ブランコ・ミラノヴィッチ 「総力戦は格差を縮小させ得るか?」(2017年10月21日)

「総力戦(国民が大量に動員される戦争)は所得格差を縮小させる」という説――「格差是正装置としての戦争」仮説――は、疑う余地のない自明の理なのだろうか?

「総力戦(国民が大量に動員される戦争)は所得格差を縮小させる」というのが自明の理のようになっている。マックス・ベロフ(Max Beloff)の『Wars and Welfare』(『戦争と福祉』)がこの説の起源なんじゃないかと思う。あるいは、ベヴァリッジ報告が起源かもしれない。あるいは、もっと遡(さかのぼ)れるかもしれない。ともあれ、その理屈を理解するのは難しくない。第一次世界大戦や第二次世界大戦のような大規模戦争では、何百万人もの国民に協力してもらう必要がある。普通の仕事を辞めて戦争に協力する彼らのために、誰かが武器に加えて衣食住を代わりに提供してやらねばならない。少なくとも、生きていられるギリギリの線を上回る生活を保障してやらねばならない。アヴナー・オファー(Avner Offer)が『The First World War:An agrarian interpretation』で浮き彫りにしているように、工場で働く労働者も飢えさせるわけにはいかない。労働者が飢えるというのは、支配階級にとっては恐怖でしかない。飢えた労働者が反旗を翻したら、戦争に負けるからだ。誰かが自腹を切らなくてはならない。お金持ちの他に誰がその役を務められるだろう? かくして格差が縮小するというわけだ。それに加えて、本土で戦闘が繰り広げられるようだと、国中のあちこちが破壊されて荒廃する。そのせいで誰にも増して被害を被るのが、裕福な工場所有者だとか地主だとかだ。

「総力戦は所得格差を縮小させる」という説には、二通りの別の主張が含まれている。それらを区別しなくてはいけない。兵士たちを支えるために富裕層に高い税金が課せられるというのがそのうちの一つで、再分配が強化されて格差が縮小するという主張だ。そして、戦争によって国土が破壊されるというのが残りの一つで、国民所得が減少して格差が縮小するという主張だ。国民所得の落ち込みがあまりに大きいようだと、富裕層が従来の生活水準を維持するのは難しくなるだろう。従来の生活水準を維持しようとしたら、労働者が飢えて反旗を翻すか、戦争に負けるかする――あるいは、どちらも招く――おそれがあるからだ。言うなれば、窮乏化が起きて格差が縮小するわけだ。

(戦争と格差の関係を探るために、ジニ係数だとか上位所得占有率だとかに加えて「格差使用率」(pdf)も考慮すると益するところがあるだろう――「格差使用率」では、その国が到達可能な格差の上限にどのくらい近づいているかが測られている――。例えば、戦争中にジニ係数の値で測ると格差は縮小しているのに、「格差使用率」の値は上昇している――富裕層がより強欲になる――なんてことになる可能性は大いにある。ともあれ、このあたりの話は、その道の専門家に任せるとしよう)

「格差是正装置としての戦争」仮説を支持する声がここにきてちらほらと上がり出している。トマ・ピケティ(Thomas Piketty)の『Capital in the Twenty First Century』(邦訳『21世紀の資本』)でもこの仮説について触れられているし、ウォルター・シャイデル(Walter Scheidel)の『The Great Leveler』(邦訳『暴力と不平等の人類史』)ではこの仮説が真正面から取り上げられている。シャイデルによると、黙示録の四騎士――戦争、革命、国家崩壊、疫病――のうちで格差を減らせるのは、国民が大量に動員される戦争だけだという――本の題辞として「病気よりも悪い治療法」という言葉が掲げられている――。かくいう私も『Global inequality』(邦訳『大不平等』)で同じ線に沿った議論を展開している。

ところで、いつでもそうなんだろうか? 第一次世界大戦を扱っているいくつかの本――とりわけ、ニーアル・ファーガソン(Niall Ferguson)の『Pity of War』――を紐解くと、第一次世界大戦中のドイツでは、1914年~1918年の期間(1918年11月に起きたドイツ革命までの間)に格差が拡大した可能性が仄(ほの)めかされている。その理由は、税制が不公平で逆進的だったせいだという。ファーガソンによると、ユンカー(土地貴族)や大産業資本家らは祖国が戦争に勝つのを望んではいても、戦争のために自腹を切ろうとはしたがらなかったという。そこまでまとまったかたちではないものの、先に言及したオファーの本だったり、アダム・トゥーズ(Adam Tooze)の『Deluge』だったりでも同様の指摘がなされている。

ここで登場するのが経済史家であるマリア・ゴメス=レオン(Maria Gomez-Leon)&ハーマン・デ・ヨング(Herman de Jong)の二人だ。彼らの共同研究では、イギリスとドイツの社会構造に関する詳細なデータと、職業別の賃金および多岐にわたる財産所得の推移に関する詳細なデータを組み合わせて、1900年~1950年までの両国の「通時的な社会構成表」(“dynamic social tables”)が作成されている。そして、以下のグラフのような結果が見出されている。すなわち、ドイツでは第一次世界大戦中に格差が拡大したが、イギリスではその逆のことが起きた(第一次世界大戦中に格差が縮小した)というのだ。

戦争の勝敗を分けた要因の一部を上のグラフから読み取れるかもしれない。そう意味で政治的に重要な意味合いを持っているかもしれない。その一方で、格差の是正に興味がある人にとっては、歴史における不確定性(多様な可能性)と人為作用についてのメッセージを読み取れるだろう。どんなにもっともらしい事象であっても――「戦争を戦うためには、富裕層が自腹を切る必要がある」というのは、いかにももっともらしい――、多くのケースで実証的に裏付けられていても、すべてのケースで成り立つとは限らないのだ。言い換えると、国民が大量に動員される現代(20世紀)の戦争の最中であっても――戦争の準備段階においてだけでなく、交戦中であっても――格差が拡大する可能性だってあるのだ。

(ちなみに、上のグラフをご覧いただければわかるように、ドイツでは第二次世界大戦中も格差が拡大している。しかしながら、第一次世界大戦中とは別のメカニズムが働いていたようだ。ナチス・ドイツは、外国人を強制労働させたり、占領した先々で個人の資産や土地を没収したりした。国内の食糧を確保するだけでなく、国民の生活水準をどうにかして維持するためにである――その目的は1944年頃までに達せられた――。このことが格差の拡大と関係しているのだが、これまでとはいくらか色合いが異なる話だ)


〔原文:“Can mass mobilization wars increase income inequality?”(globalinequality, October 21, 2017)〕

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