マーク・ソーマ 「ヒッブスの『パンと平和』モデルは大統領選挙の行方について何を物語っているか?」(2008年3月12日)

●Mark Thoma, ““Implications of the ‘Bread and Peace’ Model for the 2008 US Presidential Election””(Economist’s View, March 12, 2008)


去る2月にダグラス・ヒッブスの「パンと平和」モデルの話題を取り上げたことがあった〔拙訳はこちら〕が、そのエントリーに対してヒッブス本人からコメントが寄せられている。曰く、「我が『パンと平和』モデルが2008年の大統領選挙に対してどのような含意を持つかを分析した論文を仕上げたばかり」とのこと。

よし、乗っかろうじゃないか。まずは2月のエントリーの一部を以下に再掲するとしよう。

Bread, Peace, and the 2008 Election” by Lane Kenworthy:

米国大統領選挙の結果をかなり高い精度で予測できることで知られるモデルがある。ダグラス・ヒッブス(Douglas Hibbs)によって発展させられた「パンと平和」モデルがそれだ。

・・・(中略)・・・

〔大統領選挙の結果がどうなるかは、一人あたり実質可処分所得の伸び率(=「パン」変数)の高低によっておおむね予測できるが〕、例外の年もある。1952年と1968年だ。・・・(略)・・・ここで、「パンと平和」モデルのもう一方の片割れである「平和」変数にご登場いただくことになる。どちらの年も政権党たる民主党が敗北を喫することになった(共和党側の候補者が民主党側の候補者を破り、それまで民主党によって握られていた大統領の席を奪い取った)わけだが、継続中の戦争で米軍の死者数(総数)が大量に上ったことが大きな痛手となったのだった。1952年に関しては朝鮮戦争、1968年に関してはベトナム戦争ということになるが、戦争の犠牲(米軍の戦死者数が大量に上ったこと)の責任が政権党たる民主党に帰せられたわけである。朝鮮戦争にしても、ベトナム戦争にしても、その余波はその次の大統領選挙(1956年および1972年)にまで及んだわけだが、当時の政権党たる共和党への逆風とはならなかった。どちらの戦争も(共和党によってではなく)民主党が政権党だった時代に始められたからである。

・・・(中略)・・・

2008年の大統領選挙の行方について「パンと平和」モデルからどのような予測を導けるだろうか? 時期尚早ではあるが、どういう結果が占われるかちょいと探ってみるのも面白そうだ。2007年終盤までのデータに照らす限りだと、・・・(略)・・・勝利するのは共和党側の候補者。モデルからはそのような予測が導かれることになる。

・・・(中略)・・・

意外だろうか? 国民にしても、その道の専門家にしても、その多くが民主党側の候補者の勝利を予想している。そう予想するのももっともと思える理由も確かにいくつもある。共和党所属の現職の大統領(ジョージ・W・ブッシュ)は不人気この上ないし、2006年の中間選挙(上下両院選挙)では民主党が大きく躍進することになったし、民主党支持者の方が共和党支持者よりも意気盛んであるように見える。有権者が重視している二大争点――「景気」と「イラク戦争」――も民主党側の候補者に有利に働くんじゃないかとも思える。・・・(略)・・・

ヒッブス本人による最新の分析結果では、異なる結論が導かれているようだ。

Implications of the ‘Bread and Peace’ Model for the 2008 US Presidential Election” by Douglas Hibbs:

【要約】大統領選挙の結果がどうなるかは、客観的に測定できるわずか二つの変数(根本的な決定因)によってうまく説明できる。その二つの変数とは、(1) 現大統領の任期中における一人あたり実質可処分所得の伸び率の加重平均値、および、(2) 連邦議会による正式の宣戦布告なしに米軍が一方的に投入された国外での紛争において命を落とした米軍人の総数(米軍の戦死者の総数)、である。現職のブッシュ大統領の二期目の任期中のうちで、2007年終わりまでの一人あたり実質可処分所得の伸び率の加重平均値を計算すると、その値は1.1%。同様のパフォーマンスが任期の残りの期間も続くようなら、加えて、他の事情に変化がないと仮定できるようなら、共和党のホワイトハウス支配もどうにかこうにか続きそう(2008年の大統領選挙で共和党側の候補がギリギリで勝利しそう)と言えそうだ。しかしながら、アメリカ経済は今年(2008年)のはじめから景気後退入りしており、一人あたり実質可処分所得の伸びが今後(ブッシュ大統領の任期の残りの期間に)落ち込む可能性は極めて高い。さらには、イラク戦争での米軍の戦死者の数は、本選挙当日までの間に、累計で4500人に達すると見込まれている。仮にその見込み通りになったとすれば、政権党たる共和党側の候補の得票率が0.75%以上引き下げられる格好となる可能性がある。かような諸事情を勘案すると、「パンと平和」モデルからは、共和党側の候補の得票率は46~47%にとどまり、2008年の大統領選挙は民主党側の快勝に終わる、との予測が導かれることになる。

ホッと胸を撫で下ろす・・・のはまだ早い。ヒッブスの声にもう少し耳を傾けるとしよう。

【いくつかの留保】「パンと平和」モデルの狙いは、大統領選挙の結果を左右する根本的な決定因の効果を定量的に明らかにすることにある。どの選挙についても言えることだが、その最終的な結果はランダムな要因だったり、その時々の特殊な要因だったりによっても影響される。その時々の特殊な要因が、根本的な決定因の根強い影響を覆い隠すだけのインパクトを持つことも時としてある。その時々の特殊な要因(思いがけない特異な出来事)が政治という営みに面白味を大量に添えている面があることも否定できない。・・・(略)・・・

2008年の大統領選挙での民主党側の候補には、女性か、あるいは、アフリカ系アメリカ人の男性のいずれかが選ばれる可能性が高い。どちらが選ばれるにしても、史上初めての例だ。アメリカというのは成熟した国家であり、選挙の最終的な結果には候補者の人種だとか性別だとかは何の影響も持たない。アメリカ国民の多くはそう考えたがるものだ。その一方で、アメリカ国民の多くはリアリストでもある。「選挙の最終的な結果には候補者の人種だとか性別だとかは何の影響も持たない」というのは未だ検証されていない仮説に過ぎず、その真偽のほどは不明と弁(わきま)えられるだけの冷静さを備えたリアリストでもあるのだ。人種だとか性別だとかが持つ効果は諸刃の剣のようなところがあるが、2008年の大統領選挙に関する限りだと、その効果は差し引きして民主党側の候補に――どちらかと言うと、民主党側の候補にヒラリーが選ばれた場合よりもオバマが選ばれた場合の方が特に――不利に働く可能性が高いと思われる。反対に、共和党側の候補に目を向けると、ジョン・マケインの年齢だったり健康状態だったりという問題がある。仮にマケイン(1936年8月29日生まれ)が民主党側の候補を倒して大統領選挙に勝利するようなことになれば、史上最高齢での大統領就任ということになろう。マケインの年齢に対しては、党大会が終わって以降に、有権者の間でますます注目が集まり出す可能性がある。さらには、メラノーマ(皮膚がん)の問題もある。マケインはこれまでに悪性ではない皮膚がんに三度苦しめられたことがあると伝えられているが、皮膚がんという要因はマケインの足を大きく引っ張る可能性がある。仮に悪性の皮膚がんと診断されでもしたら、おそらくそのことを隠し通すことは不可能だろうし、マケインが勝利する可能性もグッと低くなる――本選挙での得票率は根本的な決定因から予測される値よりもずっと低くなる――ことだろう。

その時々の特殊な要因の中では、候補者個人の性別だとか人種だとか健康状態だとかといった属性よりも、民主党側の候補者選びのプロセス(予備選挙)の方が重要な役割を演じる可能性がある。「党則に違反して予備選挙の日程を前倒ししたフロリダ州およびミシガン州選出の代議員には党大会での投票を認めない」とする民主党全国委員会の決定が覆り、投票がやり直されるわけでもなく、(フロリダ州の予備選で二位の得票数に終わった)オバマの同意も得られないままに、両州の代議員の(党大会での)投票権が復活。そのことが追い風となってヒラリー・クリントンが民主党側の候補に選ばれるなんてことになれば、熱心な民主党支持者の多くが眉をひそめる結果となり、本選挙では敵陣営のマケインに票を投じるなんてことになりかねない。根本的な決定因は民主党側の候補の勝利を予測しているにもかかわらず、マケイン(共和党側の候補)が勝ってしまう可能性もあるわけだ。フロリダ州での選挙の手続きを巡るゴタゴタが、またもや共和党にホワイトハウスを明け渡す助け舟になるやもしれないというのは、何とも皮肉ではある。

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