Bill Mitchell, “Q & A Japanese government style – denial has no boundaries“, –Bill Mitchell – Modern Monetary Theory, October 24, 2019.
(訳者注:日本語から英訳された質問主意書と政府答弁書は元の日本語に戻してあります。Chie Kobayashi(twitter)の助力による質問主意書および政府答弁書の素晴らしい英訳は原エントリをご参照)
今日のエントリはいつもと少し違うスタイルだ。先日のこちらの記事–
(October 16, 2019) –でも触れたように、日本の臨時国会の初日に立憲民主党の中谷一馬が提出した質問主意書に対し日本政府が答弁している。その記事を書いた時点では、日本政府の答弁が完全な形で入手できていなかったのだが、日本のメディアによれば要するにこういうものだったとのことだ。「政府として我々は日本がMMTの成功事例であるという考えに基づいた政策は実行せず、財政健全化に努めていく。」なるほど、否定しようもないものを否定しようとするための面白い方法だとは思う。しかしそもそもMMTは「事例」ではなく、それは現代の通貨システムの運用方法や、通貨システムにおける通貨の発行者たる政府の能力、および特定の政策を選択したときの結果を理解するための新しいレンズを提供するものだということが見落とされている。このレンズを通して見えてくるのは、日本政府が過去30数年間にわたり、政策を新たな領域へと押し進めてきたことだ。つまり、中央銀行による大規模な国債買い入れが継続的に行われ、大きな財政赤字を抱えながらも、金利はゼロ以下にまで低下し、インフレ率はゼロ近傍からマイナスに、長期国債利回りはマイナスに低下した。この「選択された」政策の結果は、主流のマクロ経済学者が予測していたものとはかけ離れている。本質的には日本は主流経済学を裏切っており、むしろその虚構性を示してきたのだ。日本の状況を説明できる唯一のマクロ経済学的思考体系がMMTである。だからこそ、われわれの仕事が日本の最高機関で議論されることになっている。さて今回のエントリはその質問と政府の回答の完全な翻訳を注釈付きで紹介しよう。自分の翻訳は Chie Kobayashi さんにより大きく改良されたものになっている。彼女の助力に感謝。ことの始まりは、2019年10月4日に日本の国会に提出された
「MMT(現代貨幣理論)に関する質問主意書」だ。中谷一馬氏によるこの主意書の中には政府の答弁を求める九つの質問が挙げられている。MMT(現代貨幣理論)に関する質問主意書
いわゆるMMT(現代貨幣理論)とは、自国通貨を発行できる政府・中央銀行は、自国通貨建てで国債を 発行している限り、財政赤字を拡大してもデフォルト(債務不履行)することはないという理論とされる。 国家は、国民に対して納税義務を課し、「通貨」を租税の支払い手段として法令で決める。MMTでは、 これにより、「通貨」には、納税義務の履行手段としての需要が生じることで、国民は、価値を認めること になると考える。結果として通貨は、民間取引の支払いや貯蓄手段として利用されるようになり、流通する ようになる。
また、MMTでは、誰かの債務は別の誰かの債権であり、誰かの赤字は別の誰かの黒字であると考える。 単純化すると、政府部門の赤字は民間部門の黒字(海外部門も含めれば、国内民間部門の収支+国内政府部 門の収支+海外部門の収支=0)だと言える。世界的に見ると、アメリカ合衆国の民主党のオカシオコルテ ス下院議員が支持を表明したことで話題になり、経済学者や著名投資家などがMMTに対してコメントする など、MMTへの注目が集まっている。
こうした状況を踏まえ、我が国においても様々な研究・検討を行う必要があると考え、政府の見解を確認したく、以下質問する。
一 日本の債務残高は対GDP比で二〇一七年度末に二百三十六%を超え、金額で千二百九十四兆円となっ ている。日本の債務残高は、対GDP比で見ても、二〇一〇年に破綻寸前と言われたギリシャを上回って いるが、金利については十年物国債金利が世界最低水準で推移しており、金利はマイナスまで下がり続け ている。こうした状況を踏まえて伺うが、債務残高が変化すると金利が変化するという因果関係はあると 考えているのか、ないと考えているのか。また、あると考えているのであれば債務残高がいくらになった ら金利がどうなるかなどの予測をされているのか、具体的な数値の見通しを含めて、政府の見解を伺いた い。
二 日本の政府債務がまだ四百兆円の頃(二十年ほど前)から、「GDPと変わらないほどの政府債務があ ったら金利は騰がり、通貨は暴落してハイパーインフレになって大変なことになる」と言われてきた。こ れは、財務省が商品貨幣説に立っているからであるが、いくら時間が経っても物価は騰がっていない。そ れにもかかわらず、今でもいつか起きるはずだと言う声があるが、日本はMMTに基づいた政策を実行し ているとの考えから財政破綻はしないという声もある。ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン 3 教授も、「巨額の財政赤字でもインフレも金利上昇も起こっていない日本はMMTの成功例」などと主張 しているが、こうした意見を政府はどのように捉えているのか所見を伺いたい。
三 二〇一九年四月四日に、日本銀行の黒田総裁は、「いわゆるMMTの評価については、これが必ずしも 整合的に体系化された理論ではなくて、全体の把握が容易でないということで、その本質をつかむことは なかなか難しいのではないかと感じておりますが、MMTの基本的な主張について、自国通貨建て政府債 務はデフォルトすることがないので、財政政策は財政赤字や債務残高などを考慮せずに景気安定化に専念 すべきであるというふうに理解いたします。このように財政赤字や債務残高を考慮しないという考え方は 極端な主張であり、なかなか受け入れられないのではないかというふうに考えております。」という発言 をされているが、政府も同様の見解であるか。同様の見解であれば、何がどのように体系化されておら ず、理論としてどの部分が欠落していると政府は考えているのか、詳細についてご見解を伺いたい。
四 平成十四年に、海外の格付け会社が日本国債の格付けを引き下げた。その際、当時財務省の財務官であ った日本銀行の黒田総裁が、ムーディーズ・S&P・フィッチ宛に出した質問状には「日・米など先進国 の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているの 4 か。」という記載がある。この内容については、今でも政府公式見解として変わりはないか、所見を伺い たい。
五 二〇一九年四月四日の参議院決算委員会にて、日本銀行の黒田総裁は、「銀行は信用創造で十億でも百 億でもお金を創り出せる。借入が増えれば貸付としての預金が増える。これが現実。どうですか、日銀総 裁」と問われ、「銀行が与信行動をすることで預金が生まれることはご指摘の通りです。」と認めた。い わゆるMMTでは、この信用創造を政府に当てはめ、政府が財政赤字支出をするに当たり国債を発行し、 事業を行えば、財政支出額と同額の民間預金が生まれ、貨幣供給量が増える。したがって、資金供給の逼 迫により金利が上昇することなく、財政破綻はしないと考える。政府部門を赤字にすれば民間は黒字にな る、つまりは、政府が国債を発行すればするほど民間の預金が増えるという意味であり、経済は活性化す ると言えるが、如何か。政府はどのように捉えているのか、見解を伺いたい。
六 経済学者のステファニー・ケルトン氏や経済産業省の中野剛志氏は「政府は、自国通貨発行権を有する ので、自国通貨建て国債が返済不能になることは、理論上あり得ないし、歴史上も例がない。」という趣 旨の発言を述べているが、この認識は正しいと思うか、否か、政府の見解を伺いたい。
七 財務省のウェブサイトでは、日本の国家財政において、歳出全体の約三分の一を公債金収入に依存して いることについて、「将来世代へ負担をつけ回して」と述べている。また財務大臣の諮問機関である財政 制度等審議会財政制度分科会の二〇一九年六月十九日の資料によると、「現代の世代の受益と負担の乖離 やその結果としての公債残高累増が意味することは、こうした将来世代へのツケ回しに他ならない」と述 べている。しかしながら、財務省が作成した個人向け国債の広告動画や資料においては、「未来への贈り 物。個人向け国債」と言うメッセージを配信している。国債について異なる意味合いのことが述べられて いるが、将来へのツケなのか、未来への贈り物なのか、政府の見解を伺いたい。
八 将来、国債を償還する時にその原資になるのは、将来世代が納める税金であると考えられるが、仮に国債が償還されなくなった場合、それにより直接的な不利益を被る者は国債の保有者という認識で正しい か、政府の見解を伺いたい。
九 財務省は二〇一九年四月十七日に開催された財政制度等審議会財政制度分科会において「説明資料(わ が国財政の現状等について)」という資料を公開している。
この資料の中には、「MMTに対する批判、コメント」という欄が設けられ、MMTに対する批判的なコメントのみが抜粋されている。そして批判的なコメントを述べた者としてクリスティーヌ・ラガルドI MF(国際通貨基金)専務理事の「MMTが本物の万能薬だとわれわれは思っていない。MMTが機能す るようなケースは極めて限定的である。現時点でMMTが持続的にプラスの価値をもたらす状況の国があ るとは想定されない。(理論の)数式は魅惑的だが、重大な注意事項がある。金利が上がり始めれば(借 金が膨張して)罠にはまる。」という発言が記載されている。しかしながら、ラガルド専務理事は「デフ レに見舞われたりするなどの状況下では、短期的には効果的かもしれない」とも述べているが、その発言 は記載されていない。
このように財務省がMMTに関して、肯定的な発言を排除し、わざわざ否定的なコメントだけを抜粋し てまとめた資料で、説明を行っている理由について政府の見解を伺いたい。右質問する。
この政府の答弁は、10月15日に安倍晋三総理大臣から大島理森衆院議長に宛てられたものだ。
質問一について。国債金利は経済・財政の状況等の様々な要因を背景に市場において決まるものであり、「債務残高がい くらになったら金利がどうなるか」といった予測を行うことは困難であるが、国の債務残高の変化につい ては、政府の財政運営に対する市場の信認に影響を与える可能性があることから、金利に影響を与え得る 要因の一つであると考えられる。
ミッチェル:つまり、因果関係の問題に答えることを避けている。主流のマクロ経済学は、債務の量から利回りへの因果を明確に主張する。
それによれば国債は、限られた貯蓄のプールをめぐる民間企業との競争を激化させるから、希少性によって国債の利回が上昇するという因果になっている。さらに、インフレやデフォルトのリスクが高まるので、金利は上昇するとのことだ。
しかし、では日本の大規模で継続的な赤字が、低金利からマイナスの金利および債券利回りを伴っているという事実をどう説明するのか。
質問二について。現代貨幣理論(以下「MMT」という。)については、論者によって様々な主張があり、御指摘の「M MTに基づいた政策」が具体的にどのような政策を指すのかは必ずしも明らかではないが、「巨額の財政 字でもインフレも金利上昇も起こっていない日本はMMTの成功例」という主張については、政府とし てそのような考え方に基づく政策はとっておらず、令和七年度の国・地方を合わせたプライマリーバラン ス黒字化を目指すと同時に債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指すなど、財政健全化に向けた取組 を進めている。
ミッチェル:MMTについてのよくある誤解の一つが登場。「MMTに基づく政策」と言うと、日本がMMTの中核となる一連の政策に従っているかのような意味になってしまう。
正しくは、過去三十年に渡り日本政府が選択した政策の結果は、主流のマクロ経済学を否定する結果をもたらし、MMTの中核的研究の予測精度を実証したというものだ。
MMTの経済学者たちは、日本政府(財務省と日本銀行の総体)は、日銀のバランスシートの動向とは無関係に、いつまでも低金利と国債の低利回りを維持することができるだろうと予想してきた。
我々はまた、日本政府が債務不履行に陥ることはなく、日本国債は低金利であっても非常に魅力的であり続けるだろうと予測してきた。主流のマクロ経済学者たちの予測はこれと正反対だった。
質問三について。御指摘の黒田日本銀行総裁の発言についてその背景や根拠等を必ずしも承知しているわけではなく、ま た、個別の理論が体系化されているか、理論としてどの部分が欠落しているかといったことについては、 学術的評価に関することであり、政府としてお尋ねにお答えすることは差し控えたい。
ミッチェル:拒絶だ。政府は二番目の質問への回答で明確に 「健全財政」志向を表明している。政府は一体となってプライマリーバランスの黒字が価値のあることだと言っている。
政府は現実としては常に健全財政を回避し「財政再建」 という名の経済停滞に取り組んできたのだが、政策選択の指針はいつも主流のマクロ経済理論だったのだ。
質問四について。御指摘の格付会社宛ての財務省の意見書については、平成十四年に、日本国債の格下げが行われたこと に対して、より客観的な説明を求めるため、同省より外国格付会社に送付されたものである。
ミッチェル:「政府は債務のデフォルト・リスクはゼロと考えているか」という質問に答えることをひたすら避けている。
質問五について。お尋ねの「政府が財政赤字支出をするに当たり国債を発行し、事業を行えば、財政支出額と同額の民間預金が生まれ、貨幣供給量が増える。したがって、資金供給の逼迫により金利が上昇することなく、財政破綻はしないと考える」及び「政府が国債を発行すればするほど民間の預金が増えるという意味であり、 経済は活性化すると言える」の意味するところが必ずしも明らかではないが、政府としては、「巨額の財 政赤字でもインフレも金利上昇も起こっていない日本はMMTの成功例」との考え方に基づく政策はとっておらず、引き続き財政運営に対する市場の信認を確保するため、財政健全化の取組を進めていく必要が あると考えている。また、経済活性化に向け、成長戦略実行計画を強力に推進するなど、引き続き成長力 の強化に向けた取組を進めていく考えである。
ミッチェル:日本政府が選択した政策の結果は、MMTが示す分析と合致しているが、主流のマクロ経済学が30年近くにわたって日本について予測してきたことを明確に否定しているというのが現実だ。
ポイントはここなのだ。
日本の政策立案者が常にMMTの教科書を参照してきたと主張する論者はひとりもいない。
私も「日本がMMT分析の最良の実例だ」と言うことがある。それは、実施した政策の結果がMMTの予測とはよく一致している一方で、競合理論である主流のマクロ経済学から導き出される予測とは全然一致していないという意味だ。
日銀が金融システムの運営方法と自らの能力を理解してることは明白で、私の業界の主流連中や金融報道機関の腰巾着たちからの幾多の警告や予言にもかかわらず、日銀は長期にわたりその能力を行使し続けている。
質問六について。MMTについては論者によって様々な主張があり、また、御指摘の主張についてはその前提や根拠等が 明らかではないため、政府としてお尋ねにお答えすることは差し控えたい。
ミッチェル:拒絶だ。
通貨を発行する政府が自国通貨を使い果たすことは決してありえないし、自らの通貨で発行した未返済の債務を履行しない理由は存在しない。これらの前提も根拠も明々白々たるものだ。
質問七について。財務省においては、個人向け国債によりその購入者は一定期間資産運用が可能であることを踏まえ、御指摘の「未来への贈り物。個人向け国債」という表現を用いているところである。しかしながら、国債は国の借金であることに変わりはないことから、将来世代へ負担を先送りすることなく、財政健全化の取組を進めていく必要があると考えている。
ミッチェル:全く答えになっていない。政府が自らの債務について説明しようとする際に、場合によって矛盾したメッセージを発しているという指摘に答えていない。
もとの質問は政府の偽善を突いている。政府は、債務が将来世代の負担である(実際は彼らの富なのだが)と言いながら、同じ口でそれが将来世代の利益となると言っているのだから。
質問八について。 国債の元金償還及び利子支払については、政府が責任を持って行うこととしており、国債の償還が確実 に行われるよう、財政健全化の取組を着実に進めてまいりたい。
ミッチェル:政府自身による通貨発行能力を拒絶。
この質問は、国債が満期を迎えたときに、政府はいかにロールオーバーするかについてだ。
国債の満期時に日本政府が返済することには何の支障もなく、そのために増税する必要もないことは明らかだ。
また、国債の保有者はいつでも払い戻しを受けることができることも明らかだ。つまりデフォルトはない。したがって、政府がこれまで何十年にもわたって行ってきたことをただそのまま継続するために 「健全財政」原則を持ち出し緊縮政策をとらなければならないと主張することは、通貨発行者たる政府の能力について議会に誤解を与えようとする意味のない策略に過ぎないのだ。
質問九について。 御指摘の「MMTに対する批判、コメント」については、経済学者や外国政府の責任者など有識者の発 言等の中で、MMTに対する評価の要点を抜粋しまとめたものであり、「肯定的な発言を排除し、わざわ ざ否定的なコメントだけを抜粋してまとめた」との御指摘は当たらないものと考えている。
ミッチェル:もとの質問は明快だ。政府自身の委員会への説明資料におけるMMTに関する説明に偏りがあったということだ。政府は、否定的なコメントだけを提示しつつ肯定的なコメントを省略し、選択的な引用をしていたという。
その説明資料は見ていないので、この質問が正しいかどうか自分には判断できない。
しかし、これ以外の政府の答弁を考えると、この質問が妥当で、政府はMMTに関する肯定的な回答を省いたのだろうと思う。
調べれば簡単に確認できることだ。
結論
この両文書をこうして英語で記録したことは重要だった。
証拠は明白だ。
日本政府は、なぜか明白な事実を絶対に認めまいとする。
政府は、主流派マクロ経済政策の考え方こそが正統であり、この正統的な考え方が予測するところでは財政余地が制約されているという見解を維持したいのだ。
ところが現実には、主流派マクロ経済学が日本の金融システムのダイナミクスを理解することができていないのに対し、MMTは政策とその結果との関係についてエレガントで正確な理解を提供している。
来週後半からは講演のために日本に行く。このテーマについて関係者と話し合うのは面白そうだ。
Chieの助力にもう一度感謝。
今日はここまで!