ベントリラ他 「世界同時不況時に、スペインとフランスの失業率があんなに違ったのはなぜ?」

●Samuel Bentolila, Pierre Cahuc, Juan Dolado, Thomas Le Barbanchon, “Why have Spanish and French unemployment rates differed so much during the Great Recession? ”(VOX, January 22, 2011)


<要約>

世界同時不況時のスペインの失業率は、20%にまで跳ね上がり、EU平均の二倍にもなった。このコラムでは、スペインの失業をフランスの失業と比較し、スペインにおける失業の劇的な増加の半分近くを、雇用保護法制 [1]訳注: 「employment protection … Continue readingの違いで説明できることを主張する。本稿の知見は、この国に単一労働契約 [2]訳注: 「single labour contract」の訳。常用雇用と一時雇用を大きく分けずに、同じ契約で段階的に条件を変えていくやり方を指す。を求める声に、さらなる支持を加える材料となるだろう。

世界同時不況 [3]訳注: 「Great … Continue readingは、その規模や深刻度において過去の不況の中でも突出しているが、ことスペインの失業の話になると、気味が悪いくらいお馴染みの雰囲気になる。スペインの失業をたどることは、「荒馬に乗る」ようなものだ(Blanchard et al. 1995、Bentolila and Jimeno 2006)。スペインをフランスと比べてみよう。どちらも、同じような労働市場制度(雇用保護法制、失業手当、賃金交渉など)を共有しており、危機直前の失業率もほとんど同じ(約8%)だった。ところが、世界同時不況中のフランスの失業率は10%までしか上がらなかったのに、スペインの失業率は20%まで急増した(図1)。

図1 フランスとスペインの失業率フランスとスペインの失業率

フランスとスペインはどちらも、土壇場での柔軟性を確保するため、かつてもっとも我武者羅に一時雇用契約 [4]訳注: 「temporary … Continue readingを促進していたヨーロッパ経済の一員だ。しかし一時雇用の重要性は、フランスでよりスペインでの方がはるかに大きい。スペインでは、歴史的に全被雇用者の33%が一時雇用だったが、2007秋以降の144万の一時雇用消失後、現在では25.6%まで低下している。対して、フランスでの一時雇用労働者の比率は15%しかない。

筆者たちは最近の研究(Bentolila et al. 2010)において、以上を念頭におきつつ、スペインの方が建設業部門の比率がはるかに高いなど、それ以外の潜在的な決定要因も考慮に入れた上で、この一時雇用の部分の差によって、世界同時不況の際の失業レベルの差をどの程度説明できるかを調べてみた。

フランスとスペインは、なぜこれほど違うのか?

筆者たちは、一見すると似たような雇用保護法制(EPL)の背後に、国際比較では無視されがちな二つの大きな違いを発見した。

  • スペインの方が、常用雇用契約 [5]訳注: 「permanent … Continue readingの労働者と一時雇用契約の労働者の解雇コストの差が大きい。
  • 一時雇用契約の利用に対する規制もはるかにゆるい。

この2つの差の組み合わせ(以後「EPLギャップ」と呼ぶ)で、スペインの失業率の上乗せ分の相当部分(45%)を説明できることがわかった。

この問題を調べるため、筆者たちは、企業が常用雇用契約と一時雇用契約のどちらでも雇用できるモデルを開発した。後者では、期限が切れた時点で常用雇用契約に移行することもできるし、移行対象外の労働者はわずかなコストもしくはコストゼロで解雇できる。対照的に、常用雇用労働者の解雇には、高額の退職金が伴い、事前通告期間や法的紛争の解決にも時間がかかる。

一時雇用を容易にすると、雇用創出と雇用消失の両方が増加するので、失業に対して相反する効果がある、ということは今ではよく知られている。だが、筆者たちの研究で強調している新発見の一つは、EPLギャップが十分に大きい場合には、雇用消失の増加の方が勝つということだ。その知見によれば、このギャップが大きくなればなるほど、一時雇用から常用雇用に移行される割合は減る。なぜなら、特に一時雇用利用の制限がゆるい場合、常用雇用の解雇コストの高さが、一時雇用を長期雇用に移行するよりも、一時雇用の利用を続けることを雇用者に促すからである。その結果、EPLギャップが大きいと、景気後退時に失業が増えやすくなる。これが正確に当てはまるのがスペインだ。この国は、フランコの独裁体制下で、低賃金や自由な団体交渉の禁止と引きかえに、雇用が強く保護されていた過去があり、当時の労使関係から厳格な労使協定を受け継いだ国だ。低賃金や自由な団体交渉の禁止は、1970年代後半の民主主義の到来とともに消滅したが、厳格な労使協定に関しては、1984年に解雇コストの極めて低い一時雇用契約の利用が、常勤従業員の雇用に拡張されるまで変わらなかった。

EPLギャップに気をつけろ

雇用保護法制の厳しさの指標として幅広く使われているOECDの指数(2004)(範囲0~6)によれば、雇用保護法制全体のスコアは、フランスが3.0、スペインが3.1であった(最低値はアメリカの0.7、最高値はポルトガルとトルコの4.3)。したがって、スペインの規制はフランスの規制よりほんのわずか厳しいだけに見える。だが、この平均的な雇用保護法制指数は、実態というより法的規制に基づいており、スペインの雇用保護法制を十分に捉えていない、と考えられる正当な理由がある。実態で見ると、一時雇用の雇用保護法制に関しては、スペインの方がフランスよりはるかに弱く、一方、常用雇用の雇用保護法制に関してはその反対が成り立つ。

(企業から労働者に移転されないため)賃金交渉によって補償する事のできない、労働裁判所や労働局のような第三者機関によって生み出される事務的な解雇コストだけを考えると、二種類の契約間の格差は、スペインの方がフランスよりも50%高くなることがわかった。

その上、一時雇用契約の利用も、スペインよりフランスの方が制限されている。どちらの国でも、一時雇用契約を利用できるのは決められた場合(一時的な交換要員、季節労働、訓練など)だけであり、最高でも24カ月までしか継続できない。しかし実態としては、スペインの方がはるかに制限が少ない。たとえば、いつ完了するかわからない仕事(建設業など)は、(2010年6月の労働市場改革までは)合法的に期間を決めずに継続することができた。

EPLギャップのミスマッチに対する効果

世界同時不況以前にこの2つの経済が異なっていたもう一つの点は、1990年代後半以降、スペインの方が建設業への依存度がはるかに高かったことである(2007年の時点でGDPの11.9%、雇用の13.3%。フランスはそれぞれ6.3%、6.9%)。このようなスペインの産業特化が、その労働市場の二重構造の強さと密接に関連している、と筆者たちは主張している。実際、スペインの方がインフレ傾向が強かったため、ユーロ導入時の実質金利は、フランスの1.5のパーセント・ポイントに対して6パーセント・ポイント下落した。このことが、スペインの建設業における強い投資ブームをあおったのだが、それには少なくとも2つの理由がある。

  • 第一に、スペインの極めて柔軟性に欠ける常用雇用契約が、より革新的な産業に特化するには不向きだったことがある。そのような産業の高いリスクに対応するには、より高い労働柔軟性が必要である(Saint-Paul 1997)。
  • 第二に、その時期のスペインでは、非熟練労働力の比率が大幅に増加していたことがある。契約の極めて柔軟な低熟練職求人の多さが、義務教育からの極端に高い中退率(1987年の18%から1997年の32%に)や、低熟練移民の大量流入を促した。そのため、ほとんどの企業、特に中小企業は、低熟練労働に補完的な技術を採用した。その結果が、大規模な住宅バブルであった。

このバブルの崩壊、そして、レンタル市場の未発達や雇用の不安定に起因する地域間の労働モビリティの極端な低さが、スペインの建設業において非熟練職の35%以上を失わせた。そして、このような急速に衰退する産業から他部門への労働者の再配置プロセスの遅さを介して、スペインのミスマッチがフランスよりはるかに大きくなる原因となった。このミスマッチの大きさは、世界同時不況時のスペインのベヴァリッジ曲線が、外側に大幅に移動していることからも明らかである(図2参照)。今では、求人より失業者の方がはるかに多くなっている。

図2 スペインのベヴァリッジ曲線(1994~2010年)スペインのベヴァリッジ曲線

もしスペインの制度がフランスと同じだったら?

雇用保護法制の失業に対する影響を定量化するために、筆者たちは、上記モデルのパラメータの経験的な対応物を探し、景気拡大期(2005~2007年)および世界同時不況期(2008~2009年)における両国の失業率、一時雇用職の割合、常用雇用職の消失率などの一連の労働市場変数に一致するようにした。世界金融危機の影響は、負の総生産性ショックやミスマッチの拡大によって捉えられる。先の議論と一致するが、不況時のフランスの目標変数に一致させるためには、(生産性の約10%の)負の総ショックだけで十分だが、同時期のスペインの目標変数に一致させるには、フランスと同じような総ショックに加えて、マッチング効率性の約40%の低下が必要であることを、筆者たちは発見した。

モデルがどちらの期間ともうまく一致するようになったところで、筆者たちは、もし世界同時不況の直前にスペインがフランスの雇用保護法制を採用していたら、不況中のスペインの失業率の増加はどうなっていたか、という事実と異なるシミュレーションを実行した。フランス経済のEPLギャップをスペイン経済に適用した結果は、ロバストなものであった。もしスペインが危機より前にフランスのより低いEPLギャップを採用していたら、失業率の増加は、実際に観察された値より約45%低くて済んだ(つまり、2005~2007年および2008~2009年に観察された失業率の上昇が7.5パーセント・ポイントだったのに対し、4.1パーセント・ポイントの上昇で済んだ)。

最後に付け加えると、短期的(最初の6カ月程度)な失業率上昇の緩和は、長期的(1年半程度)な緩和に比べると少ない(約2パーセント・ポイント少ない)ことを、このシミュレーションの動態は示している。というのも、不況の初期には、EPLギャップの縮小は、レイオフのコストを低下させることにより、雇用消失を悪化させるからだ。しかし、この短期的な影響は、後でより大きな雇用創出によって相殺される。その結果、失業率上昇分の差は、上記の通り3.4パーセント・ポイントになる。

結論

近年のヨーロッパでは、単一労働契約の導入によりEPLギャップを取り除こうというアイデアを擁護する政策構想がいくつかあった(Bentolila et al. 2010を参照)。このような提案はすべて、常用雇用契約と一時雇用契約の分裂がもたらす悪影響を強調している。その結果として、一時雇用契約のほとんどを否定し、仕事の年功にともなって退職金が増えるような単一労働契約の導入を擁護している。本研究は、このような提案を支持する材料を与えるものと、筆者たちは考えている。 [6]訳注: 雇用保護法制や単一雇用契約については、よろしかったらこちらの翻訳もどうぞ。


参考文献

●Bentolila, S, T Boeri, and P Cahuc (2010), “Ending the Scourge of Dual Labour Markets in Europe”, VoxEU.org, 12 July.

●Bentolila, S, P Cahuc, J Dolado, and T Le Barbanchon (2010), “Two-Tier Labor Markets in the Great Recession: France vs. Spain”, CEPR DP 8152.

●Bentolila, S and JF Jimeno (2006), “Spanish Unemployment: The End of the Wild Ride?”, in M Werding (ed.), Structural Unemployment in Western Europe: Reasons and Remedies, MIT Press.

●Blanchard, OJ et al. (1995), “Spanish Unemployment: Is There a Solution?”, CEPR Report.

●Blanchard, OJ and A Landier (2002), “The Perverse Effects of Partial Labor Market Reform: Fixed Duration Contracts in France”, Economic Journal 112: 214-244.

●Cahuc, P and F Postel-Vinay (2002), “Temporary Jobs, Employment Protection and Labor Market Performance”, Labor Economics, 9:63-91.

●Mortensen, DT and CA Pissarides (1994), “Job Creation and Job Destruction in the Theory of Unemployment”, Review of Economic Studies, 61:397-415.

●Saint-Paul, G (1997), “Is Labour Rigidity Harming Europe’s Competitiveness? The Effect of Job Protection on the Pattern of Trade and Welfare”, European Economic Review, 41:499-506.

References

References
1 訳注: 「employment protection legislation」の訳。意訳して「解雇規制」とすることも考えたが、日本との制度の違いでニュアンスが変わってしまう可能性を考えて、直訳に近い訳とした。
2 訳注: 「single labour contract」の訳。常用雇用と一時雇用を大きく分けずに、同じ契約で段階的に条件を変えていくやり方を指す。
3 訳注: 「Great Recession」の訳。頭文字が大文字になっている場合は、単なる「大きな不況」ではなく、2007年の世界金融危機以降の世界同時不況を指す。
4 訳注: 「temporary contracts」の訳。これも意訳して「非正規雇用」とすることも考えたが、日本との制度の違いでニュアンスが変わってしまう可能性を考えて、直訳に近い訳とした。
5 訳注: 「permanent contracts」の訳。これも意訳して「正規雇用」とすることも考えたが、日本との制度の違いでニュアンスが変わってしまう可能性を考えて、直訳に近い訳とした。
6 訳注: 雇用保護法制や単一雇用契約については、よろしかったらこちらの翻訳もどうぞ。
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  1. 最初に結論ありきで、本質的な問題を見失っているように思える。

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