教科書的な通貨危機をもたらしたのは,いくつもの政策の失敗
どうもアメリカ人っていうのは,危機が起きてると認識するのが遅い.どこかの外国で怒りに燃えて抗議してる群衆が政府の建物を取り囲んでる様子をある日いきなり動画で目にしても,まだ危機だってわかんないこともよくある.7月9日のスリランカにアメリカ人が見たものは,まさにそれだった.
ここでは,この政治危機の詳しい事情について,いちいち語らないでおこう――関心があれば,ここや,ここや,ここで詳細を読めるし,他にもいろんなところで詳しい話がでてる.ようするに,これまでスリランカの運営はひどくまちがってきたんだ.とくに,2005年以降にこの国の主導権を握ったラージャパクサ一家による国家運営はひどいものだった.スリランカ経済は,いまや崩壊状態におちいっていて,食料・燃料の不足とインフレのスパイラルが生じてる.
どうして,スリランカ経済はここまでひどいことになったんだろう? 標準的な解説をもとに理由を挙げていけば,次から次へと政策失敗がなされた時系列と,突如おきたひどい結果の行列ができあがる――国の債務不履行,インフレ,品不足という惨状がそこには並んでいる.でも,一般にこうした危機がどういうもので,どうして起こるのかの基本を理解しないままでは,出来事 A から出来事 B を因果関係の線でむすぶのは難しい.事態のなりゆきを見ていても,なんとなく「ひどいことが起きて,そのせいでまた別のひどいことがおきたんだね」っていう漠然とした考えだけが残ってる人たちも多い.
そこで,いったいなにがどうなっているのかホントに理解するために,基本をおさえるとしよう――通貨危機のイロハの授業だ.
基本: 輸入依存と通貨危機
多くの国々は,輸入なしに生活水準を維持できない――あるいは,とにかく輸入なしでは生きていけない場合も多い.一般に,食料や燃料はいちばん大事な輸入品だ――最新 iPhone や新車だったらなくてもやっていけるけれど,食料や交通手段なしにはなんにもできない.で,食料や燃料のリソースが国内に潤沢にない国は沢山あって,そうして国々では食料や燃料を外国から輸入しなくちゃいけない.
スリランカは,まさにその好例だ.スリランカ人が消費するカロリーの約 22% が,輸入食料に由来している.そして,燃料はスリランカの輸入品目の第1位だ.輸入品がなかったら,多くのスリランカ人はすぐに飢えたり移動手段をなくしたり電力が途切れてしまったりする.
そういう輸入品の代金は,どうやって支払うんだろう? 外国通貨でだ.キミがスリランカ人だったとしよう.で,どこかのアメリカ人農家から小麦をちょっと買い付けたいと思ってるとする.スリランカのルピーでは,代金を支払えない.ルピーなんかもらったところで,相手はそれでなにができる? アメリカ人農家が家賃を払ったり外食にお出かけしたり税金を払ったりするときに必要とするのは,ドルだ.そこで,食料輸入を手がけてるスリランカ人であるキミは,ドルを手に入れてこなくちゃいけない.ドルがなければ,小麦を輸入できない.そのドルは,ときに「外貨」と呼ばれる(別にドルにかぎらない.どこの国の通貨であれ,とにかく輸入品を買うのに必要な通貨はそう呼ばれる).英語では “foreign exchange” を略して “forex” とも言う.
さて,ドルはどこで手に入るんだろう? それには,次の3つのどれかが使える.交換(スワップ)してもいいし,輸出してもいいし,借り入れてもいい.
1) スワップするというのは,外国為替市場に出向いて,「ねぇ,ルピーがあるんだけど,誰かドルと交換してよ!」と頼むってことだ.すると,外国為替市場でなんらかの交換比率でルピーをドルに交換できる.これで,キミの手元にドルができた.
2) 輸出するというのは,たとえばこういうことだ――紅茶をアメリカ人の消費者に売って,ルピーのかわりにドルで代金を払ってもらう.そして,家賃の支払いやなんかに使えるルピーに交換せずに,そのままドルを銀行にあずけておいて,そのうちドルを使ってなにか買う.
3) 借り入れるというのは,誰かからドルを借りてくるってことだ――貸してもらう相手は,ドルをいくらか貯め込んでる国内銀行でもいいし,外国人でもいい.
ここまでのところは,いいかな.でも,ここに落とし穴がある.自分とこの通貨がほんとに弱くなると,必要な輸入品の代金を払うのがずっと厳しくなるんだ.
「通貨が弱くなる」って,どんなことだろう? この場合は,ルピーの価値が下がったために,外国為替市場で交換するときに,1ドルあたりに差し出さなきゃいけないルピーがずっと多くなるってことだ.自分の所得の大半がルピー建てだったら――たいていのスリランカ人がそうだけど――これによって輸入品がすごく,すごくお高くなってしまう.
また,ルピーが弱くなると,外国通貨を借り入れるのもいっそう難しくなる.借金の返済はドルでやるけれど自分の所得はルピーでもらってるところに,いきなりルピーが大幅に弱くなると,〔同じ額のドルを借りるにしても〕キミの債務はずっと重くなってしまう.(新規の借り入れだけじゃなく,すでに抱えてる借金も重くなってしまうんだよ.)
で,これが,スリランカで起きたことだ.2015年から2022年にかけて,スリランカのルピーは一貫して弱くなっていき,3月に暴落した.
通貨が弱くなると,借り入れたり交換したりして外貨を手に入れるのがずっと高くつくようになる.そうなると,外貨を手に入れるのにいい手段は,ひとつしかなくなる:それが輸出だ.ある国が貿易黒字になってる場合――つまり輸入額よりも輸出額の方が大きい場合――通貨が弱くなってもたぶん大丈夫だ(この場合については,日をあらためて語ろう).でも,貿易赤字になってる国の場合,困ったことになる――輸入品に払うのに十分な輸出をしていなくって,その差を埋めるために借り入れようとしてもずっと難しくなってしまっている.
スリランカは一貫して大幅な貿易赤字を続けていた:
Source: macrotrends.net
で,スリランカの通貨が暴落したとき,すごく困ったことになったワケだ.スリランカが日常生活で頼っていた輸入品は,突如としてずっと高くつくようになってしまった.そして,貿易赤字になっているために,そうした輸入品を買い続けるために必要な追加の外貨を手に入れる方法は,借り入れしかなかった――でも,通貨が暴落してるせいで,借り入れもいきなり前よりもずっと高くついてしまう(だからこそ,通貨危機は「国際収支危機」とも呼ばれてる).先週,自国が「破綻」しているとスリランカの首相が発言したときに言わんとしていたのは,このことだ――つまり,必要な輸入の支払いに使う外貨が足りないってことを,彼は言わんとしていたんだ.
さて,突如としてスリランカは食料も燃料も買えなくなってしまって,人々は怒り狂って政府を転覆させた.これはスリランカで起きたことの基本的なあらすじだ.そして,とくに異例な展開ってわけでもない.こういう通貨危機は,けっこうありがちなんだ.
実は,こういう危機にすごくありがちな特徴は,他にも2つほどある――そして,今回のスリランカの事例でもその特徴が見てとれる.次のセクションでそこんところを解説しよう.
マクロの失敗: 為替レートの固定と外貨借り入れ
平時に輸入を増やすために多くの国がやることが,2つある:
- 為替レートを固定する
- 外貨をたくさん借り入れる
どちらも危険だ.なぜって,どちらも,さっきのセクションで述べたような通貨危機に対してその国を脆弱にしてしまうからだ.で,スリランカはこの2つともやった.
まずは,為替レート固定の話から.為替レート固定は,自国の通貨の価値を高い水準で維持する方法だ.通貨の価値を高く維持しておけば,かんたんに,たくさんの輸入を安くまかなえる.為替レートを固定するときには,「ルピーとドルの交換は,必ず1ドル200ルピーでやらないとダメだ」と政府が言う.「ルピーにそんな値打ちはないよ」と大半のトレーダーたちが本心で思っていようと,そう決めるわけだ.
「じゃあ,仮に,1ドル350ルピーで交換してやろうと外国為替市場のトレーダーたちが決めたら,どうなるの?」 そのときには,政府がなんとかして1ドル200ルピーの価格を強制するように政府が介入する.たいてい,その際には,ルピーが弱くなるたびに,中央銀行が市場で大量のドルをルピーと交換する.すると,ドルは値下がりしてルピーの価値が押し上げられる.こうして,為替レートが固定の数字にもどる.これを,「外国為替市場介入」と呼ぶ.
中央銀行は,介入できるようにと大量のドルを保持している(実際には,すぐに売ってドルにできる公債を保持してる).こうしてため込んでるドル・公債を「外貨準備」という.
さて,いざホントに中央銀行が通貨市場にずっと介入していなくちゃいけなくなったら,売り払える外貨準備はすぐに底をついてしまう.でも,中央銀行が常時そんなことをやらなきゃいけないかっていうと,そんなことはない(少なくとも,それほどたくさんやらなくていい).通例,トレーダーたちはこう想定する――「必要となったら中央銀行が介入してくるぞ.」 だから,トレーダーたちは固定レートとちがう値付けで交換しようなんて試みない.こうして,為替レートは固定水準にとどまる.
でも,「あそこの中央銀行,外貨準備が残り少なくなってるんじゃねぇかな」とトレーダーたちが疑いだすと,いっせいにルピーを売ってドルを買うことで「固定レートを崩す」(break the peg) のを試みるかもしれない.中央銀行の外貨準備が底をつくと,もはやルピーの価値を支える介入ができなくなる.すると,ルピーの為替レートは突如として崩壊し,通貨危機が起こる.
これとべつのかたちもある.いそいで国外に自分のお金を移動させようと大勢の人たちがいっせいに決めた場合,その人たちはルピーを売ってドルかなにかの通貨を買う(なぜお金を移動させようと考えるかと言えば,その国の政治状況や経済状況の先行きが好ましくないと考えるからだ).これを「資本逃避」(キャピタルフライト)という.たまに,「急停止」(サドンストップ)と呼ぶこともある.資本逃避が起こると,ルピーに値下がり圧力がかかる.すると,固定レートを維持するために中央銀行は外貨準備を売るのを余儀なくされる.外貨準備の底が尽きたら,レートの固定は崩れて,為替レートが崩壊し,通貨危機が起こる.
スリランカは,資本逃避によって為替レート固定が瓦解した古典的な事例だ.スリランカは,アメリカドルに対してルピーの為替レートを長らく固定していた.この2年ほどで,資本逃避によってスリランカ中央銀行はその外貨準備を使い果たすところまで追い込まれた:
【▲スリランカの外貨準備高(単位は100万アメリカドル)】
政府は資本逃避を止めようと試みたけれど,失敗した.「もう固定レートを防衛するだけの外貨準備高はない」と中央銀行が観念するにいたって,固定レートは崩れ,スリランカ・ルピーはいきなりとてつもない値下がりを見せた,これが,今回の通貨危機だ.
「じゃあ,為替レートの固定がまちがいな理由は,なに?」 為替レートの固定は,必ずしもダメってわけじゃないよ――金融が安定した状況をつくりだす助けになることもある,でも,自国通貨の為替レートをあまりにも高水準に固定すると,災厄のお膳立てになってしまう,なぜって,いざ為替レートが下がるときには,ゆっくり少しずつ下がるかわりに,急激かつ破滅的に下がってしまうからだ.ゆっくり少しずつ値下がりしてくれれば,国は方針を変更して,どんなものであれ為替レートを下げてる要因に対応する時間の余裕がある.急に崩壊すると,時間なんてまったくない.だから,為替レート固定はすごくリスクが大きいんだ.
輸入〔を安く買えるようにして〕もっと手に入れるために多くの国々がやってることの2つ目は,外国通貨の借り入れだ.貿易赤字になってるときには,その差額を埋め合わせるために外国通貨を借り入れる必要がある――ようするに,輸出品を売った分では輸入品の支払いに足りないときには,〔外国通貨を〕借金しなくちゃいけない.国によっては,アメリカみたいに,自国通貨で借り入れて貿易赤字をまかなえるところもある――アメリカだったら,アメリカドルで借り入れるわけ.これはすごく安全だ.だって,ドルの為替レートが下がったときですら,借金を抱えて返済しなくちゃいけない人たちの所得との比で見た借金の価値は変わらないからだ.だから,ドルが暴落したとしても,それで彼らの返済がいっそうキツくなったりはしない.
でも,外国通貨で借り入れてる場合,リスクはずっと大きくなる.スリランカ人がルピーじゃなくてドルで借り入れてる場合,彼らは大きなリスクをとっている.もしもルピーがドルに対して大幅に弱くなったら,ドル建ての借金の返済のために払わなきゃいけないルピーはずっと多くなってしまう.
「じゃあ,そもそもなんで外国通貨で借り入れたりなんかするわけ? スリランカ人がルピーで借りて輸入の支払いをしないのは,なんでなの?」 答えはこれだ――ルピーでの借り入れの方がさらにいっそう高くついてしまうんだよ.外国の貸し手から見れば,ルピーの為替レートが暴落しやしないかと心配だ.もしも暴落したら,返済してもらってもそのお金の価値はずっと落ちてしまう.そこで,外国の貸し手は,スリランカ人へのルピーの貸付にあたって,利率を大幅に引き上げる.それによって,リスク上昇分を埋め合わせるんだ.
ともあれ,スリランカ人たちは,外国通貨でお金をたくさん借り入れるという,安上がりではあるけれどリスクのずっと大きい選択肢を選んだ――その大半はドルだったけれど,中国の人民元 (RMB) も一部を占めていた.彼らの通貨が暴落したとき,これが徒になった.ドル/人民元に対してルピーの値打ちが下がれば下がるほど,すでに借りた分の返済のために払わなきゃいけないルピーはいっそう増えていった:
【▲「持続不可能な債務――スリランカは,これから払わねばならないドル債務の増加に直面している】
「債務の返済ができなくなったら,どうするの?」 まず,ひとつの手は債務不履行だ.民間企業が債務不履行できるのと同じように,政府も債務不履行できる.スリランカ政府は,この5月にまさにそれをやった.スリランカ初の,公的債務不履行だ.でも,債務の全部で債務不履行をやったわけじゃない.だから,今後もさらに債務不履行をやるかもしれない.
ほかにもできることはある.お金を大量に刷るのが,それだ(いや,まあ,ほんとに紙幣を印刷するわけじゃないけれど,いまでもこういう言い方を続けてるんだよね).スリランカ中央銀行には,ドルの発行はできない(アメリカ合衆国だけができる).人民元も刷れない(中国人民銀行だけができる).スリランカ中央銀行が発行できるのは,ルピーだけだ.でも,ルピーを大量に刷ったら,きっとインフレになる.で,実際に,スリランカはこのところ深刻なインフレに見舞われている:
高インフレになるとみんな怒り心頭に発するし,高インフレは経済成長を弱めがちでもある――すると,債務の返済はいっそう困難になる.公的債務不履行も,数年ほどにわたって経済をかなり手ひどく痛めつけがちだ(たいてい,そのあとに回復するけれど).それにもちろん,食料や燃料が足りなくても,経済は打撃を受ける.というわけで,こうしたことはどれもドル建て債務の返済をいっそう困難にする.すると,さらなる債務不履行やインフレ上昇が促進され,こうしたこと全体がしばらくスパイラルを起こす傾向がある.
ここまでに述べてきたことは,スリランカだけに固有の事情とはちがう.というか,ここまでの話は,すごくよくあることだ――あまりにもよくあるものだから,このタイプの状況は「途上国危機」と呼ばれてる.なんでこういう呼び名かというと,この基本的なパターンは発展途上の国々でよく起こるからだ(キューバみたいなちょっと変わった国々ですら起こる).スリランカの危機は,標準的な教科書的要素を網羅してる:
- 輸入依存の経済
- 長期にわたって続く貿易赤字
- 為替レート固定
- 大量の外貨借り入れ
- 資本逃避(キャピタルフライト)
- 為替レート暴落(サドンストップ)
- 公的債務不履行
- 加速するインフレ
もしも,いま教科書のために架空の途上国危機の事例を書いてるとしたら,きっとそっくりそのままスリランカ危機をなぞったものになるだろうね.
「じゃあ,どうして,今回の危機についてあちこちで書かれてる記事の大半では,これまでにスリランカがやった他の政策の失敗に関心を注いでいるの?」 なぜなら,経済記者たちの頭のなかでは,こういう事情はすっかり理解されてるからだ.で,ここまで読んだキミも,すっかり理解してる.ここまでの話を知っておくと,こういう政策の失敗がどういう風に今回の危機の引き金を引いたのか理解しやすくなる.
ミクロの失敗: 他でもなく今回の危機の引き金になったあれこれの出来事
スリランカがやってしまった失敗のなかでも,古典的かつ標準的なマクロ経済の失敗は,2つある.為替レートをあまりにも高い水準で固定してしまったことと,外貨を大量に借り入れてしまったことだ.一般に,この2つの失策によって,通貨危機のお膳立てがととのう.さらに,スリランカ経済の特定部門の運営失敗に関連したミクロ経済の失敗もある.
外貨借り入れの話からしよう.スリランカがどうして外貨をたくさん借り入れたかというと,ひとつには,とにかく輸入をもっとまかないたかったってことがある――つまり,自国通貨にふさわしい分を超えて輸入をしようとした.でも,理由はそれだけじゃない.スリランカは,中国からたくさん借り入れていた.中国は,安価なインフラ借款を大量にスリランカにもちかけた.そのなかでも最大のやつは,「一路一帯」の一環としてなされたものだった――ハンバントタの主要港のインフラ建設のための借款がそれで,いや,きっとたまたま偶然なんだと思うけど,スリランカを長らく支配してるラージャパクサ一族の伝統的な権力基盤になってる土地でのプロジェクトだった.2020年代までに,スリランカの借款のけっこうな部分を中国からの借り入れが占めるようになっていた:
「どうして中国はこんな借款をやったの?」 えっとね,これによって,中国の契約業者たちに利権ができるんだよ(こうした業者たちが,現地で実際にインフラをたくさん建設する).おそらく,〔スリランカの港湾が整備されることで〕中国は港湾アクセスと天然資源の安定供給とを手に入れるだろう.また,皮算用としては,借款に感謝する新しい同盟国もできるかもしれない(プロジェクトがダメだったときには逆効果になってしまうかもしれないけれど).また,お金を貸し付けることで,中国はリスクを制限できる――お金を借りてるスリランカの経済全体が崩壊して公的債務不履行をしないかぎりは,かりに各種のインフラプロジェクトが採算のとれないものになったときにも,中国はお金を返してもらえる.
で,どうなったかっていうと――ハンバントタの港湾プロジェクトは採算がとれなかった.これは経済的な失敗だった.もっぱら,スリランカに元からあった主要港のコロンボ港と競合するだけの結果になった(しかも競争に負けた).これによって,スリランカはハンバントタ港そのものを支配するだけの株式を中国に与えるしかなくなった.これまで,「いやいや,中国は「一路一帯」を利用して「債務トラップ」をつくりだしているわけじゃないですよ」と自信たっぷりに警告していた評論家たちは,いまごろ,ちょっとばかりバツの悪い思いをしているだろうね.
でも,ラージャパクサ一族のもとでなされたダメな意思決定がこれだけだったなんてことはない.政府は,2019年に大幅減税を大盤振る舞いした.経済を刺激しようと目論んでのことだ.でも,この減税は経済を大して刺激しなかった.歳入を増やすのに足りなかったのはまちがいない.例によって,Art Laffer は間違っていた.歳入が減ったことで,スリランカ政府にとって,増加の一途をたどる外貨債務の支払いがいっそう困難になった.こうして,危機のお膳立てが整っていった.
でも,スリランカ政府がやらかしたとびきりどうかしてる失敗といえば,一国まるまる有機農業に転換しようという破滅的な計画だ.2021年4月に,スリランカ政府は殺虫剤と化学肥料の輸入・使用を禁止した.これによって,スリランカ農業は壊滅的な打撃を受けた.なぜって,肥料はめちゃめちゃ重要だったからだ.スリランカの主要な換金作物である茶葉の生産は,年に 18% 減少した.主要な食用作物である米の生産の減少はさらに大きかった.
この大失策の影響は何通りかある.第一に,税収を減らしたことで,外貨建ての債務返済がいっそう困難になった.第二に,経済を弱めたことで,スリランカ人たちがお金を海外に移す理由をひとつ増やした.これによって,資本逃避が促され,ルピーに値下げ圧力がかかった.第三に,食料生産を減らしたことで,ルピー安が進んでいるまさにそのときに,スリランカはさらなる食料輸入を余儀なくされた.そして最後に,農業作物はスリランカの輸入で大きな割合を占めていたため,輸出収益が壊滅してしまったことで,スリランカは外貨をいっそう獲得しにくくなった.外貨が次の2点に必須だったにもかかわらずだ―― A) 輸入食料・燃料の支払い,B) 外貨建て債務の支払い継続.
どうしてこんな大馬鹿をスリランカがやってしまったのか,ぼくにはわからない.おのぞみなら,背景事情について解説した記事がいくつかあるのでそれを読むといい.ともあれ,次の点はわかってる――この大失敗によって,いくつかの点で通貨危機リスクが大幅に上昇してしまった.
有機農業の再失敗だけが,この危機の引き金になったわけじゃない――コロナウイルスやテロリストによる爆破事件も組み合わさって,スリランカの観光産業は大打撃を受けた.観光は,外貨獲得の主要手段となっていた産業なのにね.ウクライナ戦争によって,スリランカはもうひとつ外貨獲得手段を失った.ロシアは,スリランカから茶葉を大量に購入していた国だった.もちろん,今回の経済危機によって観光はさらに打撃を受けている.そして,教科書的な途上国危機のお膳立てとしてスリランカがやってしまった他のあらゆる失敗のおかげで,コロナウイルス・テロリズム・農業の大失敗は資本逃避や為替レート固定の崩壊や通貨危機の引き金を引くのに十分だった.こうして,債務不履行・インフレ・破滅的な供給不足の下方スパイラルがはじまった.
「じゃあ,スリランカ危機から他の国々はどんな教訓を得られるの?」 アメリカの状況は,スリランカとまるで似ても似つかない.だから,ぼくらアメリカ人がえられる教訓は比較的に少ない――アメリカで経済危機が起こるとしたら,それは今回とは別種の危機になるだろう.でも,他の途上国は,まちがいなくここから教訓を得られる.第一に,殺虫剤の禁止みたいなバカなまねをしないこと.第二に,外国政府から大量にお金を借り入れるのには用心すること.とくに,中国みたいな国からの借り入れには要注意だ.
でも,通貨危機を起こさない最良の方法は,そもそもそのお膳立てをしないことだ.自国通貨で安く借り入れられないときには,大規模かつ長期的な貿易赤字を続けてはいけない.外貨建てで大量にお金を借りないこと.そして,あまりに高すぎる水準で為替レートを固定しないこと.大衆の人気を集められることをやって,短期的に分不相応なほどみんなが安く輸入品を手に入れられるようにしたくなる誘惑は,いつでもはたらいてるものだ.でも,長期的には,そんなのうまくいくはずがない.
スリランカの対外債務の半分はウォール街などの市場。次に多いのはADB(実質的な日米)。そして10%を占めるのが中国と日本。
無謀な貸付だったとはいえ、「債務の罠」とプロパガンダ非難しても中国が主因にはなりえない。