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ブランコ・ミラノヴィッチ「コロナ後の世界」(2020年3月28日)

The world after corona
Posted by Branko Milanovic on Saturday, March 28, 2020

パンデミックが世界の所得分配に与える影響について何か言えるだろうか? パンデミックがいつまで続くのか、どれだけの国が影響を受けるのか、人が何人死ぬことになるのか、社会機構が崩壊してしまうのかどうか、今はこれらになんら意味のあることは言えない。我々は真っ暗闇の中にいるのだ。今日言ったことのほとんどは、明日には間違いだったと証明されるかもしれない。もし誰か正しい人がいれば、それはその人が必ずしも賢明なのでなく、運がよかっただけだ。ただ、このような危機下では、運は大いに価値がある。

今回の危機で、世界の所得が減少する可能性はどのくらいだろう? 下図は、1952年から2018年までの世界の一人当たりの実質成長率を示したものだ。青色太い線は、伝統的な(金銭的価値だけでの)測定である:世界の一人当たりの平均実質GDPの拡大・縮小を表している。(全てドルの購買力平価で算定されている)。世界の一人当たりのGDPは4度だけ減少している:1954年、1982年、1991年、そして最も最近は世界金融危機が原因となった2009年だ。この4度の世界規模の減少は、いずれもアメリカ合衆国が原因となって引き起こされいる。これは極めて当然だ。アメリカは最近まで世界最大の経済大国だったので、アメリカの成長が鈍化した時、世界の成長率は影響を受けている。

世界の成長を測るには別の指標がある。大衆もしくは民衆の実質経済成長率と呼ばれているものだ(下図の赤い細い線)。この指標は、各国の所得分配が同じだと仮定した場合、世界の民衆の平均的な成長実感はどうだったのか? という疑問に答えたものだ。もっと簡単に言えば、裕福な国は小規模なのでこれらの国の一人当たりのGDPが増えるよりも、インドや中国やその他人口が多い国の一人当たりのGDPの急速な増加のほうが、より多くの人々が豊かさを感じることになる、ということだ。あるいはさらに別の言い方をしてみよう。(例えば)ベネルクス諸国1 の総GDPが、中国と似たような水準だった1960年代を考えてみてほしい。金銭的価値だけでの計測では、両者のGDPの増加は同じように数値化される。民衆的計測では、中国の増加は、より多くの人が向上を感じるので、もっと巨額に数値化されるだろう。したがって、後者の指標〔民衆の実質経済成長率〕は、人口が多い国の成長率を重加算することになる。この観点だと、中国が(皮肉な名称になっている)大躍進政策によって一人当たりの所得を26%減らし、世界をマイナスの領域に移行させた1961年を除けば、世界はマイナス成長をまったく経験していないことが分かる。

2020年にこの2種類の指標がどうなるのか、可能性が高そうなシナリオについて何か言えるだろうか? IMFは前者の指標だけ計測しており、世界のGDPが少なくとも世界金融危機の時と同じくらい減少すると最近見積もっている。後者の指標は、中国は回復しつつあることでマイナスになる可能性は低い。観察されてきたように、人口の多い国がこの指標に大きな影響を与えているからだ。ただインドがコロナ危機によってどのような影響を受けるまだわからない。もしインドの成長率がマイナスになれば、ヨーロッパや北米のほとんどの国の成長率がほぼ間違いなくマイナスになることと相まって、1950年代以来の2回目の民衆の景気後退になる可能性がある。

ROG=rate of growth; e.g. 0.02=2%.
〔plutocratic:金銭的価値の経済成長率 democratic:民衆の経済成長率〕

よって、今回の危機の経済成長へのマイナス影響は非常に強くなるだろう。しかし、全ての人に同じように影響するわけではないのだ。今見えているように、欧米経済の落ち込みが激しい場合、アジアの大国と富裕国の格差は縮小するだろう。これこそが、1990年頃からの世界的な不平等を減少させてきた主要因だ。したがって、2008-2009年後に起きたのと同じように、世界的な不平等の減少が加速すると予測できる。今後の世界的な不平等の減少は、富裕国とアジアの新興国が共にプラス成長する「良性」の要因ではなく、2008-2009年後と同じように富裕国がマイナス成長する「悪性」要因を通して達成されることになるだろう。

これは、以下の2つの影響をもたらす可能性がある。1つ目は、地政学的に、経済活動の中心の移動が、アジアに向かい続けることになるだろう。アジアが世界経済における最もダイナミックな部分を担い続けるのなら、人がアジアへ「ピポット(旋回)」するかどうかを決める行為は、ますます無意味になる違いない。誰もが自然とアジアに向かうことになる。2つ目は、欧米経済が緊縮財政と低成長の時代を抜け出そうとしている、まさにこのタイミングで西側の人々の実質所得は低下することになるだろう。そして、金融危機以来の欧米を特徴付けている、細々としたものでしかない中産階級の成長が終わってしまうかもしれない。

したがって、純粋な会計的(経済的)観点では、世界金融危機の再現がある程度は見られる可能性が高い。つまり西欧諸国の相対的な所得地位の低下、富裕国内での不平等の増大(低賃金化によって弱い労働者がますます苦境に陥る)、そして中産階級の所得の停滞だ。コロナウィルスのショックは結果的に、ここ15年における富裕国の地位に対する第2の劇的なショックとなるかもしれない。

一部地域において、グローバリゼーションへの反転が予想できるかもしれない。比較的短期(1~2年)では非常に明白だ。この期間は、パンデミックへの対応が最も楽観的なシナリオになったとしても、人そしておそらく財の移動は危機前よりはるかに制御されることになるだろう。人と財が自由に移動することの障害の多くは、パンデミックが再発することへの根拠ある恐怖に由来するものだろう。ただ障害の中には、企業の経済的利益とがっちり結びついたものがある。なので将来、規制を撤廃するのが、困難で費用がかかることになるだろう。テロ攻撃が何年もなかったにもかかわらず、我々は高価で手間がかかる航空機の安全対策を撤廃していない。今回の件でも、我々は規制を撤去しない可能性が高い。また、非常事態が国家レベルになっている状況では、見ず知らずの人の親切に完全に依存するのは必ずしも最善策ではない、という不安も不合理的なものでなくなるだろう。このこともまたグローバリゼーションを弱体化させるだろう。

もっとも、こういった貿易や労働・資本移動の障害を大げさに見積もり過ぎてもいけない。我々は目先の自己利益に囚われた時、歴史の教訓を即座に忘れてしまう。なので、重大危機が新たに生じず、数年が経過すれば、コロナウイルス危機前に棲息していたグローバリゼーションの形態に我々は戻ってしまう可能性が高いと私は考える。

しかしながら、諸国間の経済力が相対的に変化することで、グローバリゼーションはかつての状態に戻らないかもしれない。その上、社会を統治するのに、リベラルな方法よりも権威主義的な方法が政治的に魅力を持ってしまうだろう。今回のような急激な危機は、権力の中央集権化を促す傾向がある。なぜなら、中央集権化が社会を生き延びさせる唯一の方法になることが多いからだ。そうなってしまえば、危機の間に権力を蓄えた人から権力を手放させることは困難になってしまう。さらに、権力を握った人が、自身の能力や知性によって最悪の事態を回避したのだ、と正統性をもって主張することが可能になってしまう。したがって、政治は不穏な状態が続くだろう。

  1. 訳注:ベルギー、オランダ、ルクセンブルクのこと []

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