ノア・スミス「新しい労働運動のステキなところ」(2022年5月17日)

[Noah Smith, “Why I love the new labor movement,” Noahpinion, May 17, 2022]

新しいサービス業の階級には,発言力が必要だった.で,それがいま手に入った

このところ,アメリカ人の多くは,もっぱら災厄や脅威に関心を注いでいる――テロ攻撃,上院の判決,戦争,選挙結果に異議を唱えられる脅威.ときに,こういうおぞましいニュースが行列をなしてやってくると,まるで世の中のなにもかもがマズイことになっているように思えることがある.でも,他のところに目を向けると,明るいこともある.そのひとつは,新しい労働運動だ.

その先陣を切っているのが,スターバックスだ.バッファローの店舗を起点に,代表的なコーヒーチェーンで労組が組織されはじめると,この動きは急速に全米に広まりつつある.いまでは,およそ70店舗で労組ができあがっている.

スティーブン・グリーンハウス〔元NYT記者のジャーナリスト・文筆家〕:去年の12月,9000店を超えるスターバックス自社所有の店舗のうち,1店舗で労組が組織された. それから5ヶ月で,スターバックス70店舗の従業員が組織されるなんて,いったい誰が考えただろう.しかも,79回の選挙のうち70回で労組側が勝利するなどとは. さらに,あらたにおよそ180店舗で従業員が労組の選挙を求めている.

彼らがどうやって労組を組織していったのか,すぐれた記事が書かれている.さて,スターバックスの従業員たちの行動をみて,他の小売店でも,従業員たちが労組をつくる意欲をもつようになっている――なかでも目立つのが,Amazon 倉庫の従業員たちによる動きだ.意義深いことに,この動きは若い労働者たちの想像力をとりこにしたようだ.ファッショントレンドにすら,これは広まりつつある:

こうして新たに芽吹いた動きから,さらにアメリカの労働力全体の労組組織率の傾向が変わるまでには,きっと長くかかるだろう.労組の組織率は,数十年にわたって低下が続いてきた.

でも,この新しい動きの意義は大きい.労組があんまり組織化されていない部門に,今回の動きは集中しているからだ――その部門とは,小売りだ.あとのセクションで解説するように,小売りみたいな地域のサービス業こそ,長らく他のどこよりも労組を必要としていた産業だった.

でも,その理由を解説する前に,きっと読者の多くが労組に抱いていそうな疑いについて話しておこう.ぼくは教条的に労組を支持してるわけじゃない.労組が逆効果になってしまっている場合もたくさんあると思う.でも,どうしてそういう問題が起こるのか,その理由を理解しておくのが大事だ.そうすれば,労組がいいアイディアになるときとそうでないときとを区別できるからね.

労組が失敗する2とおりのパターン――そして,そのどちらも今回の動きに当てはまらない理由

労働組合が逆効果になる場合は,大きく分けて2とおりあるようだ:

  • 組合の権力に実際のチェックがはたらいていないか,ほとんどチェックがはたらいていない場合
  • 労組に組み込めない外国からの競争に労組が直面している場合

1つ目のパターンは,よく知られている公共部門の労組の問題だ.アメリカの民間部門で労組解体がすすむと,政府〔につとめる人たちの〕労組によって,組織化された労働者の大半が占められることになる.でも,これはいいことじゃない,

民間部門の労組が雇用主に無理強いして事業場のダメな判断をさせた場合,当然,その会社は市場によって痛い目にあう,こういう事情があるので,ある程度までは,民間部門では労働者と経営陣の利害が一致する傾向がある――誰だって,会社がつぶれるのはイヤだよね.

でも,政府系の労組がひっかきまわして公共サービスを悪化させたところで,〔競争によって痛い目を見ることはないので〕彼らがまっとうでありつづける理由はうまれない.政府はひとつしかない.だから,教育や警察といった必要な公共サービスの提供をとめますよと労組は脅せる.すると,政治家や有権者たちは,おぞましい選択を強いられる――労組に入ってる労働者たちをまとめてクビにして再建がすすむあいだは質の悪い公共サービスを我慢するか,それとも,労組による理不尽な要求に屈するか,そのどちらかの選択だ.改革への努力やロクでない警官を起訴しようとの努力に対して警察労組が見せた抵抗や,教育機関で成功事例の導入に生じる抵抗に,これはあざやかにあらわれている.フランクリン・ルーズベルトもふくめて多くの進歩派たちが伝統的に公共部門の労組に伝統的に後ろ向きだった理由のひとつは,ここにある.

それに,競争をまぬがれているおかげで,短期的に自分たちの雇用を守るために労組はわざと生産性を下げることもできる.その目立った事例が,アメリカの港湾労働者の労組だ.港湾労働者の労組は,よく,港湾のオートメーションに抵抗してきた.これが一因となって,最近のサプライチェーンの混乱がいっそう強まった.(余談: 2020年の予備選挙でピート・ブティジェッジが支持していた部門別団体交渉が危ない主な理由は,ここにある.この問題を回避するには,狭く賃金の交渉だけに関心を集中するオーストラリア方式の賃金交渉を利用する手がある.)

労組がうまくいかない2つ目のパターンは,貿易可能な産業の労組によって――とくに製造業の労組によって――下された短期的な意思決定によって,外国のライバルたちに対してアメリカ企業が長期的に競争で不利に立たされる場合だ.自分たちの労働者たちによりよい暮らしを与えたがっている国々に比べて,労働組合の形成を抑圧している中国のような国々は,当然ながらコスト面で有利だ.こういう残念な事実があるために,ときとして,競争力を維持しアメリカの産業を保つために労組が賃金を犠牲にする必要がうまれることがある.賃金を犠牲にしなければ,その結果として,海外移転・海外委任がすすみ,製造業労組みずからの地位が下がることになりうる.証拠からは,この効果はおだやかなものではあるものの,現実にはたらいていることがうかがえる.

次の点に注意しよう.こうした失敗パターンのどちらも運命づけられてはいない.スウェーデンの労組は,新しいテクノロジーを熱烈に歓迎している:

スウェーデンの各種労組は,テクノロジーによる失業に正しく対応している

それに,ドイツの労組は賃金制限をよく実施している.この先を見据えた犠牲によって,ドイツ製造業の輸出企業たちは世界市場でのシェアを維持できている.

でも,それよりさらに大事なことがある.スターバックスの店舗や Amazon の倉庫みたいな地域のサービス産業は,こうした失敗パターンのどちらにもはまりにくいんだよ.スターバックスや Amazon は,必要不可欠な公共サービスじゃない.もし,新しい生産性向上テクノロジーの導入にこうした企業の従業員たちが抵抗したところで,最終的には,その企業が競争で不利になって雇用を失うことになる.だから,そうした企業の労組には,生産性を高めて市場シェアを維持しようというインセンティブがはたらく.それに,もちろん,スターバックスとか Amazon倉庫みたいな地域のサービス業は,海外のライバルたちの熾烈な脅威と競争してはいない.そうした企業はここアメリカにいて,顧客のすぐ近くにいる.

こんな風に,地域サービス産業で労組をつくるのは,その性質からして,公共部門の労組や製造業の労組よりもずっと安全だ.

新しい労働運動が必要な理由

さて,いよいよ本題に入ろう:「そもそも,どうして新しい労働運動なんか必要なの?」 その答えは,単純だ:格差を縮め,層の厚い中流階級をうみだし,「社会は自分たちに尊厳を認めている」ってアメリカ人の大半が感じられるようにするために,必要なんだ.

アメリカ国内の所得格差は,すごく大きく開いている.その多くは,賃金格差に由来している.労組は,賃金分布の開きを狭めて,格差を縮める傾向がある――つまり,高給をもらってる従業員たちからそんなにもらってない従業員たちへと,同じ会社のなかで所得を再分配することによって,格差縮小に寄与するわけだ. Farber, Herbst, Kuziemko & Naidu (2018) の研究では,こんなことを見出している:

低技能,賃金圧縮,そして大規模労組の賃金プレミアムが組み合わさって,20世紀中盤の労組は所得分布を平等にする強力な要因となっていた.本稿では,《大圧縮》 (the Great Compression) で労組が大きな要因となっていたことを示す.その作用は,労組が組合員に直接およぼす影響で説明できる範囲を超えている.我々の研究では(…)[全国労働関係法 (the Wagner Act) と戦時労働委員会 (War Labor Board) によって]労働分配率とトップの所得シェアで測った格差に大きな影響が生じていたことを示す.この研究結果により,労組が(…)所得分布に(…)影響することを支持するさらなる証拠がもたらされる.我々の研究結果により,「制度が所得分布に実質的かつ持続的な影響をおよぼしうる」という結論の方へと証拠全体が動かされる.

立派な製造業の雇用で分厚い中流階級が生み出されていた時代をなつかしむアメリカ人は多い――自分たちの仕事と技能に誇りをもって胸を張れる層の厚い階級があって,教育ある上の階級が享受しているものにそれほど引けを取らない家や車やライフスタイルをそうした人たちが手に入れられていた時代を.

でも,2016年の記事で Ben Casselman(当時は FiveThirtyEight)が説得力をもって論じているように,製造業の今日をいいものにしていた要因で大きな部分を占めていたのは,労組だった.産業時代の初期こそ,工場の雇用は低賃金で劣悪な労働環境だったけれど,ひとたび労組が広まると,工場の労働は尊厳のある好待遇のものに変わった.いまのぼくらが20世紀中盤の中流階級と聞いて思い浮かべてるのは,そういう人たちだ.

21世紀に入る頃から,雇用総数でみて,製造業を小売りと倉庫の雇用が追い抜いてしまっている:

娯楽や飲食や医療といった地域の他のサービス業を加えたら,この差はいっそう開くはずだ.平均的なアメリカの労働者は,もはやモノをつくってはいない――平均的なアメリカ人とは,顧客に奉仕してる人だ.

さて,ぼくとしては,アメリカに製造業を呼び戻したいと思っている.でも,それにはオートメーションがたっぷり必要になるとも認識してる.未来の製造業は,いまの〔Google みたいな〕テック系企業に近いものになって,大量に人を雇用する産業ではなくなっているだろう.

すると,中流階級らしいイイ雇用をつくりだすことで層の厚い中流階級を築こうというなら,そういう雇用は地域のサービス業の雇用しかないだろう.それはつまり,スターバックスや Amazon の雇用を変えなきゃいけないってことだ.現状の低賃金で不安定で「なにかあってまともな仕事がダメになったらこれをやるしかない」というタイプの雇用から,その仕事で年を経ながら生計を立てていっても大丈夫だとみんなが思うタイプの雇用へと,ああいう雇用を変えなくちゃいけない.

もちろん,それには賃金が上がらないといけない.でも,それだけじゃなく,労働環境もよりよくならないといけない.暴露ネタを探し求めるジャーナリストたちの調査によって,Amazon の従業員たちはおぞましい苦難に耐えざるを得なくされていることが多いことが判明してる:

「配送員がペットボトルに排尿したり,配送中に車内で排便していることを Amazon が認識していたと各種の文書から判明するも,同社はこれを否定」

他のいろんな記事でも,Amazon 倉庫の従業員たちは,凍りつくような温度で働くよう強いられたり,管理職にいじめられたり,ヘトヘトに疲れ果てるペースで働き続けるよう強いられたりしていることが報道されている.思い出そう,アメリカ人の 153 人に1人は,この企業に雇われているんだよ.

アメリカの労働者が日々こんな暮らしをおくらなきゃいけないなんて,悲劇だ.低賃金と引き換えにこんなことをしなくちゃいけないなんて―― Amazon 倉庫の従業員たちの平均給与はたった年 3万~3万5千ドルでしかないなんて――アメリカの恥と呼ぶにふさわしい.こんな風に踏みにじられてる地位サービス業の巨大な階級は,新しいプロレタリアートだ.もしもアメリカがその制度を変えてこういう人たちにまっとうな生活をもたらさないでいれば,社会の動乱の火種になるし,人々が国に抱く信頼を侵食してしまう.

スターバックスや Amazon や各種の小売り店舗での新しい労働運動は,まだまだ小さい.でも,このまま発展していけば――そして選挙で選ばれた指導者たちや任命された官僚たちからの支持を得たら――アメリカの広範な地域サービス業階級を中間階級に転換する好機ができる.

もしも労働者たちがロボットに置き換えられたら?

もちろん,労組の組織化に反対する人たちは,こんな風に主張してる――「アメリカに大量にいるサービス業階級が労組に組織化されたら,それは彼らが失業するお膳立てをするのにひとしい.」 賃金が上がるかわりに,スターバックスや Amazon は労組に組織化された従業員たちをクビにしてコーヒー配膳マシーンや在庫管理ロボットを使いはじめるのがオチなんだと,彼らは言う.そこで,この主張について少しばかり語っておいた方がよさそうだ.

なにより,それって「脅しのつもりかよ大歓迎だぜ」のフレーズがぴったり当てはまる状況だ.ぼくらはオートメーションを必要としてる.それこそ,生産性を向上させる要素だ.というか,そもそもなんで産業革命が起きたかって問いに答えてるいろんな理論のなかでも有望な理論によれば,当時のイギリスが異例なほど高賃金になっていたために労働力を節約するイノベーションの波が起こらざるをえなくなって,これが最終的に産業化の高まりをもたらしたんだと考えられている.だから,労組が広まると非効率なほどにたくさんのロボットが使われ始めるんじゃないかって心配するのは,杞憂ってものだ――むしろ,それはテクノロジーの進展を加速する方法だ.

ただ,2点目として,アメリカ人はそもそも性根からしてそういう低生産性労働者なんだって本気で信じてるなら――アメリカの巨大な地域サービス業階級がどんな仕事であれ雇用を維持するには,貧困すれすれの賃金を受け入れて凍り付くような環境で働いたりトイレにもいかせてもらえるペットボトルにおしっこしたりするしかないんだって信じてるなら――人間が雇用されてはたらく時代の終わりは秒読み段階に入ってる〔と信じてる〕ことになる.もし,〔そうしたサービス業の〕労働者たちが〔ロボットに代替されてしまう〕完全な用済みの一歩手前まで来てるなら,どのみち,人間がみんなロボットに仕事を奪われるまであと数年しか残ってないはずだ.さっさとあきらめて,万民ベーシックインカム制度でもなんでもいいから転換してしまった方がいい.

個人的には,アメリカ人がそこまで非生産的で役立たずだとは思わない.かつてもそうだったように,オートメーションによって,生産性が上がったり賃金が上がったりする結果になるだろうと,ぼくは思ってる.それに,本質的に,あらゆる人間が自分の労働力でできるもっと有用なことを見つけるだろうとも思ってる.でも,かりにぼくがまちがっていたとしても,ロボットの台頭とやらをほんのしばらくだけ食い止めるためだけに,名もなき数百万人ものアメリカ人たちを劣悪な労働環境におきつづけるほどの値打ちはない.

というわけで,アメリカに大勢いる待遇劣悪で過労のサービス業階級のことを――尊厳のある生活を探し求めている現代のプロレタリアートのことを――気にかけてるなら,この新しい労働運動を歓迎した方がよさそうだ.労働組合は完璧というにはほど遠いけれど,この場合には,正しい方向に物事を推し進めている.これは,この困難な時代で前向きになれるささやかな動きだ.

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