アレックス・タバロック「特許は問題じゃないよ!」(2021年5月6日)

[Alex Tabarrok, “Patents are Not the Problem!” Marginal Revolution,  May 6, 2021]

この1年と半年というもの,ずっと声を大にして訴え続けてる――「生産設備に投資しろ,もっと工場を建てて増やせ,供給ラインを強化しろ,数十億ドルを出して数兆ドルを節約しろ.」 さいわいにも,バイデン政権に関わってるお利口さんたちが,もっといい方法を考えついた.「パンデミックを終息させる一助として,COVID-19 ワクチンに関する知財保護の放棄を合衆国は支持する.」

「なるほど知財保護の放棄か.単純明快だ.なんで考えつかなかったんだろ???」

問題は特許じゃないんだよ.ワクチン製造企業は,どこもできるだけ迅速に供給を増やそうと取り組んでる.数十億回分のワクチンが製造中だ――これは,人類史上に類を見ない規模だ.ライセンスは広く利用できる.ワクチン生産ライセンスを世界中の製造企業がアストラゼネカから受けている.たとえば,インド・ブラジル・メキシコ・アルゼンチン・中国・韓国の製造業者がそうだ.ジョンソンエンドジョンソンのワクチンもアメリカの複数企業が生産ライセンスを受けているし,スペイン・南アフリカ・フランスの企業もライセンスを受けている.スプートニクの生産ライセンスを受けた企業はインド・中国・韓国・ブラジルの各国にあるし,ドイツとフランスでは欧州医薬品庁の承認を待っているところだ.シノファームも,アラブ首長国連邦・エジプト・バングラデシュが承認を受けている.ノヴァヴァックスのワクチンも,韓国・インド・日本が生産ライセンスを受けているし,同社は他にもライセンスを受けるところを必死で探している.でも,技術移転はかんたんにいかないし,原材料供給もかぎられている

ほぼ一夜にして,[ノヴァヴァックスは]外部の製造企業ネットワークを立ち上げた.とある外部取締役によれば,これほど野心的なものを見たことがないという.だが,パンデミック下で移動・旅行にさまざまな制限がなされているなかで,ノヴァヴァックスは自社技術の移転にたびたび苦闘している.自社の取り組みに資金を提供した当の政府によって,ある工場からノヴァヴァックスは蹴り出されてしまった.競合他社たちと競争を繰り広げるなか,ノヴァヴァックスは原材料不足に陥っている.足りないものは,チリ産の樹皮からバイオリアクター・バッグまで,多岐にわたる.COVAX 〔途上国によるワクチン共同購入の枠組み〕のワクチンを多数生産する契約を,ノヴァヴァックスはインドのセラム研究所と交わした.だが,セラム研究所が製造能力をフル稼働させたとしても――現状ではフル稼働にいたっていない――,いま世界最悪の感染拡大に直面しているインド政府は,国外にワクチンを持ち出させようとはしないだろう.

特許よりも,プラスチックバッグの方が,大きなボトルネックになっているわけ.インドへのワクチン供給をアメリカは制限した.どうやったかと言えば,国内の供給業者にバイオリアクター・バッグやフィルターといった物資を優先して回すべく,バイデン政権が国防生産法 (DPA) をもちいた.これによって,インドのセラム研究所ではノヴァヴァックスに生産ラインを回すのに苦労するはめになってる.新たに認可されるかもしれない mRNA ワクチンの CureVac も,アメリカによる制限で調達に苦しんでいる(これによって,あらゆる地域で供給が不足してしまう).Derek Lowe が言ったように

特許をなくしても,シェーカーバッグやチリ産樹皮の供給は増えないし,生産に必要なフィルター用の重要原材料の供給も増えない.こうしたプロセスには,進行が詰まる地点がたくさんあるし,帯域制限のかかる地点も多い.こういう複雑な事情をきれいに一掃してくれる魔法の杖なんてありはしない.

アストラゼネカは技術移転に苦心している.同社がワクチン生産にたびたび困っている理由の一端は,そこにある.また,アストラゼネカ製ワクチンで用いられている技術は,比較的によく理解されている.mRNA 技術は新しいし,大規模な生産で用いられるのは,今回が初めてだ.ファイザーとモデルナは,工場と流通システムをゼロから建設しなくてはならなかった.ヨソの工場が稼働している脇で休んでいる mRNA 工場なんて,どこにもない.もしもそんな工場があったら,モデルナもファイザーも喜んで生産ライセンスを与えるだろう.両社とも,1週間休みなく工場を24時間ずっと操業しているからだ(覚えてるかな,独占は供給を制限するんだよ).中国でいまだに mRNA ワクチンが生産されていない理由はわかる? ヒント:知財侵害をおそれてるわけじゃないよ.さらに,モデルナやファイザーですら,自社の生産技術を完全に理解しつくしていない.日々,実際に生産しながら知見を深めていってるんだ.パンデミックが終わるまで自社特許を強化しないとモデルナは言っている.でも,「じゃあウチがつくります」と名乗り出た企業はひとつもない.なぜなら,誰にもできないからだ.

アメリカの通商代表による発表は,市場ぎらいの左翼に向けた美徳シグナリングだ.供給を増やすのには,ほぼ役に立たない.

供給を増やすためにできることって,なんだろう? ざんねんだけど,手っ取り早く安上がりな解決法は,ない.お金を出すしかない.トランプの「ワープスピード作戦」では,150億ドルという規模のお金を出した.もっとのぞむなら,あれと同等の規模でもっとお金を出す必要がある.ジョンソンエンドジョンソン製ワクチンの製造向けに工場を転用するために,バイデン政権はメルク社に2億6900万ドルを払った.あの出だしはよかった.現在の生産量から増産したらワクチン1本あたり100ドルでもファイザーやモデルナに払うって手もある.そうしたリソースがあれば,ファイザーやモデルナはもっと生産できるだろう.南アフリカやインドなど世界のあらゆる国々も,同じ条件を製薬企業に提示すべきだ(インドはファイザー製ワクチンを認可すらしていないんだけど,それで知財について不満を言ってる!??) 国防生産法を緩めて,サプライチェーンにもっと投資すべきだ――必要なモノを CureVac やセラム研究所が入手できるようにしよう.チリ製樹皮の代替品を血眼で探すべきだ.もっといろんな考えを知りたいなら,Michael Kremer et al. との共著でぼくが Science 誌に出した論文を見てほしい.(目下の供給制約に取り組むうえでは,特許破棄よりもあの論文で述べたアイディアの方がすぐれているし,将来のワクチン生産インセンティブを高めることにもなる.)

結論はこれだ――もっと生産するのに必要なのは本物のリソースであって,特許破棄の魔法の杖をふるうことじゃない.

「タバロック,怒ってるのかな」と思った読者もいるかもしれない.実際,安直に誰か他人を犠牲にして現実問題を解決できると思ってる権力ある立場の連中に,ぼくは怒ってる.これは,まじめなやり方じゃない.それに,企業・利潤・資本主義について間違ったメッセージを彼らが送ってしまっていることにも,怒ってる.そこで,前向きな話をして,締めくくろう.アポロ計画やダンケルクと同じく,ファイザーとモデルナによる mRNA ワクチン創出は,ノーベル賞を贈ったり大作映画の題材にしたりして,大いに称えるべきだ.ダンケルクでの救出作戦を評してチャーチルは「奇跡の救出劇」と言った.それを言うなら,モデルナの奇跡で救われる人命は,ずっと多い.1年足らずでワクチンが設計されたばかりか,まったく新規の生産プロセスが立ち上げられて,世界を救出するために数十億回分の接種に足りるワクチンが生産された.mRNA ワクチンの創出は,科学・物流・管理運営の勝利だった.その実現速度ときたら,昔の世代にしかできなかっただろうと思っていたほどだ.

そんな偉業が,いまもぼくら人類の文明の手でできてることに,ぼくは感謝してる.

追記: そうと自覚しながら特許寄りの立場をとってるといって非難されては困るので,ぜひ,「タバロック曲線」を思い出してほしい.

Total
14
Shares

コメントを残す

Related Posts