経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

プライス・フィッシュバック「アメリカにおける第二次世界大戦:支出,赤字,財政乗数,犠牲」

Price Fishback ”World War II in America: Spending, deficits, multipliers, and sacrifice” VoxEU, 12 November 2019

アメリカは大量の軍事物資を生産することで「民主主義の兵器工場」となり,それによって1940年から1945年までの間に実質GDPは72%上昇した。その一方,この政府支出の拡張による推定財政乗数は1を切る。国内各地域レベルでの幅広い研究は,軍事支出が一人あたりの活動に小さな影響しか与えていないことを示している。準計画経済における軍事支出は民間消費と投資をクラウドアウトし,人々を軍への入隊に押しやった。要するに,アメリカ人は戦争に勝利するために大きな犠牲を払い,同盟国はさらにそれ以上の犠牲を払ったのだ。


本稿はVoxEUの「第二次世界大戦の経済学:80年後」特集のひとつです。


第二次世界大戦中,アメリカは支出の増大による経済刺激を受けた可能性が最も高い国だった。というのも,アメリカ国土での戦闘はほとんどなかったからだ。数十年にわたり,第二次世界大戦はアメリカを大恐慌から抜け出させた財政刺激だったと人々は主張してきた。

公式の統計もこのストーリーに沿っている。1940年にGDPの1.4%だった防衛支出は1945年には37%以上に上昇し,1939年にGDPの3%だった連邦政府の財政赤字は1943年には27.5%に上昇した。その一方で,1940年に9.5%だった民間失業率は1943年から1945年にかけては2%を下回った。戦時のピークのひとりあたり実質GDPは1940年よりも67%高い水準に達した1

しかしながら,戦争支出の効果に関する研究は経済活動に対して比較的小さい財政乗数を見いだす傾向にある。Barro (1981)はアメリカにおける第二次世界大戦の支出の乗数は0.6程度だったと推定した。参考までにいえば,乗数が1の場合には第二次世界大戦に関する支出1ドルがそのまま1ドル所得を上昇させたことを意味する。乗数が1.5の場合には戦争のために支出された1ドルに波及的な便益による50セントを加えた所得の上昇があったということを意味する。Barroによる0.6という乗数の推定は,連邦政府の支出1ドルあたり,戦争支出によって約40セントの民間経済活動がクラウドアウトされたことを示唆している。

Gordon and Krenn (2010)は,アメリカの参戦以前の軍事支出についてより高い乗数を推定した。連邦政府は1938年にGDPの1.2%だった防衛支出を1940年に1.7%,1941年には5.1%に増加させた。1939年初頭から1942年6月に至るまで,経済は依然として高失業率と未活用の能力を抱えていたためGordon and Krennは乗数を1.8と推定した。1941年後半にアメリカ製造業がその能力限界に達すると,乗数は0.88に下落した。Barroの0.6という乗数は,民間物資の生産がだんだんと戦争用の生産物に置き換えられたことで乗数がさらに下落したことを示唆している。

より最近の研究は,郡,州レベルでの第二次世界大戦の支出効果に焦点を当てている。Brunet (2017)は,戦争中の州レベルでの乗数はたった0.25だったとしており,国全体の乗数もたった0.3と推定されると示唆している。Cullen and Fishback (2013)は,軍事支出の郡への流入がどのように1939年(戦前)から1940年代後半~1950年代(戦後)にかけての平時の経済活動の変化に影響を及ぼしたかを検討した。

第一の効果は人口増加によるひとりあたり経済活動への小規模な効果だ。この発見はFishback and Jaworski (2016)が1960年代から2010年にかけてのより長期の効果を検討した場合も同じだった。Jaworski (2015)は南部における戦争支出の急増が南部製造業の長期の成長を促進したかを検証し,小さな影響しかなかったことを見いだした。これら全ての事例において,その著者らはひとたび経済が能力限界に達すると戦時支出が通常の経済活動をクラウドアウトしてしまうと示唆している。

通常の活動のクラウドアウトは,戦争後により明白になった。ケインジアンは政府生産と財政赤字の減少は所得を引き下げ,それによって民間消費と投資が減少すると予測した。しかし,消費と投資は戦争支出がなくなると急激に上昇した。クラウディングアウトの問題に加え,戦争開始時に生産要素を戦争用の生産に転換し,戦争終了後にそれを平時の製品向けに再転換するという多大な転換コストもあった。

戦争中の財政乗数の推定はアメリカの平時の市場経済には適用できないものとみられる。というのも,経済構造が劇的に違ったからだ。アメリカの戦時経済は準計画経済で,政府は労働力の10%を軍に入隊させ,その補償は通常の賃金よりもだいぶ低い水準だった。全ての資源について軍が最初に手をつける権利を持っており,推定GDPの36%が破壊されるか,置き去りにされるか,死蔵されるであろう戦争物資の生産に費やされた。自動車,民間住宅,ほとんどの耐久消費財の生産は中止した。軍は衣服,食料やその他の要素用の原料にも最初に手を付ける権利を持っていた。それにより,肉,ガソリン,燃料油,灯油,ナイロン,絹,靴,砂糖,コーヒー,加工食品,チーズ,牛乳は配給となった。

アメリカ経済を「民主主義の兵器工場」にした戦時生産は驚異的な成果であることは疑いようはない。非常に短い期間のうちに,アメリカ経済はライフルと拳銃1,700万丁,戦車8万両以上,弾薬410億発,砲弾400万発,艦船7万5000艇,航空機30万機近く,さらにこれ以外の多数の軍事物資とサービスを生産した2

しかし,戦時のアメリカ人はアメリカ参戦前よりも良い生活をしていただろうか。Higgs (1992, 2006)は,そうではなかったことを示すたくさんの証拠を提供している。大多数のアメリカ人にとって,第二次世界大戦の経験はドイツ,イタリア,日本に勝つために通常の消費をあきらめ,より長くつらい労働をした上,多くの人が命や手足を失ったとして記されるべきものかもしれない。

公式価格で計測されたひとりあたりの消費は,1941年から1944年にかけて民間消費に変化がなかったことを示しているが,この推定は物品の質の低下,配給物資を手に入れるための追加的費用,全くなくなってしまったその他の商品を考慮に入れていない。真の価格に基づくより優れた推定を構築するために消費統計を調整してみると,戦争中ずっとひとりあたり消費量は経済がいまだ大恐慌からの回復途中にあった1940年よりも低かった。

戦争を行い,軍需品を生産するには人間が必要だ。戦争の最後の年,民間と軍の労働力の合計の18%が軍隊におり,22%は軍需品の生産を行っていた。兵役に従事している男女は基本的には現金もしくは現物で給与が支払われており,その額は非熟練の家内労働者の稼ぎの3分の2に相当した。彼らの活動は1日24時間に渡って上官の命令で決定され,多くが危険な場所に行われた。40万人以上が死亡し,67万人が負傷した。生き残った人々も悲惨な状況で懸命に働き,生涯にわたって精神を苛まれる出来事を経験した。死者や大怪我を負った人たちひとりひとりには,多くの場合失われた彼らの命や手足を嘆き悲しむ家族や親友がいた。長期間家族が離ればなれになり,いっしょにいる時間も次の別離への恐れが陰を落としていた。

国内の労働者はより多く働いた。製造業では,1940年に38時間だった週の労働時間は1944年には45時間となった。夜勤はより一般的になり,労災率も高まった。戦時労働は,青少年を学校から,女性を家庭から,老人を引退生活から引きはがし,多くの長期計画を阻害した。給料は上昇したものの賃金上限によって制約され,多くの人は新たな機会を求めて別の町に移民せざるを得なかった。

戦争費用を賄うため,連邦政府は税率を急激に引き上げた。最高所得層の平均税率は90%に上昇した。さらに,所得税を支払う家計数は6倍になった。貧困にある家庭すら所得税を支払い始めた3 。1945年には連邦税収はGDPの20%にまで上昇したにもかかわらず,戦争費用の借入れは国の債務を2倍以上に増やし,GDPの105%にまでなった。さらに,給料はインフレによって「課税」された。インフレによって公式価格による購買力は年間5%毀損し,別の推定値を使用すると毀損は9%になった。

こうした犠牲にもかかわらず,戦争中はみんなに職があり,枢軸国に勝利するという共有された犠牲の精神が培われたため,多くの人は大恐慌と比べて戦争は繁栄の時代として記憶している。一部の個人にとっては良い方向に転んだ。黒人たちはより良い仕事を求めて北部や西部に移民した。女性の労働に対する産業界の需要は戦争中に上昇し,戦後には減少したものの,1941年の水準よりも高い状態が続いた(Shatnawi and Fishback 2018)。買うものがほとんどなかったため,人々が貯蓄や既存住宅の購入によって財を蓄えたことで,戦争によって時期は遅れたものの戦後の好景気に火を付けた。

トータルで見れば,第二次世界大戦にはアメリカ人の莫大な犠牲が伴った。とはいえ,それも6,000万~7,000万人が死亡し,工場,農場,家屋が破壊されたことで難民が発生した世界のそれ以外の地域の犠牲と比較すれば色あせるものだ。アメリカは参戦しないほうが経済的に見ればはるかに良かった。戦争が起きないほうが世界経済にとっては途方もないほど良かったのだ。

参考文献

●Barro, R (1981), “Output effects of government purchases”, Journal of Political Economy 89: 1086?121.

●Brunet, G (2017), “Stimulus on the home front: The state-level effects of WWII spending”, working paper.

●Carter, S B, S S Gartner, M R Haines, A L Olmstead, R Sutch and G Wright (2006), Historical statistics of the US, earliest times to the present: Millennial edition, New York: Cambridge University Press.

●Cullen, J, and P Fishback (2013), “Second World War spending and local economic activity in US counties, 1939?58”, The Economic History Review 66(4): 975?92.

●Field, A (2008), “The impact of the Second World War on US productivity growth”, Economic History Review 61.

●Fishback, P V, and T Jaworski (2016), “World War II and US economic performance”, in J Eloranta, E Golson, A Markevich and N Wolf (eds.), Economic History of Warfare and State Formation, Springer Studies in Economic History.

●Gordon, R J, and R Krenn (2010), “The end of the Great Depression 1939?41: Policy contributions and fiscal multipliers”, NBER Working Paper 16380.

●Higgs, R (1992), “Wartime prosperity? A reassessment of the US economy in the 1940s”, Journal of Economic History 52: 41?60.

●Higgs, R (1999), “From central planning to market, the American transition, 1945?1947”, Journal of Economic History 59: 600?23.

●Higgs, R (2006), Depression, war, and Cold War: Studies in political economy, New York: Oxford University Press.

●Jaworski, T (2017), “World War II and the industrialization of the American South”, Journal of Economic History 77(4): 1048?82.

●Shatnawi, D, and P Fishback (2018), “The impact of World War II on the demand for female workers in manufacturing”, Journal of Economic History 78(2): 539?74.

  1. 原注1;政府財政データ,失業率,各年のGDPはCarter et al. (2006: 2-83, 3-21, 3-24 to 3-26, 5-103 to 5-105, and 5-109)による。 []
  2. 原注2;Field (2008)は戦時の生産性成長は戦前や戦後よりも低かったと見いだしている。レーダーや電磁波といった戦時研究によるプラスの波及効果はあったものの,多くの軍事生産プロセスは市場製品に転用するには費用がかかりすぎた。 []
  3. 原注3;4人家族の場合,600ドル以上の所得がある場合に課税されたが,これは貧困線である993ドルよりもだいぶ下だった(Carter et al. 2006: 2-663)。 []

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください