通用する範囲を限定することになるでしょう。レストラン業界でも「言い値販売モデル」が通用するニッチ(隙間市場)はどこかにあるかもしれませんが、「僕はこれまでに『言い値販売』のレストランに6軒通ったことがある。近々7軒目も制覇するつもりだ」といった会話が交わされる未来を想像することは難しいでしょう。

Q. 「言い値販売」をはじめるレストランがちょこちょこ姿を現していますが、なぜ今なのでしょうか?

A. 景気が悪い今のような時期にそういう新たな動きが見られたとしても私としては特段驚きもしません。「言い値販売」にしておけば財布に余裕が無い人も自分の懐具合に応じて料理を楽しむことができます。「言い値販売」のレストランが世間の目に魅力的に映る理由の一つはそこにあるのでしょう。しかしながら、不景気といった一時的な要因とは別の事情も働いているでしょう。レストラン業界はありとあらゆるレシピの開発を試みたり、新たなマーケティングの可能性を探っています。いいアイデアはないかとしらみつぶしにあちこち探り回っています。1957年にあなたがレストランのオーナーを任されていたとしたら(ステーキやポテトを出すことを除いて)どんなことでもより取り見取りでやれたでしょうし、どれもこれもが新鮮に感じられたことでしょう。しかし、2010年の現在ではローラースケートを履いて通りの向こう側にマレーシア料理を配達するというやり方がある程度理に適っているのです。

  1. 訳注;例えば次の記事を参照。 ●“「価格はあなた次第」のレディオヘッド新作、幾らで売れた?”(ITmedia ニュース, 2007年11月6日) []
  2. 訳注;「フォーカルな」=これくらいが妥当だろうと多くの人々の間で暗黙の共通理解となっている、という意味。 []

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