子供の家族の社会経済的な地位と,その子が長じてからの所得・富・業績などさまざまな結果がどうなるかに相関を見出して,さらにその相関が因果関係なのだと主張する研究は何万件とある.そうした研究のうち,遺伝を統制する研究はほんのわずかしかない.双子の養子を追跡した研究では遺伝が重要だと提起されているにもかかわらずだ.だが,ゲノム分析が安上がりになったことで,双子研究にとどまらない研究が可能になった.たとえば,とある新研究では,同一の家庭で育てられた一卵性でない双子を対象にして,教育に関連する遺伝子のちがいに着目している.するとわかったのは,教育に関連した遺伝子が多い子供ほど教育面での成績がすぐれていて,大きくなってからの所得も大きくなるということだ.つまり,家庭どうしでも同じ家庭内でも,遺伝が部分的に原動力となって子供の残す結果が異なっているわけだ.
さらに驚いたことに,この研究では「遺伝的な育ち」(“genetic nurture”) を支持する証拠も見出している.〔よく「氏か育ちか」と言って遺伝と環境が対比されるのとちがって〕親の遺伝子が子供の環境のありかたを左右する要因となり,その環境がひいては子供の結果を左右するというのが「遺伝的な育ち」の考えだ.これが驚きなのは,養子研究では環境による大きな影響を支持する強い証拠を見出すのは難しいのに対して,この研究ではもっと精密なデータに依拠しているところだ.具体的に言うと,子供に継承され *なかった* 母親の遺伝子で教育に関連するものに着目している.それにも関わらず,そうした遺伝子が子供の重要な結果と相関していることが見出されている(ちなみに,著者たちは母親の遺伝子〔のデータ〕しかもっていない〔この研究では,環境リスクに関する長期的な双子研究 (E-Risk Study) から得られる子供と母親の遺伝情報を検討している〕).つまり,かしこい親は子供に二重の恵みを与えているわけだ.1つはかしこい遺伝子を子供に受け継がせていること,もう1つは――かしこい遺伝子を継承させていない場合でも――かしこい環境を受け継がせていること.これまでの研究では,この後者の効果がみすごされてきた.おそらく,かしこい親ではなくお金持ちの親にもっぱら関心を集中させていたためだろう(お金もち具合の方が計測しやすい).かしこい親たちがかしこい遺伝子抜きでどのようにして子供を助けられるか検討することで,そうしたかしこい環境がどんなものかつきとめてこれをみんなに一般化できるかもしれないと著者たちは提案している.これは,ぼくには楽天的な話に聞こえる.
同論文のアブストラクトは以下のとおり:
全ゲノム関連解析 (GWAS) から得られる「多遺伝子スコア」という遺伝子に関する集約尺度により,ある人物の教育面・経済面での成功度が適度に予測される.この予測は生物学的な仕組みが効いていることを合図している:教育に関連する遺伝情報は,人々が人生でうまくやっていく助けとなる特徴を符号化しているのかもしれない.これと別の考えとしては,社会的な履歴が予測に反映しているのかもしれない:裕福な家庭出身の人々は社会的な理由によって裕福なままにとどまっているのであってそうした家庭は遺伝的には似たり寄ったりであるのかもしれない.生物学的案仕組みと社会的な履歴を区別する重要なテストは,教育関連の多遺伝子スコアをもつ人々は親たちの地位をこえて社会的なはしごを登っていく傾向があるかどうか確かめることだ.上方への流動性が示しているのは,成功をうながす特徴を教育関連の遺伝情報が符号化しているということだろう.我々は,教育関連の多遺伝子スコアによって社会的流動性が予測されるかどうかを検証した.検討対象は,アメリカ・イギリス・ニュージーランドで行われた5つの長期追跡研究の参加者である2万人超の個人である.多遺伝子スコアが高い参加者ほど,教育面・キャリア面でいっそう成功しやすく,財産の形成もしやすい.だが,そうした参加者たちは,より裕福な家庭の出身である傾向もある.カギとなるテストにおいて,多遺伝子スコアが高い参加者たちほど,親に比べて上方への流動性が高い傾向が見られた.さらに,きょうだいの差異をみる分析において,多遺伝子スコアが高いきょうだいほど上方への流動性が高い傾向にあるのがわかった.このように,教育 GWAS が見出している要因はたんに高い地位の相関物であるにとどまらず,生涯での社会的流動性に影響している.追加の分析により,母親の多遺伝子スコアから,その子供じしん多遺伝子スコアを超える業績が予測されることが明らかになった.このことから,親の遺伝情報は環境を通じた経路で子供の業績に影響しうることがうかがえる.教育 GWAS が見出している要因は,出身家庭の環境と当人の社会的流動性におよぼす影響をつうじて社会経済的な業績に影響するのである.
主要な研究結果を掲載した付論はこちら.どうもこのラボのスタイルは情報を追いかけにくい.たとえば著者たちは回帰分析をやっているけれど,回帰式と全結果をのせた表が見つからない.回帰分析については,付論で記述されていて,そのあとに同じ付論でいくつか係数も掲載されているものの,どうみても載っていない係数がもっとある.