ベルギーでは,失業率が高く犯罪に満ちたムスリムのゲットーが過激主義の温床となっている.だが,Jeff Jacoby が書いているように――
アメリカのムスリムは(…)主流の規範に順応するのになんら困難を覚えていない.ピュー研究所が行った2011年の詳細な調査によれば,ムスリム系アメリカ人は「アメリカ社会にきわめて同化しており,(…)おおむね生活に満足している.」 ムスリム系アメリカ人の80パーセント以上が,アメリカでの生活に満足していると表明している.また,63パーセントは「敬虔なムスリムであることと現代社会での暮らしに」なんら葛藤を感じていないと答えた.アメリカでのさまざまな日常の活動に――地域のスポーツチームを応援したり娯楽TV番組をみたりといった活動に――参加している率は,アメリカの国民全般と率に似ている.全ムスリム系移民の半分は,アメリカ国旗を自宅や職場や自家用車に掲げている.
ただ,Jacoby は〔ベルギーとアメリカに〕こうしたちがいが存在する理由を説明してはいない.ひとつ理由を挙げると,アメリカの労働市場の柔軟性は欧州にくらべて高い.
労働者を雇用・解雇しにくい制度や賃金の調整をしにくい制度があると,失業率を高め雇用を減らしうる.とくに,移民の若者にとってはそうなりやすい.解雇のコストがとても高くつくとなれば,企業は雇うのを及び腰になる.タイラーとぼくが『現代マクロ経済学原理』で書いているように,「デートすればかならず結婚しなくてはいけないなら,いったいどれほどの人がデートしたがる?」というわけだ.移民を雇うのに余計に不確実なところが現にあったりあるだろうと受けとられていると,移民にとって雇用のハードルはとりわけわずらわしいものとなる.そうした状況で移民が競争できる数少ない方法の1つが,低賃金でも働くと申し出ることだ.だが,最低賃金や「あらゆる労働者に賃金以外に大きな手当を与えねばならない」という義務でそのルートがふさがれると,移民のあいだで失業と非雇用が増加し,とくに若者のあいだで不満・離反が生まれる.
たとえば,Huber は次の点を見いだしている(Angrist and Kugler も参照):
〔統一した労組などによる〕賃金交渉がより集中していて製品市場規制がより厳しい国々,労組組織率のより高い国ほど,自国民とくらべて移民にとって労働市場がもたらすものは劣る.人口構成の効果を調節したあとですらそうなのだ.
労働市場の硬直性の問題がとくに深刻なベルギーは,自国民と移民のあいだで失業率・雇用・賃金の差異が OECD 諸国でもっとも高い.言語や技能の困難という理由もあるけれど,労働市場の硬直性という理由もある.OECD の報告書が明確に述べているとおりだ:
ベルギーの労働市場環境は,低技能労働者の雇用にとって総じて不利である.雇用率の減少は,高い労働コストから派生している.高コストにより,生産性の低い労働者への需要が躊躇されるのである.(…)さらに,労働市場の分断と硬直性が,アウトサイダーから見た賃金と出世の見込みを圧迫する.低賃金で立場の弱い労働者のなかで移民が突出して代表例になっていると〔他の低賃金労働者とは別物扱いになっていると〕外国生まれの人々を不釣り合いに痛めつけることとなりやすい.
(…)最低賃金は,低技能移民の雇用を妨げる障壁をつくりうる.とくに若者にとってそうなりやすい.賃金中央値との比でみたとき,ベルギーの法定最低賃金は国際比較でやや高い位置にある.さらに,セクター別の合意により総じていっそう最低賃金は高くなる.これは,職を得ている人々の貧困を防止する助けにはなる(…)だが,〔労働の〕価格で低技能労働者を労働市場から追いやるリスクをもたらす (Neumark and Wascher, 2006).さまざまな生産性ハンディキャップが現にあったりありそうだと受けとられている集団,たとえば若者や移民は,これにもっとも強く影響を受ける.
2012年,ベルギーの完全失業率は 7.6%だった(15歳~64歳の年齢グループ).その数字が,25歳以下の労働力では 19.8% にのぼり,さらにそのなかでも移民とその二世世代では 29.3% と 27.9% に達している.
人々が他国へ移り住むことは移民にとっても自国民にとっても便益となりうる.だが,その便益を手に入れるためには,適切な制度が必要となる.とくに必要なのが開かれた柔軟な労働市場だ.