マーク・ソーマ 「保護主義の本能」(2010年10月7日)

●Mark Thoma, “The Protectionist Instinct”(Economist’s View, October 07, 2010)


講義の合間での即席になるが、燃料を少々投下しておこう(以下の引用では省略してあるが、ハイエクの洞察にも負っているとのこと)。

The Protectionist Instinct” by Paul H. Rubin, WSJ:

失業率の高止まりが続く中で選挙の投票日が近づいているが、多くの政治家たちは、例のごとく、自由貿易(および海外へのアウトソーシング)に反対するキャンペーンを展開中だ。いくつかの世論調査の結果によると、一般の有権者の間では、自由貿易の恩恵を疑問視する見方が強まっているようだ。国際貿易の話題ほど、一般人と経済学者との間で意見が食い違う話題はないだろう。

・・・(中略)・・・

国際貿易に関する一般人の見方(信念)は進化心理学的な観点から説明をつけることが可能だが、具体的には、進化の過程で培われることになった二通りの心理的な傾向が関わってくる。まず一つ目は、「ゼロサム思考」に傾きがちな傾向である。経済が成長する(パイが拡大する)可能性であったり、国際貿易が経済成長を後押しする可能性だったりというのは、直感的には理解しにくいところがあるのである。

我々の遠い祖先が生きた世界は静的な世界であり、異なる集団の間で交易が行われることもほとんどなければ、テクノロジーの進歩もほとんど見られないような世界だった。我々の思考(精神)は、そのような(静的でゼロサム的な [1]訳注;この点は、昨日訳出したばかりの記事(アレックス・タバロック 「進化とモラルコミュニティー … Continue reading)世界を理解するべく進化を遂げてきたのである。とは言っても、人間にとって、「交換(ないしは貿易)は、双方の利益になる」(交換は、ポジティブサムの結果をもたらす)との概念は決して理解し得ないわけではない。「学ぶ」という経験を積まなければ、理解できないのだ。

「ポジティブサム思考」は、何もしなくても自然と身に付くようなものではない。(学校等で)誰かに教えられなくても「話す」ことは次第にできるようになるが、「読む」こととなると、そうはいかない。比喩を使わせてもらうなら、交換には相互利益が伴うという考えを理解する(「ポジティブサム思考」を身に付ける)ことは、文字を読めるようになることと似ていると言えるだろう。

次に、二つ目の傾向に話を移そう。我々の遠い祖先が生きた世界は、敵意に満ちた世界でもあった。我々の祖先は、近隣の集団とひっきりなしに拳を交えており――チンパンジーがそうであるように――、そのような日常を送るうちに、「ウチ」(内集団、「我ら」、仲間)と「ソト」(外集団、「彼ら」、敵)に差別を設ける強力な本能(「内集団ひいき」)が培われるようになっていった。「ウチ」をひいきする傾向は今日にまで受け継がれ、数多くの場面でその頭をもたげてくることになる。

地元のスポーツチームに肩入れするといったようなかたちで「内集団ひいき」が現出するのであれば害はないが、「内集団ひいき」が国際貿易の場面で頭をもたげてくるようであれば、そうも言っていられない。「内集団ひいき」が最も有害な帰結をもたらすのは、戦争を誘発する要因となる場合だ。「貿易戦争」と比喩的に語られることがあるが、このことは、(「貿易」に関わる本能であったり、「戦争」に関わる本能であったりといった)有害な本能が互いにいかに似通っているかを物語っていると言えよう。

「ゼロサム思考」と「内集団ひいき」という二通りの心理的な傾向が手を取り合う結果として、国際貿易に対する世間一般の常識的な見方(というか誤解)が導き出されることになる。職の数は固定されている――「ゼロサム思考」――にもかかわらず、海外との貿易なんかに乗り出せば、「仲間」(同胞の労働者)の職を「敵」(海外の労働者)に奪われてしまうことになる――「内集団ひいき」――ではないか。ついそう考えてしまうのである。不正確(間違い)であるにもかかわらず、自然な見方であるように感じられてしまうのだ。・・・(略)・・・

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1 訳注;この点は、昨日訳出したばかりの記事(アレックス・タバロック 「進化とモラルコミュニティー ~進化の名残としての『ゼロサム思考』~」)を参照されたい。
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