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ラルス・クリステンセン 「1932年11月 ~ヒトラー、ルーズベルト、欧州のセントラルバンカー~」

●Lars Christensen, “November 1932: Hitler, FDR and European central bankers”(The Market Monetarist, November 26, 2011)


昨日(2011年11月25日)の株価の急落を伝えるニュースをあれこれ眺めていると、「1932年以来最悪の落ち込みに見舞われた感謝祭」といった見出しによく出くわす。ここでふと疑問が湧く。1932年の11月に一体何があったのだろうか?

1932年11月当時も現在においてと同様にヨーロッパの金融マーケットは不安の影に覆われていた。1932年11月には特筆すべき重要な出来事が2つ発生している。そのうちの一つは1932年11月6日にドイツで実施された国会選挙である。選挙の結果はご存知の通り。ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)が(前回の選挙よりも議席を減らすことになったとはいえ)33.1%の得票率を得て第一党の地位を維持。それに加えて、この選挙では共産党が16.9%の得票率を獲得した。つまりは、ともに全体主義を志向する二つの政党が議会の多数派を占めることになったわけである(当時は「ネガティブ・マジョリティ」(“negative majority”)と表現されていた。その理由は両党が手を組むことはないと見なされていたからである)。こうしてナチ党の権力基盤は固められ、1933年1月にヒトラーを首相とする内閣が成立するに至るわけである。

もう一つの重要な出来事はアメリカで実施された大統領選挙である。ドイツで国会選挙が行われた2日後にあたる11月8日の一般投票でフランクリン・D・ルーズベルトが現職の大統領であるハーバート・フーヴァーを打ち負かし新大統領の地位を手にすることになった。ルーズベルトは大統領就任直後の1933年6月に金本位制からの離脱という優れた決定を下した一方で、全国産業復興法(NIRA)の導入という手痛い過ちを犯しもしたのであった。

1932年11月当時のニューヨーク・タイムズ紙のアーカイブを漁っていると、金本位制を話題にした次のような記事(1932年11月13日の記事)が目に留まった。

国際決済銀行(BIS)主催の会合に集まった欧州各国の中央銀行総裁は異口同音に次のように語った。「世界経済の状況を改善し得る基盤は金本位制をおいて他にない」。

80年後の現在に生きる我々は知っている。欠陥を抱えた金本位制こそが大恐慌を引き起こした主要な原因であり、欧州各国の中央銀行がそのような欠陥だらけの金本位制に固執したがためにヒトラー率いるナチ党が1932年11月の選挙で大勝し得るような環境が整えられることになったのだということを。第一次世界大戦後にドイツに対して課せられた賠償責任がもう少し和らげられていたとしたらどうなっていただろうか? 欧州各国の中央銀行がもっと早い段階で金本位制と手を切る決断を下していたとしたらどうなっていただろうか? フランス銀行(フランスの中央銀行)が金(ゴールド)の溜め込みをもっと早くにやめていたとしたらどうなっていただろうか?1

仮に私がマルクス主義者であり、それゆえ決定論的な歴史観に染まっていたとすれば、今頃は落胆に彩られた日々を過ごす羽目に陥っていたことだろう。しかしながら、おかげさまで私はマルクス主義者ではない。歴史の教訓を真摯に学べば過去の過ちを繰り返さずに済む。私はそう信じている。欧州各国のセントラルバンカーも私と同様の立場に立ち、1932年11月の出来事に少しでもいいから学ぶ気を起こしてくれることをただただ祈るばかりだ。

「そんな気はない」との反応が返ってくるかもしれない。その場合は1919年にオーストリア・ハンガリー帝国が解体した(ならびにそれに伴って通貨同盟が瓦解した)際のエピソードをあらかじめ頭に入れておいた方がいいかもしれない。ピーター・ガーバー(Peter Garber)とマイケル・スペンサー(Michael Spencer)による素晴らしい共著論文(pdf)を読みさえすれば十分な知識が得られることだろう。

  1. 訳注;この点については本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●ダグラス・アーウィン 「大恐慌の原因はフランスにもあり?」経済学101, 2014年9月17日) []

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