創造性と自由

(訳者:はてブでのnagaichiさんからの指摘を受けて、Florenceを「フローレンス」から「フィレンツェ」に変更しました。ありがとうございます。)

2018年1月6日、 VoxEU原文

Michel Serafinelli、トロント大学経済学准教授

Guido Tabellini、ボッコーニ大学経済学教授

概要:イノベーションはしばしば特定の地域、いわゆる「創造性クラスター」に集中している。このコラムでは有名人の出生についての新しいデータを使って、11世紀と19世紀の間のヨーロッパの都市における創造性のダイナミクスについて探求する。その結果は、創造性が経済的繁栄に先立つ事、そして個人的および経済的自由を守る都市の制度が多くの領域でのラディカルなイノベーションにつながっていく事を示している。

創造性は様々な分野において時間的、空間的にしばしば非常に高く集中している。15世紀、フィレンツェは文学、絵画、彫刻、哲学、そして科学において驚くべき数の画期的なイノベータ達の故郷であった。19世紀になった時点において、ウィーンは絵画、医学、生物学、心理学、音楽のパイオニア達を有しており、それぞれが互いに交流を持っていた。16世紀末のロンドン、19世紀初めのパリ、そして過去数十年のサンフランシスコとニューヨークは、互いに関係の無さそうな多くの領域での創造性とイノベーションのクラスターのその他の例となっている(Banks 1997, Kandel 2012)。

そういった創造性のクラスターの成立と衰退は何に基いているのだろうか?富によってか、地域的な制度によってか、それともただの偶然にか?更に一般的に言って、そういった例外的なクラスター以外では、創造的な活動というものは時間的、空間的にどの程度集中しているものなのだろうか?異なる分野からの創造的な人達による共同集積はあるのか?そして一番重要なことは、イノベーションと創造的な才能を生み出すのを促進する為に、創造的クラスターの歴史的分析からどういった一般的な教訓が得られるだろうか?人間の進歩と経済的発展についての創造性とイノベーションの中心的役割からすると、こういった疑問への答えを知ることは非常に重要である。

創造的都市についてのデータ

最近の論文において、我々は11世紀から19世紀に生まれたヨーロッパの創造的なエリート達のデータを分析した(Serafinelli and Tabellini 2017)。これはヨーロッパ全域での様々な創造的活動(芸術、人文、科学、そしてビジネス)において名を成した人達の出生と死亡の時と場所についての情報を利用している。こういったデータのソースはFreebase.com、Googleが所有しSchich et al.(2014)によってコーディングされた大規模なデータベースであって、これはだれもが編集できる様々なソース、主にWikipediaからの情報を集めている。そして我々はこういった個人のデータと、Bairoch et al. (1988)とBosker et al. (2013)をまとめたヨーロッパの都市と地域的な制度についての歴史的データセットとをマッチさせた。よって我々の観測の単位は(11世紀から19世紀の間の)各世紀の都市となっている [1]同様の歴史的パースペクティブは上層の人的資本についてのマイクロデータを使った一群の研究でも使われている。とりわけGergaud et al. … Continue reading

創造的活動において名を成した人達というのは、上層の才能と人的資本についての指標の一つである。人的資本の一般的な指標とくらべて、これはラディカルなイノベーションと創造性をより捉えらるものとなっているだろう。更に、こういったデータは特許のデータが利用可能でない時代や領域をもカバーしている。なのでこのデータは創造的クラスターの形成と衰退という非常に長期に渡って起こるものについての研究に適している。我々が着目する変数は、各世紀毎の諸都市における(住人1000人あたりでの)有名人が生まれた数である。出生は創造的才能の地域的生産の指標となる。そしてまた、有名な移民の数(つまりよそで生まれた有名なクリエイターの死亡数)にも着目している。残念ながら、我々はこういった著名人がその最も重要な仕事をどこで成したかについての情報は持っていない。ではあるが、データはこの問題を時間、地理、そして分野の幅によって補っている。
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創造的都市の定式化された事実

データの中の時間的空間的パターンを探求することから始めることにして、まず以下の定式化された事実を述べておく。第一に、創造的人物の出生や有名な移民は空間的に集中している。これは人口全般よりもそうなっている。図1は我々のサンプルの真ん中である15世紀における出生の地域的分布を示している。色が濃いほどより多くの出生を意味しており、人口規模は円の直径で表されている。有名人の出生は一部の都市に集中しているが、必ずしも大きな人口を持つ都市にというわけではない。大都市の中では、フローレンス、ニュルンベルク、そしてシエナが住人1000人あたりで最大の創造的人物の出生を誇っていた。

_      _図1 有名な創造的人物の出生の地理的分布、15世紀

注:色が濃いほど、より多く(住人1000人当り)の有名な創造的人物がこの世紀に都市に生まれている。円が大きいほど、都市の人口が多い。

図2は、我々のサンプル期間の終わりである19世紀での出生の地理的分布を示している。サンプルにずっと多くの都市が含まれるようになり、濃い色は北ヨーロッパとイギリスへシフトしている。移民の地理的分布も同様のパターンを示している。

_      _図2 有名な創造的人物の出生の地理的分布、19世紀

注:色が濃いほど、より多く(住人1000人当り)の有名な創造的人物がこの世紀に都市に生まれている。円が大きいほど、都市の人口が多い。

第二に、創造的人物の出生と有名な移民はまた、上で述べたフローレンスやウィーンの顕著な例のように、全分野でクラスター化している。これは、地域的な要因について調整した後でも真実である。なので、地域的な近さなり(観察出来きたり出来なかったりする)その地域の要素なりと関係したスピルオーバー効果が創造的活動にとって重要であり、一分野の中だけでなく分野を跨いで効果を発揮するのであろう。

第三に、出生と移民は持続性を示している。といっても、人口ほどではないが。ある時期に創造性の最先端にあった都市は当分の間、その優位性を維持できる。だが、永続的にとはいかない。移行行列を推定して、我々は創造性の持続の程度は分布のトップにおいてよりもボトムにおいての方が高い事を見出した。大抵の小さくて非創造的な都市はその状態のままでいつづけるわけだ。しかし、分布のトップにおいては、創造性のクラスターのシャッフルは人口についてのそれよりもよく起こる--大抵の大都市は成長を続けて大都市のままであり続けるが、創造性のクラスターは数世紀の中でより変化を見せる。

第4に、出生の全体的な地理的近さおよび出生地から死亡地への距離の分布は数世紀に渡って大して変化していない。この安定は創造的活動の集積は輸送やコミュニケーションのコストに敏感ではなく、代わりに歴史的に安定的な力を反映している事を示唆している。

創造性と経済的繁栄

我々は次に、因果関係についての疑問のいくつかに答えていこう。最初の自然な疑問は、創造性のクラスターは地域的な繁栄によって影響を受けるのか、それともその逆か、だ。手持ちの非実験データによっては、我々は決定版となる答えを提供できない。ではあるが、我々はデータの時間的パターンを利用する事はできる。人口を分布ラグモデルにおいて地域の繁栄を示す指標として、人口のラグ変数が有名人の出生と移民に影響がないという帰無仮説は棄却することができなかった。その一方、より多い出生数と移民はその後の世紀における都市のサイズの増加を予測している。これは地域の繁栄が創造的クラスターの形成や衰退に重要な役割を果たさない事を示唆しており、歴史的証拠の有名な例に一致している。その逆に、創造的才能のハブとなることは、その後の経済成長に貢献しているようだ。

人口規模は経済的繁栄の不完全な指標であるし、そもそも世紀の変わり目で測られているに過ぎない。なので我々は、銀のグラム重量で表された熟練労働者の賃金についての歴史データとともに分析を繰り返してみた。これについてはサンプルはヨーロッパの主要都市30ほどしか含んでいないが、時間は世紀単位ではなく10年単位であり、大半の都市については1400年から19世紀半ばの期間をカバーしている。有名人の出生なり有名な移民の到着の前に賃金が上昇し始めたという証拠はないが、その逆はある-地域の創造性の上昇はその後の賃金上昇と結びついているわけだ。

創造性と政治的制度

地域の繁栄でないならば、異なる時代での特定地域への創造的人物の集積を何が説明するのだろう?これに答える為に、地域の政治的制度の効果、とりわけ自由な都市に典型的な制度のものについて調べてみた。ダミー変数”Commune” (訳注:ここによると、「11世紀末から 13世紀初めにかけて西・南ヨーロッパで発展した都市の自治共同体」)によって都市の制度を分けている。これは各世紀の始まり頃での、政治的・行政的制度に基いて都市を分類するものだ。歴史家によって記されているように、コミューン Communeとなった都市はより自律性を享受し、個人的そして経済的な自由を保護して代議制政府の形態を保っていた。

我々はまず、各世紀の(住人1000人当りでの)創造的人物の出生で測った創造的才能の生産について調べてみた。これはコミューンを処置群とするイベントスタディを行っており、その主要な結果は図3に表されている。世紀のはじめ(図3のデート0)にコミューンになることは、その世紀の間に(住人1000人当りでの)創造的人物の出生のほぼ5%ポイントの上昇と繋がっており、その次の世紀にも更なる上昇がある。

_  ず   図3 地域の制度と有名な創造的人物の出生数

ノート:この図はコミューンステータスの変化の先行そしてラグ指標についての点推定を表している。オミットされたカテゴリーはコミューンステータスが変化する一期前である。従属変数はLog(1+Births)で、Birthsは住民1000人当たりの都市で生まれた有名な創造的人物の数である。縦のバーは地域ごとにクラスター化した標準偏差による95%の信頼区間となる。イベント時間指標+2に対応する回帰係数は、コミューンへ変化後の2期あるいはそれ以降の時期についてのものと理解されたい。

コミューンステータスへの自生的移行の可能性に対応する為に、コミューン制度の拡散は地域ごとの移行の波によって発生する事実に基づいて操作変数法(IV)を使ってみた。このIVによる推定はイベントスタディの結果を追認しており、非常に頑健だ。

次に、コミューンの発生(あるいは消滅)が有名な移民の流れと相関しているかを調べた。世紀ごとの出生都市と死亡都市の双方のデータを利用して移民の重力モデルを推定してみたのだが、その中心的な発見は、経済的そして政治的自由は都市を魅力的な目的地にしたということだ-コミューンとなる事は有名な人物たちの流入の増加と関係している。規模がほぼ倍になるのだ。

結論

コミューンになることがなぜ地域の創造性を促進するのだろうか?先験的には、いくつもの答えがありえる。まず第一に、個人と経済的な自由の保護は地域の文化を変えて、イノベーションと新しいアイデアに対してより受容的にする。第二に、新しい制度はより能力主義的、包含的な社会環境を通して、そしてまた都市の名声を高めるような技芸とイノベーションの制作を後押しすることでインセンティブも変化させる。第三に、自由な都市は、どこかの別の場所での検閲や迫害から逃れてきた有能で創造的な人達を引きつける。そして、これがロールモデルを作り出し、社会的な学習を促進して、新世代のイノベーター達を生み出す。こういったチャンネルは相互に排他的ではないし、その全てが重要だったというのもありそうなのだが、我々の研究ではその中での区別をつける事が出来ない。しかし、そのメカニズムがどういうものなのであれ、歴史的証拠は開放的で民主的な制度がイノベーションと創造性を生み出すという見解を強く支持している。

参照文献

Bairoch, P, J Batou and P Chèvre (1988), “La population des villes europeennes: banque de donnees et analyse sommaire des resultats, 800-1850”, Publications du Centre d’Histoire Economique Internationale de l’Universite de Geneve (2).

Banks, D (1997), “Clusters of talent”, Newsletter of the Classification Society of North America 48, February.

Bosker, M, E Buringh and J L van Zanden (2013), “From Baghdad to London: Unraveling urban development in Europe, the Middle East, and North Africa, 800–1800”, Review of Economics and Statistics 95(4): 1418–1437.

Gergaud, O, M Laouénan, E Wasmer, et al. (2016), “A brief history of human time: Exploring a database of ’notable people’”, Technical report, Sciences Po Departement of Economics.

Kandel, E (2012), The Age of Insight: The Quest to Understand the Unconscious in Art, Mind, and Brain, from Vienna 1900 to the present, Random House.

Schich, M, C Song, Y-Y Ahn, A Mirsky, M Martino, A-L Barabási and D Helbing (2014), “A network framework of cultural history”, Science 345(6196): 558–562.

Serafinelli, M and G Tabellini (2017), “Creativity over time and space”, CEPR, Discussion Papers No 12365.

References

References
1 同様の歴史的パースペクティブは上層の人的資本についてのマイクロデータを使った一群の研究でも使われている。とりわけGergaud et al. (2016)は人類の歴史(紀元前3000年から紀元2015年)を通しての100万以上の著名人と彼らに関係する700万以上の地点からなるデータベースを分析している。この研究と比べると、我々は創造的な人達、地域的パターン(分析の単位として都市を利用して)、アイデアの伝達、そして創造的クラスターの生成についての地域政府の制度の効果に特に着目している。
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