アレックス・タバロック 「ケインズ経済学の政治的な敗北」(2011年2月16日)

●Alex Tabarrok, “The Failure of Keynesian Politics” (Marginal Revolution, February 16, 2011)


ケインズ経済学の妥当性については意見が分かれるだろうが、ここでは便宜的にケインズ経済学の正しさを全面的に受け入れるとしよう。すなわち、2008年以降から続く景気後退――いわゆる、大不況(グレート・リセッション)――に対する診断にしても対応策にしてもケインズ経済学の言う通りで、積極的な財政政策を通じて総需要を刺激する必要があるとしよう。しかしながら、ケインズ経済学が政治の場で敗北を喫した [1] 訳注;「政治の場で敗北を喫する」=政策提言が時の政権に聞き入れてもらえない、という意味。ことは明らかだ。私の言い分を丸々信じろと迫るつもりはないが、ポール・クルーグマン(Paul Krugman)も次のように発言していることは指摘しておこう。

・・・(略)・・・オバマ政権は、はっきりと明言しているわけではないものの、共和党側の主張――「財政刺激策が失敗したことは明らかであり、もう二度と試されるべきではない」――を実質的に受け入れてしまっているようだ。

いやはや、驚かされるばかりだ。というのも、そもそもの話として、財政刺激策は試みられてさえいないのだから。試みられてもいないのに、「失敗」するなんてことはあり得ないのだ。州政府と地方政府が緊縮を進めたことを考慮すると、全政府レベルで測った政府支出は増えちゃいないのだ。

どこかで似たような主張を耳にしたことがあるかもしれない。それもそのはずだ。ケインズ経済学は、1930年代の大恐慌期においても政治の場で敗北を喫したとケインジアンの間で語り草になっているのだ。再びクルーグマンにご登場願うが、クルーグマンは別の機会にニューディール政策について次のように語っている(以下の引用文における強調は、クルーグマン本人によるもの)。

・・・(略)・・・ニューディール政策が打ち出されたにもかかわらず、景気が完全に回復したわけではない事実をもって、ケインジアン的な「呼び水」政策(財政刺激策)には効果が無い証拠だと語る人がいるかもしれない。ここで一点だけ指摘しておくと、ニューディール政策では、ケインジアン的な「呼び水」政策(財政刺激策)はそもそも実施されていないのだ

つまり、ケインズ経済学が大いに妥当するかに思える2つのケース [2] 訳注;1930年代の大恐慌と、2008年以降の大不況 のいずれにおいても、ケインズ経済学は政治の場で敗北を喫する結果に終わったわけだ。しかし、このことは取り立てて驚くべきことではないかもしれない。というのも、ケインジアンの理論は、どちらかというと全体主義的な国家と相性がいいという意見もあるからだ。何を隠そう、ケインズ自身が『一般理論』のドイツ語版に寄せた序文の中でそう語っているのだ。

本書でこれから提示されるのは、経済全体としての産出量の決定に関する理論(経済全体としての産出量がどのように決まるかを明らかにする理論)です。この理論は、自由競争とかなりの自由放任が成り立っている状況での(完全雇用下での)生産と分配に関する理論――正統派(古典派)の理論――よりも適用できる範囲が広くて、全体主義国家が置かれている状況にずっと適合させやすいのです。

似たような話はちらほらと聞かれる。例えば、「優柔不断な民主主義 vs. 勇猛果敢な中国」(適切な対策――財政刺激策――がなかなか講じられずにいる民主主義国 vs. 財政刺激策がバンバン繰り出されている中国)とかいうかたちで、民主主義的な体制と権威主義的な体制が対比されて語られたりね。

権威主義的な政治経済システムか、「かなりの自由放任」と「優柔不断な民主主義」が組み合わさった政治経済システムのどちらかを選べと迫られたら、私なら断然後者を選ぶ。おそらく大抵のケインジアンも同意見だろう。とすると、どうしたらいいだろうか? 民主主義国では不景気の最中に適切な事後対応――大規模な財政出動――が講じられそうにないとしたら、ケインジアンが推奨する事後対応(大規模な財政出動)の代わりとなる事前対応を練るために、ケインジアンもそうじゃない人もみんなで一丸となって知恵を出し合うべきじゃないだろうか?

ケインジアンが推奨する事後対応の代わりとなり得る事前対応の候補には、どんなのがあるだろうか? 危機の再発を防ぐために、金融システムに対する規制を強化するというのが一つ(既にその方向であれこれ論じられているが、個人的にはそのすべてに賛成ってわけじゃない)。賃金や価格の伸縮性を高めたり、人材とかの生産要素の流動性を高めたり、民間部門の貯蓄なり政府部門の貯蓄(財政収支)なりの柔軟性を高めたり(景気の変動に応じて、貯蓄が自動的に積み増されたり取り崩されたりするよう制度化する)というのもありだろう。失業保険制度をはじめとしたビルトイン・スタビライザー(自動安定化装置)を強化するという手もある(ビルトイン・スタビライザーは、今でも有効に機能している)。他に何を「自動化」したらいいだろうか? 景気の変動に応じて、地方政府への交付金(補助金)を自動的に増減させるのはどうだろう? 失業率の上昇にあわせて給与税が自動的に減税されるようにするのはどうだろう?(参考までに付け加えておくと、これはケインズも賛同している案だ)。

今の時点で今日のために何をしたらいいか(あるいは、明日の時点でその時のために何をしたらいいか)について話し合うよりも、今の時点で明日のために今のうちから何をしておいたらいいかについて話し合う方が、合意は得やすいんじゃなかろうかね。

(追記)本エントリーに対する反応をいくつか紹介しておくと、エズラ・クライン(Ezra Klein)のコメントはこちら、ミーガン・マクアードル(Megan McArdle)のコメントはこちら、ポール・クルーグマンのコメントはこちら

References

References
1 訳注;「政治の場で敗北を喫する」=政策提言が時の政権に聞き入れてもらえない、という意味。
2 訳注;1930年代の大恐慌と、2008年以降の大不況
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