サイモン・レン=ルイス「どうしてイギリスの実質賃金はこうも伸び悩んでいるのか」(2022年6月20日)

[Simon Wren-Lewis, “Why has UK real wage growth been so low?Mainly Macro, June 20, 2022]

このところ,国内の労働市場が売り手市場になっている期間が続くなかで,イギリスの実質賃金は下がっている.このことに驚きを示している人たちもいる.(この売り手市場は,失業率が上がり始めるとともに終わりをむかえるかもしれない.) 今年4月までに,固定給(賞与を除外)の1ヶ月当たり平均収入の実質水準は,こういう推移をたどってきた(消費者物価で実質化してある):

この数値の水準は,パンデミックが原因で2020年に少しばかり混乱した.だが,最近の実質賃金の低下は十分に現実的だ.ここには,固定給よりも消費者物価インフレの上昇が反映されている.この4月に,消費者物価インフレ率は,固定給の伸びを上回って 3% 以上に達した.

「労働市場が売り手市場になっているのに実質賃金が下がっている」と聞いても,驚くには当たらない.インフレ率がこうも急速に上がってきている主な理由は,エネルギー価格の急上昇にある.各種のエネルギー価格が上昇すると,エネルギーの消費者からエネルギー生産者への移転が生じる.なんらかの方法でこの移転を止められないかぎり(たとえば異例なほど巨大な利益を上げているエネルギー生産者に課税するなどの対応をとらないかぎり),消費者が価格上昇分をかぶらなくてはいけない.

すると今度は,消費者たちの実質賃金の減少につながる(消費者物価インフレ率を差し引いた名目賃金〔の上昇率〕が下がる).たいていの場合に企業が賃金を設定しているため,これが起こる見込みは大きい.そして,自分たちが払える賃金を考えるとき,企業は消費者物価を見ない.見るのは,自分たちが生産する製品の価格だ.そして,そうした製品の価格は消費者物価ほど急速には上がっていない.労働市場が売り手市場になっているときには,企業もそうした金額や生産性上昇を上回るほどに賃金を引き上げざるをえなくなるかもしれない.だが,エネルギー価格が上昇したからといって,その分を埋め合わせて労働者に賃金を払ってあげる理由は,企業にはひとつもない.同じく,「こうした状況では,平均でみて,実質の(消費者)賃金削減を労働者は受け入れなくてもすむ」という主張は,よく言っても願望優先の考え方だ.だからこそ,私はこの書簡に署名しなかった〔インフレ率が上がる中で賃上げを求める労働者に対してジョンソン首相が「見当違い」と言ったことに抗議する経済学者たちの公開書簡のことを言っている〕.

これは労働組合の力が弱いことを反映しているのか?

だが,エネルギーコスト上昇分を労働者がすべて肩代わりすべき理由は,なんだろうか? 株式の配当や地代や年金で生活している人たちはどうだろう? なるほど地主や株主もエネルギーを消費するのだし,彼らもその費用を払う.だが,地主や株主は平均よりも豊かであることが多いため,〔所得全体や支出全体にしめる割合でみて〕彼らはそれほどエネルギー価格の上昇を大きく感じないだろう.だが,イギリスでは,「エネルギー価格上昇から国の年金は(いくぶん時差があるものの)保護される」と政府が公言している.なぜなら,年金は収入や消費者物価に紐付けられているからだ.どちらが上がっても〔それに応じて年金給付も増える〕.これは,もっと一般的な論点の例証になっている.その論点とは,これだ――政府は,課税や給付を変化させることで,人口全体のなかでエネルギー価格上昇分を負担する層を調整できる(し,実際に調整すべきだ).[1]

従業員たちになんとか説き伏せられて,消費者物価インフレの水準に合わせて彼らの一部または全員の名目賃金も企業が引き上げたとしたら,なにが起こるだろうか? 労働者全員ではなく一部だけがインフレに見合う賃上げを得た場合を考えてみよう.そうした労働者たちがはたらく企業が,利潤を低下させることで賃上げした分を埋め合わせることもありえなくはない.だが,それよりももっとありそうな帰結として,そうした企業の製品価格が他社製品よりも値上がりすることが考えられる.そうした値上げ分は消費者が払うことになる.これもまた,政府の行動以外で,エネルギーコスト上昇分が消費者たちのあいだで再分配されるケースだ.(給料が上がった労働者は得をして,そうでない労働者たちは損をする)

だが,エネルギー価格上昇に起因する実質所得の低下を他人に転嫁する方法は,労組に入ることばかりではなく,他にもある.目下の状況について言えば,個々人の交渉力の大小もモノをいう.そして,それぞれの交渉力は,その人それぞれが身を置いている労働市場がどれくらい売り手市場になっているのかに左右される.この最後の要因は,現時点でとりわけ重要だ.下記のグラフから,それが見てとれる(引用元).

目下,エネルギー価格上昇で非常に打撃を受けているのは,公共部門の労働者たちだ.他方で,金融業界の労働者たちを見ると,少なくともインフレに後れをとらない程度に賃金が上がっている(平均で見れば).よい公共サービスを受けたいとのぞむなら,公共部門の労働者たちの状況は正当化できない.そして,民間部門と同じように公共部門でも賃金を上げるとインフレを加速させてしまうなどとは,政府は主張しがたい(それでも政府はそう主張するだろうけども).金融業界の労働者の賃金上昇をみると,疑問が浮かぶ――どうして,金融系企業はそうした賃上げをまかなえると考えているのだろうか? そして,政府から銀行()への最近の財政的な移転は賢明なものだったのだろうか?

では,金融業界に働くご同輩たちと同じようにあらゆる労働者たちも賃金引き上げにこぎつけたとしたら,どうなるだろうか? あらゆる労働者たちが,実質賃金をただちに低下させずにすむだろうか? この状況では,企業は利潤を守るべく自社製品を値上げするだろう.こうして,賃金と物価のスパイラルが生じる [2].〔これを抑えるために〕イングランド銀行は金利を十分に引き上げて,失業率は上昇し,総需要は大幅に低下する.こうして,労働者たちは実質賃金の低下を受け入れるよう促され,一部の企業は利潤の低下を受け入れるよう促される.この1970年代式のシナリオは,今日では起こらないだろう.往年と違って,労組の力は弱くなっているからだ.

1970年代からの労組の力が低下してきたために,当時のような賃金-物価スパイラルを避けやすくなっている.その一方で,売り手市場の労働市場は名目賃金インフレに多少の効果を及ぼすと考えてよさそうだ.すると,今度はその名目賃金の上昇により,国内要因による超過インフレが上昇してもおかしくない(これは中央銀行のインフレ目標にとって脅威となる).さらに,インフレ率が高いとき,企業は利ざやを増やしやすくなるかもしれない.〔中央銀行の目標を超える〕インフレ率の超過を長引かせる危険があるほど高くなりすぎているのは賃金なのか利潤なのかと論議してみても,あまり助けにならない.どちらが原因であったにせよ,インフレ率を下げるために我々が持ち合わせている解決策は,モノとサービスへの総需要を減らすこと,それだけだからだ [3].同様に,賃金や利潤の上昇全般が経済になんらの影響もおよぼさないという主張は,単純に,間違っている [4].

だからこそ,イギリスとアメリカでは短期金利が上昇している.大きな一時的エネルギー価格ショックや一時的な供給側ショック(そしてイギリスにおける一時的な EU離脱ショック)が長期的な超過インフレ率につながるのを避けるために,いったいどれほど金利を引き上げる必要があるのかを判断するのは,一般に,難しい.それもあって,大間違いをしてしまう可能性がある.その場合,インフレが長期化するか,あるいは,不必要な景気後退をゆるしてしまうかもしれない.各国中央銀行の大半に課せられた任務〔物価の安定と雇用の安定〕を考えると,景気後退よりもインフレ長期化の方がありそうに思える.

「なら,どうして過去15年にわたって実質賃金はこれほどわずかしか伸びてこなかったんだ?」

1枚目のグラフをもう一度ながめてもらうと,実質の固定給はグローバル金融危機が始まる前とだいたい同じ程度なのが見てとれる.(賞与も含めた給与全体は,いまの方が少しだけ多い.) ここには,労働者から企業利潤への GDP の一般的な移行が反映されているのだろうか?

下記のグラフには,1970年以降の企業所得が GDP に占める割合が示してある(出典は ONS).

GDP に占める企業の利益の割合をみると,1970年以降に増加傾向は見られない.よって,この15年ほどにわたって実質賃金がこうもわずかしか増えていない理由は,企業利益の増加ではない.問題がどこにあるかと言えば,企業利益の割合がずっと安定していることにともなって,近年,企業による投資が低調なところに問題がある.

これまでのところ,実質賃金が伸び悩んでいる理由で最重要なものは,昔からおなじみのものに目を向けると見つかる.一人当たりの実質 GDP だ.1つ目のグラフと同じ期間で,これを見てみよう.

グローバル金融危機以降,国民一人当たりの産出があまり伸びてこなかったことが,ここに見てとれる.グローバル金融危機前のピークと比べると,今年の第1四半期の一人当たり GDP は,およそ 6% 上回っているにすぎない.14年も経過しているにしては,あまりに情けない数字だ.イギリス経済は,次々に災厄に見舞われてきた.グローバル金融危機が起きたかと思えば,それに続いて財政緊縮がなされ,2010年~2013年の景気回復期になされてしかるべきだった経済成長がこれで押しとどめられた.その次には,2016年の国民投票を受けて EU 離脱があり,さらにはパンデミックが起きた.

グローバル金融危機以降に,実質収入の平均は伸びていないのに比べて,一人当たり GDP は 6% 伸びているのは,どうしてだろうか? すぐさま思い浮かぶ理由は,この期間の最後に起きたエネルギー価格の上昇によって生じた貿易の減少だ.これにより,消費者物価で調整した実質賃金が減少した一方で,イギリス国内での生産量はそれと同程度には減らなかった.他に考えられる理由として,間接税の引き上げ(e.g. 2010年の付加価値税の増税)によって所得に占める賃金の割合がわずかに減ったことも挙げられる.さらに,すでに述べたように,賞与も含めれば,実質の収入合計は小幅ながら伸びている.

ここでの主なメッセージは,これだ――過去15年にわたって実質賃金が伸びてこなかったのは,経済全体が成長してこなかったことを反映している.いまの生活コスト危機がこれほど手痛いものになっているのは,過去15年にわたってこのように実質成長がなされてこなかったためだ.「堅調な経済」がどうのと語る大臣たちに欺されてはいけない: ご多分にもれず,この件でも彼らは嘘をついている.さらに,グローバル金融危機以降のイギリス経済がこれほど低調だった理由もわかっている.まず,グローバル金融危機による景気後退から経済が回復しようというときに,緊縮がなされてその回復能力が深刻な制限を受けた.次に,EU 離脱によってイギリスの成長が削られ,イギリスのインフレ率が上昇した.

「停滞論」

先日,Observer 誌に,David Edgerton が寄稿して,停滞論 (declinism) と復活論 (revivalism) がもたらす各種の危険について述べていた(簡潔に言えば,停滞論はこういう説だ:「イギリス経済が苦しんできた理由は,これまで解決されずにきた長年続く根深い特定の問題のせいだ」.他方,復活論とは「クール・ブリタニア」から EU離脱支持の誇大宣伝までの,ああいう言い分のことだ).どちらの説も,一般論としてたわごとだ.Edgerton が指摘するように,他の主要各国の経済の傾向と独立にイギリスだけに注目するのは危うい.とくに,お互いに貿易を多く行っている相手国を無視してイギリスだけを見るのは危ない.

たとえば,グローバル金融危機以降のイギリス経済の実績がひどいものだったのは,緊縮のせいだ.だが,緊縮はアメリカでもなされたし,おそらくユーロ圏ではいっそう深刻な緊縮があった.そのために,ユーロ圏では2度目の景気後退が起きた.最近の文章で述べたように,パンデミック以降,アメリカは欧州(イギリス含む)よりも急速に成長している.その理由の一端は,財政刺激によって,ワクチン接種が進んでからの景気回復に弾みがついたことにある.

停滞論が出てくる理由を言えば,ひとつには,国際的な文脈でイギリスを見ていないためだ.もちろん,イギリスにも根深い問題はある.だが,それは他のたいていの国々でも変わらない.下記のグラフを見てもらうと,おそらく,どんな言葉で語るよりもこの点がはっきりとわかるだろう(出典).

〔▲ EU 成立時の加盟国 EU6 と EU5(ルクセンブルクを除外)の一人当たり GDP とイギリスのそれとのパーセンテージ差.1950年から2011年までの推移.黄色い線が EU6 で,赤い線が EU5.〕

EU 成立時からの加盟国と比べてみると,EU 加盟前のイギリスの経済成長はそうした国々を下回っていた.だが,EU 加盟後のイギリスは,少なくとも他の加盟国と同じペースを保っている.これは,EU 加盟がもたらしたプラスの影響を過大評価しているのではないかと私はあやしんでいる.というのも,そもそも EU5 の国々が第二次世界大戦終戦からの回復を始めた地点はイギリスよりも低いところにあったために,より急速に成長できただろうからだ.他方で,たしかにわかることもある.1980年代以降,どういう理由であれ(理由はいくつもあるだろう),イギリスは欧州の隣人たちよりもずっとうまくやっていたということだ.ここで述べたように,同じことはアメリカとの比較でも言える.よって,イギリス一国だけが2010年以前からずっと低迷しているという話は,単純にまちがっている.だからこそ,この手の説明がイギリスにのみ当てはまるなどと考えるべきではないのだ.

ただ,上記のグラフではEU 加盟がもたらしたプラスの影響が過大評価されているかもしれないとはいえ,プラスの影響は十分に存在したし,グローバル金融危機以降に――とくに EU 離脱以降に――すでに私たちが目にしているものは,イギリスが相対的に衰退する新たな時代のはじまりなのかもしれない.またしてもイタリアがいるおかげで,イギリスは欧州でただひとりきりの病人にならずにすむかもしれないが,ふたたびほどほどの実質賃金成長をのぞむのであれば,周辺諸国との貿易改善について何かしなくてはならない.それはつまり,強硬路線の EU 離脱をやめるということだ.すると,必然的に,EU 離脱をもたらした政党から権力を取り上げることになる.

追記(2022年6月23日):公共部門と民間部門との主な相違点について

コメントでの指摘を受けて,本文では簡潔にすませた論点についてさらに述べておいてよさそうだ.本文では,こんな考えを述べた――民間部門での高い給与(i.e. インフレに見合った給与)によって国内要因でのインフレが生じ,それにともなって金利上昇がうながされ,景気後退の確率が上がる一方で,これは公共部門の給与の上昇には当てはまらない.

直観的には,非常にわかりやすい.広く民間部門でインフレに見合った賃上げがあれば,インフレ目標 2% を超えて企業がさまざまなモノの価格を上昇させるだろう.これと対照的に,公共部門の大半で賃上げがあっても,〔公共サービスなどの〕値上げは起こらない.このごく単純な点で,公共部門の賃金-価格スパイラルは起きえない.

もちろん,公共部門での賃金が上がれば,総需要が増える.すると,インフレはさらに上がる.だが,公共部門の賃金〔の伸び〕をインフレよりも低く抑えることを,総需要削減の手段にするべきでない.総需要管理は,〔中央銀行による〕金利〔の操作〕と〔政府による〕財政政策の仕事だ.総需要管理の手段として公共部門の賃金を民間部門の賃金やインフレよりも低く抑えておくのは,まったくもって不適切だ.

いまとちがう状況であれば,公共部門の賃金が上がることで民間部門でもそれに並ぶくらいの賃上げがうながされることもありえる.だが,そういうことは今年起こりはしない.なぜなら,公共部門の賃上げは民間部門のそれよりも大幅に後れをとっているからだ.公共部門の大半〔の賃金〕は民間部門に追いつこうとしている.言い換えれば,エネルギー価格上昇の負担は,民間部門の人々よりも公共部門の人々の肩により多くおおいかぶさっているのだ.その結果として,公共部門の賃上げが民間部門の賃金におよぼす波及効果は最小限にとどまる見込みが大きい――したがって,インフレや金利への波及効果も最小限にとどまるだろう.

公共部門の賃金が民間部門に並ぶほどになったとき,どんなことが起こるかと言えば,政府は追加のお金を見つける必要が生じるだろう.だが,増税するまでもなく政府がその分のお金を持ち合わせていることはわかっている.なぜなら,次の選挙までのさらなる減税を実施すべく巨額を用意しつつあるということを,財務大臣が公然と明らかにしているからだ.そこで出てくる選択肢は,いろんな点でごく単純なものだ.慢性的に人員が不足しているなかで看護師や医師といった人たちも含めて公共部門の労働者にもっと給料を払いたいのか,それとも,保守党が次の選挙に勝てるように減税する方をのぞむのか――私たちはどちらをのぞむだろうか?

原註

[1] また,借り入れたり,エネルギーコスト上昇分の一部を将来に先延ばしたりといった方法で,あらゆる消費者を守ることもできるだろう.ただし,エネルギー価格がずっと高いままにとどまった場合には,これは意味をなさない.

[2] 雇う側と雇われる側との力が釣り合っていないという点で,雇用契約は対称的ではない.だからこそ,契約条件や待遇を改善したり搾取を防止したりなどする上で労働組合は重要だ.だが,組合に入れる条件が広い場合,組合が労働者全体の実質賃金を改善する能力は,企業が価格を設定するという事実によって大きく制約される.

[3] 利益や賃金の行き過ぎた上昇を防ぐ法律をつくるのはどうだろうか? これは,1960年代や70年代に試されて,失敗に終わっている.なぜ失敗したかと言えば,妥当な利益や妥当な賃上げがどれくらいなのかを,製品ごと,労働者ごとに,国が決める必要があるためだ.もっと長い目で見た場合,競争によって行き過ぎた利益が抑えられるようにはかる方がすぐれたやり方だ(必要とあれば,独占を崩すことで競争を実現する).競争が不可能な場合には,各種の規制を実施することになる.
[4] 利益のなかから配当金として払われる分や自社株の買い戻しにあてられる分の割合を増やすのを目的にしている場合,名目賃金を上げよと要求するのは,これを達成できるかどうか非常に不確かな方法だ(企業が価格を設定するため).〔名目賃金を上げるよう要求した場合に〕それよりもっと確実におこる結果は,中央銀行がインフレを抑え込もうとして失業が広く生じることだ.

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