武器に転用された相互依存を減らす
トランプが試みて失敗したことを,いまバイデンと議会が試みている:中国企業が所有している動画アプリ TikTok の強制的な禁止だ.親会社の ByteDance が同アプリをアメリカ企業に売却しないかぎり,アメリカ国内での運営を強制的に停止しようと,バイデンたちは試みている.これには理由が2つある.そして,そのどちらも,「アメリカの子供たちの注意力が下がるのを防ぎましょう」とか「アメリカ企業を競争から救いましょう」といった話と関係がない.
TikTok禁止に動いている理由は次の点にある:
- TikTok はアメリカ人ユーザーたちに関するデータを中国共産党に送信していて,
- しかもTikTok はおそらく中国寄りの検閲を受けており,アメリカ人ユーザーたちが中国共産党のさまざまな目標を支持するように誘導しようと試みている.
ごく簡潔に,それぞれの理由について話そう.スパイ行為は,TikTok 禁止の理由としていちばんよく持ち出されている.なぜって,いちばん証明しやすいからだ.ジャーナリストたちの物理的な居場所や動きを追跡してそのデータを中国の親会社に送信していることを,TikTok が認めている.でも,物理的な位置情報は,おそらく氷山の一角でしかなくって,TikTok が収集できるデータは他にたくさんあるはずだ.たとえば,顔認識データ,声紋識別データ,ネットの閲覧履歴,テキストメッセージなど,みんながスマホでやってることはだいたい収集できる.それに,Ben Thompson が 2020年に書いていたように,そういう情報は,基本的に中国共産党の所有物になる:
中国のインターネット企業は,もれなく,国家情報法の定めるところにより,政府が要求するいかなるデータも提出する義務がある.その効力は,中国の国境内に限定されない.さらに,合衆国政府であれば,Facebook その他の法人にデータを渡すよう要求する際には令状や裁判所の命令が求められるが,中国企業に対するこのデータ要求はそうした令状や裁判所の命令によらない.(…)むしろ,そうであった場合の方が驚きだろう.
そうやって渡されたデータは,多種多様な用途に使われうると考えていい――中国を批判する人々を追跡し恫喝したり,アメリカ企業への産業スパイ行為を行ったり,などなど.こういうスパイ行為がどれだけ危険なのかははっきりしない.ただ,サイバーセキュリティの専門家たちは,TikTok 使用に政府が制限をかけることに総じて好意的だ.
第二に,プロパガンダについて.TikTok の英語ニュースアプリで親中国のメッセージを目立たせるように言われたと ByteDance の従業員たちが認めている.天安門広場の虐殺やチベット独立など,中国政府が人々に話題にしてほしくない事柄に言及している動画を禁止するように,ある時点で TikTok のモデレーターたちは指示されたのだそうだ.また,TikTok のアルゴリズムは,ウクライナ戦争に関してクレムリンの〔ロシアに都合のいい〕誤情報にユーザーを誘導することを見出している研究もある.Thompson が言うには,アメリカの世論を誘導しようと意図的に中国政府が試みている事例にこれらが該当しなかったとしても,実際問題として,そうした試みがなされることは避けられない:
ユーザー個人の交流ネットワークや専門のコンテンツ創作者たちによる制約を受けていないTikTok のアルゴリズムは,どんな動画でも自由に視聴されやすくできる.しかも,その違いを誰に知られることもない.誰にも知られることなく,TikTok は,特定地域における特定の選挙候補や特定の問題を後押しできる――おそらく例外は後押しされている候補者当人だろう.その場合,候補者は中国に借りが出来る.こんなことが起こるものだろうかと疑う人もいるだろう.だが,ここでも,中国国内で禁止されているプラットフォームで言論を検閲する意欲を中国はすでに示している.「イデオロギー的な支配に強く踏み込んだ共産党が,数百万人ものアメリカ人の心と思考を直接に誘導できるルートを,いつまでも手つかずのままにしておくだろう」と考えるのは,いったいどれほどの思考の飛躍だろうか?
次の点は大事なのでぜひ指摘しておきたい.このプロパガンダがいまこのときにどれくらい重要なのかは不明だ.偏ったメディアが人々の投票や意見や行動を変えられるという証拠は,山ほどある.でも,動画プラットフォームでアルゴリズムがそれとなく人々を誘導したからといって,人口全体の意見を効果的に変えられるものなのかどうかは,それほどはっきりしていない.「YouTube で右翼の過激化が進むのではないか」ってずいぶん懸念されているけれど,その可能性を検討した研究では,これといって計測可能な影響は見出されていない.
ただ,台湾をめぐって争うような緊急事態において,TikTok プロパガンダの効果はずっと大きくなるかもしれないってことははっきりしている.中国政府は,ByteDance に頼んで,台湾支持のコンテンツを TikTok からかんたんに閉め出せる.ロシアのウクライナ侵攻後にウクライナに同情する視聴者たちの輪が国際的に広まったのと同じような事態を,そうやって阻止するわけだ.普段 TikTok からニュースを得ている人たちは,だんだん増えている.若者では,4分の1がそうしている:
それに,そういう緊急事態において,決定的な時点にアメリカ人の多くに中国政府のメッセージをTikTok が広めているときに,そのアプリを禁止するのはきっとすごく難しい.緊急の禁止措置を裁判所は差し止めるだろうし(2020年にトランプが試みたときに差し止めたのと同じように),TikTok ユーザーやインフルエンサーは有権者の多くを占めている.いま,TikTok はワシントンに大勢のインフルエンサーたちを送り込んで,禁止を阻止しようと試みている.
つまり,現時点では TikTok 問題なんておおむね象徴的なものに思えるとしても,TikTok がアメリカのメディアで強い存在感をもっているために,いざ危機が起きたとき,中国政府はかなりのオプション価値を手にすることになるんだ.〔危機が起きたときに〕TikTok は,すごく急速に,すごく重要になりうる.事態がそこまで進むのを放置しておくべきじゃない.というわけで,これが,TikTok 禁止を支持するいちばんすぐれた論拠だ.いま禁止に動くことで,禁止の法的な諸事情をじっくり検討する猶予ができるし,「TikTok が永遠に存続するわけじゃないんだ」とアメリカ人に心の準備をしてもらうことができるし,TikTok を擁護している人たちに,いま,その政治資本を使い切ってもらえる.
TikTok みたいなアプリの好ましくない点はどうなのかって言うと,実はそんなにない.TikTok が中国以外の買い手に売られなかったとしても,アメリカ人が使えるよく似た動画アプリはいくらでもある.そういう類似アプリがいまひとつだったとしても,きっと,誰かがあっという間に TikTok クローンをつくって大もうけすることだろう.じきに,ユーザーたちはいままでとまったく同じ動画を視聴するようになるだろう.これで大損するのは,これまで数年かけて TikTok で大勢のフォロワー層を築き上げてきた人たちだけだ.でも,それって実はいいことだよ.ソーシャルメディアのインフルエンサーの顔ぶれはしばらくたつと固定しがちだから,古い顔ぶれを一掃すれば他のみんなに新しい機会を与えられる.たまにソーシャルメディアでの地位をリセットするのは,いいことになりうる.
もちろん,前にトランプが試みたときと同じように,裁判所は TikTok 禁止を差し止めるかもしれない.言論の自由を侵害するというのが根拠だ.でも,Mike Solana が言っているように,これはかなり弱い論拠だ.いざ戦争になったとき,ぼくらの動きをスパイするついでにかわいいダンス動画も見せてくれるアプリを敵側がリリースしたとしよう.ダンス動画アプリって体裁をとってるからってだけで,そのスパイ行為を許容するように合衆国憲法修正第一条が求めてるなんて言うのは,ひどくバカげてる.裁判所がいまどう考えているのかぼくは知らないけれど,法的な課題をあれこれと乗り越える方法を過去2年間で探し出して,バイデンと議会がトランプの試みをあらためてやってみようと動いてることを願う.
ただ,それだけじゃなく,TikTok を禁止すべき理由にはもうちょっとわかりにくいものもある.きっと,たいていの人は気づいてこそいるものの,言葉にして「こういう理由で」ってうまく言えずにいるんじゃないかと思う.この15年ほど,アメリカの対中関係はきわめて非対称だった.中国は Google や Facebook その他のアメリカ企業のアプリやプラットフォームをたくさん禁止してきた.他方で,アメリカは中国メディアや中国製アプリを許容してきた.アメリカの個々人や企業に対して,中国はしょっちゅう「シャープパワー」をふるってきた.台湾や香港や新疆ウイグル,あるいはなんであれ中国政府が気にかけている問題について中国共産党の意向に沿わないことをアメリカ人がやったら市場から締めだしたりなどなんらかの処罰で報いると,中国はつねづね脅してきた.ところが,アメリカは中国に対してそういう「シャープパワー」を振るわなかった.
つまり,中国は国民国家として自分の利害を積極的に後押ししてきたのに対して,アメリカは不平等なグローバル化の中央取引所のようにふるまった――とにかく街の広場を維持しつつ,そこで中国が通行人たちをどやしつけていても意に介してこなかった.
つまり,政治学者の Henry Farrell と Abraham Newman がいう「武器に転化された相互依存」に,ぼくらは身を置いていたわけだ.
きわめて非対称なネットワークでは,(1) 中央の経済的結節点に実効的な法的支配をもっていて (2) しかるべき国内制度や規範を備えた国家であれば,他国になにかを強いるべくそうした構造的な優位を武器に利用できる.具体的には,2つの仕組みが特定できる.第一に,国家は「パノプティコン効果」を用いて戦略的に価値の高い情報を収集できる.第二に,「チョークポイント効果」を用いて敵対する勢力・国がネットワークにアクセスできなくさせられる.
世界のインターネットに中国がますます影響力をふるうようになっているのは,この仕組みの教科書的な事例だ.中国には,自国内のインターネットを管理する制度と規範があった.その一方で,アメリカでは,みずからの制度や規範により,自分たちのインターネットに中国がいくらかの影響力を行使するのを許さざるを得なかった.
2010年代中盤の古い現状を支持する人たちにとって,この非対称な状況は正しく公平で自然なものに見えている:
「でも Facebook だって中国で許されていないじゃないか」という言い分をもう一度聞かされたら… TikTok だってそうだ.中国ではインターネットのルールがちがう.Facebook は中国版を別途に用意したがらなかった.その気になったときにはもう遅かった.なにも知らない人が食ってかからないでほしい.
でも,この状況から,独善の感覚の他にアメリカがいったいなにを引き出したのか,まるではっきりしない.90年代にぼくらが予想したようにインターネットで中国が自由化される結果にはならなかったのは間違いない.そのかわりに,非対称な影響力によってアメリカ市民が外国の権威主義体制の絶対命令に影響されやすくなった.
その古い現状はもう壊れてしまった.そして,元に戻りそうもない.遅ればせながら,中国の半導体産業に輸出規制をかけることで,アメリカは独自のかたちで相互依存を武器に転用する意思を示した.TikTok を禁止しようとする試みは,民主・共和の党派を大きく超えた動きになりつつある.2015年の非対称な「婚姻」に復帰するのを夢見ている人は,目を覚まして,認識するべきだ.いま,アメリカが国民国家として再びふるまい始めているんだよ.国民国家は,みずからの利害を守るために動く.合衆国に対して明白に敵対的な態度を示しているどこかの超大国にスパイ行為を受けたりプロパガンダを流し込まれたりすることからアメリカ市民を守るのは,そういう利害のひとつに思える.
[Noah Smith, “Yes, of course we should ban TikTok,” Noahpinion, March 20, 2023. 翻訳: optical_frog]