マーク・ソーマ 「『新年の誓い』の経済学 ~内面におけるいがみ合いに対処する術とは?~」(2005年12月29日)

2005年にノーベル経済学賞を受賞したトーマス・シェリングによると、誰もがある意味で多重人格者だという。誰もが自分の内側に「複数の『私』」を抱えているというのだ。

バージニア・ポストレル(Virginia Postrel)がニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した記事で「コミットメント」の価値について論じている。

A Nobel Winner Can Help You Keep Your Resolutions” by Virginia Postrel, Economic Scene, NY Times:

新年の誓い(抱負)を立てるのは、なぜなのだろうか? ・・・(略)・・・誓いを立てるのを1月1日まで持ち越すのは、なぜなのだろうか? 今すぐにでも誓いを立てればいいのに、なぜそうしないのだろうか? ・・・(略)・・・ 新年の誓いは、人間が抱える最も厄介な「いがみ合い(対立、葛藤)」のうちのいくつかに対処する上で役に立つと語るのは、今年度(2005年度)のノーベル経済学賞を受賞したトーマス・シェリング(Thomas C. Schelling)である。・・・(略)・・・シェリングと言えば、国家間――とりわけ、核保有国同士――のいがみ合いをめぐる研究で有名である。

シェリングが編み出した中でも最もよく知られているアイデアの一つが「コミットメント」である。いがみ合っているうちのどちらか一方の側が自らの選択肢をあえて減らすと、戦略的に優位な立場に立てることが時としてある。脅しの信憑性が高まるからである。軍事の世界で古くから知られている例と言えば、逃げ道となる橋を焼き払って退路を断った軍のエピソードである。・・・(略)・・・シェリングは、1980年代初頭に、同様の分析を一人ひとりが内面に抱えているいがみ合い(内面の葛藤) に応用して、 (彼が命名するところの)『戦略的なエゴノミクス』―― 自らの意識的な行動を意識的に操作しようと試みる自己管理(セルフマネジメント)の経済学――の彫琢に乗り出した。

シェリングによると、誰もがある意味で多重人格者だという。誰もが自分の内側に「複数の『私』」を抱えているというのだ。「どうしてもダイエットしたい」と切望している「私」がいるかと思うと、デザートを欲している「私」がいる。「どうしても禁煙したい」と切望している「私」がいるかと思うと、タバコを欲している「私」がいる。「絶対に毎日2マイル走るぞ」と固く決心している「私」がいるかと思うと、運動するのが億劫(おっくう)な「私」がいる。「絶対に早起きするぞ」と固く決心している「私」がいるかと思うと、寝るのが大好きな「私」がいる。

どちらの「私」も譲歩することなく自己を主張し、同じくらい合理的である。しかし、その時々に存在できるのは一人の「私」だけである――複数の「私」が同時に存在することはできない――。

シェリング曰く(pdf)、「私の念頭にあるのは、何を為(な)すか(行為/決定)についての好みがその時々で変わってくるケースである。今の段階では『こうしたい』と思っていても、実際に行為に及ぶ瞬間になると気が変わっているかもしれない。何を為すかを今のうちに(気が変わる前に)先取りして決めておいて覆(くつがえ)せないようにできたら、何も手を打たずにいる時――その時々の好みに照らして行為に及ぶ時――とは違った選択が下されることだろう」。

新年の誓いは、「先攻の私」(何を為したいかを先に決める「私」)が「後攻の私」(何を為したいかを後に決める「私」)を制するのを助けてくれる。新年の誓いを立てると、気が変わることに伴うコストが高まるからである。シェリング曰く、「新年の誓いが破られると、誓われた内容だけではなく、その他にも色んなことが犠牲になる。自分で自分に課した約束が守られず、自信が失われて、その1年を台無しにしてしまった気持ちになる。少なくともやり方次第でそうなるように持っていくことができる」。・・・(略)・・・とは言え、それだけで十分な抑止になる――気が変わるのを完全に防ぐことができる――とは限らない。新年の誓いが破られるのは、珍しくないのだ。シェリングの研究は、新年の誓いが守られる可能性を高めるための戦略(工夫)をいくつか指し示している。そのうちの一つが緩やかなコミットメントである。スイーツ(お菓子)やタバコを家に置いておかないというのがその一例だ。スイーツやタバコが家になければ、誘惑に屈するのを遅らすことが少なくともできて、・・・(略)・・・スイーツやタバコを店で買うまでの間に(「ダイエットするぞ/禁煙するぞ」という)決意を取り戻すだけの時間が生み出されることになる。

別の手としては、「ブライトライン」(明確な基準)を設定して巧妙な言い訳を許さないようにするというのがある。カロリーの摂取量に制限を設けるよりも、特定の食材――例えば、糖質が多い食材――の摂取量に制限を設ける方がずっとうまくいく例が多いのは、基準が明確だからかもしれない。シェリング曰く、「タバコやチューインガムの摂取量に上限を設けるなら、『ゼロ』にするのが好ましい。その他の数字にすると、変更されるおそれがある」。シェリングが自らの失敗談として語っているところによると、「夕食後だけに限って」タバコを吸うようにしようと心に誓ったものの、「入り組んだ推論を重ねた末に、感謝祭の午後はいつでもタバコを吸ってもいいという結論に達した。さらには、飛行機で大西洋を横断したら、いつにも増して長い午後を過ごせることに気付いた。そんなわけで、ヨーロッパにあるスキー場を後にしてアメリカにある自宅に戻る時には、大量のサンドウィッチを飛行機の機内に持ち込む――そして、サンドウィッチを食すたびにタバコを吸う――のが恒例になった」という。

お気に入りの誘惑を完全に絶ってこれからの一生を過ごすなんて無理だという御仁には、誘惑に浸るのを遅らせるという手がある。・・・(略)・・・悪習に再び手を染めようと気が変わった瞬間からあらかじめ決められた時間だけ――例えば、3時間だけ――喫煙する(お酒を飲む、チョコレートケーキを食べる)のを自分で自分に許してやるのである。こうしておくと、欲求の対象(スイーツとかタバコとか)が家になくて外に買いに行かないといけない場合と同じように、誘惑に浸るまいと決意し直す時間が生まれることになる。

・・・(中略)・・・

「第三の私」に、いがみ合う二人――「第一の私」と「第二の私」――の仲立ちをさせるという手もある。すなわち、交換条件をあらかじめ決めておくのだ。・・・(略)・・・10ポンド(≒4.5キロ)の減量(ダイエット)に成功したら、自分へのご褒美として新しい洋服を買うと決めておくというのがその一例だ。ただし、この手がうまくいくのは、以下の二つの条件が満たされる場合に限られる。まずは、ご褒美にやる気を起こさせるだけの魅力がないといけない [1] 訳注;10ポンドの減量に成功した見返り(ご褒美)がしょぼいようだと、ダイエットをする気も起きない。。 次に、・・・(略)・・・「目覚まし時計のアラームを止めてこのまま寝ていたいと望む『誰か』――私の中の『誰か』――が罰を下す(あるいは、ご褒美をあげる)役を担う別の『誰か』――私の中の別の『誰か』――の忍耐力を信じていて、このまま起きずにいたらその別の『誰か』によって後で罰が下される(あるいは、ご褒美がもらえない)に違いないと信じていないといけない」。

誓いを立てるのは明日にしとこう。


〔原文:“Strategic Egonomics”(Economist’s View, December 29, 2005)〕

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1 訳注;10ポンドの減量に成功した見返り(ご褒美)がしょぼいようだと、ダイエットをする気も起きない。
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  1. 祖母から聞いた話ですが、祖父の主治医は「タバコを止めた方が良いと私が指導したうちで『わかりました、徐々に吸う本数を減らすようにしています』と答えて、禁煙できた人はほとんどいません。すっぱり止めるしかないですよ」と外来受診の度に言っていたそうです。
    ”上限を設けるなら、『ゼロ』にするのが好ましい”というのを読んで思い出しました。

    1. コメントありがとうございます。翻訳した記事では省略されていますが、元の文章では「タバコやチューインガムの摂取量に上限を設けるなら、『ゼロ』にするのが好ましい」という発言の前に、核兵器のたとえが持ち出されています(「核兵器の使用を徐々に限定するよりも、核兵器を戦場に持ち込むのを一切禁じる方がずっと容易かもしれない。それと同じように、タバコやチューインガムの摂取量に上限を設けるなら、『ゼロ』にするのが好ましい」)。

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