ピーター・ターチン「“ビッグ・ソサエティ(大きな社会)”は“ビッグ・ゴッド(大きな神)”を必要としているのだろうか?」(2019年3月21日)

人類の協力規模は、過去1万年の間に大きく拡大し、数百人から数億人へと拡大した。このような人類社会の規模と複雑さの劇的な拡大を説明する有力な説に、「ビッグ・ゴッド(大きな神)仮説」がある。

Do “Big Societies” Need “Big Gods”?
March 21, 2019
by Peter Turchin

人類の協力規模は、過去1万年の間に大きく拡大し、数百人から数億人へと拡大した。このような人類社会の規模と複雑さの劇的な拡大を説明する有力な説に、「ビッグ・ゴッド(大きな神)仮説」がある。この説の基本的な考え方は、アラ・ノレンザヤンが自著で説明しているように、「監視されている人は良い人になる」というものだ。小規模な社会では、人は常に親類縁者に監視されているため、公共財を生産する集団的営為にフリーライドするような反社会的行為には制裁が加えられる。しかし、見ず知らずの人との協力が必須となっている大規模な社会では、誰が監視を担うのだろうか? 全知全能の超自然的な存在が、人の悪事を監視し、場合によって現世で(天罰という形で)罰したり、場合によっては死後の世界で罰することで、その役割を担っている。これが、ビッグ・ゴッド仮説の支持者達による解答である。

アヌビス神は、亡くなったばかりの人の心臓の重さを、マアトの羽と測り比べる:出典元

この解答は、非常に大規模な集団でのフリーライドの問題を解決する妥当な説明であり、やや還元主義的であることを置いておけば、理にかなっていると思われる(アラ・ノレンザヤンの本への以前の書評を参照〔本サイトでの翻訳はここ〕)。異文化研究によって、社会の複雑性と、道徳的に高次な存在への信仰との間に強い関連性があることが確認されている(この論文と論文内の参考文献を参照)。セシャトのデータでも同じパターンを見ることができる。
〔訳注:セシャトはターチンが主催する、歴史の大規模定量データの収集を目的に設立された研究機関。古代エジプトにおける、知恵、知識、記述を司るセシャト神から名付けられている。〕

しかし、統計学者なら誰もが指摘するように、相関関係は因果関係を意味しない。特に、観察による経験的なパターンからは、「ビッグ・ゴッドがビッグ・ソサエティを生み出した」という考えと、「ビッグ・ソサエティがビッグ・ゴッドを生み出した」という考え、どちらも等しくありえる。因果関係の矢印は、どちらを向いているのだろう? 先行研究では、ある時点での社会の特徴を観察した「静的」なデータとなっており、この問いに答えを出すのが困難となっている。セシャトデータバンクでは、世界各地の社会が、時間の経過とともにどう変化してきたのを追跡している。これは、真に独創的な情報ソースである。セシャトでのデータ蓄積の結果、「ビッグ・ゴットとビッグ・ソサエティのどちらが先か?」という、極めてシンプルでありながら、非常に重要な問いへの解答が可能となった。

水曜日、私を含むセシャトの研究チームは、この問いへの解答を示した論文をネイチャー誌に発表した。我々は、世界各地の30の異なる場所から414の政体(独立した村から、首長国、国家、帝国に至るまでの独立した社会)を分析した。

道徳的な神への信仰を、世界的な分布とその時期で見てみると、複雑な社会で出現していることが分かる。個々の円の面積は、該当地域において道徳的な神を伴って最初期に登場した社会的に複雑な政体、植民地化された地域では植民地化される前に道徳的な神を伴って最初期に現れた政体の規模を表している。数値(千年単位)は、信仰対象である道徳的な神の最初の出現が何年前かを、千年単位で表したものである。色は、道徳的な神の種類を表している。(Whitehouse, François, Savage, […] Turchin. ネイチャー誌2019年掲載論文より引用)

分析は、紀元前9600年の新石器時代のアナトリア人社会(現トルコ)を開始点とし、1万年以上にかけて行っている。我々の分析によって、ビッグ・ソサエティとビッグ・ゴットの間に関連性があることが確認された。多くの事例で、この2つの文化的特徴は、同時(百年以内に)に出現している。しかし、ビッグ・ゴッドが、大規模で複雑な社会に遅れて出現している事例も多数存在している。一方、大規模社会への移行のかなり過去に、ビッグ・ゴッドが出現した事例は存在していない。これを1つのグラフで見るために、植民地時代以前に社会が大規模化(具体的には、政体総人口が数十万人から数百万人に増加)したセシャトでデータ化されている全地域に焦点を絞る。ビッグ・ソサエティに移行した瞬間を「時間0」とし、その移行した瞬間からの関係でもって、それぞれの地域がビッグ・ゴッドを獲得した瞬間を特徴化してみると、次のようなパターンが示される。

出典:筆者によるセシャト・データの分析

灰色の細い線は、セシャトで追跡している各地域(自然的地理で分類した地区)の社会的規模の進化を示している。各地域の変遷を示すのに、社会の規模が5(地域人口が数百万人以上へと移行)を超えたタイミングで、相対時間0となるように調整している。茶色の太い曲線は灰色の曲線の平均化したもの、つまり「典型的」変遷である。オレンジ色の棒グラフは、各地域のビッグ・ゴッド(もっと専門的には、BSP:広義の超自然的な懲罰神、MHG:道徳的に高次の神)を獲得した時点を示している。(上記の図は、ネイチャー誌に掲載された論文の図2のパターンを、少し異なる角度から観察したものである。ネイチャーの論文では、時間=0がビッグ・ゴッドの出現に対応するようにそれぞれの軌道を調整されている)

どのように解釈しても、結論は「ビッグ・ゴッドがビッグ・ソサエティより先に出現しない」。好意的に見ても(およそ半分の事例で)出現は同時となっており、残りの事例ではビッグ・ソサエティへの移行から数百年、場合によっては数千年遅れてビッグ・ゴッドが出現している。

これは、「ビッグ・ゴッド」仮説が完全に間違えていることを意味しない。「ビッグ・ゴッド」から「ビッグ・ソサエティ」が出現するとの予測は、もっと大きな様態の一部に過ぎない。一連のデータを用いて、私は追加分析を行った(未発表)。この分析は、社会規模と、ビッグ・ゴッドの出現の間に、フィードバック・ループの関係があることを裏付けている。分析では、「社会規模から、ビッグ・ゴッドへの非常に強い因果の矢印」と「ビッグ・ゴッドから、社会規模への弱いフィードバック」の存在が示されているしかし、後者の〔ビッグ・ゴッドから社会規模への〕フィードバックは、社会規模が5を超えてから(つまり社会が大規模で複雑になってから)機能を開始する。この回帰分析(ビッグ・ゴッドの登場時期も含む)の結果、神の道徳化や超自然的な懲罰は、大規模社会の発生後の安定化に必要な社会技術において、重要だが単に1つの技術にすぎないことを示唆される。他の安定化をもたらす文化特徴としては、格差を減らす平等化制度、多民族社会を安定させるために世界的宗教が提供する共通アイデンティティ、良き統治のための官僚制度などがある。ビッグ・ソサエティは、出現当初は非常に脆弱であり、内外の衝撃から強靭となるために、様々な制度を必要としている。十分な安定化制度を獲得できなかったビッグ・ソサエティは崩壊し、より結束の高い社会に取って代わられる。結果、何千にもわたる文化進化を経て、こうした安定をもたらす文化的特徴がほぼ普遍化したのである。セシャトのデータは「ビッグ・ゴッド」がこの一連の制度の内の一つとして重要であることを示している。

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