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ポール・クルーグマン「崩壊を待ちながら」

Paul Krugman, “Still Waiting for the Collapse,” Krugman & Co., November 20, 2014.
[“Rage of the Traders,” The Concience of a Liberal, November 13, 2014.]


崩壊を待ちながら

by ポール・クルーグマン

World Economic Forum/The New York Times Syndicate

World Economic Forum/The New York Times Syndicate

ぼくもバカな経済論にはずいぶんと慣れてるけど,それでもたまに,経済の卓見として出回ってる説の馬鹿さ加減がぼくの予想すら上回ってくれることがある.

政府統計にデッチアゲがあると確信してる「インフレの真実」論者の億万長者ポール・シンガーが,「イースト・ハンプトンの不動産をごらんなさい,ハイパーインフレーションが起きているではありませんか」なんてことを言ってたのは,さすがにウォール街だって恥ずかしい話だと思ってしらんぷりして済ますだろうと本気で予想してた.ところがどっこい.どうやらシンガー氏の投資家宛て書簡を,トレーダーや大物たちが熱心に回し読みしてるらしい.まるで,フォアグラのスライス以来の大事件みたいに.

さて,これはどういうことだろう? 『ProPublica』の Jesse Eisinger は,ヘッジファンド連中があげる怒りの声に根拠を探し出そうと試みている.Eisinger によると,インフレ統計がごまかされているという主張は馬鹿げているけど,政府と FRB は財政の健全性について虚偽の印象をつくりだしているので,これが一種の欺瞞だという全体的な認識は正しいんだそうだ.

わるいけど,そんな話には乗れないな.

たとえば,「これまでのストレス・テストはすべて虚偽だ」「銀行は本当は支払い不能で破綻寸前だった」と主張したい人に考えてもらいたいんだけど,それならすでになんらかの報いが起きてていいはずだよね? 後から振り返って見ると,多くの資産が市場のパニックのおかげで一時的に価格を過小評価されていたのは明らかだし,多くの人が(ぼくも含めて)思っていた以上に大銀行はいい状態にあったのが判明してる.

さらに,Eisinger 氏は,ぼくが知るかぎりなんの証拠もなしに,シンガー氏のような連中が妥当な分析を述べていることにしてしまっている.シンガー氏が通貨毀損だの虚偽の経済成長だのについて語るのは,「通貨が毀損されている」「アメリカの経済成長は偽物だ」と彼が本気で信じているからであって,べつに他の経済がらみの欺瞞の比喩として言ってるわけじゃないと見た方がいいだろう.

ああいう認識はどこからでてきてるんだろう? 経済学者のブラッド・デロングによる先日の分析が正しいことを突いているとぼくはいまも思ってる.ここでぼくらが目の当たりにしてるのは,トレーダー連中が過去の相関関係に目を向けて――マクロ経済学を見下しながら――「低金利は必ず歴史上の標準的な水準にまで戻ってくる」と結論づけている様子だ.金利がてんでそんなことにならなかったときには,連銀の介入に目を向ける――これが彼らの目には,「ロンドン・ホエール」スタイルの巨大なトレーダーが,必ず失敗する巨額の賭けをやって市場をゆがめているように見える.そこで,このトレーダー連中は傍観を決めこんで崩壊を待った.

そして,その崩壊は一向に起こっていない.なぜって,連銀はごろつきトレーダーじゃないし,金利の歴史的な標準的水準は不況が長引いててレバレッジ解消してる経済では無意味だからだ.でも,自分たちが間違っていたとは認めずに――ましてケインジアンのマクロ経済学からなにか学べることがあるなんて認めるはずもなく――トレーダー連中は悪態をついて「ぜんぶインチキだ!」と言い張るんだ.

そうそう,大金持ちって,自分がバカっぽく見えてることがまるでわかってないことがよくあるね.なんたって,金持ちの取り巻き連中のなかに,わざわざ「バカみたいですよ」って教えてやるやつなんていると思う?

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

景気回復懐疑論

by ショーン・トレイナー

11月4日,億万長者ヘッジファンドマネジャーのポール・シンガーが投資家たちに書簡を送ってこう主張した:2008年金融危機以降のアメリカにおける経済成長は「偽物」――FRB の量的緩和政策の結果だ.

また,シンガー氏はさらにこうも非難している:政府はインフレ率その他の経済指標で誤報を流している.書簡で,シンガー氏はアメリカ不動産の一部地域で急速に住宅価格が伸びている点や最高級アート市場で価格がうなぎ登りになっている点を指摘して,インフレ率急上昇の証拠だと述べている.

アナリストのなかには,彼の主張を取り上げて問題にした人たちがいる.『ワシントン・ポスト』のマット・オブライエン記者はシンガー氏をはじめとする「インフレの真実」論者たちの主張に11月6日付けの記事で反論した.「インフレの真実」論者とは,公式の統計が示しているのと逆にインフレ率は上昇しているか,すぐにも上昇すると考えている人たちのことだ.

「どんな陰謀論もそうであるように,この説も十分ありそうに聞こえる話から出発する」とオブライエン氏は記す.「まず,彼らはこう語る――『政府はインフレ率を低く算出している.つまり,財の品質や,人々が類似のより安価な財で代替する方法を折り込んでインフレ率を調節する際に,低く数字を出しているのだ』というのだ.唯一の問題は,MIT の《ビリオン・プライス・プロジェクト》[http://bpp.mit.edu/] のような独立系の指標も政府統計とおおむね同じだという点だ.(…)こうした主張につづけて,彼らはこう指摘する――『一部の価格はすべての価格の加重平均よりも伸びているぞ』.あたかも,これでなにか誤魔化しがなされているかのように語るのだ.だが,そもそも平均とはそういうものだ.」

『ニューヨーク・タイムズ』の金融関係の主任記者フロイド・ノリスによると,インフレの真実論者たちのなかには,矛盾したことを信じているように見える人たちがいるという.「政府官僚に虚偽の統計をつくるよう政治家たちは強制でき,しかもなんらそのことを漏洩させずにいられるという話は信じがたい」とノリス氏は11月6日に書いている.「そうした陰謀がもしも長らく存続しえたならば,組織の見事な手腕を示すものとなるだろう.だが,この陰謀論を信じている人々は,他方で,「政府は総じて無能であり,なに1つとして正しくやれない」とも信じている.この2つの信念は,合致しない.」

© The New York Times News Service


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