少し前からFRB主導による世界的な利上げが進んでいるが、これによって何が歪み、壊れるのか? と話題となっている。シリコンバレー銀行の財政破綻は、アメリカ経済の中心部分で、利上げが重篤な銀行破綻を引き起こす様をまざまざと見せつけた。
シリコンバレー銀行は、けっして小さな銀行ではない。アメリカの金融システムで、16番目の規模の銀行だ(アメリカには大量に銀行がある)。今回の破綻は、2008年以降で、最大規模の破綻劇だった。
どうして今回の事態が起こったのだろう? 以下のノア・スミスの記事は、特に(ピーター・ティールらの)シリコンバレー側からの視点を理解するのに、非常に参考になる。
銀行の経営破綻において、直接の原因となるのは、ほとんどでケースで、取り付け騒ぎである。どんなに支払い能力がある銀行でも、大規模な取り付け騒ぎには耐えることはできない。SVBは、余りに脆弱すぎる銀行だった。
取り付け騒ぎを防ぐために、アメリカでは多くの国と同様に、連邦預金保険公社(FDIC)による25万ドルまでの預金を保護する措置を導入している。この措置によって、〔25万ドルまでの〕預金は何が起こっても、全額補償される。よって、銀行がどのような状態であっても、取り付け騒ぎは基本起こらない。アメリカの標準的な銀行では、預金の約50%がこの措置の保護対象となっている。JPモルガンや、バンク・オブ・アメリカだと、約30%だ。
SVBの場合、このFDICによる保護対象となる預金は2022年末の段階だと、わずか2.7%だった。ノア・スミスは以下のように説明している。
スタートアップ企業の創業者はなぜ手持ちのお金を、JPモルガン・チュースのような安全な銀行や、財務省短期証券で運用せずに、SVBのような小規模の奇妙な銀行に預金していたのだろう? 実は、これが今回の事態における最大の謎なのだ。企業によっては、SVBに現金を預けていたのは、SVBから借入しており、SVBにお金を預けることが融資を受ける条件になっていたようだ。まだ、SVBは創業者に様々な金融サービスを提供していたため、企業によっては利便性からSVBに現金を預けていたとも指摘されている。単なる、業界慣行や右に倣えーー「スタートアップ企業ならSVBを使うべきだ。当然じゃないか!」だったかもしれない。集団浅慮だったかもしれないーー報道によると、スタートアップ企業の約半分がSVBを利用していたようだ。友人や知人がSVBを使っていたので、SVBに現金を預けていたかもしれない。
SVBの経営破綻は起こるべくして起こった事件だった。SVBを破綻に至らしめたものは何だったのだろう?
SVBは投機的な融資を行っていたのだろうか? まあ、多少は…。しかし、そうした投機的融資は、破綻するほどの規模ではなかった。冒険的な金融工学を実施していたのだろうか? いいえ。集められた預金の大部分は、金融システムにおいて最も安全な資産の一端となっている米国債や、政府機関が保証する住宅ローン担保証券などの、政府保証債に投資されていたのだ。
SVBがこうした戦略を取っていたのは、大口預金者からの現金引き出しに対応するために、常に手持ちの現金を確保しておくためだった。ファイナンシャル・タイムズ紙は、この件を2月下旬に既に報じている。
SVBの顧客からの預金は、2021年のテック業界ブームのピーク時には、1,020億ドルから1,890億ドルにまで急増し、銀行内に「過剰流動性」が溢れていた。当時、SVBは、顧客からの預金の多くをアメリカ政府が発行する長期住宅ローン担保債券に積み立てていた。これは事実上、資産の半分を、現在の基準ではほとんど収益が得られなような安全資産の投資を意味していた。〔SVBの経営者の一人〕ベッカーは、この「保守的」な投資を、スタートアップ企業へのベンチャー投資が失敗に終わった場合に備えての、SVBのバランスシート強化の一貫だった述べている。「2021年、我々は資産価値と調達金額が桁外れの水準になっていることを確認して腰を据えて対処しました。(…)我々は、現状を見据えてさらに慎重になったのです」。オッペンハイマー社のリサーチ・アナリストであるクリストファー・コトウスキーは、この決定が、SVBの収益に「石の錨」を作り出し、金利の変化に脆弱な銀行になってしまったと指摘している。
国債をポートフォリオに組み込んだとしても、それを売却することはできる。問題は、それをいくらで売却し、それによってどれだけ損失を被るかにある。2021年だと金利はまだ低く、債券価格は高かった。SVB保有の債券は、安全な貯金箱のように見えていたのだ。その後、2022年の大インフレの恐怖がもたらされた。FRBは金利を引き上げ、債券的には史上最悪期となった。どうしてだろう? 実質金利が上がると、債券価格は低下するからだ。FRBによる繰り返された25ベーシスポイント(bp)利上げの結果、金利の上昇は〔この1年で〕450ベーシスポイント(bp)に達したが、これによって、SVBは概算で10億ドル以上の〔含み〕損失を帳簿上で計上するに至った。つまり、「安全な」債券ポートフォリオを売却に迫られると、SVBは巨額の損失を被ることになってしまったのだ。
むろん、こうした立場に追いやられたのはSVBだけではない。これを回避するために、金利をヘッジするための巨大な金融市場が存在している。SVBは金利ヘッジを行っていたのだろうか? 答えは「ノー」だ。
〔債券による資金運用は〕安全な貯金箱などではなかったのだ。事実上の金利によって左右される、1,000億ドルを超える巨額の博打となっていた。
これをマット・レヴィンは、以下の一節で見事に要約している。テック産業は、低金利を酒の肴にしていたのだ。
つまり、スタートアップ企業向けの銀行は、暗号通貨を扱う銀行と同じく、金利を対象とした大きなギャンブルをしていた。〔スタートアップ企業を中心とする〕顧客からの預金が溢れており、顧客は融資を必要としていなかった。なので、スタートアップ企業向けの銀行は預かった現金を全て長期債券に投資し、金利の上昇によって価値を喪失したのだ。つまり、この手の銀行は、低金利でしか生きられず、高金利では保有現金が枯渇してしまう存在である。〔金利の上昇によって〕顧客が預金を引き出そうとし、その引き出しに答えるために、保有債券を損切り価格で売る必要に迫られた。これによって、さらに顧客は恐怖に取り憑かれ、さらに預金を引き出し、銀行はさらに債券を売り、損失は膨らむ。以下続く…。
テック企業向けの金融業は「特殊」なことは間違いない。しかし、保有する債券で多額の含み損を抱えるている金融機関は、SVBだけだろうか? いや、そうではない。私は、このブログChartbookで去年の12月に既に指摘している。
大手銀行の債券損失
アメリカの大手銀行は、何年も前から、余剰資金を〔国債・不動産担保証券等の〕債券で積み立てている。パンデミックの後、大手銀行の債券保有額は44%急増し、5兆5,000億ドルとなっている。
2022年、FRBは引き締めサイクルを開始し、こうした債券は深刻な打撃を受け、銀行の保有資産に巨額のペーパーロスをもたらしている。
2022年の末、FDICは以下のような冷徹な報告を行っている。
有価証券の含み損の増加:〔金融機関保有の〕有価証券の含み損は、第2四半期の4,697億ドルから、第3四半期には6,899億ドルにまで増加している。満期証券による含み損は、第2四半期の2,418億ドルから、第3四半期には3,685億ドルにまで増加した。売却可能証券の含み損は、第2四半期の2,279億ドルから、第3四半期には3,215億ドルにまで増加した。
満期証券(HTM)と、売却可能証券(AFS)を区別は、ファイナンシャル・タイムズ紙のレックスの指摘にあるように、非常に重要だ。
銀行は、保有する有価証券を、「満期証券(HTM)」と「売却可能(AFS)」に分類している。「満期証券(HTM)」と銘打たれているものは売却できない。しかし、これによって、〔該当証券に〕市場価値の変動が生じても、規制当局による資産要件の計算で使用される計算式にカウントされなくなる。対象的に「売却可能(AFS)」の場合は。損失は時価評価され、銀行の自己資本から差し引かねばならない。
結果、会計上の救済を考慮したとしても、アメリカの民間銀行のバランスシートには膨大なペーパーロスが潜んでいる。つまり、なんらかの事態で流動性が低下しても、銀行は、抱えるポートフォリオの大部分(HTM部分)を簡単に売却できない。
レックスは、以下のように警告して2022年を締めくくっている。
現在のところ、アメリカの銀行は流動性を大量に抱え込んでおり、明らかな財政的負荷(ファイナンシャル・ストレス)には至っていない。しかし、預金流出と含み損の増加による予期せぬ流動性需要〔預金者への預金引き出し需要〕に対応するため、投資を売却する必要に立たされた場合に、問題が生じる可能性がある。〔銀行による〕債券保有は、不安定な市場下において、銀行に深刻な負荷をもたらすかもしれない。投資家は、2023年にこうした状況に注意しなければならないだろう。
これは正鵠を射ていたと言わざるをえない。〔このコラムが書かれた〕2022年12月27日の2か月後の2月28日、FDIC総裁は「〔民間銀行による〕満期長期資産の高水準な保有と預金総額の緩やかな減少の組み合わせによって〔含み損を抱えると〕、民間銀行が流動性需要に応じるために保有証券の売却に迫られ、含み損が実際の損失となるリスクが浮き彫りとなっている」と警告している。
2023年初頭、〔預金の〕流出はどこから起こったんのか? 〔財政的〕負荷の大きいテック業界部門だ。2021年第4四半期以降、シリコンバレーではベンチャーキャピタルの活動は低下しており、これはSVBのバランスシートにも反映された。
パニックは、SVBが損失を補填するために資金調達を試みたタイミングで起こっている。ルル・チェンの説明によると、これ〔SVBの資金調達〕は、完全なる悪手となっていた。
SVBは、キャップレイズ〔保有資金の上昇〕によって財務基盤を強化するという責任ある決断を行った。
これは理にかなっていた。
しかし、そのコミュニケーションは悲惨な有様だった。具体的には以下の4つで失敗している。
(1)発言内容 (2)聴衆の想定 (3)タイミング (4)表現方法
今からすると、なぜSVBはこうしたエクスポーズドポジションに至ってしまったのだろう? なぜストレステストを受けなかっただろう? との疑問が浮かぶ。答えは、2018年に〔ストレステストの〕基準が改定されからだ。この改定は、SVBの主導によるものであり、負担の大きい規制を撤廃するものとなっていた。
金曜日、一部の銀行の専門家は、2008年の金融危機後に導入された金融規制改革法(ドッド・フランク法)の一部が、トランプ政権下で緩和されていなければ、シリコンバレー銀行ような規模の銀行は、金利リスクを適切に管理できていたかもしれないと指摘した。
2018年、ドナルド・トランプは、多くの地方銀行が対象となっていた規制強化を緩和する法案に署名している。この法案によって、資産が2,500億以下の銀行は、FRBによるストレステストを受ける必要がなくなり、ショックに備えて保持しなければならないバランスシート上の現金保有額の条件も変更された。シリコンバレー銀行の最高経営責任者であるグレッグ・ベッカーは、この変更を強く支持していた。
このロビー活動を行ったSVB幹部のグレッグ・ベッカーは、「SVBが多額の損失を公表して破綻する2週間も前に、取引計画に基づいて保有する自社株を360万ドル売却している。ベッカーによるこの2月27日にSVB株の12,451株もの売却は、規制当局への提出書類によるなら、彼が1年前に親会社であるSVBファイナンシャル・グループの株を売却して以来の売却だった。彼は1月26日に、株式を売却する計画を提出している」とビジネス・スタンダード紙は報道している。
この後、何が起こるのだろう? FDICは、迅速に銀行精算処置を実行するだろう。政治的案件となるのは、FDICによる預金保護の対象外となっているSVBの預金額のうちの97.5%のもの預金についてだ。ラリー・サマーズやアンドリュー・ヤンは、FDICによる預金の全額保護を提唱している。シリコンバレーとスタートアップ企業の環境に、悲惨な影響をもたらすかもしれない。影響は、SVBの口座に流れ込んでいた数十億ドルの現金の発生源となっていた、「非公開市場」にも飛び火するかもしれない。
被害の拡大リスクはどこまで達するのだろうか? この件については後日、多くが語られることになるだろう。アメリカの銀行システムへの影響ついては今後数日にかけて話題となると思うので、世界の他の地域への影響について関心を移してみたい。ブラッド・セッツァーがいつものように優れた概要を示している。
シリコンバレーの経営破綻は、長期国債のもたらす「水面下」のリスク、特に短期負債を国債で資金運用するリスクを浮き彫りにした。
グローバル経済において、こうした「水面下」リスクとなっている債券を大量に保有してる主体は他にも存在するのだろうか?
アジアの年金基金や政府系政策銀行だ…。
[Chartbook #200 Something Broke! The Silicon Valley Bank Failure – How tech hubris and low interest rates combined to produce a big mess.]
Posted by Adam Tooze
March 11, 2023.
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