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ノア・スミス「政府負債の危険なんて、誰もわかっちゃいない」(2021年1月22日)

(ツイッター上でのアドバイスを受けて一部訳を変更しました)

たぶん、経済学者はこの面白そうな問題を考えるべきなんだろう。

Noah Smith
No one knows how much the government can borrow

マクロ経済学で最も重要な疑問の1つ、それは変な話だけど経済学者が研究しない事を選んでいる疑問だ。その疑問とは、「政府はどれだけ安全に借りることができるか」。

じつのところ、この疑問への答えは誰も知らない。そして、誰も答えを知らないんだから、これが今、考えなきゃいけない特に重要な疑問なのかどうも誰も知らない。COVIDの救済支出の結果、合衆国の連邦政府負債がGDPの125%まで、2008年の金融危機前のGDPの60%くらいから急増してしまってるんだから、借り入れの制約について考える時なんじゃないのと、あなた思ってない?そしてバイデンがこれから数年、さらに赤字支出を計画しているんだから借入制約について考えなきゃとか、考えてたりしてない?

 

でもじつは、借り入れ制約について考えなきゃいけない時なのかどうか、全然わかってないんですよ危険なゾーンに入り込んでいってるのかもしれないし、危険なゾーンはまだまだずっと先で、毎月CARES法案(訳注:コロナ被害への救済法案)を通していっても何十年も問題が起こらないのかも知れない。いろんな人がこの疑問についての答えを知ってると、自信たぁ~ぷりに、言ってくるかもしれないけど信じちゃいけない。借入制約についての我々の知識の無さは、深い、ふか~い、無知の大穴になってるんだ。そしてその無知が意味することは、制約を痛い目をみて見つけるその時までは、これからの財政赤字についての政策論争は完全にその人それぞれの思い込みなり、仮定なり、そしてイデオロギーなりによるものになるって事だ。

 

あまり居心地の良い場所にいるとは言えないな。

 

だから政府の借り入れ制約について、そしてなぜそれについて分かってないのか、それからなぜマクロ経済学者が消極的でこのトピックを避けてきたのかについて少しばかり語ってみよう。

 

見えない落とし穴のある無限の廊下

ほとんどのマクロ経済学モデルは政府借り入れの制約をシンプルに仮定している。非常な長期においては、GDPの%でみた政府負債はゼロに(それとも何か一定の値に)むかうと仮定している。僕の知る限り、これにはモデルが数学的に解きやすくなるからという事実以外にこれといった理由はない。だからたいていのマクロ経済学モデルはこういった疑問には大して役に立たない。

 

なのでその代わり、政府が金を借りて、借りて、借りまくった時に、何が起これば政府に金を借りることを止めさせられるのかについて考えてみよう。これは面白い思考実験だ。

誰が政府の借り入れを止められるのか?

合衆国政府への金の貸し手(つまり、財務省証券の買い手)には大まかに3つのグループがある:

 

  • 外国人たち
  • 合衆国の民間企業とその市民
  • 連銀

 

もし合衆国の連邦政府が限度なしに金を借りて、借りて、借りまくったならば、いつかは外国人と民間企業そして市民は財務省証券を買いとろうとは思わなくなるだろう。そうなっても、合衆国政府は大まかに言って下の2つのうちのどっちかが出来る。

 

  • 利子率を高くして財務省証券をより魅力的にし、それで外国人と合衆国の民間企業と市民が更に多くの負債を受け入れてくれるようにする。
  • 連銀に財務省証券を低い利子率でより多く買わせる。

 

より高い利子率の方には限界がある。より高い利子率はより多い利払いということになるから、その利払いをカバーするために政府はさらに借りなきゃならない事になる。いつかはこれが手に負えなくなって、だれも政府に貸してはくれなくなってしまって、終了。さらに悪いことに、より高い財務省証券利子率は利子率全般を引き上げて、経済を害してしまう。

助けて、連銀!

となると残るは連銀だ。もし連銀が民間企業と市民から財務省証券を買い取るならば、利子率は下げることができる。つまり、いざとなれば連銀がやってきて債権を買い上げてくれると知っていれば銀行は政府に低利で貸してくれるということだ。あるいはなんなら、連銀が政府の新規発行の財務省証券を直接買うことにして、中間業者を完全に切る事もできる。これには法律の変更が必要だろうが、でも出来ることだ(大恐慌期に日本はこれをやっている)。

 

(余談:これはつまり、お金を使う為には政府は「借り」なければならないというルールを撤廃するのと基本、同じことだ。政府は魔法のようにドルをつくってそれをみんなの口座に入れるだけでお金を使うことが出来る。そしてこれは基本的に、連銀に魔法のようにドルをつくらせてそれを政府の口座に入れさせ、そして政府がそのドルを使うというのと同じことだ。まあとにかく。)

 

理屈の上では、連銀はこれを無限に続ける事ができる。政府が毎日100兆ドル借りたいって?連銀が毎日100兆ドルを政府の口座に入れればいい!これがつまり、政府には借り入れの制約がないという人がいる理由だ。

ただの小さな緑色した(電子の)紙切れさ

いや勿論、これをずっと、ずっと、ず~と続けたら、いつかはなにか悪い事が起こるはずだ、だろ?うん、まあ、いつかはだろうな。連銀がつくって政府が使う為に与えるドルの1ドル、1ドルは、経済へ追加されるドルの1ドル、1ドルだ。紙幣を刷りまくってそれを与えまくれば、いつの日にか紙幣はその価値を無くしてしまう。デジタル貨幣でも同じこと。もし兆、京、垓なり無量大数なりのお金をつくったら、いつかはみんなドルには価値がないと考えるようになってしまう。

 

だから、もし政府が借りて使ってを無限に続けたら、いつかはハイパーインフレーションという事になる。それはつまり、全てのものの値段が月まで届くほど高くなって、みんなの貯金が無価値になり、そして経済が崩壊する時だ。ま、良い事ではない。

 

でもその「いつか」というのはいつなんだろうか?分からない。

 

ハイパーインフレーションが起こるには、企業が価格を非常に急速に上げ始めなければならない。そしてそんな事がいつはじまるのかは全く分っていない。このことについて企業がどう行動するのか実のところろくに分かっていないからだ(後でこれについてさらに語る)。どこかの時点で、たぶん、企業は政府支出を見て、「くそ、ドルは価値が完全にゼロになるぞ」となって、そして受け取っているドルの価値がドンドン下がっていくんだからと考えて価格を狂ったみたいに上げ始めるだろう。でも「どこかの時点で、たぶん」というのは、「いつ起こるのかわからない」の控えめな表現なんだよ。

 

(余談:実は、もっと厄介なんだ。というのは政府はお金をつくることも破壊する事もできるが、銀行もそうできるからだ。なのでもし政府が支出でお金を一杯つくっても銀行が貸付を減らしてそれを破壊するなら、経済の中を漂うドルの総額は増えないし、企業が怯えて価格を急速に上げるなんて事も起こりにくくなる。これは大恐慌の最中に起こったことだ。でもなんで銀行はそんな事をしたりするのかよく分かっていないし、このプロセスがいつ止まるのかも分かっていない。たぶん、銀行は貸付を0にまで減らせるのだろうけど、でもそうするだろうか?そしてそうなった時、経済はどんな風になってるのだろうか?)

じゃあ、どこにインフレがあるんだい、天才くん?

グレートリセッションの時(訳注2008年の金融危機のことです)、利子率を低く維持する為の量的緩和(連銀の債権購入)によって手助けされた政府の借り入れと支出が高いインフレ率につながると考えていた人達がいたのを思い出そう。でもそんな事は起こらなかった。

政府借り入れと支出が実際の10倍だったらインフレーションになってだろうか?100倍だったら?10000000000000000000000倍だったら?さて、どこまで行くべきか?

 

分からない。セントルイス連銀のブログで書いてるDavid Andolfattoはこう言ってる

 

所与の価格水準(あるいはインフレ率)そして所与の利子率構造の下で、市場が財務省証券をどこまで吸収しようとするかあるいは出来るかには恐らく限界がある。しかし、負債-GDP比率がどこまで高くなれるのかについて実際のところ誰も知らない。そこまで行き着いた時にようやく知れるだけだ…インフレが問題となるまでに国の負債がどこまで大きくなれるのか事前には知りようがない。

 

なので、政府が連銀から借りに借りてそのお金を使というのは、この国が見えない落とし穴のある無限の廊下を歩いていくみたいなものだ。落とし穴が行く手のどこかにあることは知ってるが、でもそれに落ち込むまでどのくらい歩かなきゃならないのか全くわかっちゃいない。

 

でもいつか穴に落ちてしまった時には…うげっ、大穴だ。ハイパーインフレーションにみまわれた国々、たとえばベネズエラみたいなところは、その経済が完全に崩壊するのを目撃する。貯蓄はなくなる。企業は投資をしなくなる。店の棚はカラッポになる。みんなが困る。ハイパーインフレーションは政府の債務不履行よりも悪い――どちらも債務を無くしてはくれるが、でもハイパーの方がずっと長く続いてもっと酷いダメージを与える。

 

ハイパーインフレーションはとんでもなく破壊的なんだから、マクロ経済学者はこれについて一杯研究しているだろう、いつそしてなぜ起こるのかについて考えているだろうと思うかもしれない。特に、ハイパーインフレーションの疑問への答えは政府がどれくらい借り入れできるのかの疑問への答えでもあるんだから。ハイパーインフレーションの理解は無限の通路を照らす懐中電灯となってくれるので、落とし穴に落ち込むのを避けられるかも。

 

でも不思議なことに、マクロ経済学者は大体においてハイパーインフレーションを無視している。

 

マクロ経済学者、頼むからハイパーインフレーションを研究してよ

さて、まずはじめに、もしマクロ経済学者の事を知らないなら、彼らが何かの研究をちゃんとやってないとか言おうものなら、連中は怒り狂ってその分野についての研究の論文で爆撃してくる事を理解しておかなきゃいけない。これは間違いなく、僕がこの記事の「投稿」ボタンを押した直後に起こることだ。マクロ経済学者の頭の中では、連中はすべてのトピックについていつでも全力で研究しているという事になっている。でももしそれがほんとなら、2010年以降の「ハイパーインフレーション」についてのGoogle Scholarサーチの論文検索が暗号通貨と肺の膨張(lung inflation)についての生物学の論文で埋め尽くされてはいなかったろう。そして、ハイパーインフレーションについての数少ない最近の論文の一つの過去の研究紹介のセクションが1986年やそれ以前の論文で一杯だったりもしなかったはず。さらに重要な事だが、大きな疑問についての少なくともなにか暫定的な答えくらいは広く知られるようになっていたんじゃないだろうか。

  • どの時点で政府の借り入れがハイパーインフレーションを引き起こすのか、そしてその時点がいつ来るのかにはどういう要因が影響を与えるのか?
  • インフレはそれが来ている事がわかってから止める事ができるくらいにゆっくりやってくるのか?
  • ハイパーインフレーションがやってきている事が分かった時、どうすれば政府はハイパーインフレーションを止めることができるのか?

 

ハイパーインフレーションについての最近の研究の少なさはおそらく、トップジャーナルでの経済学研究が合衆国に非常に集中していて、そしてインフレがアメリカではもう数十年に渡って問題ではなくなっているという事実のせいだろう。マクロ経済学者はいつでも前回の戦争を戦おうとするものだということを思い出してくれ――2008年、金融分野の崩壊が合衆国経済を壊滅させる直前まで、たいていのマクロ経済学モデルには金融分野が入ってさえいなかったんだから。

 

とある有名な論文

そして研究があってもそれが対象としているのはたいてい、始まってしまったハイパーインフレーションをどうやって止めるかという疑問だったりする。これの出発点となる論文はトーマス・サージェントの”The Ends of Four Big Inflations”だ。サージェントはハイパーインフレーションの開始をレジームの転換時点、つまり、政策に全く新しいアプローチをとる新しい政府の登場の時点だと特定していた。ただしこれを実証的にテストするのが難しいことは認めていたが。この(インフレの)エピソードは政府が財政赤字を削減し、独立した中央銀行が政府支出のファイナンスに同意するのを止めた時に終わるとサージェントは主張している。

 

サージェントの歴史記述は、すべてのエピソードで政府の銀行が財政赤字のファイナンスにかかわっていることを明らかにしている点で有益だ。有益というのは、政府借り入れの真の制約はハイパーインフレーションだという考えと整合的だからだ。しかし、サージェントの論文には、重要ではあるものの、上にあげた三つの大きな疑問に答える助けには大してならない理由がいくつかある。

 

まず第一に、そのタイトルが示す通り、彼の分析のほとんどはハイパーインフレーションの終わりについてであって、その始まりについてではない。たしかに落とし穴から這い出るのは言うまでもなく重要だけど、そもそも落ちなきゃその方がいい。第二に、サージェントは予測を試みたり、あるいはおおまかなトレンドの推測以上のものを行うようなデータは持ち合わせてはいない。第三に、サージェントはこういった国々を同様の特徴はあるのにハイパーインフレーションを経験しなかった国々と比べていない。なのでサージェントが見つけたものが相関関係なのか因果関係なのか判別がつかない。

 

そして最後に、サージェントの例のすべて――オーストリア、ハンガリー、ポーランド、ドイツ――が第一次世界大戦後のヨーロッパからのものだ。これらの国々の経験を一般化できるのかどうか、はっきりしない。例えば、ハイパーインフレーションについて書く経済学者はよく、そういったエピソードは戦争なり革命によって引き起こされると書いていることが多い。でももしかするとそれは文献のなかで第1次大戦後のヨーロッパが扱われる事が圧倒的に多いという事の結果でしかないのでは?ドーンブッシュとフィッシャーは1986年の論文で、アルゼンチンとイスラエルにおける平和時のハイパーインフレーションについてのより最近のエピソードでは安定化の方法は古典のケースとは違うように見えると述べている。もしかすると原因もまた違うのかもしれない。

 

もっと最近の試み

ハイパーインフレーションについてのより最近の論文もいくつかあるんだが、でもそういった論文は理論偏重な傾向がある。そしてもし何かのマクロ理論について読んでいたらご存知だろうが、そういうのは真の予測力を何も持たなかったりしがちだ。例えば、オブストフェスドとロゴフによる2020年の論文の中のモデルではハイパーインフレーションが起こりうるし、そして起こらなかったりもしうる。さらに、マクロのモデルはデータによってテストされる事が滅多にないので、この論文も全然結論的でない結論に完全に間違った理由でたどり着いただけなのかもしれない。

 

ほかにも最近の論文はいくつかあるけれど、でもそのほとんどは素晴らしく目が覚めるようなもの、とかではない。(まあ少し待ってれば、誰かがこのポストを見て、これまで見つけられなかった凄い論文をメールしてくれるだろう。そうなったらでっかいアップデートをしましょうか!)

 

(で、アップデート:サージェント、ウィリアムズ、そしてジャー(Zha)による2009年のクールな論文があった。ラテンアメリカのさまざまなハイパーインフレーションについて検討している。その大半は戦争とも革命とも同時期におこってはいない。で、原因を見つけるために統計的分析を行っている。でもサージェントの1982年の論文とおなじように、どうやってハイパーインフレーションを止めるかに主にフォーカスしていて、財政均衡が重要なことを発見している。でも期待についてのモデルもつくっていて、インフレ期待の急な上昇はハイパーインフレーションを引き起こすらしいことを発見している。まっ、興味深いね。これは緊縮財政がハイパーインフレーションを抑えるのに効果的になりうることを示唆しているが、でもハイパーインフレーションを引き起こす何か分からない要因がある事も示している。)

 

まあとにかく、どういう研究をマクロ経済学者はするべきなんだろうか?もし自分だったら、ハイパーインフレーションが起こった国々のさまざまなデータを眺めて、なにか共通のパターンがないか探すことから始めるだろう。経済学者が「定型化された事実」と呼ぶやつだ。つまり、ハイパーインフレーションはどういう感じなのか調べだそうということだ。

 

そして実のところ、そういう事をやってる論文があるんだよ!José Luis Saboin-Garcíaによる2018年のIMFワーキングペーパーが「現代のハイパーインフレーションサイクル」を特徴づけようとしている。

 

愛してるよ、José Luis Saboin-García!君はヒーロー、パレードが必要だ!

 

Saboinは上の疑問2を答えるのにある程度の前進をなした。彼はハイパーインフレーションのエピソードはインフレが高いが「ハイパー」って程じゃない期間が数年、たぶん2年から12年ほどがその前に続くことを発見した。これはもし合衆国政府が財政トラブルにはまり込みだしたとしても、断崖絶壁から引き返す時間があるだろうということだ。言いかえると、見えない落とし穴の側面は急斜面とかではなくて、もっとゆっくりした斜面で始まるのだろうということ。これはいいニュースだ。(ほかの研究者も同じことを発見している。)問題は、その初期の状態にたどり着いた時、事態をコントロール下に置くのはどの程度苦しいものになるのか、そして何が必要になるのかということだ。

 

疑問1と3については、Saboinの成果は合衆国のケースにはあまり助けになってくれない。彼が発見した規則性の大半はエマージング市場の、つまり政府管理の資源に基づいた経済で、外部からの大きな借り入れをしている上に、しばしば為替を固定している発展途上国の金融危機に典型的なものだ。そしてそういった国々のハイパーインフレーションの脱出は外部からの手助けによることが多かったりする(合衆国のでかいサイズとグルーバル経済での中心的役割をからしておそらく除外しなければないない何かだ)。

 

これを読んで、「だろ?ハイパーインフレーションは機能不全の発展途上国でだけ起こるものなんだ!合衆国のようなでかくて豊かな産業国家には起こらない!だから借り入れ制約とか心配する必要なんかない!」という人もいるだろう。

 

それは非常に間違った読みだ、というのが僕の意見。これまでに起こらなかった事は起こりうるはずがないと仮定して経済の命運をその仮定に賭けてしまうというのは、まさにグレートリセッションにはまり込んだ時にやったことだ。住宅価格は下落しない、だってこれまで(大きく)落ちなかったんだからという考えに基づいてモデルを作ってた銀行たちの事を思い出してくれ。そんなのは賢いやり方じゃなかった。一般的に言って、これまでやったことがない政策をとって、経済にこれまで反応しなかったやり方で反応して見せろと挑発するというのは、まあ問題を招くよね。

 

マクロ経済学者、アッターク!

José Luis Saboin-Garcíaはヒーローだ。だが認めなきゃいけない。政府の過剰借り入れについての適切なセーフガードを、正確に言って0.7人くらいしかこれから読む人はいないIMFのワーキングペーパーに基づいて構築する、なんて事は出来ない。この疑問むけにあつらえられたでっかい銃が必要だ。

 

合衆国が長い間インフレに見舞われていないというだけでは、借り入れ制約は目下の問題ではないとか、緊急の研究課題ではないとすら言えない。答えに取り組むべき疑問が多くある。財政赤字はその絶対額において問題になるのか、それとも中央銀行がどれくらいファイナンスするのかが重要なのか?中央銀行による赤字のファイナンスの開始がインフレを開始させるのか、それとも別の何かなのか?政府が何に金をつかうかは重要なのか?サージェントが語るような政策レジームの転換というのは実際のところデータから見出す事は出来るのか?もしそうなら、どんな風に見えるのか?なぜGDPの240%もの債務を抱えた日本にはインフレのわずかな気配すらないのか?

 

まだまだ続く。

 

優秀な人たちがこれに取り組むことが今、必要だ。災厄が襲ってきて、その事実のあとに分析するのを待つのではなく!

 

そして、まあ彼らは失敗するかもしれない。過去ってのは未来について大して教えてくれるわけではないのかもしれない。ハイパーインフレーションの過去のエピソードは、世界最大の産業化された経済が借り入れ制約は存在しない、新しい支出を何京かファイナンスするために電子印刷機を使いまくる時だと決めた時に起こるとんでもなく禍々しい災厄について何も教えてくれないのかもしれない。それとも、戦争や資源依存や悪政や外部依存にむしばまれた小さな哀れな国々が教えてくることなんてろくに無くて、見えない落とし穴はとんでもなく遠く、遠く、遠く、とお~くにあって、結局何をしようが何のネガティブな結果も連邦政府がどれだけ借りようが僕らの生きてるうちには起こらないのかもしれない。

 

透明な落とし穴がどこにあるのか見つける唯一の方法は廊下を歩き続けて、そして将来の経済学者が我々の経験を分析し、何らかの教訓をそこから得るという事しかないのかもしれない。

 

でも違うかもしれない。もしデータから何か助けになる学びが得られるのなら、それが見えない落とし穴の位置についてのたとえどんなわずかな情報であろうともだ、もしそうならマクロ経済学者はそれを求めて記録を探っていくべきだろう。

 

そしてその間、もし誰かが「どれくらい政府は安全に借りられるのか?」と質問したとしたら、正しい、規範にのっとった、科学的な答えは「誰も知らないよ、ハハハハハハ」というものだということを思い出してくれ。そして踊るんだ、この狂った世界のどうしようもないカオスさと言葉にしがたさを表す奇妙で、すこしぎこちないダンスを。

 


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