経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

ベンヤミン・ボーン, ゲルノート・ミュラー,モリッツ・シューラリク, ペトル・セドラーチェク「安定した天才: 合衆国経済への 『トランプ効果』 を推定する」(2018年7月18日)

Benjamin Born, Gernot Müller, Moritz Schularick, Petr Sedláček, “Stable genius: Estimating the ‘Trump effect’ on the US economy“, (VOX, 18 July 2018)


合衆国の成長と雇用は過去18ヶ月にわたり盤石を誇ってきた。そうしたなかトランプ大統領は度々こうしたトレンドをかれの個人的功績に帰している。本稿では、トランプ無しの合衆国経済がたどったであろう推移を考察してゆく。ひとつの分析が示すところ、選挙後トランプ政権下の合衆国経済パフォーマンスと、トランプ無しの合成的 「ドッペルゲンガー」 合衆国経済のあいだに違いは無い。これは、これまでのところ 「トランプ効果」 が存在しなかったことを示唆する。

多くの尺度でみて、合衆国経済はいま好調を迎えている。そうした指標をひとつピックアップすれば、2018年5月に失業率は、3.8%という、ここ二十年間で最も低い値に到達した。トランプ大統領は、就任してから1年と半年になるが、こうした展開を自らの功績と称して憚らない。その特徴的な誇張表現をもってかれが主張するところ:

我々はいま最高に素晴らしい経済を迎えている。これまでなかったほどいや歴史上なかったほどかもしれない。我々がこれまで経験したなかで最も素晴らしい経済だ…. 勝ったのが我々でなければ、この経済も駄目になっていただろう」(Trump 2018)

ホワイトハウスが出した最近の発表は、トランプ大統領の 「成長指向アジェンダ (pro-growth agenda)」 のおかげで 「合衆国経済は300万近くの雇用を創出した」(The White House 2018) と主張している。しかしこの好況に沸く経済にたいし、トランプ大統領は、本当のところどの程度の功績を認められるべきなのか?

この問いに答えるには、単に合衆国経済パフォーマンスのみに着目していてはいけない。そうではなく、トランプ大統領が不在だったとしたら合衆国経済はどんな風に推移していったか、これを解明することで、実際のパフォーマンスと反実仮想的な 「トランプ無し」 シナリオの比較を可能にする必要がある。その種の適切な反実仮想を衆国経済について確保するにあたり必要となるのは、慎重な統計的分析である。我々の新たな論文では、まさにそのような分析をおこなっている (Born et al. 2018a)。

反実仮想の確保

単純なアプローチでは、なにか経済構造の点で比較的似通っているように見える別の国をピックアップし、それをベンチマークに利用するという流れになるだろう。例えば、2017年以降の合衆国経済パフォーマンスを、カナダやEUといったその他の先進経済と比較するといったように。しかし、これは様々な理由から到底満足できるものではない。どの国と比較すべきかは、どうすれば分かるのだろうか?

我々のアプローチでは、データ自身に語らせる。あるアルゴリズムを用いて、合衆国以外の諸経済をどのように組み合わせれば、2016年選挙以前に合衆国実質GDPがたどった推移と可能なかぎり最も正確にマッチするのか、これを決定させたのである。この目的を果たすため、我々はその他30個のOECD経済と1995Q1から2016Q3にいたる観測値をふくむ大規模データセットに依拠している。良好なマッチが得られたならば、つづいてトランプ選出以降に合衆国経済がたどった推移を、トランプ選出なる 「処置」 を施されていないこのドッペルゲンガーと比較することができるようになる。

このいわゆる合成対照法 (synthetic control method) は、Abadie and Gardeazabal (2003) にまで遡れるもので、本件の他にも類似の一回型事件、たとえばドイツ再統合や合衆国におけるタバコ法制の導入といった出来事につき、その効果を研究するさい応用され成功を収めている (Abadie et al. 2010, 2015)。ちなみに我々の最近の論文でもこの手法を利用し、ブレクジットの経済コスト特定をおこなっている (Born et al. 2018b)。

強調すべき重要な点だが、本アルゴリズムによりピックアップされる経済とそれに与えられるウェイトは全面的にデータ駆動型となっており、他の研究者による追試にも開かれている。アルゴリズムが、合衆国に経済面で近似したドッペルゲンガーを、その他のOECD経済のウェイト付き組み合わせの形でうまく構築できれば、その分だけ本研究結果も正確になるはずだ。合衆国につき、マッチングアルゴリズムは高度のウェイトを、カナダと英国、しかしデンマークとノルウェーにも、帰属させている (詳細はBorn et al. 2018aを参照)。

影響ゼロ: トランプ大統領と合衆国の成長

図1はドッペルゲンガー (赤) と合衆国 (青) についての我々のGDP測定値を示している。2016年11月大統領選挙以前をみると、実質GDPの推移は合衆国とドッペルゲンガーとで極めて似通っている。ドッペルゲンガーは合衆国GDPの時間経路にマッチするように構築されているが、自由なパラメータ (30個の国別ウェイト) より観測値のほうが数が多く、したがってドッペルゲンガーが実際の実質GDPにかくも肉薄している事実は特記に価する。なにより、ドッペルゲンガーは同一のトレンド成長を見せるのみならず、景気循環的変動のほうも類似しているのだ。例えば、ドッペルゲンガー経済が大不況期にこうむった落ち込みも類似的である。

図 1 合衆国とドッペルゲンガーのGDP (指標)

: 点線は予想値。影付き部分は合衆国とドッペルゲンガーのあいだに処置以前にみられた差分の1標準偏差に対応する。

さて合衆国経済はトランプ選出後にドッペルゲンガーをパフォーマンスで上回っているだろうか? ドッペルゲンガーは合衆国経済がトランプ選出無しのばあいにたどったであろう推移についての自然な反実仮想を表わしていることを念頭に置いておいてもらいたい。図1では垂直の線でトランプ投票を表示している。メインの結果は容易に目で見てとれる – ドッペルゲンガーとの対比で見るかぎり合衆国経済の加速というものは存在しない。もしなにかあるとすれば、初期段階でより高いパフォーマンスを出しているのはドッペルゲンガーのほうであり、しかも2018年までに検出可能な差は無くなっている。

強調すべき重要な点だが、ドッペルゲンガーは投票に さきだつ 時期の観測値のみを基礎として構築されている。にもかかわらず、ドッペルゲンガーは合衆国経済の振舞に投票後も肉薄している。これが意味するのは、合衆国経済が選挙前にみられたところとほとんど同じように振舞っていることだ。換言すれば、トランプの存在は合衆国の成長にとって重要ではなかった (immaterial) のである。ドッペルゲンガーの成長もほとんど同じくらい早かったのだから。

この結果は、他のシチュエーションにおいて合成対照法が発見を助けた実体的効果とコントラストをなす。例えば、我々のブレクジット分析では、GDPにたいする大規模かつ有意な効果が確認されている。レファランダム後のななつの四半期が過ぎる間に、英国GDPはドッペルゲンガーとの対比において2%近くもの低下をみせたのである。

図 2 合衆国およびドッペルゲンガーにおける雇用 (指標)

: 点線は予想値。影付き部分は合衆国とドッペルゲンガーのあいだに処置以前にみられた差分の1標準偏差に対応する。

図2はこのメッセージを強めるものである。同図では、GDPを総民間雇用 (total civilian employment) に代えたうえ、合衆国経済がトランプ政権下に置いてドッペルゲンガーを上回る雇用を創出してきたかを検証している。雇用に注目するのは、雇用状況に関してホワイトハウスから発信されている数多くの発言とツイートに鑑みれば自然だろう。図2はこうした諸々の殆どが 「フェイクニュース」 であることを暴露する。選挙以降に合衆国経済がみせた雇用パフォーマンスはドッペルゲンガーと全然異なっていなかった。データ中に、トランプ大統領のおかげで生じた雇用創出の加速を示すものは、なにもない。

結論

合衆国マクロ経済パフォーマンスにたいするトランプ大統領のインパクトは、これまでのところ無視出来る程度だ。適切なベンチマークとの対比するかぎり、合衆国経済における成長の加速も雇用創出の増加も計測されなかった。

つぎのような懸念はありうるだろう。すなわち、合衆国はグローバル経済にかなり統合されているので、同国の政策は地球全体で感得されるほどになっているのではないか。換言すれば、トランプ政策はすべての経済を向上させたので (lifted all boats)、差分的な効果が見つからないだけなのかもしれない。しかし、トランプ効果が確認されないのは、トランプ政策から残余の世界に波及効果が生じた結果に他ならないというのは、様々な理由でありそうにない。というのも、トランプ政権が施行した政策の多くは、金融緩和や租税改革など、国内に焦点を合わせたものだったからだ。

個別政策への詳細な分析は、今後の研究のために残しておきたい。現時点で我々が確信しているのは、トランプ大統領は 「これまでで最も素晴らしい経済」 をおおむね相続したのだということだ。とはいえ我々は、トランプ大統領が合衆国のマクロ経済パフォーマンスの悪化を招いた旨を示すエビデンスは今日にも存在しないこと、こちらも承知している – かれが 安定した、天才であるというのは、本当なのだ。

参考文献

Abadie, A and J Gardeazabal (2003), “The economic costs of conflict: A case study of the Basque country”, American Economic Review 93(1): 113–132.

Abadie, A, A Diamond and J Hainmueller (2010), “Synthetic control methods for comparative case studies: Estimating the effect of California’s tobacco control program”, Journal of the American Statistical Association 105(490): 493–505.

Abadie, A, A Diamond and J Hainmueller (2015), “Comparative politics and the synthetic control method”, American Journal of Political Science 59(2): 495–510.

Born, B, G J Mueller, M Schularick and P Sedlacek (2018a), “Stable genius”, Mimeo.

Born, B, G J Mueller, M Schularick and P Sedlacek (2018b), “The costs of economic nationalism: Evidence from the Brexit experiment”, CEPR Discussion Paper 12454.

Trump, D (2018), “complacent”, 30 March.

The White House (2018), “Results of President Donald J. Trump’s Pro-Growth Agenda”, Briefing, 5 June.

 


コメントを残す