ノア・スミス「輸入は GDP から差し引かれないよ」(2022年4月29日)

経済ジャーナリズムでいちばんありがちなまちがい
[Noah Smith, “Imports do not subtract from GDP,” Noahpinion, April 29, 2022]

経済ジャーナリズムでいちばんありがちなまちがい

今朝,『ニューヨークタイムズ』を読んでたら,こんな話が目にとまった――2022年の第1四半期にアメリカの GDP が減少したのは,輸入が増えたせいなんだって:

他方で,ますます膨れ上がった貿易赤字によって,第1四半期に GDP 成長が3パーセントポイント以上も下がった.国外で生産されているので,輸入は国内総生産 (GDP) から差し引かれる.そして,アメリカの消費者たちが支出をしつづけるなか,この数ヶ月で,輸入は急増している.だが,GDP に加算される輸出は伸び悩んでいる.ひとつには,海外での経済成長が低調なためだ.(太字強調はノア・スミスによるもの)

太字にした箇所は,正しくない.というか,これこそ,経済ジャーナリズムでいちばんありがちなまちがいだ.このまちがいが,ドナルド・トランプによる見当外れの貿易政策を助長するのに一役買った.

さて,上に引用した『ニューヨークタイムズ』記事のパラグラフの大半は正しい.たしかに,輸出は GDP に加算される.それに,輸出が伸び悩んでいることで GDP 成長率が下がっているのも事実だ.また,輸出の伸びが第1四半期に減速したのも正しい:

でも,太字で強調した箇所は――つまり,輸入が GDP から差し引かれるって話は――正しくない.輸入は,GDP から引き算されてなんかいない.『ブルームバーグ』も,まったく同じまちがいをしたことがあるし,『ナショナル・パブリック・ラジオ』(NPR) でも同じまちがいを耳にした.『ウォールストリート・ジャーナル』も同様だ.さらには,経済学者のなかにすら,このまちがいをやらかす人たちがいる商務省の経済分析局すら,プレスリリースで何度かこのまちがいをしたことがある.というわけで,べつにことさら『ニューヨークタイムズ』をやり玉に挙げたいわけじゃないからね.

そうじゃなくて,ここでは,輸入が GDP から差し引かれない理由を解説したい.でも,まずは,「輸入が GDP から差し引かれる」ってみんなが思ってる理由から解説していこう.

輸入が GDP から差し引かれてるってみんなが思ってるワケ

通例,GDP の構成要素をかぞえるときには,次のように4つの要素にわける:

GDP = 消費 + 投資 + 政府支出 + 純輸出

純輸出ってのは,たんに輸出から輸入を引いたものだ.だから,これをこんな具合に書いてもいい:

GDP = 消費 + 投資 + 政府支出 + 輸出 – 輸入

見てのとおり,この式では,GDP から輸入が差し引きされてるように見える.でも,実際にはそんなことない.なぜって,GDP の他の構成要素には――消費・投資・政府支出には――目に見えないものも含まれてるからだ.

輸入がほんとのほんとに GDP から差し引かれてない理由

輸入が実際には GDP から差し引きされてないワケを理解するには,まず,”GDP” ってどんな意味だか理解しなくちゃいけない.GDP ってのは,ある国の国境のなかで生産されたモノぜんぶの価値の合計だ.それが,”DP” の部分――「国内生産」だ.輸入は,国の国境内で生産されてない.だから,どんなかたちであれ,輸入は GDP に算入しない.

「でも,さっきの式では輸入を引いてる箇所があったよね.あれと,いまの話はどう折り合うの?」 ここで大事なのは,次の点だ――輸入は,消費にも,投資にも,政府支出にも含まれてるんだよ.GDP をほんとに分解すると,こんな具合になる:

GDP = 国内生産された消費 + 輸入された消費 + 国内生産された投資 + 輸入された投資 + 国内生産されたものへの政府支出 + 輸入されたものへの政府支出 + 輸出 – 輸入

これでわかるよね.たしかに式の最後で GDP から輸入が引かれてるけれど,その前の箇所で,輸入は加算されてもいる.つまり,最初に GDP に輸入が加算されてから,あとでまた差し引かれてるわけ.だから,正味のところ,GDP に輸入はなんにも足していない.

というわけで,あの式はこう書いてもいい:

GDP = 国内生産された消費 + 国内生産された投資 + 国内生産されたものへの政府支出 + 輸出

見て分かるとおり,この式に輸入はまったくない.ゼロ,零,無だ.

「じゃあ,どうして式をそう書かないの? なんでわざわざ輸入を足しておいて,あとから引くようなマネをするの?」

答えは,それだと面倒なことがあるからだ.いまの式でやろうとすると,消費や投資のいろんな品目をいちいち追跡してどこから来たものか把握しないといけない.それよりも,単純に,消費・投資・政府支出をそのまま計測しておいてから仕上げに輸入を引いて,輸入が GDP に算入されないようにしておく方が,ずっとかんたんだ.ただし,このかんたんなデータ収集方法だと,ありがちな誤解を招くことになる.

(脚註: 中間財の輸入品は GDP で計算するのかって問題もある.答え――中間財の輸入品も,同じく算入されない.ただし,その理由はもっと細かい話になって,理解しにくい.セントルイス連銀は,これに関するいい解説を用意してる.要点だけ言えば,GDP は国内で付加された価値だけを数えるからだ.)

というわけで,経済ジャーナリストはついつい GDP の構成要素だけを読み上げてしまいがちだけど,それだと,「輸入も消費・投資・政府支出に足されてる(けど隠れてる)要素だ」ってことを見落としてしまう.

月面基地の例で考えてみよう

これでもまだぼくの話が信じられないなら,David S. Chang がこのあたりの仕組みを解説する助けになる単純な例を出してくれてる:

いま,キミが月面基地にいるとしよう.基地は地球からの輸入に100% 頼ってる. 一人当たりの消費は 420ドルで,輸入は 420ドル.GDP は $0 だ.〔原文では 4億2000万ドルだけど,あとの式では 420ドルになっているので,そちらに合わせた.〕

どうだろう.この月面経済は立派なものだけど「貿易赤字が GDP から差し引かれてる」って,思う?

それとも,月にはそもそも経済なんかないって思うかな?

https://twitter.com/dschan02/status/1519715569792073729

まあ,なんとも怠惰な月面基地ではある――なんの科学研究もせずに,ただひたすら地球からモノを輸入して消費してる.でも,これはすばらしい例になってくれてる.

月面基地の GDP 式は,こうなる:

月面基地 GDP = 消費 + 投資 + 政府支出 + 輸出 – 輸入 = $420 + $0 + $0 + $0 – $420 = $0

月面基地の純輸出は -$420 だ.つまり,$420 の貿易赤字がある.

さて,地球からこの月面基地への輸入が $690 に増える一方で,他はなにも変わってないとしよう.すると,こうなる:

月面基地 GDP = 消費 + 投資 + 政府支出 + 輸出 – 輸入 = $690 + $0 + $0 + $0 – $690 = $0

輸入は増えた.貿易赤字も増えた.でも,GDP はちっとも変わってない.この例を見れば,「輸入は GDP から差し引く」って経済記事の記者が書くべきでない理由は,わかるよね.

(それでもやっぱり,ぼくの言ってることを信じないって人は,セントルイス連銀のこの解説を読むか,Scott Lincicome & Daniel Griswold によるこれを読んでみるといい.)

もしも,国内でモノを生産するかわりに輸入品を買ったらどうなる?

実は,GDP と輸入について大勢の人たちが混乱してしまうのには,他にもまだ理由がある.アメリカの消費者たちが国内生産されたモノの購入から外国産のモノの購入に切り替えた場合の状況について,多くの人たちは考えている.

この状況では,GDP はほんとに下がる.なぜって,国内で生産されてるモノが減ってるからだ.くだけた言い方だと,「国内生産が減った,輸入が増えたからだ」なんて言う.でも,ここでほんとに起きてるのはどんなことかと言えば,自分が買いたいモノをあっちからこっちに消費者たちが切り替えてるってだけだ.そして,それによって,輸入が増え,同時に,GDP が減る.

(脚註: 中間財のコストが増えた場合にも,これは当てはまる.ただし,またしても中間財のケースはずっと細かい話になってしまう.輸入された中間財のコストが上がって,しかも国内の生産者たちがそのコストを買い手に転嫁できない場合,輸入が増えて GDP は減る.なぜなら,国内の生産者たちがみずから買い入れた中間財に付加する価値が減ってるからだ.)

さて,この種の事態がたくさん起きたら,データをみたときに輸入の増加と経済成長の低下とのあいだに相関が見出されるはずだ.ところが,実際には,データを見るとそれと逆の相関が見出される.輸入が増えてるときにGDP 成長のペースが上がる傾向があるんだ.

さて,こんな風に言う人もいるだろうね――「わかったわかった.でも,そのお金を輸入品に使わずに,国内生産されたモノに使ってたら,経済成長率はさらに上がってたんじゃないの.」 実際,モノによっては,おそらくそのとおりだ.でも,そうはならないモノもある.たとえば,政府の強制によって,アメリカ国内の自動車企業が,高くつくアメリカ製の鉄鋼の使用を増やし安価な欧州製の鉄鋼の使用を減らしたとしよう.このとき,アメリカの鉄鋼生産企業は好景気を楽しむことになるだろうけど,おそらくそれ以上に,アメリカ自動車企業の生産数が減少するはずだ.輸入される中間財は減るけれど,GDP も同じく減る.実際,トランプの鉄鋼関税の結果まさにそういうことが起きてる.

想像してみよう.もし,ありとあらゆる国際貿易が禁止になったとしたらどうだろう.アメリカの貿易赤字はきれいさっぱりなくなる.でも,そのとき GDP は増えると思う? 保証してもいい.逆の事態になるよ.

一般に,「ものごとはどう足し合わさるの?」という問いに答えておいてから,「もしも X をやらなかったら,かわりにどんなことがなされてただろう?」という問いに答える方が,ずっとかんたんだ.前者の問いはたんなる会計の問題だけど,後者の問いには経済の仕組みについて深い理解が欠かせない.たとえば,ぼくんちのウサギたちをずっとなでて時間を過ごしても,輸入と同じく,これは GDP に数え入れられない.ウサギたちをなでて時間を過ごさなかったら,ぼくは経済的に価値のあるモノやサービスを生産するのに同じ時間を使ったんじゃないだろうか? ひょっとすると,そうかもね.でも,もしかすると,その時間でたんにネットフリックスで動画を見るだけだったかもしれない.どっちになるかは,わかりかねる.

さて,たんなる会計の構成要素ではなく GDP 成長の原因について考えようとしてるなら,経済ジャーナリストたちは「輸入は GDP から差し引かれる」なんて書くべきじゃない.なぜって,輸入増加を引き起こした経済的な各種要因が,経済にとっていいものなのか,わるいものなのか,中立なのか,どうにも知りがたいからだ.それに,ドルの量なんてわかってはいない.

実際,2022年 Q1 の場合,輸入増加の一部は,中国の都市封鎖(ロックダウン)とウクライナ戦争に起因するエネルギーと食料の供給混乱とによるものだったんだろう.そして,こうしたことは GDP を減らしやすい.でも,この効果がどれくらい大きく働いたのかは,わからない.それに,輸入増加の一部は,消費者支出によるものだった.もし,消費者たちが支出をひかえてお金をタンスに貯め込んでいたら,輸入は減っていただろうけれど,同時に,GDP も打撃を受けていたはずだ.

つまり,輸入減少と GDP 減少をもたらすモノもあるとはいえ,「輸入が5000億ドル増えたから,GDP は 5000億ドル減るぞ」なんて言えない.そんな話は正しくないわけだよ.

なんでこれが重要なの?

これがたんなる専門的な細かい話なら,べつに気にしない.でも,何年ものあいだ,ぼくはこのまちがいを正そうとがんばった.なぜなら,これこそトランプの貿易政策の土台だったからだ.輸入を制限することによってアメリカの GDP を押し上げられるんだと,トランプの経済面の諮問役だったピーター・ナヴァロは信じてた.トランプが自分の貿易政策を世間に売り込むときには,この考えがキモになっていた.右派の人たちやトランプ支持者の人たちと会話すると,この主張が何度となく繰り返し登場してきた.トランプ政権の時代に,ずっとだ.

この考えはうまくいかなかった.なるほど,トランプが大統領に在任してた時期の経済成長は堅調だった.でも,同時期の大半で,輸入も増えてたんだよ:

それに,各種の関税もほぼ確実にアメリカの GDP を少しばかり痛めつけた.たとえば,Lake & Liu (2021) の研究では,ジョージ・W・ブッシュによる同様の鉄鋼関税に着目して,こんなことを見出してる:

本研究結果からは,最良の場合でも,[ブッシュの]関税によって鉄鋼生産産業の地域雇用はほんのわずかに増加したのみだったことがわかる.だが,同じ関税は,鉄鋼を使用する各種の産業での地域雇用を大幅に低下させた.こうした低下は,ブッシュが関税を撤廃した後も元に戻らなかった.以上の結果から,トランプ政権が鉄鋼とアルミニウムにかけた国家安全保障関税から顕著かつ長期におよぶ打撃が生じていることが示唆される.

だからと言って,貿易戦争がいつでもわるいことだって話にはならない――もしかすると,アメリカ経済が少しばかり打撃を受けるとしても,それ以上の打撃が中国経済に与えられるなら,貿易戦争もやぶさかではないという人もいるかもしれない.これは,政治家たちと国民に委ねられた選択だ.でも,たんに輸入を妨げれば機械的に GDP が増えるって考えは,単純にまちがってる.そして,次の点を覚えておこう――トランプ関税は,たんに中国に向けられたばかりか,合衆国の主要な同盟国に対しても向けられていた――欧州,カナダ,日本など.どんな角度から見ようと,これは損失だ.

というわけで,輸入が「GDP から差し引かれる」なんて言うのを経済ジャーナリストたちにやめてもらいたい理由は,以上のとおり.会計の観点でも正しくないばかりか,たいてい,これはもっと深い因果関係の話でも正しくない.それでいて,この誤解は貿易政策の有害なアプローチを後押しする考えにつながっている.べつに,ぼくはたんに学をてらってイヤミを言ってるわけじゃない.この話は重要なんだ.

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