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ノア・スミス「インフレは本物だ,次は FRB が打つ手しだい」(2021年11月11日)

[Noah Smith, “Inflation is real; now it’s up to the Fed,” Noahpinion, November 11, 2021]

バイデンの政府支出政策は,インフレに大して影響しないだろう.

〔主にアメリカのインフレ率上昇について〕「一過性チーム」と呼ばれてる人たちにも,2種類ある.ひとつは,こう分析する人たちだ――「サプライチェーンの混乱やパンデミック後の需要変化といった一過性の供給側要因だけがインフレを引き起こしているので,そのうち勝手に収まるよ.だから,政策担当者は心配しなくていい.」 こちらが目立つ方のグループだ.いま,このバージョンの「一過性チーム」はコテンパンになってる.〔アメリカで言う〕コアインフレ率は広範なインフレをはかる数字として広くいちばん広く使われている.今月のコアインフレ率は, 0.6% になってる.年率換算で 7.4% だ.ちょっと前の9月には,このコアインフレ率がいっときだけ下がったのを見て,一部の人たちが「一過性チームの勝利だ」と主張しはじめていた.で,いまはまた上がってる.外れ値を除外しようと試みた他の数字にも,同じ加速が見てとれる(〔需要増加で価格が上がった〕中古車やコンピュータチップといった2~3コの品目の価格が全体に影響しないように,そうした外れ値を除外した数字がよく参照される):

クリーブランド連銀のコアインフレ数値が発表された.あんまりよろしくないね.トリム平均 4.12% は,1991年7月いらいの最高値だし,中央値 3.14% だって2008年9月(あのリーマンの月)いらいの最高値だ.[元ツイート

かくして,「まあまあ,しばらく様子をごらんなさいな,インフレは勝手に収まるから」と言っていた「一過性チーム」は,その論拠を失ってしまったように見える.なるほどインフレは勝手に収まってくれるかもしれないけれど,そうだとしても,それには長い,長い時間がかかりそうだ

他方で,一過性チームには第二のもっと穏当なバージョンもある.こっちは,少し違った予測をしている:「インフレ率は下がってくるけれど,それは FRB がインフレ率を下げる対応をとるかぎりの話だ.」 タイラー・コーエンは,この第二のチームにいる.いまのところ,ぼくも同様だ――おそらく,ボルカー・グリーンスパン・バーナンキ・イェレンと続く評判を落とす用意は,まだ FRB にはないだろうとぼくは見てる〔信頼にこたえて物価安定のためインフレ抑制の対応をとるだろうということ〕.

というか,いま国全体がタイラーと同じ意見になるのがすごく重要だ.なぜって,FRB がやがてインフレをしずめるだろうとみんなが予想するかぎり,インフレの制御が効かなくなることはないからだ.でも,いくらか心配なきざしも出てきてる.市場が予測する今後5年のインフレ率をはかる5年物ブレイクイーブンインフレ率は,いま急速に上がってきていて,いまや.20年前にこの数字の計測がはじまっていらいの最高値に達してる:

アメリカ5年物ブレイクイーブンインフレ率が2002年いらいの最高値に.[元ツイート

もしこれが続いたなら,それはつまり,インフレを鎮めるという FRB の約束(コミットメント)をみんなが疑いはじめてるってことだ.これはほんとにやばい.なぜって,これによって,実際の物価と予想がお互いを高め合うスパイラルが引き起こされて,インフレ率が2桁に突入してしまうだろうからだ――そうなったときには,〔金利引き上げによって高インフレを沈静化させた〕ポール・ボルカーみたいな人物をFRB が引っ張り出してきて,インフレという魔神をツボにかえすためだけに数百万人ものアメリカ人を仕事から追いやることになってしまうだろう.

というわけで,これがぼくらの全体的な現状だ.さて,もっと個別の論点をいくつか見ていくとしよう.

いまぼくらはハイパーインフレに向かってるの?

まちがいなく,Jack Dorsey はそうだと考えてる:

ハイパーインフレでなにもかもが変わろうとしている.いままさにそれが起ころうとしている.[元ツイート

とはいえ,たぶん,ビットコイン・ポートフォリオの価値を高めようとして,こんな話を彼は暗号通貨業界のお友達に吹き込んでいるだけなんだろう.ビットコイン界隈では,この「デジタル・ゴールド」って話を吹聴して,「暗号通貨はインフレ・ヘッジになる」とみんなに思わせようとしてる人たちもいる.それに,ほんとにみんながそんな風に考えはじめたなら,暗号通貨はほんとにインフレ・ヘッジになるだろう.だからこそ,〔ビットコインのアイコンとなっている〕カミナリをスクリーン・ネームの脇にそえた人たちからハイパーインフレがどうのこうのって話が出てきてるわけだ.

そのうえで言うと,しかし,本物のハイパーインフレを〔ありえないものとして〕除外するのは不可能だ.ハイパーインフレがほんとに起こるには,完全に政府がのぞむままにお金をつくりだして政府支出の資金をよこす FRB が必要になる.いまの FRB は,そんなことになっていない.でも,たとえばドナルド・トランプがまた大統領に就任して,ウゴ・チャベスがベネズエラでやったようにほぼ独裁的な権力を掌握したなら,インフレ・スパイラルの制御が聞かなくなる事態もありえる.だから,そこは警戒しておこう.

コロナウイルスの救援策でインフレが生じてるの?

これはむずかしい.理論上は,赤字支出によって総需要は増える.で,総需要の増加は,だいたいインフレ上昇にはたらく.コロナウイルス救援策のためにアメリカはたくさん赤字支出をやったし,ラリー・サマーズジェイソン・ファーマンみたいな人たちは「これがインフレにつながる」と予測してる.ここにある理論も,すごく単純だ――「コロナウイルス救援策で,みんなのポケットにお金が渡されて,みんなそのお金を使った.それで,物価が上昇した.」 すると,このところのインフレの各種数値によってサマーズやファーマンその他の人たちの言い分が裏打ちされたように見えるかもしれない.もちろん,インフレは全世界で起きてる.でも,大半の国々ではコロナウイルス救援策でそんな大した政府支出はしていない.

もちろん,インフレ率を押し上げてる要因は他にもあるのがわかってる.それは,サプライチェーンの混乱だ.サプライチェーンの混乱は,総供給への大きなマイナスショックだ.これもまた,インフレ率を高める方にはたらく傾向がある.こうした各種要因の内,いま起きてるインフレにより大きく寄与しているのがどれなのかは見分けにくい(経済学のジャーゴンで言えば,総需要曲線と総供給曲線の弾力性がわかるかどうかにかかっている.で,どちらも推定しにくい.)

研究者のなかには,こう主張する人たちもいる――「特定の歴史上のエピソードでは,赤字支出によってインフレが引き起こされたぞ.」 でも,一般論として,大きな赤字支出が高インフレと相関しているようには見えない.とくに目立つ例を挙げれば,ロナルド・レーガンが赤字支出を膨らませていったときにもインフレ率は下がっていってたし,1990年代に日本は繰り返し巨額の赤字支出をやったけれど,そこからインフレを起こすことはできなかった.(Coibion, Gorodnichenko, & Weber による非常に興味深い無作為化対照実験では,現時点での赤字によって人々が言葉で述べるインフレ予想は上がらなかったのに対して,予想される将来の赤字ではそのインフレ予想が上がった.)

こんな具合に,ここでのほんとの答えはこれだ――「コロナウイルス救援策の政府支出がインフレ率上昇にどれだけ寄与したのか,わからない.」 疑いを知らない共和党員やジョー・マンチンみたいな一部の中道派民主党員は自説の確証を待たずに,インフレを理由にバイデンの支出プランを妨害するだろう.1970年代にインフレを理由にジミー・カーターの社会支出削減を要求したときと同じやり方だ.妨害がなされるどころか,それがうまくいくかもしれない.

インフレを口実にした支出削減は,おそらく失策だろう.カーターとレーガンの時代や,日本の経験を見てみると,金融政策は財政政策よりもはるかに効果的にインフレをコントロールする――もしも FRB がインフレ沈静化に本気で取り組めば,おそらく大きな赤字は大したことにならない.バイデンのインフラ投資関連法案 Build Back Better は,現時点の内容では GDP の 0.83% というほどほどの支出をすることになる.このインフラ投資によってインフレになんらかの顕著な影響が生じるかというと,それはないだろう.

インフレ退治は,FRB の仕事だ.

Build Back BEtter はインフレをおとなしくさせはしないけれど,そんなに高めもしない

インフレの恐れを理由にBuild Back Better 法案をつぶそうとする共和党/マンチンの試みを前にして,バイデン政権はこう言ってこれを回避しようとしている――「BBB 法案は(すでに可決されたインフラ投資法案と合わせて)実際にはインフレを抑えるようにはたらく」:

バイデン:今日の報告書を見ますと,先月よりもインフレは上昇しております.このトレンドを逆転させるのは,重大な優先事項です.

私のインフラ投資法案はボトルネックを減らすことでコストを引き下げます.ぜひとも,議会は私の Build Back Better 法案を可決していただきたい――これは,インフレ促進圧力を和らげることでしょう.[元ツイート

これは,ぼくには明らかな間違いに思える.政権は,こんな風に推論を組み立てている――インフレは供給のごたごたで引き起こされている,インフラや住宅といったあれこれを建設すればその供給のごたごたは和らげられる.

長期的には,これは正しい.でも,そのタイミングはとおく先のことだ.道路・橋・住宅などなどを建設するには数年かかる.とくに,アメリカでは建設は氷河のようにゆっくりと進む.(これは,10年ほど前の復興・再投資法で経験済みだ.)

いまインフレ抑制にはたらくどころか,バイデンの各種法案は住宅・インフラ建設に必要な資材の需要を増やす(加えて,そうした資材の多くはサプライチェーンの混乱の影響を受けている).すると,そうした資材の価格は上がる.おそらく,これはインフレ促進に作用するだろう.

〔自分たちの施策がむしろインフレ抑制にはたらくという主張を支える〕バイデン政権の最後の論拠は,こういうものだ――児童支援の条件が拡大されたことで,仕事に出られる親が増えるため,これにより労働供給が増えてインフレが押し下げられる.でも,これがうまくはたらくのは,労働供給の増加で賃金が押し下げられる場合にかぎられる.賃金が押し下げられれば,他の財の価格も押し下げられる.これは,最良の結果っぽい話には聞こえない.それに,ずいぶん非現実的でもある.賃金上昇は,いまのインフレの大きな原因ではない――それどころか,実質賃金は横ばいか,低下中だ.だから,労働力はいまのボトルネックじゃない.さらに,さらに多くの人たちが就業すれば,彼らの所得は増える.すると,それによって需要が増える.だから,育児支援の拡大が物価を押し下げるわけがない.

まとめよう.バイデンの各種法案はインフレを押し下げるどころか,押し上げる.その上で言うと,そのインフレ促進効果はごく小さなものになるだろう――ここで話題にしてるのは,せいぜい,GDP の 0.83% にすぎない.これは,コロナウイルス支援法案よりもずっとずっと小さい.ケタが1つ小さいんだよ.ほんと,どっちの陣営であれ,自分たちがのぞましいと思ってる財政政策の論拠にインフレを使おうとしてる人たちは,とにかく政治をやってるだけなんだよ.

FRB の予想管理ゲーム

FRB は,ここで板挟みになってる.サプライチェーンの混乱は,マイナスの総供給ショックになってる.その点で,1970年代の石油ショックと似たところがある.もちろん,状況は同じじゃない――70年代にはスタグフレーションが起きていたのに対して,いまはパンデミックからの回復と各種の支援法案で需要が高まってきている,それでも,そうしたことの基底にマイナスの供給ショックがあることにかわりはない.そして,マイナスの供給ショックにより,中央銀行は2とおりの悪い選択肢に直面する.

選択肢 1: インフレ退治のために金融政策を引き締める手がある,ただ,これは景気後退を引き起こし,数百万ものアメリカ人を仕事から追いやることになる.

選択肢 2: マイナスの供給ショックが実物経済におよぼす影響を打ち消そうとして金融政策を緩和する手がある.でも,これはインフレをいっそう悪化させる.

つまり,FRB がなにをしても,事態はいまよりも悪くなるってことだ.これはなにもしないでいる方に有利な論拠になる.

ただ,ここでの大きな危険は,なにもしないでいることで,「ああ,もはや FRB はインフレ退治を大して気にかけてないんだな」と世間に判断させてしまうかもしれないっていう点だ.そう判断されたら,ほんとのほんとに悪性のインフレがはじまるのを目の当たりにしかねない――予想と物価の上方スパイラルだ.おそらく,70年代に起きたのはまさにこれだった――はじめは(石油による)ただのマイナスの供給ショックだったのが,あまりに長いあいだ FRB が供給ショックを無視していたら,「FRB は十分に反インフレじゃない」とみんなが(おそらくは正しく)判断して,やがて〔予想と実際の物価が互いを高め合う〕スパイラルに入ってしまった.さっき言った 5年物ブレイクイーブンインフレ率の上昇を見て,あれと同じことがいま起きてるんじゃないかとぼくらはもっと心配すべきだ.その一方で,各種の調査をみると,いまこの国はまちがいなく消費者物価の上昇に注意を払いはじめている

▼ 「大多数のアメリカ人が物価上昇を非常に懸念している一方で他の経済問題はそこまで心配していない」(各項目について「非常に心配している」「やや心配している」と回答した人々の割合を示す)

〔※項目は,上から「食料品・消費者商品の物価上昇」「雇用主が雇用する従業員を見つけられなくなること」「人々が担保権失効や立ち退きに見舞われること」「人々が仕事に就きたいのに雇用が見つけられないこと」〕

だから,FRB はこれがほんとにならないようにする必要があるし,自分たちがインフレに注意してるってことを国民に知らしめる必要がある.だからこそ,いま FRB は量的緩和プログラムの手じまい〔規模縮小〕をすすめてるわけだ.いまのところ,FRB は用心して両極端にならず中間の道筋を進んでいる――引き締めるつもりがあるのをみんなに知らしめつつ,経済の回復を危うくしないように実際の引き締めまではやっていない.

でも,市場のインフレ予想がこのまま上がり続ければ,おそらく FRB はもっと手を打たなくてはいけなくなる.その時点で,予想インフレ率はグンと大きく上がっていて,その後に景気後退が続くか,少なくとも2016年のような穏やかな景気減速が続くだろう.これはひどいものだし,バイデン政策目標を妨害して共和党に選挙で勝たせようとしているといって,多くの進歩派は FRB を非難するだろう.でも,インフレ予想がどんどん高まって制御が効かなくなれば――なにもせずにしてスパイラルが進むにまかせていたら――民主党にとっても,この国にとっても,いっそうずっとひどいことになるだろう.

というわけで,5年物ブレイクイーブンインフレに注視していよう.やばいことになってもおかしくはないよ.


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